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心霊ちょっといい話『古い日記』など短編全10話

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心霊ちょっといい話『古い日記』など短編全10話 不思議な話
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留守電の声

ある日家に料理屋さんから覚えもないのに「予約の時間すぎてるんですけど。何時頃いらっしゃいますか?」と電話。

「予約してないんですけど」と言うと

お店の人が「たしかに女の人の声で留守電がはいってましたよ!」

と言われました。家で女は私1人です。
その店はまだ母が生きている時によくみんなで食事にいった料理屋さんで、まさかと思いつつお店に行って留守電を聞かせてもらいました。
なんと母の声だったんです!!

母が亡くなってから私たちはぱったり料理屋さんには行かなくなっていたので、母がみんなで集まって欲しいと思って天国から電話したんだとそのテープをもらいました。
帰る途中父が「今日はお母さんの命日だ!」と気づきさらに納得し、家でもう一度そのテープを聞こうとセットしたのですが、何も録音されていませんでした。

 

 

さよならしなきゃダメだよ

 

15年飼ってた犬が死んだ。
私が10歳の頃から飼ってて兄弟みたいに思ってたし、数年前に自殺した父が可愛がってた犬だったので本当に大事にしてた。
手術中の事故で突然死んで、あまりに悲しくて食欲もなく生理も止まった。

しばらくして夢に犬が出てきた。死んだはずの犬が母と散歩してる夢。
あれ?と思いながらも「タロー!」って駆け寄ったら、犬がすくっと二本足で立ち上がり、私にまっすぐ向いて「ボクにきちんとさようならを言わなきゃダメだよ」と・・・。
切なくて夢の中で泣きながらも、私を心配してお別れに来てくれたんだろうなと思って「分かった、バイバイ。愛してるからね。」と挨拶した。

3年後、また夢を見た。
犬はひろーい原っぱで元気に走り回ってた。
ただそれだけの夢。
でも起きてからしばらく涙が止まらなかった。
もう悲しさは癒えてるから、悲しい訳じゃないのに。
ただ、まだ心は繋がってるって気がした。

 

 

敬う気持ちを持つ猫

心霊かどうかは怪しいかもしれませんが・・・。

前のほうにあった話とかぶるかも知れませんが、私の家でも2年前、飼っていた
ネコが死にました。ネコエイズでした。
我が家は隣り合った部屋を二つ借りて住んでいます。(家庭内別居)
死んだネコは、私が住んでいる部屋とは別の部屋で飼っていました。
普段はそのネコと接することがほとんど無く、健康状態にも気遣ってやれませんでした。

そしてそのネコが死ぬ1ヶ月前、私が住んでいる方の部屋にひょっこりやってきました。
もうそのコは、一緒に暮らしていた頃の姿はしていませんでした。
ガリガリに痩せこけて…。
母が急いで病院に連れて行き、そこで病名が分りました。
もって1ヶ月の命だ、と診断されました。

そのコは自分の死期を悟り、私と母に別れを告げにきてくれたんですね。
そして、死ぬ三日前に隣の部屋に自分で戻って行きました。
一番可愛がってくれた父の傍で最後をむかえたかったのでしょう。

そのコが死んで一ヶ月間、父はそのコがいつも居た場所に餌と水を供えていました。
その餌と水は他の猫達に食べられる事が無かったそうです。
こう言っては何ですが、我家で飼っている猫たちはとてもいじきたないです。
餌をあげれば、10分で完食します。何も残りません。冷蔵庫を開ければ、すぐに飛んできます。

「供えてある餌を食べないという事は、この餌は死んだネコのもの、というのが猫達はちゃんと分っているんだな。」
と、父が言っていました。
それを聞いた時、私は泣いてしまいました。
死んだネコを敬う、猫達の気持ちに…。

 

 

帰ってきたシロ

シロがもらわれていったのは春になったばかりの頃でした。
家で飼っていた三毛猫が5匹の子供を産み、唯一のオスのシロ猫だけが一番始めに貰い手がついたのです。
シロがもらわれていってしばらくの間、親猫はいなくなった小猫を探して鳴いて家中を探しまわっていたものです。

まもなく夏になろうとするある雨の夜・・・・・・。
私は遅くまで机に向かっていました。家族はもう休んでおり、
家の中は静かでした。

「・・・・・ちゃん、・・・・・・ゆきちゃん・・・」

小さな細い声で名前を呼ばれて、私ははっと顔を上げました。
部屋のドアを開けて廊下を見ましたが家の中は相変わらず寝静まっています。
その時、何故そう思ったのかは分からないのですが、「帰ってきた」と思ったのです。
何かが、私を必要としている・・・そう思った私は部屋の雨戸を開けて外を見ました。
すると、私の部屋の窓の下に一匹のがりがりに痩せた灰色の猫が倒れていました。
私は急いで玄関から表に出ると、その猫を見に行きました。
猫は今にも死んでしまうのではないかと思うほど弱っていました。
それからの私は大忙しでした。バスタオルに猫を包み家の中に上げて牛乳を温めて猫に与えると・・・
猫は弱々しくも小さく鳴いて毛繕いを始めたのです。

翌朝猫を両親に見せると汚い猫を家に上げたので叱られましたが私は一緒に飼うんだと言い張りました。
どうせ、家には親猫と小猫の合わせて5匹いるのです。私は絶対に、この猫はシロだと言いましたが、父はそんなはずはないと言います。
何しろ、シロのもらわれていった先は車でも30分以上かかるところだから生まれて半年も経っていない猫が帰ってくるわけはないと言うのです。もっともではあります。
しかし、元気になった猫をお風呂に入れてシャンプーすると灰色の猫は美しい白猫でした。

ところが、まもなく、私の留守中に白の貰い手の人が訪ねてきたのです。
その人が言うには、いただいた猫がいなくなってしまったので
代わりの猫が欲しいとのこと。応対した母は、白猫のことは黙っていたそうです。それから猫もあげませんでした。
他の猫と仲良くじゃれて、母猫に甘える白猫がやはりシロに思えて不憫だったのでしょう。

反対した父でさえ、その頃には「白猫が帰ってきた」なんていう話を近所の人や、仕事仲間にしていたぐらいですから。
その後、シロは、おじいさんになって死ぬまで我が家で暮らしました。
彼は猫の癖に水が大好きで、夏の午後、庭の水まきを始めるとどこにいても飛んできます。そして、大騒ぎしながらホースの先にじゃれて、ずぶぬれになる遊びが大好きでした。

助けた御礼のつもりか、よく鳥を獲ってきて私に見せに来ました。
私が困って「生の鳥は食べられないんですけど・・」
と言ったら、生きたネズミの赤ん坊をくわえてきたことがあります。
案外彼らには、人の言葉が通じているのかもしれないですね。
私はといえば、もちろん、その猫はシロだったと思っています。
あの雨の夜、私の名前を呼んだあの声は何だったのかはわかりませんが・・・・・・。
誰かが私を呼んだことは確かなのですから。

 

 

素朴な疑問

私が体験した不思議な話です。

私(男)の母のお父さんが私が2歳の頃亡くなりました。
この子が成人式を迎えるときまで頑張らないとな、といっていた4日後の突然の事故でした。

私の家では、盆と正月に母の実家に家族揃って行き、お墓参りをし、各地から集まった親戚達と食事をするのです。

いつの頃でしょう、多分5,6歳の頃だと思うんですが、私がいつも思っていた疑問をある一人のおじちゃん(私はいつもその人をおじちゃんと呼んでいました)に聞いてみました。

「おじちゃん、何でおじちゃんの写真が仏壇に飾ってあるの?」

それを聞いたそのおじちゃんの嬉しそうな、恥ずかしそうな顔をまだはっきり覚えています。周りの大人は、驚いた様子でしたが。

大人達は何か言いたそうだったのですが、言葉にできず、私もその雰囲気に絶えられず外に遊びに行きました。

残念ながらそれ以降の記憶がありません。私も年齢を重ね、そのおじちゃんの死を自然に理解して、この出来事をすっかり忘れていました。

いつも母の実家に行くたびに、そのおじちゃんに遊んでもらっていたような気がします。

 

 

ハムスターとのお別れ

 

私は自他共に認めるハムバカ。最大30匹超のハムを飼ってた事もあります。
最近は冷静になって4~5匹ですが、今まで飼ってきたハムの中で一番賢く美しい、と思っている子の話です。

その子の名前は「ユキちゃん」。混じりっけ無しの真っ白なジャンガリアン。
餌の時間になると餌入れに前脚をちょこんと揃えて載せて、じっ~~と待っていたり、私の掌で熟睡してくれたり。本っ当に可愛い奴でした。
しかし、飼い始めて1年半程過ぎた頃に、下顎の辺りがみるみる膨らんできました。
医者に連れて行きましたが、悪性の腫瘍らしい。
摘出しても長くは生きられないし、無理に摘出しても消耗するだけ、とのことだったので、泣く泣く処置を諦めて奇跡を願うほかありませんでした。
願いも空しく’00の11月末に天に召されてしまいました。
そのときの出来事です。

 

当時私の職場は、なぜか病気休暇や寿休暇の人が続出して、その穴埋めのために残業が続いてました。
やっと休暇がとれたので、自室で大の字になってウトウトしてました。
すると、パタパタパタ・・・と小さく軽い足音が。
「また○○が脱走したな。」などと思っていると、耳元でフンフンと鼻をヒクつかせる気配。
耳にヒゲがこちょこちょとあたる感触もありました。
「こらっ」とばかりに捕まえようとしたのですが空振り。
あれーと思ってケージを見ると誰も脱走してません。
そして、ふとユキちゃんのケージを見ると・・・
彼女が冷たくなってました。一見すると、ただスヤスヤ眠ってるようにしか見えなかった。

すぐに母と一緒に庭に埋め、大好物のかぼちゃの種を供えました。
そして母に先程の出来事を話すと、「最後のお別れを言いに来たんじゃないの?」と言われました。
その瞬間、大量の涙が出てきました。母もつられたのか、目頭を押さえてました。
今でも時々ユキちゃんの夢を見ます。

 

 

合格発表

中三の冬に、祖父が肺炎で入院した。
高校受験を控えていた俺は、受験勉強の合間に何度か祖父の見舞いに行った。
鼻や口に管をたくさん付けられて、ベットに寝かされた祖父の姿は、とても苦しそうで、かわいそうだった。

祖父の容態を心配しつつ、受験勉強を続け、いよいよ第一志望校の試験日をむかえた。
残念ながら、試験は散々な出来だった。俺は暗い気持ちで合格発表を待つことになった。
一方、祖父の容態は徐々に悪化していった。そして、第一志望校の合格発表の二日前に、とうとう祖父は亡くなった。

合格発表の日と、祖父の葬式の日が、偶然重なることになった。
祖父の葬式を終え、家に帰ると、試験結果の通知が届いていた。結果は、合格だった。
きっと祖父が合格させてくれたに違いない、と思った俺は、祖父への感謝の気持ちが重なって、葬式の時よりも泣いてしまった。

今でも祖父の仏壇に線香をあげるときには、この事を感謝しながら手をあわせている。
じいちゃん、ありがとう。

 

 

お知らせ

うちの弟はときどき高熱を出す。
それも、40度を超えるか超えないかくらいの高熱なので、家族は心配でしょうがない。
超未熟児で産まれたせいか、ちょっと身体が弱いんだな。
真夜中にいきなり熱出してることもあるのだが、そういう「家族が気づかぬうちに」という状況だと、必ずといっていいほど母の夢枕に死んだば祖母が立って「熱だしとるぞ~」とお知らせしてくれるのだ。はっきり言って便利だ。

感謝している。
うちの弟の守護霊は祖母に違いないと家族みんなで思っている。

 

 

ダニには気をつけろ

 

独り暮らしを始めて初めての梅雨時期。
この季節って雨ばかり降って洗濯物や布団とかナカナカ干せないですよね。
そんなある日布団にダニが発生したんです。
そんな事も知らずに寝てると夜中寝苦しい。
モソモソしてるとイキナリ神縛りにあってしまって、こんな経験何度もしてるから大体「ああまたかなっ」て思ってたら案の定人型の黒い影がワタシを起こそうとするんです。
そんな時ワタシはいつも体ノットラレテモいけないと考えるタチなので、
「負けてたまるか~!」
と精神を集中させて目を覚ましました。

そして起きてとりあえず照明をつけて一息入れていて、自分の体を見てみると所々が赤くなっており、しかも痒い。
いかにもダニにやられたような皮膚。

その時気づきましたよ。
「ああ、この布団で寝てるとダニにカマレルから起こそうとしてくれたんだな。」と

 

 

古い日記

 

随分前の事ですが、知り合いのおばさんの父親が亡くなりました。
大往生で眠る様に息を引き取ったとの事でした。
遺族がその方の持ち物を整理していると、机の中からその方の古い手記が封筒に
入っているのを見つけました。
私は後にその手記を見せてもらったのですが大筋は次のような内容でした。

その方がまだ若い頃、船着場の酒場の2階の窓から酔って下に落ちた事がありました。
そのまま人事不省に陥って3日ほど意識不明になったのですが、その間にその方は所謂臨死体験をします。
綺麗な花畑のようなところで、その方の亡くなった親族が出てきて、その方を心配しているとか今でも見守っているとかいう話をされたそうです。
そののち、その方いわく如来のような人のところへ連れて行かれると、その光り輝く存在に次の様に言われたといいます。

「おまえはまだ、こちらにくる時期ではない。これから人様の為になるように一生懸命働いて、85歳になったらまたこちらへ来なさい。」

そして息を吹き返してから、心を入れ替えようと思って真面目に一生懸命働いて暮らしたそうで、自分が亡くなった後、家族がこの手記を読むように、こっそり机の奥にしまっておく事にする、というような文章で締めくくられていました。

事実、その方はその意識不明になる事件の前と後では人が変わったように真面目になったそうです。そして、その方が亡くなったのは85歳の時でした。

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