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【祟り】日本全国の呪われた土地『忌み地』- 絶対に行ってはいけない危険な場所

【祟り】日本全国の呪われた土地『忌み地』- 絶対に行ってはいけない危険な場所 オカルト
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日本の絶対に行ってはいけない危険な場所

 

日本全国 各地には怨霊や祟があるとされている呪われた地が点在しています。これらのいわくつきの土地には様々な伝承があり、生命に関わる可能性のある、危険な場所とされている場所もあります。
真偽の程は定かではありませんが、ここではネットに書き込みのあった『忌み地』と言われている場所を紹介していきます。

忌み地というのは「呪わしい土地」・「腐った土地」として嫌われる土地のことをいいます。

 

忌み地 一覧

 

岩手県

 

岩手県江刺市米里字人首町

蝦夷討伐の落人の首を供養したところ
という。
江刺地方には、大武丸(大嶽丸)の子の人首丸(ヒトカベマル)にまつわる話が多く、15・16歳の若武者として語られている。
達谷の窟を逃れた人首丸は、北上川の支流伊手川をのぼり、江刺市原体の鬼渕に潜み、さらに藤里の愛宕山の洞窟に隠れた。しかし、追撃は急で、米里の大森山(820メートル)にたてこもり、ついに物見山(種山、870メートル)に陣をはった田村麻呂の女婿田村阿波守兼光に討たれたという。兼光が取った首を見ると美少年。鬼ではあるが、顔は人。兼光は不憫に思い、観音堂を建立して丁重に祀った。これがのちに玉里に移された大森観音。地元民は、明治8年までこの地を人首村と称して、人首丸を偲んだ。
また、大森山の頂上から100メートルばかり下った所に岩屋があるが、ここが大森観音跡で、さらにやや下った鞍部に立っている2メートル余の石碑を「鬼っこの墓」と呼んで落人供養してきたという。人首の村名を忌んで米里に変更してから、次第に人首丸も忘れられていったという。
ちなみに町名は消えたが小学校はまだ人首小学校が残っている。

 

死骨崎(しこつざき)・岩手県三陸町

蝦夷の酋長が殺された後にバラバラにされ胴体が流れ着いた場所。
頭が流れ着いた場所が首崎、脚が流れ着いた場所が脚崎とも云われている。

 

人首(ひとかべ)・岩手県江刺市

坂上田村麻呂が大成山(大森山)で大岳丸(悪路王)の子にあたる人首丸を討ったことにちなみ、はじめ「人こうべ村」と称したと言われる。

 

岩手県遠野市宮守町達曽部

岩手県遠野市宮守町達曽部の塚沢川の辺りに、昔、張付け峠という場所があった。
磔の処刑があったところで、別名、地獄峠といわれた。今は通る人も少ない山道になっているが、蒸し暑い日には狐火がでるという。

 

宮城県

 

死人沢(しびとざわ)・宮城県宮崎町

昔々、久保屋敷に怠け者で性悪で、貧困で人の交際もなく、 淋しく暮らす農家がいた。 ある年の秋、一人の僧(ろくぶ)が托鉢して村をまわった後、一夜の宿をその農家の家に求めた。

その後、村人は憎が村から出て行った姿を見たものがいないと噂しあった。後に、火打山の沢に死体があることがわかり、村役人より片付けを命じられた村の当番達が死体を取り調べたところ、僧が焼火箸で刺し殺され、小松沢の奥でだれとも面相の判らないように、面の皮を剥ぎ、隣の沢に棄てたのだろうということになった。

その後、一方の沢を面剥沢といい、遺体を棄てた沢を死人沢と呼ぶようになったといわれる。

新潟県

 

西蒲原郡巻町

西蒲原郡巻町の角田浜海水浴場に入り左側へと進んで、道路の下をくぐった辺りにあります。
登山口周辺、通称”白い家”も忌み地です。
この建物には様々な噂があり、別荘で子供が重度の精神病(もしくは霊に憑依された状態)を世間から隔離するために建てられたといいます。
子供の霊障があまりにも重いため、地下室(または2階)に幽閉しましたがある日、幽閉されている子供が家政婦の隙を見て逃げ出し、父親の猟銃で家族を射殺したとか、一家心中をしたという話もあり、その後も、住み着いた若者が警察隊に射殺されたという話が跡を断ちません。建物は鉄格子が嵌められており精神病院跡ともいわれていますが、真偽の程は不明ですが新潟放送では今まで何度か霊の溜まるスポットとして報じられています。

 

新潟市学校町

新潟市学校町にむかし、戌辰戦争の軍事裁判で有罪となった幕府軍将校の刑場があって、切断された首を洗ったとされる井戸があり、今も忌地になっているとか。

 

東京都

倉戸(クラド)

祟り山
東京都奧多摩町氷川より小河内ダム周囲

奥多摩第2駐車場から仰ぎ見る倉戸山。その裾に当たる現在のバス停付近は、かつて悪い事がある場所として近在に知られた祟り山である。
昔、何者かが炭焼き窯の中で死んでいた。
その霊を祀るために碑を立てたが、誰が作業をしても怪我をしたり、火を出したりと非常に不首尾な事が起こる。
今もってジメジメした寂しい北面の山側で、もとは個人持ちの山で幾人もの手を渡り歩いたが、最後に埼玉県入間の医師が所有した後に都が買い上げ、公園管理団体のもとに置かれている。

 

六本木六丁目六番地、某ヒルズのあるとこ

実は旧墓地跡です。また江戸城の裏鬼門にあたる魔道にも当たっており、住人にきいた話では何か得体の知れない現象をみまわれた事があるということです。
この前のGWに、香港の地元番組を見ていて、方位学上、建物自体呪われているといってたのを覚えています。正面玄関が北東(鬼門)に当たるのは致命的で様々な禍つ神が溜まってしまう構造になっているとか。
夜の毛利庭園は気をつけましょう。

 

東京都多摩市連光寺の某所

もと墓地の跡と言われている。この土地は昔より持つと所有者に
悪い事があり、長く持っていた人がいない。
今もいる人で若い嫁を亡くし、その前に住んでいた人は子供が
みんな亡くなってしまった。それ以前は寺方の持ちものだったという。
またある某家では先祖が請け負った仕置き場があり、そのための小屋が
あった跡が悪いという。
土地が安いので、知らぬ人はみな買うのだという。

 

東京都多摩市南貝取

とちのき公園は以前、栃ノ木谷戸と呼ばれる魔所であった。
事故の多い場所で、以前ここに栃○という家があったが絶えてしまい、その跡地を買うと良くないと言われていた。

 

東京都多摩市落合

厳耕地(ゲンゴウジ)という広い農地があった。
ここに佐五右衛門という男が屋敷を構えていたが、ある時ゲンゴウという法印が訪ねて来、理屈を並べて泊り込み、そのまま居付いてしまった。
そのうち佐五右衛門の女房と良い仲になり、主人に酒を飲ませて井戸に放り込み殺してしまった。
その後二人は磔にされ、死体は同じ井戸に放り込まれた。
跡地は畑になり、安く売りに出ていたが、町田市小山田の某氏が所有者になったところ、悪い事が続くので石碑を建てたという。
後に整地された。大○証券多摩総合研修センターの辺りだったという。

 

東京都町田市小山町

相原町との境付近で、町田街道より百メートルぐらい登った丘の上に台地状の畑地がある。
昔大きい屋敷があり、栄えていたが何かの理由で滅亡してしまった。
他所から来た者がこの土地を手に入れたが、忽ち災難が相続き、占者に観て貰ったところ、敷地内の石の祟りだと言われた。
家も全て取り払われたが、この石だけは今も畑の中にあるという。

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