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『自分が体験した神様関連の話』 – 本当にあった不思議な話・怖い話

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『自分が体験した神様関連の話』 - 本当にあった不思議な話・怖い話 不思議な話
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自分がこれまで体験した神様関連の話

 

もともと、幼いころから神社でばかり遊んでいて、そういうところで遊んでいると近所のおっさんとかおばちゃんとかが
神様だから静かにしろとか、汚すなとか、手を合わせろとか言うので、「神域」みたいな概念があったのは間違いないと思う。
子供ながらにほこらに手を合わせたり、花を供えたりしていた。
山には神様がいるから、石を持ち帰ったらいけないとか、
木の実以外のものを取ってはいけないとか、そういうこともよく聞いていた。

 

宗教は神道になるんだろうね。家は曹洞宗だけど、お盆にしか行かないし墓参りだけという感じ。
でも、神社で毎日遊んでいたので、身近なのは神社だった。
家の近くにあったのはお稲荷様と八幡様、あとなぜか不動明王の神社があった。
子供のころは「不動明王の神社(お不動様)」というのが全く違和感なかったのだが、
大人になって「不動明王(仏教)の神社って…」って思うようになった。
今思うと、お稲荷さんの神社とお不動様が合祀されていたのだろう。

 

小さいころのそんな神社体験があって、社会人になったころ、高校時代の友人に誘われて
お神輿を担ぐのに何度か参加させてもらうことになった。
お祓いを受けて、本当に重くて重くて仕方ないお神輿を背負うわけなんだけど、
終わった後はものすごくさっぱりすんのね、あれ。体はガタガタになるんだけど。
いいなあ~、本当にお神輿を担ぐ社会人サークルに入っちゃおうかな~とか思ったレベル。
でも、結局なんか人間関係が生臭くて入らなかったけど。

で、この辺から本題。

 

厄年というのか、本当に次から次に悪いことが起こる時期があった。
厄年ではなかったんだけど、後で九曜?だかなんだかでいう「大殺界」の時期だったと知って驚いた。
本当にひどかったんだ。ブラック企業に入社→結婚・離婚→またブラック企業に入社
→うつ病手前になって退社→交通事故(10:0でこっちが被害者、停車中の追突)…etc
なんかもう、やりきれない時期だった。
でも、なんとかしないといけない。そこでがんばる。資格を取ったり、試験を受けたりして、
なんのかんのでまた別な会社に入社した。
でも、福利厚生ばっちり、残業もほとんどなく安定した職場なわりに、またしてもやり玉に挙げられてしまった。
なんだか知らんが会社にいたおばちゃま方のターゲットにされ、やれハンコをつく位置が悪いの、
気が利かないのと聞こえよがしにグチグチやられる。
これが、後でわかったことなのだが、どこからどんな話が回ったのか、俺がこの職業と同種の職業に以前ついていた
という嘘の経歴をみんなが信じ込んでおり(もちろん、初めてついた職種で右も左もわからなかった)
そのくせ仕事がわかっていない、ということでいじめられたらしい。
極めつけは、俺だけ一人残してほかの社員全員でランチ会に行かれたこと。
まさか30近くになってそんな中学生のようなことをされるとは…と、つらいとかうんぬんより
あまりの低レベルさに驚いた。

 

でももう俺もトシだし後がないので、嫌みや悪口は聞き流すようにしてなんとかやり過ごした。
とはいうものの、前のブラック企業の時にうつ手前までいっていたので、やり過ごそうとしてもなかなかうまくできない日も多かった。
いっそ死んだほうかいいんだろうな、もう辞めようか、辞めたらもう二度と就職なんてできない。
アパートもすべて引き払って、車も売って身一つになって死のう。
何度も家に帰っては思う日々。不眠もあった。なぜか明け方に起きてしまうのだ。
離婚で女性にこりていたので、家庭ももう持たないだろうと思い、生きる甲斐というのがなかった。
何をして生きていけばいいのか。何のために自分は生きているのか?こんなに嫌な思いまでして?
もうずっと悶々と考えていた。
そのころ、ものすごく不思議な夢を見た。

 

その夢というのが、居酒屋に俺が放り込まれている夢。
ただの居酒屋ではない。注文を受けてつまみを作っているのは鬼だ。
体が大きくて、とにかくカウンターの中に「みっちり」と体をつめこみ、あくせく働いている。
しばらく呆然とそのさまを見ていたが、皿洗いを手伝うことにした。
なんとなく、人間がカウンターから見える位置にいてはいけないような感じもあった。
お客さんのほうも人間ではない。菅笠を被っていたり、細長かったり、タヌキのような印象だったり…
ただ、「鬼の居酒屋だ!」と気が付いてから、取って食われるの怖さに、
お客さんにしろ鬼にしろ直視できなかったので、詳細はわからない。
とにかく台所に入り込んで、次々に重ねられる皿を洗いに洗った。

 

3,4時間は手伝っていただろうか。とにかく引きも切らずにお客さんが来て、
終始ざわざわしていたのがだんだん静かになり、洗い場に食器が来なくなった。
そこで「もういいって。はいこれ」と、浴衣というか、簡単な着物のような服の少年が
簡素な封筒を俺に手渡してくれた。ちらっと中を見ると、5000円札(?)と
封筒の奥に硬貨らしき硬くて重いものが数枚入れられていた。
どうやら働いた分のお礼らしかった。
えっ!鬼からのお金って、何に使おう…と一瞬考えたが、すぐにその少年が
「それをもってこっちに来て」と言って居酒屋の外、真っ暗な夜道を歩きだしてしまった。
思えば、最初に居酒屋に放り込まれたときも、この子が鬼に口を利いてくれたような気がする。
見失わないように追いかけていくと、やがて木製の門の前についた。
それはそれは大きな門と塀で、軒と塀のはしっこが闇に溶けて見えない。
ただ門の両側に松明があって、ぴりっとした木製の一枚板の観音扉と黒い金属の取っ手が見える。
少年がその門の前に俺を立たせると、内側から細く向かって左側の扉が開いて、
狐のお面を被った少年が出てきた。身長だけ見ると小学生くらいか。
その狐のお面の人物は、俺を見て

「ああ、これは大変だったねえ」

といった。俺はなんだかものすごくほっとした。
その狐のお面の人が手を出すので、先ほどの封筒を渡すと、
「じゃ、払ってあげるから」と言ってまた門の中に入ってしまった。

そこで目が覚めた。
なんというか、細部があって不思議な夢だった。

 

とはいうものの、翌日からがらっと世界が変わる、ということはなかった。
やはりオバチャンたちからは絶妙ないやがらせを受けつづけ、精神はすり減った。
くだらない、低レベルだと頭ではわかっていても、やはりやられるたびに疲れる。摩耗する。
誰かがお土産に置いて行ったおかしを俺にだけ配らないとかね。
俺が予約しておいた社用車の予約を消すとかね。

しかし、「夢のお祓い」が効いたのか、とても中途半端な時期に人事異動があったり、
オバチャンズのうちの一人の夫が転勤になっただかで急に退職になったり、
病気になって退職したりというのがあいつぎ、なんと1年で俺に嫌がらせをしていた人は
全員がいなくなってしまった。びっくりした。

 

偶然と言ってしまえばそうなのだが、あまりにできすぎていて何らかの加護を感じざるを得なかった。

それからは仕事も順調で、まあまあ、という感じの日々が続いた。
でも、一度「うつ癖」がついてしまった身としては、ちょっとでも落ち込むようなことがあると
這い上がれないことが多かった。会社では「元気なふり」で乗り切るものの、家に帰ってからの
希死念慮、無力感、そしてそれらの切り替えができず不眠、早朝覚醒。
せっかくあんないい夢を見たのに…と思っていたある日、四国八十八か所めぐり、
いわゆる「お遍路旅」のことをニュースか何かで目にした。
なんだか知らないけど、猛烈に行きたくなった。このころ、「独り」という意識があって、
独りで旅路に向き合う、共に歩くのは弘法大師の思いだけという「同行二人」という考え方に
ものすごく引き付けられたのだ。
なんというか、このうつ気味な傾向を打ち払うには、このくらいして「人生における達成感」を
実感しないとダメなんじゃないか?とも思った。

 

いろいろ「お遍路さん」について調べる日々が始まった。
何か嫌なことがあっても、「でも、給料が入ったら今度は軽量のザックを買おう」とか
「杖は持ちたいけど、こだわりたい。いっそ自作か?」など考えだすと
比較的楽に切り替えられるようになった。行ってないのにご利益があった…
ただ、やはり取れる休みは最長で1週間。しかもお盆時期か正月に限られ、
お遍路をする時期としては厳しい。しかも、時間的には1国回りも難しいだろう。
それでも、なおその年に二回の長期休暇のうちに、1国回り、または数か所を回って次回に持ち越し
などの手でなんとか歩ききる計画を練った。
しかし、本懐としてはやはり、一度に二ヶ月くらいをかけて歩いて回りたい。
定年後か、本気で退職した後しか本当に心置きなくお遍路さんをする機会はなさそうだ。

ならば、ウォーキングだけでもして、体力をつけておくのが得策ではないか。と思った。

 

せっかく神様がかりのウォーキングなんだから、お百度参りを兼ねたらいいのではないか。
そう思って家の近辺を調べてみると、ちょうどぴったり1キロ地点に小さな神社を見つけた。
人通りも少なそうだし、勾配もうまいぐあいにあり、ちょうどよさそうだ。
往復で2キロ、30分弱のウォーキングが始まった。
とはいうものの、このお社が誰をお祭りしているのか、とんとわからない。
神社には確かに扁額があり、「●●神社」とあるし、この辺の地名にも含まれる名前なので
氏神様なんだなとは思うが、どこの神様がどうしてここに、という由来がわからない。
実はこの神社の名前、地元のほうで同名の大きな神社があり、そちらの分社なのかと思うが、
神主のような人を見かけたこともないし、「例大祭」という旗が立っていても
何日にやるのか、何をやるのか不明で、いつの間にか終わっているらしくふと気づくと
旗が取り去られているといった具合。
不思議だなあ、と思いつつ、まず行ける時だけ通った。最初のころはそれこそ
雨が降ったらお休みで、といった感じで、2,3日行ったら2,3日休む。とても「お百度」とは言えたものではなかった。
しかも、お願い事も特になかった。体力づくりが目的なので、とにかく「今日も来ましたコンニチハ」くらいの気持ち。
でも、やはり朝、参詣に行くと、前日どんな嫌なことが起こっていても、
すっきりした頭で出社できることに気が付いた。どうも、往復2キロの間に
悩みやうつうつとした気分が削げていくようなのだ。
そこで、雨であっても土砂降りでもない限り、通うことにした。週2,3回が週4,5回になった。
そうしているうちに、「?????」と思うことが起こり始めた。

 

どうも、「今日も来ましたコンニチハ」と目をつぶり社殿に手を合わせているとき、
白い男性のイメージが頭に映る。
歌舞伎の獅子頭をイメージしてみてほしい。あんな感じで、服も白い着物、袴、
ふさふさの白髪。そして、不思議な化粧。
この化粧が、一口には言い難い。
毎日この化粧は違うのだが、見たこともない化粧なのだ。
直線で成り立っている化粧とでもいうのか、ある時は黒と緑、
ある時は黒のみ。黄色が入っていたり、赤が入っていたり。
指名手配の写真などで、目線を黒で入れられているものがあったものだが、
あれがそのまま皮膚に書いてあるようなイメージしてもらうと近いと思う。
あの黒の目線のような直線状の塗りつぶしが、Tの形で入ったり、
〒のような感じで入ったり、日によって違うのだ。
しかも、イメージしようと思ってイメージしているのではなく、
目をつぶって手を合わせると、とたんにその人の姿が頭に浮かんできてしまう。

うーむ、このお社の神様なんだろうか。それとも、妖怪とかよくないものの類なんだろうか。
お社にはもともと荒神様を祀っているから、軽い気持ちで拝んではいけないものもあると聞く。
もしかしてこのお社もそのたぐいだったんだろうか…と思った。

 

でも、なんとなくその「人外のナントカ様」のこともあまりに毎回なので親しみを覚えるようになった。
いつもそんな風に、目の周りに黒が入っているので、あまり表情がわからないし、
壁に張り付いているような変な格好をしていたり、空からぶら下がっているような感じに見えたりと、
こちらのイメージ力を超えた感じで出てくるので、「これは、俺の頭の中で考え出したものではないのだな」ということが
だんだん確定的になっていった。
やがて、ちゃんと地に足をつけて、普通の立ち姿でその「ナントカ様」が現れるようになった。
そして、化粧が薄く、というか、表情がわかるような化粧になってきた。
目の周りの黒い線が消え、額やほおだけ、目の淵だけ…というようなものになり、
こちらを脅かすような表情をしていないことがわかってきた。やはりどうも、このお社で祀られている神様のようだった。
それから、この神様のことを心の中で「●●様」と呼ぶようになった。

そんなある日、スマホをなくした。
おそらく会社の周辺だとは思うが、たまたまあちこち移動したこともあり、
まったく行方に心当たりがない。しかも、そんなにスマホ中毒というわけでもなかったので、
気づくのが遅かった。なくしてから1日、下手すると2日経っているかもしれない。
自分のスマホに電話をかけてみても、誰も出ない。GPSも使えず、手がかりもないまま、1日経過した。
俺は朝のご挨拶で、「スマホをなくしてしまいました。見つかりますように…」とお祈りしてみた。
すると、帰りに頭の中に声がした。
「見つかるぞ」

まさか、と思った。何しろなくしてから下手すると2,3日経っている。
そのうち、何度も電話をこちらからかけているので、親切な人が拾ったのなら
出てくれるか、警察に届けるかしてくれているだろう。
遠隔で機能を止めてはいるが、本体もまだ新しい。このまま出てこないのでは…

だが、その日の昼休みに、ダメ元でまたかけてみると、数回のコールで誰かが電話に出た。
あまりに驚いてなかなか言葉が出なかったのだが、とにかくそのスマホの持ち主だと
とっかかりつっかかり相手に伝えたところ、隣町の警察署だった。
学生とみられる人物が、警察署に届けてくれたものらしい。
まさに朝の不思議な声の通り、「見つかった」わけだ。

 

糖質かあ。まあ、科学的に考えるとそうだよね。
それからも、何度かこの「声」は聞こえて、
そのたびにその通りになったりはしている。
今のところ、生活について指図されたりすることはない。
たとえこの神様が、うつ状態から統合失調を併発(またはその逆)した俺の
脳みその産物だったんだとしても、一時期よりかなり精神的にも安定したし、
アンラッキーが起こる頻度がかなり下がって、ちょっとしたラッキーが続くようになったような気がするので、
それならそれでいいんじゃないかなあ、と思っている。

 

なんだろう、なんかもっといろいろと交流があった気がするのだが、
頭の中が真っ白で、具体的なエピソードが思い出せない状態に…
書いてほしくないのかもしれないので、もうやめとこうと思う。
ちなみにどうも、この神様はお天気の神様だったようです。

 

ちなみにちなみに、いろいろあって、嫁さんをもらって子供もいる。
これもいろいろあって、この●●様のおかげと思っている。
少なくとも子供は、●●様が妻のおなかに連れてきたと思う。

 

そうだ、それで何が言いたくてこのスレを立てたのかというと、
神様って、確かに「いる」し、「願いを叶えてくれる」けど、
人間臭いところと人間離れしているところがあって、
「このお願いを叶えてくださーーーい!!このお供え物をするから、絶対かなえて!」
みたいな感じで押し付けられると助けてくれなくて、
なんとなく毎日顔を合わせて、親しく(?)なってく中で
「困ったなあ」ということが起こると、「それならちょっと助けてあげる」
みたいな感じで護ってくれる存在なんだなあ、と思ったんです。
人間も、「宿題やりなさいよ!」「今やるとこだったのにやる気なくなった」みたいな感じで、
押し付けられるとやる気があってもやらなくなるでしょ。でも、目の前に困ってる人が
ふっと現れると手を貸したくなるよね。普段挨拶とかしてる顔見知りならなおさら。
神様も一緒で、こっちがもがいて、がんばって、自分でなんとかしようとしてる人が
たまたま神様の手が貸せるような位置にいると助けてくれるけど、
神様に丸投げしたり、運だけを欲しがったりするような人にはやる気なくすんだと思った。
なんていうか、神様って何かをお願いするためにある、人間を助けるためにある存在なのではなくて、
神様は神様で本来の仕事があって(●●様なら天気のこと)、仕事をしている中での近所づきあいの一環として
人間と挨拶しあったり、おすそ分けや親切をしたりされたりしているものなのかなと思う。
神様には神様の生活があるんだよね。

 

こんな話は嫁にも親友にも話せないしねえ
お百度参りは、出張の日の朝に行って出張先で一泊して、夜に家に戻る途中で
お参りするみたいな形でなんとか続けて、本当に100日連続でのお参りを達成しました。
そして、その後異動やらなんやらでこの神社の遠くに越してしまったので、
生まれた子供も●●様に見せたいと思いつつ見せられずにいる。
でも、毎日●●様のところに気持ちだけでもお参りして、毎日ありがとうございますと
思うことにしています。
なんだろう、神様がいるんだ、と思って生活していると、小さな幸せや
ちょっとしたラッキーに気が付きやすくなるような気がする。
そこで、ああ、神様のおかげでうまくいったなあ、ありがたいなあ、と思うと
すごく目の前にある幸せだったりとか、幸運なこととかが稀有で大切なことなんだと実感できるというか。
例えば、神様が本当にはいなかったとしても、一つの考え方として有効だと思う。

 

あと、こうして●●神社に通ってみて、「氏神様」「土地神様」という神様たちが
たぶん本当にその土地の守備とか、警備とかしてるんだなあ、と思ったので、
旅行とか出張に行くと、行った先の宿の近くの神社に挨拶に行けるときは行くようになった。
早朝とか。
そうすると珍しい動物に会えたりとか、ちょっといいことがあります。

自分がこれまで体験した神様関連の話 終

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