2. 跋難陀(ばつなんだ / Upananda / उपनन्द Upananda)
名の意味:亜歓喜。
難陀の弟として知られる龍王。
仏典での働き
- マガダ国を保護し飢饉を防いだ
- 釈迦誕生の時に雨を降らし洗礼のように灌ぎ清めた
- 釈迦の説法の場に必ず参じた
- 仏滅後も永く仏法を守護すると誓った
日本での性質
慈悲深い龍として祈雨・水害鎮護に信仰。
3. 娑伽羅(しゃがら / Sāgara / सागर)
名の意味:大海。
龍宮の王として有名な“海を統べる龍王”。
特徴
- 海を支配する最大級の龍王
- 娘に「八歳の龍女(善女龍王)」がいる
- この龍女は法華経・提婆達多品で成仏することで有名
- 清瀧権現の起源とも深く関係
日本での影響
娑伽羅龍王の娘(龍女)は、
清瀧権現・善女龍王として神道とも習合した。
4. 和修吉(わしゅきつ / Vāsuki / वासुकि)
名の意味:宝。
インド神話に由来し、九頭龍王・九頭龍大神の原型となった。
特徴
- 「九頭龍王」「九頭龍大神」と呼ばれる根拠の一柱
- 須弥山を守護する龍
- 細龍(小さな龍)を捕食する強力な龍王
- 元は千頭とも言われ、多頭龍の原型
日本への影響
箱根九頭龍神社など、
日本の“九頭龍”信仰の祖となった龍王。
5. 徳叉迦(とくしゃか / Takṣaka / तक्षक Takṣaka)
名の意味:多舌・視毒。
伝説では“視線だけで人を死に至らしめる”ほど強力な龍王。
由来
印度叙事詩『マハーバーラタ』では蛇王として著名。
日本での展開
- 七面天女は“徳叉迦の娘”とされる(身延山伝承)
- 身延・日蓮宗における龍神信仰に強い影響
特徴
- 守護と破壊の両面を持つ
- 水難・災厄に関わる強大な龍神として畏敬される
6. 阿那婆達多(あなばだった / Anavatapta / अनवतप्त)
名の意味:清涼・無熱悩。
ヒマラヤ北方の“阿耨達池(無熱悩池)”に棲む大龍王。
阿耨達池とは
ヒマラヤの北にあるとされる神秘の巨大湖。
- 四大河(インダス・ガンジス等)が流れ出す源
- 湖岸は四宝(金・銀など)でできている
- 800里(約300km)にも及ぶとされる
特徴
- 阿耨達龍王は“菩薩の化身”とされる
- 水の恵みの根源
- 清らかで苦悩を癒す水の象徴
日本では
無熱悩池=清浄な水の象徴として信仰。
7. 摩那斯(まなし / Manasvin / मनस्विन)
名の意味:大身・大力。
海を押し返したほどの力を持つ強大な龍王。
神話
阿修羅が海水をもって“喜見城”を侵したとき、
摩那斯が身をくねらせ海水を押し戻したという。
性質
- 大変動を鎮める龍
- 洪水・高潮を司る
- 大海の勢力に対抗できる龍王
日本では「大力の龍神」として畏敬される。
8. 優鉢羅(うはつら / Utpalaka / Utpalaka / 青蓮華龍王)
名の意味:青蓮華(ウツパラ)。
美しい青睡蓮が咲く池に棲む龍王。
仏教的象徴
青蓮華は
- 仏の眼(紺青)
- 清浄
- 美
の象徴。
特徴
- “青蓮華を生じる池”の守護者
- 清き水の象徴
- 芳香・美・光の神性を持つ水龍
中国では“青蓮宇=寺院”の象徴にもなるほど、
聖性を帯びた龍王。
日本における八大竜王信仰の特徴
1)祈雨・止雨の中心的存在
神道の龍神と並び、
雨を呼ぶ力・水害を鎮める力を持つとして
朝廷・民間の双方から信仰。
2)龍神=水神=仏教の護法
八大竜王は
“仏教の守護者”と“水神”の二つの性質を併せ持つ。
3)神道との習合
- 娑伽羅 → 清瀧権現・善女龍王
- 和修吉 → 九頭龍大神
- 徳叉迦 → 七面天女
など、日本の龍神の多くは八大竜王と習合して定着。
4)水の分配・湖・川の源泉などを司る
阿那婆達多のような“清浄な湖の龍王”は
日本の湧水・湖神信仰(諏訪湖など)とも重なる。
八大竜王一覧
| 名称 | 意味 | 日本における性質 |
|---|---|---|
| 難陀 | 歓喜 | 雨・水害鎮護 |
| 跋難陀 | 亜歓喜 | 釈迦誕生の雨、慈悲の龍 |
| 娑伽羅 | 大海 | 海の王、龍宮の主 |
| 和修吉 | 宝 | 九頭龍の原型、山の龍神 |
| 徳叉迦 | 多舌 | 厄災・強大・七面天女の父 |
| 阿那婆達多 | 清涼 | 湖と湧水の守護、清浄 |
| 摩那斯 | 大身 | 海を押し返す大力の龍 |
| 優鉢羅 | 青蓮華 | 美・清浄の水龍 |
弁才天・水天・水釈天 など神仏習合の水神
日本では、
インド・中国・日本固有の神々が、水(川・海・泉・井戸)を媒介として融合する
という独特の信仰体系が展開した。
このカテゴリに属する神々は、
・元はインドの河神
・仏教の天部
・龍王の娘
・蛇神・水神との習合
・神道の女神との混融
といった要素が複雑に絡み合っており、
“日本の水神信仰の最高峰の一つ”を構成している。
1. 弁才天(べんざいてん)
インドの河神サラスヴァティが仏教に取り入れられ、日本で“水神・芸術神・財運神”として多重に発展した女神。
日本の水神として極めて重要。
起源:インドの河神サラスヴァティ
本来は
- 川の流れ
- 詩歌・音楽
- 学問
を司る“聖なる河の女神”。
「水の流れ=言葉・音の流れ」に通じるとされる。
中国 → 日本への伝来
中国で「弁才天(辯才天)」=「言語の才に長けた天女」と訳され、
日本に入ると
日本での三大変容
1)水神としての弁才天
・湖・川・井戸・湧水
・島(“弁天島”が多数)
・港湾の入口
→ 水辺に必ずといって良いほど祀られる
2)芸能・学問・音楽の神
琵琶を持つ姿で広まり「弁天様」として人気。
3)財運神・福神
七福神の一柱となり、財運の象徴に発展。
神仏習合の特徴
- 市杵嶋姫命(宗像三女神)と同一視される
- 宇賀神(蛇体の神)と融合
- 水辺の弁天社・弁天堂が全国に広がる
- 「弁天島」「弁天池」が地名として残る
川・湖・海の水神として、現代でも最も広く信仰される水神のひとつ。
2. 水天(すいてん / Varuṇa系天部)
仏教の十二天の一つで、水の支配者。
雨・川・海・湖を統べ、龍族を支配する“水界の王者”。
起源
インドのヴァルナ神(Varuṇa)に由来する天部。
ヴァルナは
- 海
- 水
- 天空
- 誓い・真理
を司る大天神で、龍族とも関係が深い。
日本仏教での性質
- 雨乞いの中心
- 水害鎮護
- 井戸・泉・水路の守護
- 龍族を従える強力な水天
- 祈雨のための祭祀(雨乞い法)で祀られた
寺院では「十二天図」に必ず描かれ、日本でも水界の支配者として認識される。
3. 水釈天(すいしゃくてん)
帝釈天(インドラ)の“水の側面”が独立したとされる日本特有の水神。
寺院・村落の水神として広く祀られた。
正体・起源
水釈天は
- 帝釈天の使い
- 水天と同一視される
- あるいは水の働きを持つ別の天部
など複数説がある、日本特有の神仏習合神。
日本での性質
- 水を司る守護神
- 水害・水難除けの神
- 弁才天・宇賀神・蛇神と習合
- 井戸神・溝の神として祀られることも
「水」と結びつけば、弁天・宇賀神・龍王が一体化しやすく、
水釈天もその融合の中に位置づけられる。
4. 七面天女(しちめんてんにょ / 七面大明神)
日蓮宗で最も強力な水神・龍神の一柱。
“紅龍の姿”となって現れた女龍神。
伝承
身延山で日蓮が説法している時、
一人の美しい女性が現れ、
水を一滴受けると紅龍に変じ、
「七面山を守護する七面大明神」と名乗った。
本地仏
徳叉迦龍王の娘とされる(仏典系伝承)。
性質
- 水の守り神
- 雨・水脈・山の水源を統べる
- 人々に安心と福徳を授ける
- 龍神としての強力な働き
神仏習合の水龍神として代表的。
5. 善女龍王(ぜんにょりゅうおう / 善如龍王)
娑伽羅龍王の娘(龍女)として仏典に登場し、
日本で“雨乞いの霊験最強クラス”の水龍神として信仰された女性龍神。
重要伝承
1771年(明和8年)の干ばつの際、
高野山の僧・慈光が蓮池に祀ったところ、
すぐに雨が降ったと記録される。
→ 高野山・善女龍王社として現在も信仰。
性質
- 雨乞いの主神
- 清浄・慈悲の女性龍
- 水の恵みをもたらす
七面天女と並ぶ、女性水神の重要な存在。
6. 宇賀神(うがじん)—弁才天と習合する“蛇体の水神”
蛇の姿を持つ日本古来の穀神・水神。
弁才天と一体化して“宇賀弁財天”として祀られる。
性質
- 井戸・泉・水路に宿る
- 豊穣の象徴
- 霊蛇(龍神と同族)
- 弁才天の背後に結びつき、水神性を強化
川・泉の蛇神は日本で水神の代表であり、
宇賀神はその中心的存在。
7. 蛇王権現(じゃおうごんげん)
蛇=水の霊を神仏習合した強力な守護神。
水釈天・弁財天・宇賀神とも習合する。
性質
- 蛇=水の象徴
- 水難・水害の守護
- 井戸・河川の神
- 龍神の下位神格(眷属)として扱われることも
蛇神=水神という日本の基本構造により、
龍王・弁天・水天と自然に融合。
神仏習合の水神体系
| 区分 | 神 | 主な役割・性質 |
|---|---|---|
| インド起源の天部(仏教系の水神) | 水天 | 水界の王、雨・川・海・湖 |
| 水釈天 | 帝釈天の水の側面、井戸神化 | |
| 河神→芸能・財運神へ変化 | 弁才天 | 川の女神→水神→芸能神→福神 |
| 龍王の娘 | 善女龍王 | 雨乞いの女性龍、慈悲の水神 |
| 七面天女 | 紅龍に変じた龍神、身延山の守護 | |
| 蛇神=水神 | 宇賀神 | 霊蛇、豊穣、水源神、弁才天と習合 |
| 蛇王権現 | 水難除け、井戸神、龍王の眷属 |
神仏習合水神の特徴
- 水辺に祀られる(泉・島・井戸・川・港)
- 龍神・蛇神との習合が非常に強い
- 祈雨・止雨・治水の神として信仰される
- 弁才天が水神・芸能神・福神の三位一体化を象徴
- 仏典系の龍王が日本の地域水神と結合
水神は“暮らしを守る神”として
日本の水神は、田畑を潤し、村を守り、暮らしを支えてきた“水の守り神”として、農耕民族である日本人の生活と深く結びついてきました。
水源地に祀られる水分神、田の神としての水神、井戸や湧水を守る地域水神、そして龍・蛇・河童に象徴される“水の霊”。
これらはすべて、自然を畏れながら共存するという日本人の知恵そのものです。
現代においても、気候変動・水害・環境保全など水をめぐる課題は増えています。
だからこそ、水神信仰の背景を知ることは、水との向き合い方を学ぶ大切なヒントになります。

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