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心霊ちょっといい話『約束した祭り』など短編全5話

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心霊ちょっといい話『約束した祭り』など短編全5話 不思議な話
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孫に会えたおばあちゃん

 

ばあちゃんは私を含め孫を本当にかわいがってくれた人でした。
ばあちゃんが作った和食が嫌で、当時くそガキの私は「こんなんじゃなくてカレーが食べたい」と出来上がったばかりの食事を前に言ったことがあります。
ばあちゃんは何も言わず今作ったばかりの食事を捨て、作ったこともないカレーを懸命に作ってくれました。
明治生まれのばあちゃんはカレーなど作ったことは無かったのでしょう。
勝手がわからず作ったであろうカレーは野菜は白菜、肉の変わりにソーセージや竹輪なんかが入っておりました。
できあがったカレーを見て、子供とはいえ私は悪いと思い、さすがに文句言わずに食べましたね。
今でもあの時のカレーの味は忘れられません。
ぼけ始めてからも孫が集まると「内緒でお小遣いをあげるでお菓子買いな」とお金を握らせてくれたばあちゃん。
(大金は持たせられないからという理由でお金を持っていないはずの祖母が握らせてくれたのは15円でした。)
いつも孫に優しい、穏やかで、ぼけてからもかわいいばあちゃんでした。
話がそれてますね、すみません。
「○○のお嫁さんを見たいねぇ」「曾孫を見たいねぇ」と言っていたばあちゃんは、
私の嫁さんも、当然曾孫も見ることなく私が高校の時に亡くなりました。
そして7年の後、私は結婚。
結婚2年後には子供も生まれ本当に幸せでした。
が、息子が5歳の時それは突然やってきました。

「白血病」
この病気は自覚症状が少なく、まわりから見てもなかなかわかりません。
その上、調子が悪いから心配だと診て貰った医者では風邪だと診断。
発見はさらに遅くなり、入院時にはかなり進行した状態でした。
(型、発病年齢、進行状態等によりリスクが変わり、治療法も異なります)
自宅からかなり離れた大学病院を紹介され、病室で眠る息子を前に泣きました。
採血で何回も痛い注射をされ、点滴や心電図用のモニター等いくつもの機械に囲まれながら「パパ、大丈夫?」と私を気遣う息子。
こんなに優しい子がなぜ?という気持ちと、この子を失うかもしれない恐怖の中、私は一晩中泣きました。
泣きながら願いました。
神様に、そしてばあちゃんに。
「ばあちゃん、ばあちゃんの曾孫だよ。お願いだ!まだ連れて行かないでくれ!守ってやってくれ!」
その日から息子の辛い治療がはじまりました。
治療を進めていたある日、息子が言いました。
「もう大丈夫だって言ってたよ。」
医者は私に決して大丈夫などと言いませんでしたし、治療も先は長いものでしたから不思議に思い、誰がそういったのか息子に聞くと
しらないおばあちゃんがベッドにきて「悪いムシムシはいなくなるからね、もう大丈夫。」と言ったとの事。
妻と私のどちらかが常に息子のそばにいるが、そんな人がきた事はない。
まして、来たのは面会時間以外のようだ。
腑に落ちないままになっていたある日、
またあのおばあちゃんが来たと言う息子。

今回は私がお茶を買いに出た数分間のことですし、本当におばあさんがいたのなら廊下で必ず私とすれ違うはず。
実際私は看護士さん以外誰にもすれ違っていません。
?と思っている私に息子が、
「○○(私の名前)が心配だって言ってた。ちゃんとご飯食べなきゃって。」
なぜかはわかりませんが直感的に死んだばあちゃんだと思いました。
不思議なものでばあちゃんだと確信してしまったのです。
それ以降、ばあちゃんは息子の前に出てきませんでしたが私はばあちゃんが守ってくれているのだと思い、
心が少し軽くなった気持ちがしました。
”ばあちゃん、息子が元気になったら絶対墓参りに行くからな”心の中で思いました。
息子は退院し、今は小学校にもちゃんといっています。
この病気は再発は心配ですが、漠然と大丈夫だと思っています。
そういえば私には霊感など全くありませんが、病院では色々と不思議な話を聞いたり不思議な現象を見たりして驚きました。
なのに自分のこの事件は全く驚きもせず、不思議にも感じませんでした。
今思えば不思議ですね。

 

 

約束した祭り

 

息子が入院中ある方が「こういった大きな病にかかる子供は、強くて優しい。神様がこの子なら耐えられると思っているからこそなんですよ。」と言われました。
私はその言葉が本当なら、そんな優しい子になぜ神様が苦痛を与えるのか納得できませんでしたが、入院していた子供たちは確かに強くて優しい子ばかりでした。
これから書くのは息子と仲良くしてくれたYちゃんという息子より六つ年上の、強くて優しい女の子の話です。
小児病棟は友達や兄弟が見舞いに来ても感染防止のため中学生以下は病室には入れません。同年代で話ができるのは同じように入院している子供だけなのですが息子と同年代の子は少なく、最初の頃息子は寂しそうでした。
そんな中、面倒見の良いYちゃんが息子のところにちょくちょく遊びに来てくれるようになりました。遊んでもらう内に息子もYちゃんが大好きになり、自然に私もYちゃんと話すようになりました。

Yちゃんも息子と同じ白血病ですが2度目の再発。移植のためドナーを待っている状態なのですがなかなか見つからず、やっと見つかったドナーの方にも土壇場で逃げられちゃったと笑って話してくれました。
もう人生のうち半分以上病院で過ごしていて、移植もできなくなったばかりなのに、、素直で明るくて前向きな子でした。
口から出てくるのは治ったあとの希望に満ちた言葉ばかりで、退院したら私たち家族もYちゃんの地元のお祭りにおいでと誘われました。
(そのお祭りだけがYちゃんにとって入院前のたった一つ記憶に残っている家族との楽しい時間だったそうです)
ある日、Yちゃんが一時退院でしばらく家に帰れるんだと話しに来ました。
その時、突然Yちゃんが「私、死んじゃうかもしれん」と言うのです。
びっくりしました。
今までYちゃんは「退院したら○○行きたいな」のように元気になるのを当然としていたのに、、
Yちゃんは「おかあちゃん私のこと大好きでしょ?おかあちゃん結構弱いから私が死んだら大丈夫か心配なんだよ」続けて言いました。
私は戸惑いながら「退院したらお祭り案内してくれるんでしょ?馬鹿な事言っちゃダメだよ」といった記憶があります。
Yちゃんは「そうだね」と笑って息子にたれぱんだのぬいぐるみをプレゼントしてくれた後、病院を後にしました。

それから1ヶ月を過ぎたくらいでしょうか、Yちゃんは再入院し、その1ヶ月後にお星様になりました。
息子が仲良かったため、Yちゃんのご両親が挨拶に見えましたが私にはかける言葉が見つかりませんでした。
立っているのがやっとといったご両親。そしてあの明るく優しいYちゃんにもう会えないんだと思うと、私も涙が止まりませんでした。
それから2年後、偶然Yちゃんのお母さんにお会いしました。
しばらく話をしたのですが、Yちゃんのお母さんは妊娠していてお腹の子はYちゃんなのだと話してくれました。
Yちゃんのお葬式の後、お母さんはノイローゼ気味になり何もやる気がおきなかったそうです。自分を責めてばかりで、泣いてばかりだったと。
そんな中、毎日Yちゃんが夢に出てくるようになったのだそうです。
「おかあちゃん、そんなに泣かないで。今度もおかあちゃんのところに生まれるから。」そう言って夢の中でYちゃんは笑うのだと。
だからこの子は絶対女の子でYちゃんなのだと。
「おとうさんが仕事じゃない日に生まれるようにするね。」
とも言っていたと話してくれました。
そんな中、夏のある日、その子は生まれました。
女の子。それもお父さんがお休みの土曜日だったそうです。
さらに言うならYちゃんが私に話してくれたあのお祭りの日でした。
偶然かもしれません。夢もYちゃんを思う親心が見せたもので、女の子だったのもお父さんが休みの日だったのも全て。
でも私はYちゃんだと思いたいです。Yちゃんが誘ってくれたお祭りに、今度は逆に年上になってしまった息子と一緒に行けたらいいなぁと思うのです。

 

 

人のために

 

俺には、大好きな叔父さんがいた。
子供の時から、ものすごく可愛がってもらった。
だけど、俺が高校の時に亡くなってしまった。
「叔父さんが死んだ」と聞いた時、顔の血の気が引くってのが、こういう事なんだと分かった。
通夜に行って、亡骸を見ると、なんか幸せそうな顔して布団の上に横になってた。
泣くんじゃなくて、涙がものすごい勢いで流れて、ずっと、叔父さんの手を握ってた。
線香を絶やしてはいけないって事で、叔母さんが徹夜してたんだけど、俺も一緒にいさせてもらった。
ぼーっとして、叔父さんの顔見たり、立ち上る線香の煙を見ていたような気がする。

俺がぼーっとしてると、なんか、肩をトントンって叩かれた。
「誰だ?」と思って振り返っても誰もいない。
また、ぼーっとするとトントン。
それを何度か繰り返した時、コトッと隣の部屋から音がした。
理由は分からないけど、ものすごく気になって見に行ってみると、そこには叔父さんが愛用してた机があって、その机に置かれてある本の一冊が手前に倒れていた。
その本を手にとって開くと、俺のアルバムだった。

叔父さんの子供はみんな女の子で、カレの身近で男の子は俺だけだったらしい。
その本は、俺のアルバムだった。
沢山の写真があって、一枚一枚に、丁寧に色々な事が書いてあった。 他愛もない事や、自分の夢。
そして、その時、俺は言葉では言い表せないけど、ものすごく温かな何かに抱きしめられているような気がした。
俺は魂や霊ってのは信じないけど、あれは、きっと叔父さんだったと思う。 叔父さんの香りがいた。
叔父さん、俺は色々な事をかんばってる。
それは、きっと仕事だったり、私生活だったり、もしかしたら趣味からもしれない。
だけど、叔父さんの口癖を決して忘れない。
「人のために生き、人を愛して死ね」
叔父さん、ありがとう。

 

 

最後のあいのり

 

数年前、高一の頃の話です。
私にはKという彼氏がいましたが、学校が別なこともありほとんど接点がなく、放置状態でした。
それから同じクラスのTという男の子ととても仲がよかったのですが、彼とは恋愛関係というより親友に近い感じでした。
Tは、別のクラスにMという彼女がいました。こちらは私とKと違い、誰もが認めるような仲良しな2人でした。
MはいつもTのいる私のクラスに来ていたので、いい子ではあったけれど、自分のクラスにはあまり友達がいないみたいでした。

571 名前: 二 04/09/06 14:07 ID:FiX+zPiA
私とTは部活をしていましたが、Mはしていなかったので、Mはよく先に帰りTは私と帰ることが多かったです。
夏休み後の秋のある日、私が部活を終えて教室に戻ると、Tが一人でいました。Tも部活が終わったようでした。
私はいつも駅から自転車通学なのですが、その日はたまたま朝バスか何かで来ていたので、駅まで歩かなくてはいけなかったのです。
これはラッキーと思って、Tに駅まで乗せていってもらおうと考えました(Tと私は路線が違いましたが乗る駅は同じでした)。
しかしTは「今日は行くとこがあるからだめ」と断りました。

珍しいなーと思いつつ、教室を出るTを見送って、私も帰りの支度をし、教室の鍵を職員室に返してから校舎を出ました。
それから門を出ようと自転車置場の脇を通ると、けっこうのんびりしていたのに、そこにはまだTがいました。
私が「まだいたの?」と聞くと、Tは「やっぱり乗せてってやる」と言いました。ヘンに思いながらも、私はTの後ろに乗りました。
ふだん私とTは、冗談を言い合ったり、会話が絶えることがなかったのですが、なぜか2人とも口を閉じたままで、気まずくなりました。
しばらくして、突然Tが言葉を発しました。

「俺、お前のこと好きだったかも。」
正直嬉しかったです。私の彼氏は名ばかりで、実際にはほとんど会ってすらなかったし、好きでもありませんでした。
私の返事を待たずにTは続けました。
「でもMが俺のこと好きだって告ってきたから。俺、Mも好きなんだ。ごめんな。」
「だからってわけじゃないけど、お前は彼氏と仲良くしたほうがいいよ。」
珍しく妙に説教くさいTの言葉に、私はなんで?と聞き返しました。私は、Tの私が好きという発言ではじめて、
本当に好きなのは誰なのかに気付いたと思ったのです。

Tは「お前の彼氏はお前が好きなんだから仲良くしてやれ」のようなよく意味のわからないことを言っていました。
私はTの顔が見たかったけれど、後ろに座っていたので無理でした。
その後もTは「Mは友達が少ないから、友達になってやって」だとか「親は大事に汁」だとか、説教を続けていました。
私はわけがわからなくて、ほとんど黙っていました。

駅につくと、Tはなぜか私を駅の前に降ろして自分は自転車のままどこかへ行こうとしました。
「どこ行くの?」と聞くと、Tはまた曖昧な答えを返して、「じゃあね」と手を振りながら、どこかへ行ってしまいました。

予想つく方もいらっしゃると思いますが、その晩、Tの訃報が連絡網で伝わってきました。
交通事故だったとのこと。

おかしいのは、事故が起こった時間と、私とTが一緒にいた時間が、かなり近いということです。
事故が起こった場所は、私たちの通学路の途中でしたが、私たちは事故の現場らしきものは見ませんでした。
ということは、あの時一緒にいたTは本物? しかしTは、自分が死ぬことを知っているような口調で、私に話をしました。
さらに教室で会ったときに「行くところがある」と行っていたのも、買物ならよく一緒に行ったのに、なぜ一人で行きたがったのか?
もしかして天国のこと?などなど、疑問が多く残ります。

とりあえずあの後、私はTのいいつけを守って(?)、Kとも仲良くなったし(今は別れましたが)、Mとも友達になりました。
言っていたこととか、正直うろ覚えですが、Tのことはずっと忘れないと思います。

 

 

子供を守る光

 

小児病棟でのクリスマス会のこと。
クリスマス会のためにドクター&ナースの方々は子供たちが楽しめるようにと毎晩遅くまで準備し、劇や歌をプレゼントしてくれます。
みなさんの子供たちに対する優しい気持ちと、
劇をみて喜ぶ子供たちの笑顔に、私もこの時ばかりは穏やかな気持ちになれました。
病院内では写真などめったに撮るものではないですが、この日ばかりは記念にと写真担当の看護士さんがパチパチ撮っていました。
、、現像してビックリ。
私は心霊写真のようなものはあまり信じていないのですが、この時の写真だけは神様か天使がその場にいたとしか思えない不思議なものでした。
出来上がった写真は子供たちを包む光で一杯だったから。
中でも特に印象的だったのはYちゃんという3歳の女の子を撮った写真なのですが、Yちゃんの後ろには光で出来た天使の羽が移り、その両目にははっきりと金色のベル(ツリーに飾るような感じのもの)が写っていました。
よく見てみれば見えないこともないといったものでなく、あまりにハッキリと写っていたので知らない人に見せた時は合成写真だと思ったくらいです。
その時入院していた子供の全員が元気になった訳ではないですし、その後にお星様になってしまった子供も何人かいます。
でもこの写真を見てから、子供たちを守っている何かが絶対ある!と信じるようになりました。
本当は出来るなら、みんな、みんな助けて欲しいですが、、

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