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有名な怖い話『海から防空頭巾をかぶった子供が』|都市伝説・洒落怖・ほん怖

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有名な怖い話『海から防空頭巾をかぶった子供が』|都市伝説・洒落怖・ほん怖 オカルト
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海から防空頭巾

 

先週海に行った時にそこで聞いた話。

毎年この時期水難にあって死ぬ人はやっぱり多いらしい。
で、海で溺れかけたけどなんとか生還した
女の子がちょっと前にいたんだって。

その人浜辺に戻ってきてめちゃくちゃ震えてたんだって。
まあ一回溺れたら分かるけど確かにめちゃくちゃ怖いもんな。
でもその種の震え方じゃなかったんだって。

どうにか落ち着いた彼女が語った話はこう。

水中眼鏡をかけて海の中を潜って一人で泳いでたそうな。
結構息の長い方で、海中のいろいろな景色を楽しんでたんだって。
そんで息継ぎに海面に戻ろうとした時、下から足をガッと掴まれたらしい。

慌てて自分の足を見ると、水泳パンツ?だけを履いた、明らかに
この世の物じゃない、腐敗しかけた男の子が自分の足を引っ張ってたんだって。

恐怖と息苦しさでパニックになりながら
「助けて!お願い!私はまだ死にたくない!」って
必死で念じたそうな。でも男の子は掴んだ手を離さない。
男の子の顔はなぜか悲しさと恐怖に満ちていたらしい。
諦めたように首をゆっくり左右に振ったんだって。

男の子の体が、彼女の足を掴んだまま
ゆらりとのけぞるように横に揺れる。
その時溺れかけた彼女が見た物は、男の子の足を更に
下から掴む、防災頭巾をかぶった女の子の姿だったらしい。
そして、更に水中のもっと深く暗い所から無数の水死者?が
彼女のもとに集まって来かけていたそうだ。

なんのために?引き擦り込む為に。決して逃がさない為に。

女の子はこの時点で奇跡的に他のスイマーに助けられたそうです。
みなさん水難事故には気をつけましょう。準備運動はしっかりとね。
一人では泳がない方がいいよ。

 

□ □ □

 

あの三重の海岸の防空頭巾の話、アンビリで一番怖かった。(泣
戦時中に海岸に数十人の戦死した子達を埋めたこと、その同じ海岸で一日に9人位の人間が無くなったこと、その更に数十年後に学校の水泳の授業で来ていた女の子たちが一度に十数名無くなったこと、そしてその時の生き残りのおばさんが防空頭巾をかぶった少女たちに海の中に引き込まれそうになったと話していたこと…。
(うろ覚えですまん)
あの夜は恐くて電気つけっぱなしで寝たよ。

 

□ □ □

 

昭和30年7月28日、三重県津市の中河原海岸で、市立橋北中学の女子生徒が水泳の授業を行っていた。
ここは遠浅で波も穏やかで、生徒達は海岸から50mほどのところを泳いでいた。
ところが、静かだった海を突然大波が襲った。
生徒達は次々と海底へ引きずられてゆき、36名が死亡、生存者は9名という悲惨な事故となってしまった。
この日は天候も良く、遠浅のこの海岸では子供でも足がつくはずだった。

 

□ □ □

 

水中カメラで海の中を見てみると、激しく砂が巻き上げられ、視界が全くきかない。
さらに強力な潮の流れが発生している。この波を「離岸流」(リップカレント=浜辺から沖へ向かう強力な潮の流れ)という。この離岸流は、鹿島灘に限らず、外洋に面した遠浅の海岸に波が直角に入ってくるときに発生する。この「離岸流」の流れは秒速2mの速さだという。「離岸流」の発生する条件は、(1)外洋に面している、(2)遠浅の 長い海岸、(3)波が浜辺に直角に入ってくる、の3つだ。その3つの条件を、鹿島灘は全て満たす海岸なのである。

 

□ □ □

 

防空頭巾の集団亡霊

 

三重県津市の海岸には、海の守りの女神の像が立っている。ここは、昭和三〇年七月二十八日に市立橋北中学一年生の女子三六人が水死した所だが、当時の生き残りの一人だった梅川弘子さん(二一)は、週刊誌「女性自身」(昭和三八年)に、その時の恐ろしかった手記をサイン、写真入りで寄せている。

いっしょに泳いでいた同級生が、「弘子ちゃん、あれ見てー」と、しがみついてきたので、二,三〇メートル沖を見ると、その辺で泳いでいた同級生が、つぎつぎと波間に姿を消していくところだった。すると、そこで弘子さんは「水面をひたひたとゆすりながら、黒いかたまりが、こちらに向かって泳いでくる」のを見た。それは何十人もの女の姿で、ぐっしょり水を吸い込んだ防空頭巾をかぶり、もんぺをはいていた。逃げようとする弘子さんの足をつかんだ力はものすごく、水中に引きこまれていったが、薄れゆく意識の中でも足にまとわりついて離れない防空頭巾をかぶった無表情な白い顔を、はっきり見続けていたという。

弘子さんは助けあげられはしたが肺炎を併発し二十日間も入院したが「亡霊が来る、亡霊が来る」と、よくうわごとを言ったという。「防空頭巾にもんぺ姿の集団亡霊」というのには因縁話があって、津市郊外の高宮の郵便局長・山本剛良氏によると、この海岸には、集団溺死事件の起こったちょうど十年前の月日も同じ七月二八日に米軍大編隊の焼打ちで市民二五〇余人が殺されており、火葬しきれない死骸は、この海岸に穴を掘って埋めたという。山本氏から、この話を聞かされた弘子さんは、手記の名中で「ああ、やっぱり私の見たのは幻影でも夢でもなかった。あれは空襲で死んだ人たちの悲しい姿だったんだわ」と納得している。

なお山本氏が聞いて回ったところによると、この亡霊は、弘子さんを含めて助かった九人のうち五人までが見ているばかりが、その時、浜辺にいた生徒たちの内にも、何人かが見たと語っているそうだと、弘子さんは伝えている。

また、その後、こうした体験をした弘子さんは、卒業してガソリンスタンドの事務員に就職したが、自分でも積極的に調べてみると、次つぎに怪異な事件が起こっていいることを知ったと次のような報告を併記している。
○溺死事件の前日、大きな火の玉が浜辺の某家の屋根に落ちたのを釣りをしていた何人もが見たが、その家の娘も弘子さんといっしょに遭難水死した。
○腰まで海水に浸って釣っていた人が、突然何かに憑かれたように沖へ沖へと歩いていってそのまま海中に姿を消し、死体も揚がらぬ事件が四年間も続いている。
○渡辺小三郎という人は、幸い救われたが、病院で「亡霊を見た」とうなされ続け、意識不明のまま二〇日後に死去している。
注:この海辺は現在は遊泳禁止。

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