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【太平洋戦争】戦争にまつわる不思議な話・怖い話 全19話

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【太平洋戦争】戦争にまつわる不思議な話・怖い話 不思議な話
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戦争にまつわる不思議な話・怖い話

 

硫黄島の呪い?

 

俺の先輩二人は仕事で硫黄島に行っていた。

島のことはあまりかたりたがらなかったが、常識ではないことが普通に起こると言っていた。

二人とも帰ってから40代で病死した。

 

 

死して尚、任務を遂行する駆逐艦?

 

実際に報道されたオカルト話。

2003年だか2004年だかに、読売新聞・朝刊の国際面の片隅に掲載された怪事件。

南シナ海で海賊船団に襲撃されていた大型貨物船の船員の証言によると、全速で逃げようとする貨物船と、機銃を発砲しながら追いすがる海賊船団の間に突如駆逐艦が現れた。

船員曰く、「日本定刻海軍旗を掲げた、太平洋戦争時のような駆逐艦だった」とか。

予期せぬ重武装軍艦の出現に海賊船団は慌てて逃げ去ったため、貨物船は助かった。

なお、駆逐艦はいつの間にか霧の中に消えてしまったと言う。

 

 

伝説のエース

 

瀕死の重症を負った坂井三郎が誰かに誘導されるように帰還できた話はすごい。

激戦の連続の中、いつも九死に一生を得る。誰かに護られていたとしか思えないです…。

 

※坂井三郎:64機撃墜の伝説のゼロ戦パイロット。
昼間に星が見えるほどの視力の持ち主だった。
戦場で頭に機銃を被弾し重傷を負うが、4時間以上ゼロ戦を駆り奇跡的な生還を果たした。

 

 

奇跡の撤退作戦

 

既出だが、キスカ撤退作戦も神掛かってるよな。

うまい具合に霧が発生したり、米軍のレーダーに存在しない艦隊が映ったり、無人のはずのアッツ島から万歳三唱が聞こえてきたり。

 

 

船の魂

 

船には「舟魂(ふなだま)」という物が憑いていると信じられている。

その為、旧海軍では木をくりぬいて作った舟型の中に、ふなだまをかたどった紙の人形と、五穣をはじ め供物を詰めて密封し、船室に祀っていた。

このふなだまは、船が沈没する前日に船から離れていくと言われている。

トラック諸島で日本海軍が壊滅的打撃を受けた後、
「そういえば、ゆうべ白い着物を着た女が船から出て行くのを見た」
と証言する乗組員が、あちこちの船で続出した。

ちなみに、この慣わしは今も続いていて、自衛隊の護衛艦にも神棚があり、なかにふなだまが
祀られている。

見学などの際には、最新式の護衛艦の中に神棚があるアンバランスな光景を見れるとか

 

 

ふなだま?

 

太平洋戦争中、日本海軍の海防艦2隻が台湾海峡付近を航行していた。

ある晩、片方の海防艦の乗組員が僚艦の甲板の上を松明を持った巫女さんが走り回っているのを目撃した。

しばらくすると、その巫女さんは海の中に飛び込むようにして姿を消した。

目撃した乗組員は「何かの見間違いだろう」ということで僚艦へは連絡をしなかった。

夜が明けると、昨晩巫女さんが走り回っていた海防艦の姿が見えなくなっていた。

無線で呼びかけても応答がなく、夜のうちに何らかの原因で沈没したのだろうと言うことになった。

これも船魂なのだろうか。

 

 

空襲との戦い

 

祖母(当時11歳)が話してくれた空襲
「ここは危ないからあっちへ逃げなさい」と誘導してくれた
若い兵隊さんが、朝戻ってみたら亡くなっていた
曾祖父は町内会長としてやはり誘導やらしてて逃げ遅れ亡くなった
地方都市の空襲で亡くなった兵隊さんは若い人が多かった
偉い上官さんは安全な所にいたんだろう

終戦の数日前再び避難先の隣町で小さな空襲があって、逃げていたら
「逃げてるんじゃないよ非国民!」と知らないおばさんにののしられ
親が死んでるんだよ!うちも燃えちゃったんだ!!
と怒鳴りつけたら黙ったって

若い頃はけして自分から語らなかった戦争の話を、年老いたせいか
孫の俺らに少しずつ話してくれるようなった
後者の話が恐い。終戦間際、もう限界で一般市民もどっかおかしくなってたのか

 

 

戦犯の呪い?

 

A級戦犯の処刑を担当した軍人(ウォルトンウォーカー)はA級戦犯が処刑されたのと
同じ日づけ、同じ時刻に、同じ人数(七人)、謎の自動車事故で死んだ。

 

 

消えた大隊

 

1943年にニューギニア戦線で、
米軍を上陸時に迎撃するため作戦行動中の日本軍
(結構な人数。1000人以上なのは確実)
が忽然と消えてしまった。
未だに遺品の一つも出て来ない。

 

 

広島に原爆を落としたB-29を観察していた謎の物体

 

8月6日、前1時27分、Mk-1核爆弾リトルボーイを搭載した
エノラ・ゲイがタキシングを開始し、1時45分にA滑走路の端から離陸した。

午前6時30分、四国上空においてエノラ・ゲイのレーダー迎撃士官
ジェイコブ・ビーザー陸軍中尉がレーダースコープに正体不明の輝点を発見。

通信士リチャード・ネルソン陸軍上等兵はこのブリップが敵味方識別装置に
応答しないと報告した。

エノラ・ゲイは回避行動をとり、高度2,000m前後の低空飛行から急上昇し、
午前7時30分に8,700mまで高度を上げた。

 

 

火の玉

 

家のじいちゃんがいた部隊の話なんだが

日本で訓練してたときに、近所の墓で火の玉がでるって話になって、なぜか火の玉は水で消えるか?っていう話になったそうな

で結局中隊みんなでバケツに水をくんで墓にいったらしい

でその墓にはガチで火の玉がいたらしく、みんなでバケツの水をぶっかけてやったらじゅ…て音がして消えたらしい

火の玉の数は一個や二個じゃなかったからしまいには小便までかけて消して回ったとか

 

 

帰還兵の祖父

 

今年97になったうちのじいさん、何事にも動じない
頑固で無口なヒトだが、あの眼で戦時中に何を見たのか
時々不思議になる。(徴兵されて終戦はセレベス島で迎えた)

まるで何か脅迫観念があるかのように信心深い(特定の宗教に
のめり込んでいるとかじゃなく、毎晩家の各部屋でお祈りをする
(各部屋にいる何かと交信している?)とか)から、昔何かあった
のか、元々何か見える体質なのか・・・。
もうボケて何の話も出来ないが、ボケる前もかなり無口で、
戦中にセレベス島で蛇を食べた話位しか聞きだせなかった。

 

 

シンガポールの不思議体験

 

第二次世界大戦中の話じゃないんだが、オカルトちっくなので投下家の祖父はシンガポール沖で海の藻屑と消えた。

で、10~11年前の秋に姉夫妻がマレーシアに赴任してシンガポールで出産したので、祖母・両親・俺で会いに行くことになった。

高齢の祖母を連れていくのは難しいと両親は考えたが、祖母のたっての希望で準備を進めた。
当日、祖母が祖父の遺書と形見を小さな巾着の中に入れていて、俺は生れて初めて祖父の筆跡を見た。

家はお盆の時は墓と靖国神社に行く。

祖父が遺書に「死んだら靖国に行く。もし、○○(祖父の幼馴染で戦友)が亡くなっていたら○○は一人者だから○○の分まで弔うように」と最後らへんに書いてあった。(意訳)

だから、○○さんの分も家の墓地に墓石がある。

で、シンガポールで日本人慰霊碑に参拝して姉夫妻と子供と会って食事をしてホテルに戻った
時、父親がおかしい。

何度も俺に「はっきり言え、何を言ってんだ?」と俺に聞いて、「何も言ってないよ」と返していた。

そうこうしてるうちに、初孫の嬉しさでしこたま酒を飲んだ父親は寝てしまった。

俺はリッチな海外旅行に浮かれて、ルームサビースでシンガポールスリング等を取って、ベランダで「赤ちゃんに乾杯」とかやってふざけていた。

一人で遊ぶのも疲れてきたのでベットでテレビを見てた時、ケタタマシイいびきとともに父親が「親父!俺の背中に乗れ!俺が連れて帰る!恥ずかしくないおぶってやる!」
と、大きな声でハッキリしゃべったからびっくりした。

その後、声が小さくなり「父さん、父さん、僕の父さん」と泣きながら呟いて又眠った。

びっくりする出来事だったが、感慨深いものがあった。

父が生まれる前に祖父は戦死したので、抱かれた事もなければ、無論話を交わした事すらない。写真の中と祖母が話す祖父しか知らない。

父親は父がいなくても頑張ったんだなと思うと泣けてきた。

朝になって、寝言の事が気になったが黙っていた。

別部屋で寝てた母と祖母と合流して、朝食を食べてる時にばあちゃんが「昨日ね祖父さんと○○さん(祖父の戦友)がね迎えに来てくれてありがとうって出てきてくれたのよ。

祖父さんがね、足が悪いからって、俺の父親さんがおぶってくれたの。
○○さんが横で泣いててね。私は一緒に帰れますねって言ったのよ」と言い出した。

正直、小便ちびりそうだった。父親を見ると目を真っ赤にして泣きそうだったので、俺が夜、見聞きした事をその場で話した。

一同黙っていたが、祖母が「はーやっぱり来てよかったわ。私の人生の悔いがなくなったし、俺の父親さんの姿を見て、私と一時を共にして良かったと思ってらっしゃるでしょう。幸せな方よね祖父はw」

と笑顔で言った。

それを聞いた父親は「よかったな」って笑顔に戻ったのが印象的だった。
幽霊とかそんな話じゃないけど、まだ帰れない人もいるんだなと思った。

余談
祖母が亡くなる前に、祖母が母親に「あの時、私の顔がおばあちゃんになってるから、祖父さんもびっくりしたでしょうね。でもお婆さんになった顔を一度見てるから、迎えに来る時はまっすぐ来てくれるわね安心、安心」と言ってたそうだ。

祖母は最後すこし呆けて、祖父と出会った頃に戻って母親にノロケてたらしい。

祖母の葬式の時、火葬場で母親が「おばあちゃん、やっとおじいちゃんに会えたね」って笑顔で
泣いていたのが印象的だった。

 

 

遺体に群がる影

 

最近買ったお寺の怪談という本に載ってた
「大阪、一心寺にて」という話怖かったな
終戦間際の大阪の話なんだけど空襲の焼夷弾で
黒焦げになった遺体を回収して夜に焼却するまで
見張りをさせられてたら遺体の周りに十数人の
黒い影がうごめいていて遺体から貴金属を剥ぎ取っている…

 

 

狂った未来

 

当時フランスかドイツだったか、ある一人の修道僧には予知能力があったそうだ。
第二次世界大戦の勃発や国内のインフレなど、ことごとく的中させていたが
戦争終結以前に病没してしまった。
しかし、彼が残した予言によるとWWII後すぐに第三次世界大戦がヨーロッパで始まり
それまでの戦争とは比べ物にならないような災禍が訪れる、という内容だった。

それを生前に聞いていた者が、終戦後になっても戦々恐々と暮していたが
ついに戦争は起こらなかった、という話を読んだことがあるのだが
もし修道僧の予言が本物ならば、どこかで歴史が変わったことになる。

そう仮定してみると、それは太平洋戦域の推移によるのではないだろうか?
例えハワイ作戦において真珠湾の燃料タンクを破壊し、ミッドウェーでの惨状もなく
レイテで栗田艦隊が反転せずにマッカーサーもろとも輸送船団を壊滅させていたとしても
日本が最終的に連合国に勝利することはなかっただろう。
それどころか北と南から侵攻され、米ソによる分割統治が行われていた可能性もある。

だが広島と長崎に原爆が投下されたことで日本は無条件降伏を受諾した。
それは言い方を変えれば、玉砕戦術と神風をはじめとする特別攻撃による遅滞作戦で
本土決戦の準備を整える構えが、米国に原爆投下の口実と決断を与えたことになる。

つまり、日本国民の徹底抗戦の決意と犠牲によって世界は変わり
人類は全面核戦争から救われた。

ってのはどう?無理やり戦史とオカルト混ぜたら長いなw
修道僧の話はうろ覚え、ソ連の先制核攻撃による欧州進攻は実際に計画案まであった。

 

 

真っ白なニワトリ

 

原爆関連の不思議な話
8月6日の夜から7日の晩ぐらいに中島本町周辺に家族を探しに向かったり避難途中の人が焼け跡で
真っ白なニワトリが一羽生きているのを見たと複数の書籍にあるがどうなんだろ?
被曝した人間以外の動物の話もあんまり聞かないね
長崎か広島で被曝した馬の写真はみた覚えがあるが、動物自体少なかったのか気にかける余裕がなかったのか…

 

将校の霊

 

お盆の頃、実家に帰ったら娘が「庭にしろい制服の人がいるよ」
帽子もかぶって、敬礼みたいなことしてたとか言った。

時々変なこという子だけど、そっち方面にばかり気をとられてもまずいとか聞いてたので(霊感の強い子供を持つ親へのアドバイスだったかな)適当にスルーしてたら今日TVでやってた映画「男達の大和」見てたら将校さん指さして、この服だよ!おばあちゃんちでみたの、といってた。

海軍将校の白い制服なんて、親の私も知らなかった。
ぞっとなった海軍の偉い人?なんでうちの田舎に・・・?

確か、ひいじいちゃんは日露戦争で亡くなってるんだけど・・・
子供は寝かせた。

あまり触れないことにする

とりあえず、お彼岸にお墓参りに行ってきます

 

 

ニューギニア前線基地

 

大規模な戦闘をした部隊があって、その後、その部隊の前線基地に、夜な夜な、死んだ兵隊たちが現われるようになったそうです。
彼らはいずれも、足がちゃんとあり、懐かしそうに
「よお!」とか言いながら、現われるのだそうです。
いずれも確かに戦死した連中ばかり。
神主の息子の兵士がまじないをやったり、お経をよめる兵士がお経を詠んだりしても、まったく効き目無し。
そのうち、ズカズカ上がり込んできて、貴重な飯をバクバク食う始末。
しかも、いきなり手がスルスルっと伸びて、木の実を取ったりして、明らかに化け物化している様子。
怖いやら迷惑やらで困っていたのですが、なんとも手の施しようが無い。
見るに見かねた中尉だか大尉だかの隊長さんが、幽霊たちが集まっているところへ、
ツカツカと歩いていって、いきなり大声で、
「全員、整列!」
と言うと、素直に整列したそう。そして、
「貴様らは、全員戦死した兵隊である。よってこの世にいてはならん。
全員あの世へ行って成仏するように。これは命令である!」
隊長が涙を流しながら言うと、幽霊たちは、しばらく呆然とした顔で佇んでいたが、
そのうち全員が泣き始め、やがてボロボロと土人形のように崩れていったそう。
あとにはその土だけが残り、彼らは二度と現われることはなかった。
兵隊たちはその土の大部分は現地に埋め、残りを少しづつ日本に持って帰って、供養したそうです。

「へんな幽霊だね」と僕が言うと、ジジイは、
「日本人の幽霊でも、死んだ場所が変わると、ちょいと変わるんじゃい」
と言っておりました。

 

 

怒鳴る声

 

軍需工場で働いてた挺身隊の女学生が作業中に
「バイスの下へ潜れ!バイスの下だ!」って軍人さんが大声で怒鳴る声が耳元で聞こえたので、 驚いてバイスの下に潜ったら他の人は不思議なことにその声が聞こえなかったのかそのまま作業を継続してる。
直後に爆撃による爆風が工場を襲い、他の人殆ど全滅。

ってのを昔近所に住んでいたおばあさんから聞いたことがある

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