心霊ちょっといい話 短編集 – 全18話

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心霊ちょっといい話 短編集 - 全18話 不思議な話
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心霊ちょっといい話 – 全18話

 

野良犬

 

とある女性が、どこかしらの綺麗な川が流れるところに立っていたそうな。
川の向こうには、これまたきれいなお花畑があったので、そこに行こうとすると、何かがまとわりついてくる。
それは、その女性の家に残飯を貰いに来ていた野良犬だったそうで。
何度、川向うに行きたいから邪魔をするなと言っても、吠えたりまとわりついたりして邪魔をする…
ところで、どこかしらか「お母さん、お母さん!!」という声が。

気が付くと、そこは病院のベッドの上。
傍にいた声の主は彼女の娘さんで。
女性は、クモ膜下出血で3日ほど意識がなかったのだとか。

そして、家に残飯を食べに来た野良犬の事など、女性はすっかり忘れていたこと、野良犬が来ていたのも
50年以上昔の事だった事、野犬狩りが来ると言うので、野良犬を家の裏につないで、「うちの犬です」と
嘘をついてかくまった事(犬はgkbrだったそうで)を、その時一気に思い出したそうな。
「川を渡らせまいとしたんだろうかねえ」って言ってた。

 

 

桜の花びら

 

三年前の四月、母方の祖母が亡くなりました。その日は桜がちょうど満開で、風のない晴れた日でした。
葬儀のあと行った火葬場も周りを桜で囲まれていました。
最後のお別れを一通りすませ、係の方が棺の顔の部分の蓋を閉めようとしたんです。その時、さっきまで風なんかほとんど吹いていなかったのに、外から一瞬だけ“ゴォーッ”っと風の吹く音がして窓を叩いたんです。

その音に思わずみんなで窓の外を見ると…

風に舞うたくさんの桜の花びらが…。

…あれは、祖母からのお別れのメッセージだったのでしょうか。たまたまタイミングがよかっただけなのかもしれませんが…。
舞い散る桜を見ながら、親戚は口々に『おばあちゃんがさよならを言ってるよー』って泣いていました。

桜も泣いたけれど、火葬後の係の方の言葉(一部うろ覚え)
『亡くなられた方は、火葬した直後はまだ自分が死んだということを気付いていません。
でも自分の形(身体)が無くなってしまっているのでどこに行けばいいのか困り、ここ(火葬場)に留まってしまいます。
なので、ここを出てから家に帰るまで“おばあちゃんお家に帰るよー”“車に乗るよー”など、絶えず言葉をかけて一緒に連れて帰ってあげて下さい。
目には見えませんが、ちゃんと一緒についてきます』

そっちの言葉のほうが泣けた…。

 

 

大往生

 

俺が小学校5年のころに、ひいじいちゃんが無くなった。病気や怪我で死んだわけではなく、老衰だった。
98歳の大往生だった。俺に小遣いくれたり、一緒に釣りに行ったり、燻製つくりをしたり、その他にも火薬の作り方とかも教えてくれて、何でも知っていて、いろいろな遊びを教えてくれるひいじいちゃんだった。

大往生で無くなったので、葬式でもその後の宴会でもみんな和やかなムードだった。
ただ、一番懐いていた俺はやっぱり悲しくて、一人自分の部屋でシクシク泣いていた。

客も皆帰って、ごく身近な親戚だけになったので、風呂に入って寝た。
当時寝ていたベッドは、二段ベッドの下がない様なもので、横になると田んぼと家の前の道路がよく見えた。
暑くて目が覚めて、何となく窓のほうを見ると、白い着物を着た人間がスーッと移動していた。
そして、その白い人はピタリと止まると、こっちの方を向いて片手をすっと伸ばして、頭の上でクルクルとまわしていた。
よくは見えなかったが、きっとひいじいちゃんに間違いないと思い、自分も必死にひいじいちゃんと同じように、手を振り替えした。
しばらくすると、またスーッと移動して消えてしまった。

大人になって気づいたが、あの時の手の振り方は、海軍の兵隊や軍人が帽子を持って手を振る独特のものだった。

「そういえばひいじいちゃんは、元軍人だったなぁ。」

とぼんやり思い出した。あの時の白い人は絶対にひいじいちゃんに間違いないと確信した。
ひいじいちゃんが、軍人だった頃に被っていた略帽?は俺が貰って大事にしている。

ひいじいちゃん元気かなぁ。

 

 

酒呑み

 

夢だったのかなんなのか?

過労とストレスでアル中になりかけてた徹夜明けの昼。
冷蔵庫からビールを取り出し、一口飲んで後ろを振り向くと、亡くなった業界の先輩たちが酒盛りしてた。
こちらの存在に気がつくと、先輩は
「なんだ、しけた面しやがって。酒が不味くなるだろうが!この青二才が」
と生前良く見た鬼の形相で近づいてくる。
そして、これまた生前良くやったように、ひとの頭を思いっきりグーで殴って一言。
「酒がなくなった頃に来やがれっ!」
思わず「女に手を上げるのかあああっ!」と叫んだところで目が覚めた。
気がつくと、手にビールの缶を持ったままゲロしてる倒れている上に、頭にでっかいこぶが出来てた。

その後、病院へ行くとでっかい胃潰瘍やら自律神経失調症やらなんやらが見つかった。
あれで私は酒をすっぱりやめられたが、先輩の生前と同じ不器用な愛情表現に助けられたのだと思う。

が、自分が死んだらまたアチラ側でも飲み会のパシリかと思うと、不死になる方法はないかと心から思う。

 

 

酒盛り

 

昨夜、何軒はしご酒したのか憶えてないくらいベロ酔いしちゃって、うろ覚えの体験(?)談。
タクシーでなんとかアパート(一人暮らし)まで帰ってきたのはいいんだが、ドアの前で鍵をなくした事に
気付き、急いで引き返そうにも持ち合わせがなかったので仕方なくドアの前で座り夜を明かそうと寝た。
その夢の中で知らない中年夫婦と俺との3人で楽しい雰囲気の中、日本酒を呑み交わしていた。
次第に宴も盛り上がっていき調子に乗ってた俺は持ってるグラスを一気に

「 南 無 三 !! 」
と気合いの掛け声と共に飲み干した瞬間、その中年夫婦がスーッと消えてしまった。そして夢から覚めた。
夢から覚めたら、アパートの裏近くにある墓場だった。
お墓にもたれながら片手に薄汚れた空のワンカップを持っていた、、、オェッ

ワンカップのフタは開いていたと捉えて、その場で激しく嘔吐しました…。
咄嗟のことでフタがないかまで頭が回りませんでした…orz
ちなみに昨夜は失恋のショックでヤケ酒気味だったんだけど、あのお二方は消沈しきってる俺に

「おにいちゃんはカッコイイんだから!」

とか慰めてくれてたりして随分救われました。
顔はまったく憶えてないが、あの居心地のよさは確かに忘れられません。
ありがと!!おじちゃん、おばちゃん!迷わず成仏してくれ!!
それでは、まだ失恋の傷が癒えぬので夜の街に行ってきま~\(^O^)/

 

 

地味な女性

 

今住んでるアパートに地味な女の人が出るんだけど、(そのお陰で家賃半分以下だし)
元々実家が古戦場の近くにあったからしょっちゅう血まみれのオッサンとか見てたせいで、
出てきても「はいはい乙乙」とか「テーブルの上のバナナ食っていいよ」とか
「今日も美人っすねwwwフヒヒwwwサーセンwww」的な扱いをしてたんだ、特に害も無かったし

で、情けない話なんだけど彼女と些細な事で大喧嘩して部屋でメソメソしてる所に、
いつもより早く幽霊登場。(いつも俺が寝てる3時ぐらいに出てくるんだけど、この日は1時位)
いつも部屋の端から出てきて部屋の真ん中のテーブルの上に乗せてある食い物を物色してから
また元の部屋の端に消えていくんだけど、その日は何故かメソメソしてる俺の方まで歩いてきて
「そんなに後悔してるんならさっさと謝っちまえよ」「今すぐにでもメールしとけって」的な説教を
延々と小一時間されて、結局2時ごろ監督されながら彼女にメールを打つことになった

翌朝、枕元に放置されてた携帯に彼女からの「自分も悪かった。ゴメン。」みたいなメールが届いてた

深夜帯の妙なテンションと幽霊の80年代センスで監督された送信メールを見て
そのあと俺はかつてないほど悶絶するハメになったっていうのはまた別の話
「やっぱりキミなしじゃ生きていけない」だっておwwwwwww

 

 

骨女

 

先に断っとくが当方零感。

去年のこと、まぁよくある金縛りになってたんだ。
そしてこれまたよくある馬乗り状態の奴が上に居った。
一つよくある話と違うのはガチ骨だったことだな(着物着てた)
で、そのまま日が昇って初日終了。
出始めて一週間くらいかないきなり話「怖い?」としかけてきてた。
流石に若干の慣れがあって「それほど」と言った。(金縛りとけた)
そしたら覆い被さるようにずいっと顔(シャレコウベ)を直ぐ近くまで寄せてきて消えた。

それから二、三日現れんかったがある晩いきなり布団の中、
背中側に入ってて背中に手(このときも感触からして骨だったと思う)あてて一晩中泣いてました。
次の日は愚痴を一晩聞かされた。
元禄生まれだとか身売りさせられたとか信じた男に裏切られたとか若くして死んだとか。
一番ビビったのはその男が俺に似てたってことだな。(見た目じゃなく雰囲気らしいが)
で、更に次の日向かい合った状態で布団に入っとった。このときは普通の状態だったが。
ほんで話掛けてきた。「抱きしめて欲しい、裏切った男の代わりに」ってよ。
まぁ、相手は幽霊だ取り敢えず「連れてくつもりか?」って聞いてみた。
勿論相手は否定したが「やっぱり怖い?」って言われたわ。
まぁアレだ、正直言って俺は20年生きてきて色気話が無かった奴だ。
正直今後女性にこんなこと言われることは無いかも知れん。
ならば例え相手が幽霊だろうが構わん、いや寧ろ幽霊娘、モン娘、妖怪娘好きの変態だ。
で、これで結果取り殺されてもいいやと思い、
両親にすんません等してギュッと布団の中で一晩中抱きしめてやってた。
気が付いたら朝で彼女も居なかった。

そしてそれ以来彼女は現れなくなった……のだが今年の盆の晩に帰ってきました。
正味、盆が過ぎたら「では、又来年。」って言って再び彼岸(多分そんな場所)に帰って行ったと思います。
俺憑かれたのか? しかも盆に堂々帰って来るって先祖公認かよ!!

 

 

トントンと僕

 

子供の頃、イタズラ好きな何かと一緒だった。
見えなかったから何かの正体は分からなかったけど、イタズラ好きだった。
例えば、俺が誰かと並んで座ってたり歩いてたりすると、良く隣の人の肩をトントンと叩いてた。
巧いこと見てない隙を狙うので、大抵は俺が疑われた。
小学校三年生辺りで慣れた。
ただ、時計が狂うのは困り物だった。
電池式・家庭用電源・アナログ・デジタル問わず、身の回りの時計は月差15~30分はズレた。
音楽を聴いてると、スピードが早くなったり遅くなったりした。
CD聴いてると勝手に早送りとかするんで、一回「うるさいよ」って呟いたら、その瞬間に正常に戻ってちょっと笑った。

中学生になって、生きていれば一つ下の弟がいたと聞かされた。
あれは弟なのかな、と思った。

ドジな所もあった。
高校生の頃には、隣の彼女の肩をいつもの様にトントン叩いたが、
振り向いた彼女が見たのはジュースを注ぐ為に両手が塞がってたので彼女パニック。超パニック。
時計も相変わらず狂う。俺ちょっと涙目。
外を歩いていて、いきなり後ろから引っ張られて立ち止まったら、
目の前にハトのフンが落ちた事もあった。
高校を出て上京した時は、トントンのお陰で出来た友達が居た。
トントンがきっかけで彼女も出来た。
ちょっと助かった。
でもまだ時計は狂う。

二十歳を幾らか過ぎた頃から、イタズラはなくなった。
時計も、もう狂わない。

 

 

幽霊の出る時

 

十数年ぐらい前から生活が乱れてどうしょうもなくなると同じ幽霊が出る。

細くて背の高い女の人。けっこうキレイな顔立ちだ。
立っているだけで何も言わない。

ちなみに私も女性なのでエロい妄想ではない。

彼女が出ると「あ、今だめなんだな。がんばろ。」
となって、その後の生活がだいたいどうにかなってきたので
ありがたい存在だ。

結婚して、そんなに生活が乱れることもなくなってご無沙汰だったが
一ヶ月ばかり前に久々に出た。

「仕事やめろ~。※~&・・・」

はじめてしゃべったのだが・・・・
私の田舎の方言だった。

キレイな顔なのに強烈になまっていた。

彼女の言葉をそのまま書くと英語より難解な日本語になるので省略。
体が悪い、子供産め、家庭を大切にと説教された。

もう、こりゃ仕事やめるしかない。

ほんとに仕事やめた。

 

 

天井の兵隊さん

 

家の姉は霊感が強いらしく、家でよく霊を見るらしい
姉の話によれば、俺の部屋の前の廊下の天井に兵隊さんが列をなして歩いてるらしい

数年前から言ってたんだが、俺には姿はおろか気配すら感じた事が無かったので
たいして気にしてなかったんだが少し前に俺の前に姿を現したんだよ。

夜中の一時ぐらいに喉が渇いたから飲み物を取りに行こうとして廊下に出たら
いるのよ、逆さまにぶら下がった兵隊さんが
しかも、戦死したひとらしく腕や足が無い人が大半なんだよ

廊下の端からこっちに向かってザッザッザッザって足並みそろえて歩いてきて
うわぁやべぇとか思ってたら、先頭の人が俺の一㍍ぐらい前まで来て止まるのよ
もうそのときは怖さで軽い金縛り状態になってたわ

で、もうどうしていいかわからずにとりあえず敬礼したんだよ
そしたら先頭に居た人だけ敬礼を返してきて、一言

「お勤めご苦労様です。」

って言って、俺の横を通り過ぎていったんだけど
すれ違う兵隊さんが全員声かけてくれんの

「がんばれよ」とか「無理するな」とか「体壊すなよ」とか

なんか全員励ましてくれて、ちょうどそのとき仕事が追い込みの時期で
肉体的にも精神的にもやばい状態だったから泣けてきちゃって、
ぼろぼろ泣きながら

「はい!○○(名前)は最後までやり通します!!」

って言ったら、最後の兵隊さんが微笑みかけてくれて
その後、兵隊さんが消えても涙が止まらなくなっちゃって
しばらく敬礼したまま泣いてたよ。

それから、ハッキリとは見えないんだけどぼんやりと兵隊さんを感じるようになった。
次にまた会えたら怪我の手当てでもしてやれたらいいんだけど、
なにか幽霊に対して出来ることってないかな?

とりあえず、手近にあったエビス(缶)と豆大福を救急箱の上に乗っけて廊下に置いておいた。
そのうち作れたら、天井付近に棚でも作ってそこに置く事にするお。

姉に報告したところ

俺「姉貴、前言ってた兵隊さんの霊が・・・・・てなかんじで見たんだよ。」

姉「えーまじでー、除霊とかしてもらった方がいいんじゃない?」

俺「え・・・?なんでよ。」

姉「だって、戦死した人なんて気持ち悪いじゃん、そうだ塩まいといてあげようか?」

という予想外のきりかえしですた。

(ノД`;)ウェーン 話すんじゃなかった。

その後で聞いた話
姉が見た兵隊さんは飛行機の乗組員というか特攻隊のような出で立ちをした人だったそうで

いったい家のまわりでは何があったんだろうか・・・。

追記
廊下に置いておいた豆大福の乗った皿の横に塩が盛ってありました。
さすがに申し訳ないので、塩だけ洗い流しておきました。

 

 

陣痛見舞い

 

陣痛の最中言ってしまった言葉!

軽いオカルト入ってます。
私7か月の時夫が急逝、泣きながらもこの子を生んで立派に育てるぞ!と決意した。
いざ出産へ!
最初は「こ、こんな痛みあの人が感じた事に比べたら」と殊勝に頑張ったが、
そうも言ってられなくなってきた。
ベッドで唸っていたら何と亡くなった夫がベッドの真横に居る。
嬉しくて嬉しくて泣いてしまい、驚いた義母と兄嫁に説明すると泣かれた。
「夫さんが付いてくれてるから!」って頑張ってたら、
本気でそんな事言ってらんなくなった。
「ぎゅぬぬぬぬぬうぬうぬぬうううぬぬぬううううううううぬぬぬううううぬななうぬううう」と唸っていたら
ふと気がつくと夫が居ない。
「うぎゃああああああーーん!!」と泣き叫んで義母に
「夫さんが見えないーー見えないーー!」と八つ当たり、
義母も「こらバカ息子!!出て来い!!」と叫んで、しばらく意識飛んだらまた夫が見えた。
「夫ー夫ー…(泣き疲れて寝る)ぎゅわわあああああああぬぬあああああああああ(陣痛再開)」
本当に優しい夫、優柔不断と言われた事もあった夫、でも本当に私達を大事にしてくれた、
虫も殺せないとは夫の為の言葉、本当に本当に優しかった夫。
幽霊の癖にめっちゃビビって、ドア付近に立ってるw
「夫ーー!しっかり見ろーー!これがお前の最初で最後の子供だーー!」
「ここに居てお願い!夫、パパになるんだよー!」
だの叫んでたら看護師さん達も号泣。
でも私はビシバシと夫がビビってるのを感じたw
それから生まれるまでほぼ意識飛んでたけど、子供の顔見た時
「うわぁぁー夫ー夫ー子供だよー」って言ったら脳裏にあの優しい笑顔が出てきた。
医師や看護師さん達は泣いてたんだけど「大丈夫、夫いるから!そこに居るから!!」って言った。
生まれた子は夫クローンwwww笑っちゃう位wwww
義父母だけでなく、事情を知ってる夫親戚も見てうっかり笑う位w
陣痛の苦しみから見た幻かもしれないけど、義母は「ドアの所に居た」ってのを聞いて信じてくれたw
「夫は怖がりだったからね…」って。
頑張って育てるんで私が行くまであの世でのんびりしててくれよ、夫w

 

 

不思議な奴

 

小学校低学年の頃、近所に友達もいなかったので
一人で学校に帰ってた。
途中にボロアパートがあったんだけど、
そこに差し掛かると、いつも俺の体にめり込むようにして小さな男の子がついてきた。

当時の僕の小さな体に半分ぐらいめり込んでたけど、
「不思議な奴だな」と思うぐらいでたいして気にも留めなかった。
そんな彼はそのボロアパートのある場所から
地元の人からは首なし地蔵と呼ばれてる地蔵群ぐらいまでついてきた。

そんなこんなで1カ月だか2カ月だか会話もなしに帰ってたんだけど
ある日、寝る前に突然耳元で「ありがとう」の声。
会話もしたことなかったから何の根拠もないんだけど彼だと直感した。

それから二度と彼と帰ることはなかったのだけど、
彼は無事に成仏したんだろか。

 

 

おっさんと歌

 

5年ぐらい前は、自分、カラオケ好きで週1回は行っていた。
近所のカラオケの女子トイレ、いつもおっさんが座っていた。
「どいてね」と声をかけてから用を足していたんだけど、いつ頃からか、そのおっさんが話しかけてきた。
自分は外に出られないこと、家に帰れないこと、早く成仏したいこと
ふん、大変だね。とドアを開けてあげて「さあ、外に出て」と出してあげた。
その次にカラオケに行ったとき、突然リモコンがおかしくなって
勝手に曲を予約しちゃったり、動かなくなったり。
数週間その状態が続いた。
ある日、トイレのドア付近で例のおっさんが話しかけてきた。
「姉ちゃん、歌うまいなあ。演歌、3曲歌ってくれないか?
石川さゆりの曲と八代亜紀の曲がいいんだけど。そうしたら
思い残すことなくあの世にいける」っていうんで
いつもJ-POPばかり歌ってたんだけど「ド演歌」を歌ってみた。
3曲目が終わったとき「ありがとう。姉ちゃん。」って声が聞こえた。
それ以降、リモコンがおかしくなることもなく、おっさんの気配も消えた。

 

 

沖縄から

 

大学時代に旅行で沖縄行って、旅行終わって帰宅した夜、部屋に日本兵が出た。
目茶苦茶怖かったが、ただ立ち尽くしてるだけで暫くしたら消えた。

痩せてたし顔色悪かったし、戦争でお腹へって亡くなったのかな~と思い、
翌日はお茶とおにぎりを用意して待った。
その日も出たが、やっぱり立ってるだけで暫くしたら消えた。

数日お茶とおにぎりを用意して観察したが、同じ事が続いた。
私も「何が気に食わないんだろう」と思いながら
おにぎり増やしたり漬物付けたり味噌汁付けたりしてた。

そんな事が一週間くらい続き、連日夜中まで起きていた私はそろそろ眠気に勝てなくなった。
そこで、もはや和食フルコース(お茶、おにぎり、味噌汁、漬物、焼き鮭、煮物、お饅頭)と化した食事を用意し、
その日は早めに就寝。

夜中に気配で目が覚めて、コッソリ見たら、日本兵ガツガツ食ってた。ちょっと泣いてた。
全て飲み食いした後に立ち上がり、私に向かってビシッと敬礼して消えた。
以後は来なかった。

朝、日本兵が食べたと思った食べ物は一応形は残ってたけど、
どれも一晩じゃ考えられないくらい水分が抜けてカラカラになっていた。
お茶と味噌汁は無くなってた。

祖父(徴兵経験は無い)に話したら
「男ってのは生きてても死んでてもそういうもんだ。変な意地がある。
若い娘に飯がっついてる所見られたくなかったんだろ」
と言っていた。
最初毎晩観察してた私が生殺しにしてたのか……と思うと少し申し訳ない。

 

 

生徒指導の先生

 

高校生の頃の話。
センター試験まで一か月切った時、生徒指導の先生が事故で亡くなった。
凄く厳しいのに何故か生徒に人気のある人で、私もかなりお世話になったし大好きな先生だった。
お葬式では男子も女子も号泣していた。

そしてセンター試験前夜、その先生が夢に出た。

「おい○○(私)、お前またスカート短うして!そんなんじゃ大学受かっても男遊びに走って勉強せんくなるぞ!
しかし髪を黒に直したのは評価してやる。肩にかかる前に結べよ!
第一ボタンも閉める!キッチリした格好でセンター試験受けて来い!」

先生はそう言った。はっきり覚えてる。
センター試験終わってから友達に話すと、「私も先生の夢見た」「俺も!」と各々話出し、学年全員の所に先生が来た事が判明。
身なりを普段からきちんとしていた子には激励のみだったが、
服装乱し気味だった子はみんな「髪が茶色い」だの「化粧するな」だの「ピアスの穴塞げ」だの、
とりあえず怒られてからの激励だった。
「死んでも生徒指導て……」「真面目にせんと呪われて大学落ちるんじゃないか(笑)」とみんなで笑った思い出。
怒られなかった子達は何故か「なんかいいな~。私も怒られたかった」と悔しがりつつ笑っていた。
前期落ちたけど、後期で無事に第一志望に受かり、男遊びもしてませんよ先生。(笑)

 

 

みかさんの部屋

 

昔、大学の頃引っ越したアパートで幽霊と暮らしてたことがある。

そのアパートの近所には安いスーパーがあって、私はいつも家に届くクーポン付きチラシを使っていた。
ある日、クーポンを一つ一つに切り取って、それをテーブルの上に放置したまま寝た事があった。
起きてみるとなぜか卵の割引クーポンだけが裏向きに引っくり返っている。
最初は自分がやったのかなと思ったけど、そんな事が何度か起こってから自分がやったんじゃないと気付いた。

気味悪いなーと思いつつも(当時は)幽霊信じない派だったので、その日引っくり返っていた鶏肉のクーポンを使って
料理を作った。
多分幽霊信じてる人だったらそんな事怖くてできなかったんじゃないかなあと思う。
その日は料理を作りすぎてしまって、残りは明日に食べようとテーブルに置いておいた。ラップをかけるのを忘れて。
次の日起きてみると、明らかに減っている鶏肉料理。
都市伝説みたいにベッドの下に人がいるんじゃないかと探したけどそんな訳もない。
半信半疑でノートに「あなたは幽霊ですか?」と書き、その下に「はい」「いいえ」と書いた二つのメモを置いて寝てみた。
翌朝、「はい」が裏返っていた。

それからは一夜一夜寝る度に質問した。
どうやらその人(幽霊?)は女性で、私がその部屋に来るもっと前からそこに住んでいたらしい。
名前は「みか」。
(昔の事を聞いたときにどちらの紙も裏返ってなかった事があったから
「昔の事は聞かない方がいいですか?」と質問したら「はい」が返ってきたからそれ以上本人についての事は聞いてない。
ちなみに名前については何十枚か女性の名前を書いた紙を置いておいて、「みか」の紙が裏返ってたことで判明した。)
そんなのを続けるうちに私はみかさんと友達になって、一夜を明かさなくても目の前で紙をめくってくれるようになった。

晩御飯も切り取ったクーポンをを用意して二人で決めたし、
見たい番組もテレビ欄を切り取って、意見が合わなかった時は話し合った。
一緒に生活してるうちにみかさんのセンスがなかなかいいことに気が付いて
「こっちだったら「はい」こっちだったら「いいえ」として、どっちのほうがいいですかね?」とか言って
出かけるときに服選んでもらったりした。
多分幽霊に洋服のアドバイス貰ったのって世界でも私ぐらいだと思う。

みかさんには同人的な部分でもお世話になった。
イベント当日にヒーヒー言いながら製本してたら、なぜか一枚だけ引っくり返っていて
よく見てみるとホチキスの芯が捻じ曲がっていてすごく危ない状態になっていたとか、
表紙の構図案をいくつか描いて、どれがいいかめくってもらったりとか。
同人活動できないのは死活問題だから、相手がそういうのに寛容な人でよかったと思う。
ただ見られていると思うとちょっとエロは描きづらかった。

でも大学四年の時、就職のために引っ越すことになった。
みかさんはその部屋から移動できないらしく、二人での生活はもう無理だった。
引っ越す前の晩は駅前で特上寿司を二人前買ってきて二人で食べた。
(と言ってもみかさんが食べたのは私が寝てからだったけど)
引越しの日、次に来る住人がみかさんの事に気づけるように
タンスのはじっこに今まで使っていた「はい」「いいえ」の紙をこっそり置いてきた。
それ以来みかさんには会っていない。霊体験なんかもそれ以来は一切無い。

文章にしてみたら想像以上に作り話っぽいけど、全部本当の話。
こんなのどう考えても電波ちゃんだと思われるから誰にもこの事を話した事はないんだけど
もしかしたらこのスレにみかさんの部屋に住んでいる人がいるかな、と思って書き込んでみました。

 

 

がしゃがしゃさん

 

じゃあ、うちの実家に居た幽霊の話。通称「がしゃがしゃのおじさん」「がしゃがしゃさん」
基本子供にしか見えない。中学生ぐらいから自然と気にならなくなる。
なんで「がしゃがしゃ」かというと、鎧を着てるから。(鉄ずれの音がインパクトに残るようで)
少なくとも爺様が子供の時にはもう居たらしい。

家に入った泥棒はとっちめたり、子供のお守をしてくれたり、延焼を防いでくれたりと
一見守り神のようながしゃがしゃさんだが、実はかなり恐がりでドジ。
テレビやラジオのようなものは慣れたらしいが、俺が子供の時はカメラやファンヒーターに
びくぅ!とすくみあがる姿を何度も見た。(音や光にびっくりするらしい)

その最たるもので今でも語り種なのは、俺が子供の時の話。
沢遊びに行って、足を滑らせて深みにはまった従兄弟を助けようとして飛び込んだ父。
それと同時に何故か一緒に飛び込むがしゃがしゃさん。
「え?ついてきてたの?」と訳が分からないまま呆然と見てたら、父が従兄弟を抱えて岸辺に戻ってきた。
水飲んでないみたいだし大丈夫だな、よかったなー、と騒ぐ大人達をよそに、子供一同川に釘付け。
手足バタバタさせているがしゃがしゃさん……明らかに溺れていた。

「うわあ助けないと!」と騒ぐ子供。俺は父に「がしゃがしゃさん溺れてる!」と言うと、
「鎧きてんのに何やってんだバカかー!」と父も慌て出す。
「どこらへんに居るんだ、俺もっぺん飛び込むから(父にはもう見えてない)」という親父を制し、
いつも冷静な兄貴が一言「……一度死んでるのに溺れるもん?」
しーんと静まり返った中、鎧の鉄ずれの音をさせてがしゃがしゃさんは川から浮き上がり、
バツが悪そうに背中丸めて立ち去っていった。

先日実家を取り壊す時に、十何年ぶりに姿を見かけた。
恐がりでドジなうえに泣き虫なおじさんだと判明。鎧はぼろぼろで落ち武者みたいだった。
親父や爺様にどことなく似ているから御先祖なんだろうか。
今では兄のところにいるがしゃがしゃさん。
電気ケトルのスイッチがきれるバチン!という音にびくびくしてると甥っ子が教えてくれた。

 

 

射撃と猟の師匠

 

私の射撃と猟の師匠だった人の話。以下師匠と書きます。
射撃場で知り合った人で、実父とほぼ同年代。その人の子供がアウトドアに完全に興味がなかったとかで、私を可愛がってくれた。その人の影響で北海道に狩猟にいくようになったんだけど、一頭も取れない。
私が通る時にはエゾ鹿は影も形もなく。数分後に仲間が通ると、見晴らしの良い場所にボケーと突っ立っているなんて状態が二年続いた。仲間からは、「運の無い奴」といわれたのが、二度目が終わったときには「運から見放された奴」とまで言われだした。
その師匠が見かねて「僕がガイドしてやるから」(北海道に移住して余生を過されていた)と仰ってくれたんだけど、私がもう意地になっててね。『自力でエゾ鹿の一頭くらい!』と、師匠のお誘いを断ったんだ。
(私は資産家というもんじゃないので、毎年行っていたわけではありません)

翌年、師匠が亡くなった。糖尿病が原因だった。亡くなる直前、避寒に戻ってきた師匠のところに遊びに行ったんだけど、顔がボーッとぼやけている様で。去り際、私に師匠がこう言ったんだ。
「元気になるから! そうしたら、北海道に連れて行ってください!」
以前は、遊びにお出でよとか誘ってくれた私にそういった。ああ、もう会えないかなって漠然と感じた。
六日後、北海道のご自宅に無理に戻った翌日の朝、亡くなられた。

葬式は、地元でやったので参列。で、ちょっと驚愕したけどこれは後述します。縁あって、師匠の愛銃が遺品として私の手元に。
その後、時々師匠が北海道を案内しながらレクチャーしてくれる夢を見た。蝦夷鹿・ヒグマの習性、山の植生、行動方法、実際の射撃の注意点等など。生前、何度かそういう話をしてもらっていたので、其れを思い出して夢に見たのかなと思っていました。

その冬、私は一人で北海道へ。小樽に上陸して、道東まで移動して行動開始。二度有る事は三度有る、
というかやっぱり一頭も見えない。撃ってはいけない場所、国道脇の疎林にはうじゃうじゃいるんです。
でも、危険もなく、違法でもない地域だと皆無。溜息をついて三日経過。そうしたら、夢にまた師匠が出て
きてレクチャーしてくれるんですよ。私の車の助手席に乗って、私は師匠の指示でハンドルを切る。林道
を走りながら、ああいう地形の影に蝦夷鹿がいることが多い、とか教えてくださる。ほおほお、と教わって
いました。
次の日。初めて入った山間地で、目立たない林道の入り口に自然にハンドルを切って乗り入れました。
走るほどに、どこかでこの風景みたな?と思い始め、二キロほど走るうちに昨夜夢でみた林道じゃないか、と疑い始めました。カーブの先に、沢の水が溢れて水溜りになっている等、夢のままです。思わず助手席を見るけれど、誰もいない。
予知夢かな、とか思いつつ走ると、足が勝手にブレーキを踏みながら、手はキーをオフしてエンジンを止め、キーを抜いた。
自分の行動が意味不明なんだけど、あまり疑問にも思わずライフルを手に取り、そっと車から降りて(ドアはあけたまま)脇を流れる川沿いの茂みに突入。
俺、何をやってるんだろ、と思いつつライフルの覆いを外して弾を弾倉にこめてそっと歩いていくと、茂みの切れ間から河原で水を飲んでいる鹿を発見。あ、いるよ!とそっと銃を装填して落ち着いて一発。
目の前に衝撃波で一瞬水蒸気が沸き、直ぐに消える向こうで鹿がクタッと沈むように腹ばいになったのが見えた。
やっと獲れた!とそいつに向かって歩き出したら、左側にもう一頭いたんだ。当然走っているけど、何気に銃を構えて狙い越ししてポンと撃ったら其れも命中。距離が200くらいあったから自分でも唖然として、水飛沫を上げてつんのめった鹿を見ていた。
ポカーンとしていたら、師匠の懐かしい声が耳元でしたんだ。
「やっと獲れたね。おめでとう」

って。号泣しました。師匠がガイドしてくれたんだ、ってね。そうしたら、また耳元で声が。
「二頭引き摺ってきて処理するの大変だよ。でも、まあいい狙撃が見れたから手伝うよ」
あ…そうだよ、土手にどうやって引き上げりゃいいんだろ、とその時初めて気づきました。
丸ごと引き上げることしか考えていなかった。残渣の処理が問題になった時期だったので(食えない部位もゴミとして放置したら法律違反)。師匠が閃かせてくれたんだろうな、そこで大雑把に水につけて冷やしながら解体、精肉。
食えない部位や皮などは、ゴミ袋に押し込んで担いで搬送。130キロ級の二頭を二時間も掛からずに処理できた。
これは今でも敗れない記録です。師匠、有難う。

でね、この師匠。葬式のときに初めて知ったんだけど「某有名カルト教」の結構な地位にいたお方。
葬儀会場で愕然としましたわ。一度も勧誘されたこともなければ、私が雑談の時に、その会長をケチョンケチョンに言っても
「教祖でもないのがカリスマ性を主張したらいかんよね。あれはね、嘘つき、俗物。駄目駄目」とか
ニコニコ笑って居られた。シンパではなくて私のように「あれ、嫌い」のスタンスだと思っていた。
北海道のご自宅には人●○命とかいう本がどさーっとベッドの脇に積み上げられていたんだけど、其れに私が気付いたら、こういった。
「その著者の本質を知らないと喧嘩も出来ないよ。根深い問題もあるからね」
でも、お題目が延々とリピートする葬儀会場。頭くらくらした。あれは洗脳そのものだ。え、○○先生からの
電報ですか、はー。

師匠、あなた生前、死んだら幽霊になれるかな、とか、幽霊を一度見てみたいんだ、神様もいるのか知りたいな、と仰っておられましたが、その宗教の絡みでしたか。優しい幽霊になってくださって嬉しいですよ。
あなたはきっと、本当の日蓮宗の源流を大事になさっていたんでしょ?

その後の私はつきについた、というか山ノ神様が微笑んでくださったというべきか。
豊猟でした。次の日はヒグマにも遭遇。スコープ越しににらめっこしたり(銃に一発しか装填していない状態で、100メートルしか離れていなかったのでやる気ゼロ。
というか、マイナス)。あれは怖かった。樹の陰から、顔を半分だけ出してこっちを見ているんだもの。AAそのまんま、ですよ。

ヒグマ遭遇の晩、また夢に師匠が出てきてニコニコしながらこういった。
「○さん。あんたが取れなかった理由なんだけどね。あんたの守護が強力っていうか、元気なんだ。
それで、山の神様と反目しちゃってたんだな。美人だしさ。ほら、こっちの山の神様は本州と少し系統が違うこともあるね。
でも、私が双方に説明したからもう大丈夫だよ。でも、撃つときは獲物の命を戴く事を謝ってから引き金を引きなさいよ。
今日のヒグマの判断は良かった!」
また、夢の中で私は号泣。神様は人を見ているなって。師匠を拒絶しなかったんだから。

で、美人な守護ってどういう…?

今も師匠のライフル、愛用しています。沢山練習したから、銃身は焼ききれちゃって交換したけど。

あ、どのくらい山の神様に肘鉄食らっていたか書くのを忘れてた。

最初の時。距離35メートル。邪魔なもの一切なし。
私「鹿なんて何処にいる?」
友「三十くらい先、突っ立ってんじゃん!」
私「・・・全く解らない。冗談言ってる?」
友「!俺が撃つ!」
どこーん!
倒れる鹿が急に目の前に「沸いて出た」<他に言いようが無い。

目医者に行けとか、なにウケ狙ってんだよ、と仲間は笑うけど、絶対おかしいと思い出す。
植林された生前と列を成す林の中、列の間に突っ立っていた訳だもの。
ちゃんとコンタクトレンズもつけていたのに全く解らなかった。

その直ぐ後、高熱を発して人事不省。たまに意識が戻ると吐き捲る。
山の中ゆえ、四駆の後席で死体の様にダウン。後日、ずっとうなされていたよ、と言われたけど記憶なし。
インフルかよ、と自分では思っていたんだけどね。

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