日本に古くから伝わる有名な妖怪の逸話や仕業などを読みやすくまとめて一覧にしました。
妖怪の逸話 一覧
ひょうすべ
ひょうすべが人に出遭うとヒッヒッヒッと笑い、もらい笑いした人は熱を出して死ぬ。
河童の仲間と言われ、佐賀県では河童やガワッパ、長崎県ではガアタロの別名ともされるが、河童よりも古くから伝わっているとも言われる。
うわん
通行人に「うわん」と言う妖怪
「うわん!」と大声を上げて脅かしてくるだけのなんとも迷惑な妖怪。
鹿児島や熊本の一部では化け物の事を「わん」や「わんわん」と呼ぶ地域があり、それが元になっているという説もある。
いそがし
日本に多数生息しているとみられる、人間を忙しくする妖怪
『百鬼夜行絵巻』(1832年)などに描かれている日本の妖怪。
人間がこの妖怪に憑依されると、やたらに落ち着きがなくなるとされる。
ぬらりひょん
勝手に家へ上がりこんでお茶を飲むだけの妖怪
ぬらりくらりとつかみどころのない妖怪とされる。
忙しい夕方時などに、どこからともなく家に入ってきて、お茶を飲んだりするなどして自分の家のように振舞い、人間が見ても『この人はこの家の主だ』と思ってしまうため、追い出すことができない。
鵺
鵺、鵼、恠鳥、奴延鳥(ぬえ)
『平家物語』などに登場し、サルの顔、タヌキの胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビ。
『源平盛衰記』では背が虎で足がタヌキ、尾はキツネになっており、さらに頭がネコで胴はニワトリと書かれた資料もある。
愛媛県上浮穴郡久万高原町には、鵺の正体は頼政の母だという伝説もある。かつて平家全盛の時代、頼政の母が故郷のこの地に隠れ住んでおり、山間部の赤蔵ヶ池という池で、息子の武運と源氏再興をこの池の主の龍神に祈ったところ、祈祷と平家への憎悪により母の体が鵺と化し、京都へ飛んで行った。母の化身した鵺は天皇を病気にさせた上、自身を息子・頼政に退治させることで手柄を上げさせたのである。頼政の矢に貫かれた鵺は赤蔵ヶ池に舞い戻って池の主となったものの、矢傷がもとで命を落としたという。
豆腐小僧
盆に乗せた豆腐を手に持つ子供の姿の妖怪。
身にまとう着物の柄は、疱瘡(天然痘)除けとして春駒、だるま、ミミズク、振り太鼓、赤魚などの縁起物や、童子の身分を著す童子格子に似た格子模様も見られる。
町のあちこちに豆腐や酒を届けに行く小間使いとして登場することが多く、「豆腐小僧ハ化ものゝ小間使ひ」と川柳にも詠まれている。
塗り坊
夜、山道を歩いてると山肌からぬっと突き出てくる
餓鬼付き
その昔、生き倒れで亡くなった旅人などの飢餓の霊。
山道などに居やすい(?)憑かれると苦しくなって身動きが取れなくなる。
手のひらに米と書いて食べると楽になる。
ヒダル神
人間に空腹感をもたらす憑き物で、行逢神または餓鬼憑きの一種。
主に西日本に伝わっている。
山道などを歩いている人間に空腹感をもたらす悪霊の類をいう。これに憑かれると、歩いている最中に突然にして激しい空腹感、飢餓感、疲労を覚え、手足が痺れたり体の自由を奪われたりし、その場から一歩も進めなくなり、ひどいときにはそのまま死んでしまうこともあるという。
ダイダラボッチ
山や湖沼を作ったという内容が多いことから、元々は国づくりの神であった可能性が指摘されている。
一反木綿
鹿児島県肝属郡高山町(現・肝付町)に伝わる妖怪。
木綿のようなものが夕暮れ時にヒラヒラと飛んで、人を襲うものとされる。
首に巻きついたり顔を覆ったりして窒息死させるともいい、巻かれた反物のような状態でくるくる回りながら素早く飛来し、人を体に巻き込んで空へ飛び去ってしまうともいう。
手長足長
秋田県、山形県、福島県、長野県に伝わる巨人。
山から山に届くほど長い手足を持ち、旅人をさらって食べたり、日本海を行く船を襲うなどの悪事を働いていた。
悪樓
悪樓(あくる)
日本神話に伝わる悪神。
吉備国(岡山県)の穴海に住んでいた巨大魚。その大きさは、近づく船をひと飲みにするほど。
日本武尊が熊襲討伐後の帰り道にこの悪樓に遭ったが、暴れ狂う悪樓の背にまたがるや、自慢の剣で退治した。
化け狸
文明開化のあともしばらくは狸が化けるという迷信があった。
汽車の運転手が線路の向こうからも汽車がやってくるのを見つけてびっくり
急停車してみると狸が化けていたとか。
ある村にもついに鉄道が敷かれ汽車がやってきた。
ところが村人たちは初めて見る汽車を見てもまーたあの化け狸が
わけのわからんもんに化けておらたちを驚かそうとしてるんだなと線路から動こうとしない。
汽車がすぐそこまでやってきたところで本物の狸が村人を線路から突き飛ばし代わりに轢かれて死んだ。
それ以来狸が化けて出ることもなくなったそうな。
これは農村にまで鉄道という文明がやってくることにより、狸が化けるという迷信が轢き殺されたという話だと解釈できる
イツマデ
以津真天(いつまで)
『太平記』によれば1334年(建武元年)の秋、疫病が流行して病死者が多く出た頃、毎晩のように紫宸殿の上に怪鳥が現れ「いつまでも、いつまでも」と鳴いて人々を恐れさせていた。
幼児の顔と蛇の尾を持つ怪鳥。大きさは2メートルくらいが標準らしい
「いつまで、いつまで」とうめき声のような鳴き声と共に口から青い炎を出して空を飛ぶ
別に人間を襲ったりも土地を荒らしたりも災厄を運んできたりもしない超無害な妖怪。
古庫裏婆(こくりばば)
ある山寺に七代よりも前の住職の妻という女がやってきて
庫裏(住職の居間)に住みつき、寺へ来る人々の持ってくる米やお金をかすめ取っていた。
その貪欲さのせいか死んだばかりの死体の皮を 剥ぎ取って食べる
恐ろしい鬼婆に変わってしまったという。
鉄鼠(てっそ)
平安時代、白河天皇には子どもがいなかったため、
僧である頼豪に、子が授かるよう祈祷せよと命じました。
無事授かれば、どんな褒美でも与えるとの約束だったので、頼豪は何日も寺にこもって祈りました。
すると間もなく皇子がうまれ、天皇は大喜びです。
しかし、天皇は頼豪の望みを叶えてあげませんでした。
おこった頼豪は、生まれてきた皇子を道づれに断食をして、やがて死んでしまいました。
死んでからも、その恨みはおさまらず、大鼠となりたくさんの鼠を引き連れ、延暦寺の経典や、仏像などを食い破ったのだと言います。
河童
有名なこの河童が、実は土木工事が得意なことはあまり知られていない
太閤秀吉が大阪城を建設した際に、河童の力を借りた逸話が残っているし
古い屋敷などは軒下に、柱を支える河童の像などが見られる
おそらく大工の中では河童を奉れば、
丈夫な土台ができると信仰されていたのであろう
何故河童が土木工事が得意なのかと調べてみると
それのルーツを紐解くと徐々に明らかになってくる
河童は古代に大陸から伝わってきた妖怪だ
中国にもその伝承は多く残されている
伝承の痕跡を辿っていくと、ある職能集団の移動と共にあるようなのが分かった
その職能集団は、城や神殿の建設を得意とする技能集団なのだ
この職能集団が大陸から日本に旅をした間に、
彼等の技能を畏敬し、河童という妖怪が生まれ、親しまれてきたのかもしれない
この職能集団の特徴は更に二つあって、
まず整体を基本とする医療に精通していること
次に彼等は騎馬民族であるというのだ
整体は土木作業中の事故での負傷を治療してき培った能力であろう
ところで古代日本で整体と結び付く競技がある
相撲である
競技や稽古での捻挫や脱臼を治す為に、
整体医療はなくてはならないものである
更にこの職能集団は騎馬民族であり、
大陸の北方から南下してきたようである
北方、騎馬民族、相撲
ピンと来た人もいるだろう
おそらくこの職能集団はモンゴル出身ではないだろうか
ひいては河童はモンゴルがルーツなのではないか
そう考えると河童が相撲が得意なのも頷ける
狒々
狒々、狒狒、比々(ひひ)
サルを大型化したような姿をしており、老いたサルがこの妖怪になるともいう。
山中に棲んでおり、怪力を有し、よく人間の女性を攫うとされる。
やろか水
木曽三川流域の地域に伝承される妖怪。
激しい雨の夜、川が増水するとやがて、「ヤロカヤロカ」(欲しいか欲しいか)という声が川の上流から聞こえてくる。
この声に答えて「ヨコサバヨコセ」(貰えるのなら頂戴)と叫ぶと、瞬く間に川の水が増し
その答えた村人のいる村は一瞬のうちに水に飲み込まれるという。また、川面に赤い目や口が見えることもあるという。
おいてけ堀
釣り人が帰ろうとすると、どこからともなく「おいていけ」と声がする
無視して帰ると、魚籠の中の釣果がなくなっている
これは 荒川下流に住んでいた人たちが、流れ着く水死体から
いろいろ着服できる権利を持っていたから
要は「よそ者は手を出すな」の意
重箱ばば
まずのっぺら坊や足にたくさん目がある妖怪として現れてそれを目撃した人が「化物に遭った」と誰かに言うと「こんな化物かい」と
言ってその話した相手が同じ妖怪になる
同じ姿で二度出るから「重箱」なんだけど老婆の妖怪でもないのに「ばば」と呼ばれる
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