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心霊ちょっといい話『明け方の電話』など短編全10話

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心霊ちょっといい話『明け方の電話』など短編全10話 不思議な話
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出席できるように

 

数年前、母方の祖母が死んだのね。
その頃(今もだけど)の自分は仕事で全国あっちこっち飛び回っていて、明日の予定も解らないような日々を送っていた。
その日も、今週いっぱいは北関東を回らなきゃいけなかったから、いつ家に帰れるかなんて全然解らなかったんだけど、携帯に母から電話がかかってきた。
「祖母が入院した。いつ息を引き取るか解らないから覚悟しておいてくれ」
正直、葬式に出られるとは思わなかった。たとえ近親者が死んでも、仕事で自分の代わりを勤められる人はいなかったから、仕事を休んで家に帰れるなんてわけがなかった。
だから半ば諦めていたんだけど。
電話を受けたのが月曜日。そして祖母が息を引き取ったのは金曜日の夜だった。
あと三日も持たないって言われてたのに。

お葬式は土曜日だったから、なんとか実家に戻って参列することができた。
祖母の骨も拾えた。
全部終わってまた現場に戻るという時、父方の祖母がぽつりと呟いた。

「おばあちゃん(母方の祖母)は、あんたが葬式にでられるように、と思って週末まで頑張ってくれたんかもしれんなあ・・・」

自分でもバカみたいだとは思ったけど、その言葉で、子供みたいに泣いてしまった。
仕事仕事でろくに実家にも帰らず、老いた両親もほったらかしな自分に、せめて葬式のときぐらいは家に帰れというつもりで、葬式がうまく休日に重なるように頑張ってくれたのかな、と思ったらなんか自分が情けなくなった。

今も仕事で忙しいのは変わらないけど、母方の祖母に怒られないように、なるべく時間を見つけては実家に戻るようにしてる。

 

 

夢での別れ

 

以前実家で飼っていた犬(白黒のシーズ)の話し。
私が結婚する前(約5年前)に死んでしまったのだけどその時のこと。
実家の母から「とても具合が悪い」と聞かされていて土日に実家に帰ろうかと思っていたのですが、仕事の都合で帰ることができませんでした。
その土曜日から日曜日にかけて夢を見ました。
夢の内容は、
現だんなが私の住んでいたアパートに車で迎えに来てくれていました。
アパートの前でだんなと話していると
どこからともなく実家でかっている犬が走ってきました。
「あっ○○ちゃん(←犬の名前)どうしたの」と言って散々なでまわして遊びました。
そのあと「もういいよ」と言うと「もういいの?」という表情をして後ろを振り返りながら私の住んでいた部屋(3F)に駆け上がっていきました。
そうすると中から女の人の手(なぜか私はそう思いました)がドアをあけて○○ちゃんを中に入れました。
私は、よかったと安心しました。
そこで目がさめた私はとても気になって、午前3時過ぎにもかかわらず実家に電話をしました。
すると寝ないで犬の看病をしていた母がでて「今、久しぶりに自分で歩いていってお水を飲んでいる」
といいました。電話の後ろでは「ぴちゃぴちゃ」と水を飲んでいる音が聞こえました。
それを聞いて安心した私はまた眠りにつきました。
その次に見た夢は
私がどこかの駅のホームでだれかを見送りにきていました。
見送りは私だけではなく、たくさんの人がきていました。
私が見送っている電車も結構満員で、一人で乗っている小さい子供もいました。
私は私が見送ろうとしているだれか
(顔は見えず、白いシャツに黒いジャケットを着ていた)に言い忘れたこと
を思い出して電車に乗って伝えようとしたら、鬼のような顔をした駅員(?)に
「おまえの乗るものじゃない!」と言って乱暴に突き飛ばされました。
「ったくなんて失礼な人なんだろう」と思いながらもホームを出て行く電車を見送りました。
そのあと改札をでて、定期を見るとまったく知らない人の定期を持っていました。
「これはだれの定期?」と思った時に目がさめました。
そしてまた実家の犬が気になった私は、すぐ実家に電話しました。
すると妹が出て、涙声で「たった今死んだ」といいました。
夢にしてはあまりにも内容と時間がリアルで実家の家族とも
「私が会いたい、会いたいと思っているからわざわざ会いに行ったんだね。
遠くまでいったので(実家とは飛行機で約1時間)のどが乾いたんだろうね。」
と話しました。
そして夢で見た、あの女の人の手や電車に乗っていた人と駅員らしき人はなんだったんだろうと思います。

 

 

回顧

 

やっと仕事から開放され、3日ぶりに家に帰る。
3日間ほとんど眠っていない。
駅を降り人の波に紛れ、住宅街を歩く。
角を曲がるたびに人は減っていき、細い路地に入ったときには周りに人気はない。
とにかく疲れている。来年は40歳。もう若くもない。
家に帰ったら熱い風呂に入ってぐっすり眠ろう。
明日からまた過酷な仕事が始まる。

朦朧としながら、ポツンポツンと街頭のある薄暗い路地を曲がる。
さらに薄暗い道がまっすぐ続いている。
少し歩いて違和感を感じる。
こんな道だったっけ?
だが、全く知らない道ではない。

三つ目の街頭の下を通り過ぎたとき前から走ってくる人に気づいた。
高校生だろうか。白のTシャツに黒っぽいジャージをはいている。
近づいてきた彼を見たときトクンと心臓が鳴った。
理由はすぐわかった。
伏目がちに走ってきたその少年は昔の自分にそっくりなのだ。
体格、長めの髪、顔のつくり、そして顎のほくろの位置までも。
呆然とすれ違った彼の後姿を見送った。
そのとき気づいた。ここは高校の頃、夜走っていた道だ。

走り去っていく彼はまだ若く、
サッカーの事しか考えていなかった。
人生はこれからだった。
何でもできると思っていた。
怖いものはなかった。
薄暗い道を走り去っていく彼の後姿を、闇に飲み込まれるまで見送る。
振り返るとそこはいつもの道だった。

 

 

テレビ好きのおじいちゃん

 

うちのおじいちゃんは、すっごくテレビが好きなひとで
うちの母などは「また、おじいちゃんがテレビの番してる」と
いつも笑ってたくらいでした。

じいちゃんは80代後半だったけどよくバイク(単車てやつですね)に乗ってて、それをみんな「危ないからやめなさい」と言ってたんだけど、ある日、誰もいないときに近所に出かけてバイクで事故ったらしくでも、自力で帰ってきて、自宅で亡くなっていました。
亡くなっているのを発見した叔父の話では、居間で新聞を開いて、読んでるような姿で亡くなっていたそうです。
身体には数箇所、怪我もあり、バイクにも乗った形跡もあったため、調査の末、死因は事故にあったということになりました。

それで翌日?お葬式で大人はバタバタしていて、孫たちはテレビの部屋にいて、ご飯を食べていました。
すると、突然テレビがバシッとついて消えました。
孫全員がその瞬間を目撃しました。
でも、そのテレビには電源が入っていなかったのです。

それを大人たちにいうと、死亡推定時刻がちょうどその辺りだったということでした。
推定で、はっきりしていなかったので「孫たちに知らせにきたんだね」とみんなで話しました。
「おじいちゃん、テレビ好きだったからね…」って、不思議な体験でした。

 

 

友軍機

 

太平洋戦争当時、彼は飛行機乗りだった。
海上で敵戦闘機との交戦がはじまり、彼は必死で戦った。
気がつけば周りの友軍機は次々と撃墜され、ついには自分ひとりになる。
彼はなんとか雲の中へと逃げ込み、敵の追撃をまぬがれた。
しかし雲から出てみれば自分の現在地がよくわからない、必死でまわりを見渡すと、さきほど撃墜されたはずの友軍機ががいる。
「よくも、無事で」と思っていると「こっちだ」といわんばかりに友軍機は旋回を始めた。
その友軍機に付いていくと間もなく飛行場が見え始めた。
着陸しようと機の体制を変えているとと、さっきまでいた友軍機がいない事に気付く。
変に思ったものの、ひとまづ着陸を終えた。
それからしばらく
さきほどの友軍機の着陸をまつが、降りてこない。不思議に思い、近くにいた整備兵に尋ねて見ると、彼以外に先にも後にも誰も帰還していない事を聞かされる。
それから何日か後に彼のいた飛行隊は彼以外は全員戦死したとの報告をうけた。

 

 

祖父の形見

 

何年か経ち、祖父のいない寂しさにも慣れた頃ある夢を見た。
祖父とあの庭で沢山の鉢植えの前を前にして朝顔の植え方を教わっている夢だった。

祖父は優しかった。
なぜか私は小学生くらいになっていたとおもう。
「こうやって植えるんだ・・・」そんな感じで。
目が覚めて母や祖母に話した、朝顔の種をもっていることを。
するとこんな話が出てきた。
祖父が亡くなって叔母たちと形見分けが始まった時、叔母がいつも祖父の指にあった指輪が欲しいといった。
祖母は小引出しのなかにあるといって探し始めたが、どの引出しにも見当たらない。叔母は諦めて帰っていった。
「おかしいね~、ここにいれたんだけど・・」と
祖母が引き出しを引くとそこにコロリと祖父の指輪が。
きっとおばあさんの近くにいたかったんだろうね、と叔母は少しすねていたそうだ。

私の祖父が亡くなって小さな不思議が多々起こるようになった。

 

 

明け方の電話

 

友人の女の子の話です。
彼女には2歳違いのお兄さんがいます。
彼はオ-トバイが好きでよく出かけていました。
ある日に「ちょっと、走ってくるね」と言って、いつものように出かけたそうです。
そして、そのまま事故に遭いました。
幸い、その時は命は取り留めたようですが、重体の上、意識不明、家族はもうどうして良いのか途方にくれていたそうです。
その後、容態は変化せず依然、意識不明の状態が1月も続いたそうです。

ある日、担当のドクタ-から話がありました
「後、1月以内に彼の意識が戻らなければ、衰弱して亡くなります。
もしくは、意識が戻っても、植物人間になります」
家族は絶望に追い込まれました。

そして2月がたちました、家族もあきらめている様子だったそうです。
そんな晩、彼女は夢を見ました。
お兄さんが、玄関を開け、ニコニコしている夢だったそうです。
ハッと目覚めて彼女はボロボロ涙を流していたそううです。
そのまま眠れずウトウトしてる時に、電話が鳴りました。
午前4時ごろの電話なので、おそらく病院から、お兄さんのト報かと思ったそうです。
そして電話から「おい俺だよ、今、目がさめたぜ」。
なんと、奇跡の復活。

私は彼女から、この話を聞いた後、二人で笑いながら涙が止まらなかった事を一生忘れません。

 

 

私の祖父の話

 

祖父がなくなってから十数年たち、
祖母にも痴呆などが出てくる歳になった頃、祖母は叔母のうちに同居し始めた。
一人暮らしはボケてしまうからということだったが、そこのうちの子(私の従兄弟)は弱ってきた祖母をいじめた時期があった。
動きも覚えも鈍くなってしまった祖母との同居でストレスなどもあったらしい。
そんな日々のある晩、2階で寝ていた従兄弟が急に起き出して騒ぎ始めた。
『部屋が線香くさいんだ』そう言っておびえていたそうだ。
叔母は祖母の部屋にある祖父の遺影を見に行ったが、線香には火は付いていなかったし、その線香の香りを感じられるのはその従兄弟だけだったのだ。叔母は従兄弟に「おじいちゃんに謝っておいで」と
日ごろの行為を祖父の遺影に詫びるように話し、従兄弟もそれに従うといつのまにか線香の香りはしなくなった。
「おじいちゃんはおばあちゃんを守ってるんだよ」と叔母は話してくれた。

そしてその祖母も数年前他界した。
親族全員に見守られて亡くなっていった。
危篤となる数日前に見舞いに行った。ボケてしまっても私のことだけは忘れず最後まで「赤ちゃんは連れてこなかったの?」と私の子供を見たがっていた。
カサカサのとても暖かい手・・・。会話はそれが最後になった。

祖母が亡くなった後、友引などの関係で葬儀がなかなか決まらず、葬儀屋と親族との話し合いが数時間におよんでいた。
私はその頃自宅のこたつでうたた寝をして母からの連絡を待っていた。
?рェ鳴り日取りが決まったからと母の声。生返事を返してこたつにもどった。
そして夢を見た。
私と兄で美術館に向っている。その入り口にイスに座る祖父と祖母。
祖父は「ずっと待っていたんだよ、3時だろう?」と歩み寄ってきた。
兄は「ちがうよ、時間は・・・」と報告している。
その光景を座ったまま見守る祖母。あ・・と思った瞬間目が覚めた。
朝顔の夢以来の祖父の姿だった。「おじいちゃん、待ってたんだ・・。」
夢の中の祖父は微笑んでいた気がした。
その晩、布団に入ってうとうとしていると、寝室に誰か入ってきた。
そして私の背中に寄り添うように暖かさが・・・。
私はすぐに祖母だと思った。目をつぶっているのになぜか寝巻きの柄が見えた。
そして祖母はふっといなくなった。全く恐怖心は無かった。

それから数日後の通夜のとき祖母はあの晩の柄の寝巻きを着て眠っていた。
「やっぱりなぁ」と親族に夢と夜の出来事を話した。
皆、祖父が亡くなってからのいろいろな出来事のこともあり疑ったり気味悪がる人はいなかった。
祖父が祖母を待っていてくれたことを喜んでいた。

葬儀は盛大に行われ、その夜私は自宅に戻った。
また布団に入るとしばらくして誰かがやってきた。
真っ白い割烹着を着た若い祖母だった。後ろには祖父が。
祖母は私を抱きしめてくれた。
夢なのか現実なのかわからない体験だったが、祖母が幸せそうだった。
それがとても嬉しかった。

霊感があることを嫌がっていた私だったがこのときはこの感覚を持っていてよかったと本当に思った。

 

 

壊れたウォークマン

 

10年来の親友からCDウォークマンをもらいました。
私は、仕事の行き帰りに歩きながら音楽を聞くのがとても楽しみでなのす。
いけないんですが、大音響で。ある夜仕事も終わり、早速帰りの電車でも大音響でウォークマンを聞いていました。

電車を降りて、徒歩で10分ほど歩いた所が私の家なのですが、家の前の大きな駐車場をつっきると近道なのです。
その日は夜11時を回っており早く家に帰りたかったので、広くて暗い駐車場を通ろうしたところ、突然ウォークマンが動かなくなりました。

何で?今日電池替えたばかりなのに!と色々いじってみるのですがビクともしません。
諦め切れず再生ボタンを押す私は、駐車場の中頃まで来ていました。
その時、背後にミョーな雰囲気がして、パッと後ろを振り向くと、私の1メートル後ろににじり寄っている怪しい男が・・・。

ぎゃー!と凄い勢いで駐車場を走り抜けて家に飛び込み家族に話しました。
もちろん私が危機管理が足りないと大目玉。
偶然壊れたと言われればそれまでですが、あの時普通に大音響で聞いていたらあの男の気配にも気付かず最悪な事になっていたでしょう。
ありがたい偶然にただ感謝です。

でも当事者としては不思議。
友達が守ってくれたのかしら?ちなみにその友達は座敷わらしに脇腹をけられたことがあります。

 

 

守られている

 

学生の時、爺さんが末期癌でこの世を去った。
悲しかった。ただ、葬式では泣かなかった。泣けなかった。
「人前で泣くな」が、爺さんの教えだったから。

数日後、母から思わぬ話を聞いた。
「爺さんは、あんたにキツく接していたけど、実は一番可愛がられていたのはあんたなんだよ」と。
「爺さんが肩車したのは、子供・孫の中であんただけだったんだから」と。
この話を聞いた時、物凄い後悔をした。
なんでもっと孝行出来なかったんだと、自分を責めた。
ただ、泣くことはしなかった。

さらに数日後、交通事故にあった。
自転車 対 自動車(自分が自転車)で、自分は10メートル近く吹っ飛ばされた。
しかし、地面に激突する、という時に、凄い力で自分の体が支えられた。
大事故だというのに、すり傷程度で済んでいた。

何かの気配を感じ、顔を上げた・・・。
爺さんだった。生前には見たことも無い優しい笑顔で、こっちを見ていた。

守られている・・・と言うのが分かった時、涙が止まらなかった。止めれなかった。
爺さんに心の中で謝った。
「出来の悪い孫でごめん・・・泣いちゃったよ」
爺さんは優しい笑顔のままだった・・・・。

爺さんが、俺の夢か幻でなければ、全て実話です。

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