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【信じようと、信じまいと】『コミュニケーション能力』など全50話【37】ロア – 噂話集 – 嘘のような本当の話

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【信じようと、信じまいと】『コミュニケーション能力』など全50話【37】ロア - 噂話集 - 嘘のような本当の話 信じようと信じまいと
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信じようと、信じまいと【37】全50話  ロア – 噂話

 

1989年、バブル末期のこの年、奇妙な訴訟が起こった。
和歌山県のある小さな山を巡る裁判で、登記簿上の所有者である地元企業に訴え出たその農業を営む男性は、
ある法律を盾に土地の所有権を主張、最高裁まで争ったこの裁判は最終的に原告の勝訴で幕を閉じた。
その法律とは墾田永年私財法。過去に一度も明示的に廃止された形跡がないことが判決の根拠となった。

 

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フォン・フリッシュの発見したミツバチのダンスを例に挙げるまでもなく、昆虫は高次なコミュニケーション能力を
有しているとされる。自宅に大量発生したゴキブリに業を煮やした群馬県の主婦が粘着式駆除器を使用したところ、
捕獲されたゴキブリのうち数匹が「鈴虫のような羽音」を発したかと思うと、次の瞬間全てのゴキブリが一斉に
羽ばたき駆除器ごと飛び去っていったという話が1982年の「サイエンスライフ」誌に実話として掲載されている。

 

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現在、日本にスピード写真ボックスはF社の物しか存在しない。何故、このような独占状態が続いているのか。
あるカメラフィルム大手の企業は、同じ物を自分たちで作ろうとすると技術コスト的に1000円以上の価格でないと
儲けが出せず、700円前後の価格でサービスを提供しているF社との競合は不可能であるからだという。
では何故F社のスピード写真は低価格なのか?実はF社は警視庁と提携を結んでおり、警視庁が価格の一部を負担する
形で利用者の撮影データを買い取っているのだ。撮影ブースからインターネット回線で送られているこのデータは
広く犯罪捜査に役立てられているという。

 

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戦後、旧日本軍の資産を没収しGHQが管理下に置いた所謂「M資金」。この名称については「GHQ経済科学局局長
ウィリアム・マーカット少将の名の頭文字に由来する」と語られることが多いが、もし資産取引の場でこのような
説明を受けたなら、それは間違いなく信用詐欺だ。M資金のMとは、旧日本軍が秘密裏に発掘し軍資金とした「埋蔵金」の
Mであり、徳川氏の本姓「松平」のMなのである。どおりで糸井重里がいくら頑張っても見つからなかったわけで
現在サンフランシスコ条約の締結により一部返還された「本当の」M資金は有事に備え旧四財閥で分割保管されている。
旧日本軍がらみでもう一つ。
東京裁判の正当性・公平性については未だに日本を中心に議論が続いているが、次のようなエピソードがある。
ある満州の強制収容所の所長は、捕虜の健康を考えゴボウなどの根菜を使った料理を作らせたために、
「木の根を捕虜に食べさせた」と証言され捕虜に対する虐待の罪で終身刑となった。また、朝鮮総督府の司令官の
一人は「朝鮮の地を征服するため、全国の名山に鉄杭を打ち込んで地脈を断ち切ることを指示した」罪で裁かれた。
判事たちは風水思想に基づくアジア人の心証を考え有罪とし、その司令官を絞首台に送った。
「あれはただの測量器具だ」という彼の訴えは最後まで無視された。

 

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1985年2月。アメリカの航空保険会社が共同で、過去10年に起きた航空機事故の調査報告をまとめた。
それによると「行方不明」が全体の0.4%を占めておリ、その原因を「何かと衝突した」としている。
報告書では、偶然発生した「プラズマ雲」に飛び込んでしまい、跡形もなく溶けて蒸発してしまったのではないかと仮説している。
貴方が飛行機に乗る際は、目的地までの天候をチェックしておいた方がいいかもしれない。

 

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公式な「海難事故」として認められてはいない事故というのは、年に何件か発生するものらしい。
1933年に大西洋上で起きたフランスの輸送船「グレーテル号」の「転落事故」も、そのうちの1つである。
生存者の証言によると、突然「グレーテル号」の真下に直径30mの穴が開いて「転落」してしまったのだという。
何らかの原因で海底から発生した「巨大な泡」の上に乗り、泡がはじけてしまったのが原因だろうといわれている。

 

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2001年9月頃、山口県のとある踏切で衝突事故が発生した。
踏切を超えようとした普通車が列車と衝突した「らしい」のだ(車に乗っていた男性は即死)。
事故が起きた時刻に走る列車は存在せず、警報機も鳴っておらず、遮断機も上がっていた状態だった。
現場には大量の「SL列車の一部らしき破片」があったのだが、別の車による「当て逃げ」として処理されている。

 

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2001年の春の始め頃、愛知県T市の中学校に仲原新一郎という男子生徒が入学した。
彼は入学後すぐに同級生の女の子に悪質なイジメをし、彼女を不登校にまで追いやった。
数年後、そのような事など記憶にもなくなった新一郎は、車に乗車中に事故をおこし、彼は一時意識不明の重体に陥った。
彼が乗っていた車のナンバーは『31-03』……中学時代に彼がいじめていた女の子の名は『さとみ』であった。

 

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ある建設現場で働く中年の男は、大食漢でありながら一向に太る気配が無いと周囲の同僚に羨ましがられていた。
しかし当人は食べていないと不安だと周囲に漏らし、現に食事となると何かに憑かれたかの様に大量に食べる。
不審に思った同僚の一人が本人に聞いてみると、男はうんざりしながら「毎日食べても減っていくんだ」とだけ答えた。
ある日、この男がビル屋上に設置されたクレーンの下側へ貼り付く様にして発見された。まるで墜落死体の様に。

 

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ある朝男が出勤中、ひったくりにバッグを持っていかれた。仕方なく銀行へ向おうとすると車が盗まれていた。
警察へ2つの事件を連絡して銀行へ向い預金を下ろしていると、強盗によって下ろした金まで全て奪われた。
前の2件と合わせて事情聴取の為警察へ向うと、警官に扮した詐欺師に免許証と保険証を騙し盗られた。
これらは1992年、欧州各国で少なくとも同時に20の都市で同時に発生した事件である。

 

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「合わせ鏡」をご存知だろうか?二枚の鏡を向かい合わせに並べて互いに鏡像を映し合ったものである。
ある大学教授が何人かの学生に、合わせ鏡の間に入り幾つ先の鏡像まで数えられるかの実験を行った。
実験初日、学生達は揃って「20人程度まで、それから先は明日試せばもっと分かるはず」と報告した。
しかし翌日教授と学生は行方不明となり、ラボからは背中合わせに並べられた二枚の鏡だけが見つかった。

 

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ある年の2月29日午前10時、貧乏な少年が街を歩いていると、親切な男性が20ドル紙幣を1枚彼に手渡した。
少年は20ドルでまず腹一杯の食事をし、新しい服と靴を買い、新聞配達のアルバイトに就く事が出来た。
彼は必死に働き、アルバイトから正社員として登用され、やがて支店を一つ任せられるほどの地位を手に入れた。
ある年の2月29日午前10時、彼は街で貧乏な少年が歩いているのを見て、20ドル紙幣を1枚彼に手渡した。

 

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ある廃村の小さな病院跡から、そこに勤めていた医者が書いたと思われる村人達のカルテが多数発見された。
残っていた別の資料と照合した結果、死亡した村人が全員検死解剖されている事が発覚して問題になりかけたが、
「右胸内腔圧減衰症」や「表膜生成不全」等の意味不明な病状が記載されていた為、イタズラとして処理された。
しかし不思議な事に、この廃村からは墓地やそれに類する遺体の収容施設が発見されなかったという。

 

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ある日、バージニア州に住むマイク=コンウェイは「自分の念力で飛行機を消してしまった」と地元警察に駆け込んだ。
仕事上のトラブルで苛ついていた彼が、飛んでいたセスナに「消えてしまえ!」と念じた所本当に消えてしまったと言うのだ。
警察は冗談半分にその日バージニア州上空を飛んだ全ての航空機に付いて調査したが、何の問題も発見されなかった。
しかし彼が「消した」という時刻、カンサス州で一機のセスナが消息を絶ち、未だに何の痕跡も発見されていない。

 

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ロンドン在住のアルフレッド=バーグマンが遺した2005年の日記には、彼が体験した奇妙な出来事が記されていた。
ヒースロー空港へ向うAF1170便に搭乗していた彼は、着陸15分前に森の上を飛行する奇妙な物体を発見した。
滑るように飛行していたそれは牛よりも小さく、非常に遅い速度で飛んでいるらしくすぐ見えなくなってしまった。
日記にはその物体の詳細は書かれていないが、「箒に跨った人物というのが最も近い」と日記には記されていた。

 

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南太平洋のとある島にある小さな空港では、「航空機らしき物体による空中衝突」が毎年3~4件の割合で報告されている。
レーダーで表示される2つの光点の座標が一致してしまうという現象なのだが、何度レーダーを交換しても同じ事が起こる。
先に航空機”らしき”と書かれたのは理由があり、北から着陸の為に進入する機体に対して何かが東から合流してくるのだ。
島の東北東約25kmで発生し、レーダーにのみ映る何かは、目撃証言が一切無い為その正体は謎のままである。

 

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群馬県在住の住友さんは、ルーマニアへと旅行へ出掛けた。途中パリで乗り換えたが、時間が無く走って飛行機へ駆け込んだ。
その時の事を「小さな空港で、冬なのに暑くてやけに息苦しかった」と友人に語った所、それがパリの空港な筈が無いと指摘された。
不思議に思った住友さんがチケットの半券を調べたが、間違い無くパリを経由してルーマニアのティミショアラへと向うチケットである。
次にパスポートに押されたスタンプを調べた所、往復共に何故かメキシコのアグアスカリエンテス空港のスタンプが押されていた。

 

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ネバダ州で訓練飛行中だったラザラス=リンチは、エンジントラブルの為に荒野の真っ只中への不時着を余儀なくされた。
着陸のショックで重傷を負った彼は必死の思いで地面に大きくSOSを書き、乗ってきた機体の中へ戻った所で意識を失った。
救助隊のヘリの中で意識を取り戻した彼は、隊員に祝福されながらも「あれはお前がやったのか?」と奇妙な質問を受けた。
隊員に促されるまま地上へと目を向けた彼が見たのは、直径2kmはあろうかというOを中心としたSOSの文字であった。

 

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インドの少数民族であるマンダ族には不思議な言い伝えが残っている。
「洗礼者ヨハネが水瓶の時代の終わりに再来する。彼はその時神の子イエスを、」
続きが非常に気になるが、言い伝えはこのように唐突な尻切れトンボで終わっている。
いったいその時、ヨハネがイエスに何をするのかは、地元の古老にも分からないと言うが、とにかく何かは起こる、という。

 

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2007年、大学生のMさんは近所の紀伊國屋書店で新刊の小説を買った。
全て読み終えてふと後ろの見返しをみると、そこになぜか蔵書印があった。
それは1999年になくなった時に処分されたはずのMさんの祖父の蔵書印だった。
その小説の作者がデビューしたのは2003年であり、なぜその小説に蔵書印があったのかは不明である。

 

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I県のY山では古くから胡桃が名産として知られていたが、
蒲藪と呼ばれる土地からだけは胡桃を取ってはならないという風習があった。
しかし近年その風習も忘れられ蒲藪の胡桃も収穫されるようになったが、
蒲藪の胡桃の中からは時々骨のような欠片が出てくるという。

 

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島根県のある村では数年に一度白いカラスが発見され、その度に発見した事を記録する一族へ知らせていたという。
ある年、村を訪れた男は白いカラスを発見したが、風習を知らされていなかった為に知らせる事無くその村を後にした。
翌年その男が村を訪れた所、何故か古ぼけた廃村となっており、全ての建物の玄関には白羽の矢が刺さっていた。
結局村の住人が何処へ行ったかは不明であり、村を捜索した男が発見したのは冒頭にある記録だけであった。

 

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蝶の渡りをご存知だろうか?季節に応じて蝶が生息域を移動するもので、種によっては実に2000kmもの距離を移動する。
1992年、エレバス山の登頂に挑戦したノルウェーのチームは、大規模なアサギマダラの群れが飛んでいるのを発見した。
吹き荒れるブリザードの流れへ巧みに身を任せ、猛烈な速度で南へ向って行った為にすぐ見えなくなってしまったという。
アサギマダラの渡りについては近年データ拡大が続いているが、南極圏での飛行記録は未だにこの目撃証言のみである。

 

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人を殺したとして豚が裁判に掛けられた、という事例に代表されるように人間以外を被疑者として行われた裁判は数多い。
1918年のアメリカ、ワシントン州において「男児を拉致した後に殺害した」という罪で「住所不定・無職の鳩」が起訴された。
殺害された男児の母親は証言台に立ち「息子は鳩に付き纏われており、何をされるのかと始終不安がっていた」と証言した。
判決は有罪となりこの鳩は死刑となったが、鳩は「自ら電気椅子に座り、刑に処される瞬間は目を閉じた」と記録されている。

 

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南米チリのパタゴニア地方にある洞窟から、ヒトをモチーフとして紀元前800年頃に描かれたとみられる壁画が発見された。
洞窟とその周囲から石器や食事跡等は発見されなかったが、トキ科と思われる大型の鳥が洞窟内に埋葬されていた。
遥か昔に絶滅した種であるこの鳥は保存状態が極めて良く、何故埋葬される対象となったのか現在も研究が進められている。
尚、壁画は木が炭化した物を用いて描かれているが、鳥の翼端にも同じ組成の物質が付着していた事も謎を深めている。

 

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中央アフリカのある部族では、装飾を施された巨大な鳥の大腿骨を族長が祭礼の際に用いる杖として代々伝えられている。
その骨はあまりにサイズが大きい為、研究家達は鳥ではなくゾウやサイの骨だと考えたが、それらとも一致しなかった。
しかし近年、イギリスの生物学者が僅かなサンプルを持ち帰りDNA検査を行った結果、ジャイアント・モアの骨であると判明した。
現地の部族では杖を「マァル」と呼び、世界を創った大いなる存在が族長を決める際に地上へ投げて寄越したと伝えられている。

 

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ある日の午前3時頃、トラックの運転手が東名高速を登り方向へと運転しながら渋滞情報を聞いていた。
すると、トンネルを抜けた所で午前4時に海老名SA付近で事故が発生、渋滞しているとの情報が流れた。
驚いた運転手は時計を確認したが、午前3時を指している。別のトラックへ無線で確認しても答えは同じだ。
時刻を気にしながら運転していた男は、海老名SA付近で追突事故を起した。時刻は午前4時だった。

 

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ある男が自室のカレンダーをめくり、3月1日に丸を付けた。しかし捲ったのが2枚だったので4月に丸が付いた。
特に修正をせずに過ごしていた男は、11日に車に撥ねられ路上を10mも転がった。しかし男は無傷であった。
なんという幸運だと男が上機嫌で家に帰るとカレンダーが落ちていた。男は丸の付いた4月を表にして貼りなおした。
翌月の11日、男は突然襲われた激しい痛みに意識を失った。検査の結果、男は全身打撲の大怪我を負っていた。

 

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イラクのある都市で盗みを働いていた兄弟は、ある日警察に追われカタコンベの奥深くへと逃げ込んだ。
なんとか追っ手を撒いて兄弟が休憩していると、突然カタコンベの奥から轟音が響き砂煙が視界を覆った。
弟は砂煙で視界を奪われ何も見えなかったが、兄は「お前は誰だ!」と叫び何処かへ走り出した。
次の瞬間轟音も砂煙も突然消え、後に残されたのは弟と兄が手にしていたはずのナイフだけであった。

 

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安政江戸地震は1855年に発生した記録的な地震であるが、これは当時ある酒造家で起こった事件である。
夜更けに地面の揺れを感じた家の主は飛び起き、家人3名を叩き起すと地下にあった麹室へと駆け込んだ。
地下室は激しい揺れに襲われ崩れてしまったが、主と家人3名は早期に掘り出され奇跡的な生還を果した。
しかし、一緒に掘り出された風変わりな服を着た浅黒い男の遺体は、身元不明の無縁仏として埋葬された。

 

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ある精神科医が友人から、ひどい不眠症で悩んでいると相談を受けた。友人は憔悴し、今にも倒れそうだ。
しかし友人の話によると眠れないのではなく、翌日とそっくり同じ夢を見て、寝ているのに全く休まらない。
今朝などは、此処へ来てドアを開け……そう語った瞬間、突然ドアが開き友人そっくりの男が入ってきた。
友人と男は互いに顔を見合わせ驚愕の表情を浮かべ、精神科医の目の前で煙のように消えてしまった。

 

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中国福建省に住む胡峰林氏(仮名、75歳)は、60歳を過ぎてのち、ほぼ1年に1歳のペースで肉体が若返っている。
当初は目立たなかったが、70歳に至り明らかに外見が変容したことから精密検査を行った結果、若返りが発覚した。
このまま若返り続けた場合の結果を周囲は案じているが、
「あと40年ちょい寿命があると思えばむしろ気楽なもんだ」と当人は笑っているという。

 

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NASAの内部情報によれば、アメリカの偵察衛星や気象衛星が南米のジャングル地帯や
ロシアのツンドラ地帯を飛行する際に撮影し地球へ送ってくる画像、しかも夜間に限って
「その地域には存在しない、東京やNYのようなネオンに溢れる巨大都市」を撮影するケースがある。
科学者や技術者らは、衛星の撮影機械を徹底的に調べたが異常はない。首をひねるばかりである

 

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英国のストックポートに位置するとあるデパートで、1972年から1980年にかけて
マネキン人形が月に数体増えるという不思議な現象が発生した。
当初はゴシップ誌やテレビ局が騒ぎ立てたが、大衆がその話題に飽きたころには収束していった。
マネキンが増えた数とその日時が、ストックポートにおける死者数とその死亡日時と完全に一致していることに
市役所役員が気づいたのは、英国市民が件のゴシップ話を忘れ去ってからずいぶん後の話である。

 

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九州のある町の露天堀で遊んでいた子供が一人行方不明になった
幸いにして、少年は数日後に発見されたが
その場所は今は使われていないはずの炭鉱の吸気のための人工島だった
少年はヘルメットを被った男性と数日間一緒だったという

 

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アメリカのある町に住む男は狩猟を趣味としており、居間には大きな牡鹿の首が剥製にして掛けてあった。
男は何人もの友人を家に招き、この自慢の剥製を見せてはその時の武勇譚を語って聞かせていたが、
ある日に友人の一人が、男の隙を見て剥製に「俺は生きているぞ!」とナイフで刻み込むという悪戯をした。
翌日、男の家は瓦礫の山と化していた。なんとか生き残った男は「巨大な鹿が暴れ回った」と語ったという。

 

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セントヴィンセント/グレナディーン籍のLPGタンカーが大西洋を航行中、甲板に大きく衝撃音が響いた。
何事かと駆け付けた船員の目に飛び込んできたのは、体長15mを超えるダイオウイカの死骸であった。
腐敗が無い為死後間も無いと思われ、また何箇所か巨大な楔を打ち込んだような傷跡が見受けられた。
船員達は不審に思いつつも死骸をそのままには出来ず、船長の指示の元苦心して海へと投棄した。

 

□ □ □

 

ある酒場で、男が他の客とポーカーを始めた。その日の男は大変運が良く、数年ぶりに大勝利を収めた。
ところが客の一人は負けが込み過ぎて金が不足し、これで頼むと見事なセイウチの牙を男に手渡した。
男は上機嫌で家路に着いたが、帰り際に先程の客が背を丸めて海中へと歩いて行く姿を目撃した。
慌てて止めようとした男の目の前で、客は牙の欠けたセイウチに姿を変えて夜の海へと消えて行った。

 

□ □ □

 

北大西洋に浮かぶポルトガル領アゾレス諸島では、上空を通過する巨大鳥が度々目撃されているという。
特にポルトガルの最高峰火山を有するピコ島での目撃例が多く、実際に山を調査した学者も居るほどだ。
しかし調査結果は巨大鳥の存在を否定するばかりであり、営巣どころか羽根の一枚も発見されなかった。
ただ、山頂付近で大量に発見されたメラニン色素とキチン質の名残については、現在研究が続いている。

 

□ □ □

 

ある猟師が、巨大な首の剥製を小脇に抱えて酒場へやってきた。主人が何事かと猟師に尋ねると、
確かに撃つ前は生きた鹿だった、歩いている姿も見ている、しかし撃ったら剥製だったのだという。
全く訳が分からない、と混乱して頭を抱えている猟師を尻目に剥製を彼方此方調べていた主人は、
案外これの所為かもな、と首筋を指して見せた。そこには「私は生きている!」と刃物で刻まれていた。

 

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1990年代ロシアで、天使に未来の出来事が書いてある手帳をもらったという女性がいた。
未来の多くの出来事を当て、テレビにも取り上げられた彼女だが、数年後に突然死。
葬儀の際に、彼女の遺品が整理され、中には未来の出来事書いてある手帳もあった。
しかし、手帳は最後のページに「2025」と書いてある以外はすべて白紙だったという。

 

□ □ □

 

フィリピンの都市で警官が少女に助けを求められた。見えない何かに噛付かれると。
体には無数の歯形があり、警官の前で体に新たな歯形か浮かび上がるが手をかざしても何もない。
病院で医師の治療中にも新たな歯形は増し、警官も医師も手の打ち様がなく痛みで泣き叫ぶ少女を
見ているしかなかったが、しばらくするとその現象は止まりそのまま二度と現れなかった。

 

□ □ □

 

文化十年六月十一日、その三ヶ月前から原因不明の腹痛で寝込んでいた江戸本郷丸山の高橋某という侍が、
手当ての甲斐もなく亡くなった。死の直前、高橋某の腹は水死体のように膨れ上がり、異臭を放っていた。
腹を開いてみたところ、中からは大量の脂と、背中が黒、腹が白、小さな二本足を持った鰻のような生き物が出て来た。
その生き物の上半身は、何かに食いちぎられたかのように失われていたと言う。

 

□ □ □

 

1904年の聖燭祭の朝、カーディフに住んでいたイヴァン・ゴスは、瞼の上に小さな吹き出物を発見した。
それから数ヶ月の間、吹き出物は徐々に肥大し続け、ついには右の瞼が開かないまでになった。
病院に行く金のなかったイヴァンは自ら剃刀で吹き出物に穴を開けたが、中からはワインのように芳しい匂いの液体が吹き出して来た。
イヴァンはそれを舐めてみたが、身体に別状はなく、大変美味だったと言う。彼はその後102歳まで生きた。

 

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京都市左京区に曼殊院という寺があり、年に一度、幽霊画を公開するので有名である。
公開時は多数の参拝客が訪れ、寺は公開時に近くの大学からアルバイトを募る。
だが、そのアルバイトの勤務時間は参拝客が多い昼ではなく夜間だというのだ。
そして、そのアルバイトを終えた者は決まって言う「寺には二度と近づきたくない」と。

 

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15世紀、今のチェコ周辺に瞬間移動を自在に行う少年がいた。橋がない川を瞬時に渡り町人に羨まれていた。
少年が瞬間移動を行う際には、妙な霞か霧のようなものが少年を包み込み、それが晴れる頃には少年は消えていた。
ある日、いつものように川を渡ろうとしていた時の事。霧が少年を包み込む間際、足下を突風が吹き少年の足が露わになった。
後日、下流の町で、足のない少年の溺死体が上がったとの噂がある。

 

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1754年の冬、ポルトガルで彗星が多く見られたという。特に青白い彗星が多かった。
科学の進んでいなかった当時、彗星は凶事の前兆として恐れられていた。
現に翌年、M8.5と推測されるほどの大地震、そして大津波が起こり、死亡した人は5万人を数えた。
そして、2003年の冬、インドネシアをはじめとする東南アジア南部周辺で青白い彗星が多く見られたという。

 

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2005年9月、ペルーの探検家がアマゾン奥地で体長14mに及ぶ巨大なワニの化石を発見した。
この情報は直ちに世界中へ配信されたが、同時に発見された別の化石は載せられなかった。
探検家が「泥の堆積跡」だとして処理した為で、現在も特に調査されず放置されたままである。
「泥の堆積跡」とされたその化石は、ワニの化石を胃袋に収めた巨大な蛇の様にも見えたという。

 

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ウズベキスタンはフェルガナ州のある村には、右回りでは周囲を回る事が出来ない小屋があった。
左回りでは何の問題も無いのだが、右回りだと角を何度曲がっても小屋の正面へは戻れないのだ。
1986年、ある男が本当に何度曲がっても戻れないのか確認すると友人に言って小屋へと向った。
男はそれ以降消息を絶っていたが、1992年に小屋が取り壊された際、白骨化した姿で発見された。

 

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島根県在住の斉藤氏は死の間際、古くからの友人に幼少の頃の不思議な体験を語って聞かせた。
32年前まだ10歳だった氏は、山奥で古い塚が傾いているのを発見し、面白半分に倒してしまった。
すると転がった塚は周りの石に当たり、誰かが刻んだかの様に「四十二」と側面に傷が付いたという。
氏は二度と近付かなかったその場所を友人に伝え、気付くのが遅すぎたがきちんと直す様にと頼んだ。

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