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【太平洋戦争】戦争にまつわる不思議な話・怖い話 – 戦闘・兵士編 全12話

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【太平洋戦争】戦争にまつわる不思議な話・怖い話 - 戦闘・兵士編 不思議な話
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戦争にまつわる不思議な話・怖い話 – 戦闘・兵士編

 

励ましあう兵士

 

戦争が終わって日本も復興、経済大国になった頃、
南方の原住民調査のためにかつての激戦地ニューギニアの山中に入った。

そこで原住民と仲良くなって、一緒に生活しているうちに、
日没後は彼らが山の中に決して入ろうとしないことに、西丸氏は気づいた。

「なぜ、夜は山に入らない? 危険な野獣とかいるのか?」との問いに、
原住民は「野獣はともかく、とにかく気味が悪い。

姿は見えないけど、あちこちから意味不明の人の言葉が聞こえる。
でも、人の姿はやっぱり見えない。

白骨はいっぱいあるから、あれはその白骨の精霊だと思う。
夜の山は生きた人が入る場所ではない」との応え。

「意味不明の言葉ってどんな?」と西丸氏が問うたところ、原住民の応えは
「『ガヌバレ』『シカリシロ』と聞こえる。私たちの言葉ではない」……だったそうだ。

西丸氏は「さもありなん」と感じ入ったそうな。

 

 

最後の命令

 

ガキの時分に、鍼灸師のジジイから聞いた話。ちょっと変わった幽霊談です。

ニューギニアのあたりのある戦場でのこと。

大規模な戦闘をした部隊があって、その後、その部隊の前線基地に、
夜な夜な、死んだ兵隊たちが現われるようになったそうです。

彼らはいずれも、足がちゃんとあり、懐かしそうに「よお!」とか言いながら、現われるのだそうです。

いずれも確かに戦死した連中ばかり。

神主の息子の兵士がまじないをやったり、お経をよめる兵士がお経を詠んだりしても、まったく効き目無し。

そのうち、ズカズカ上がり込んできて、貴重な飯をバクバク食う始末。

しかも、いきなり手がスルスルっと伸びて、木の実を取ったりして、明らかに化け物化している様子。

怖いやら迷惑やらで困っていたのですが、なんとも手の施しようが無い。

見るに見かねた中尉だか大尉だかの隊長さんが、幽霊たちが集まっているところへ、
ツカツカと歩いていって、いきなり大声で、
「全員、整列!」
と言うと、素直に整列したそう。

そして、
「貴様らは、全員戦死した兵隊である。よってこの世にいてはならん。
全員あの世へ行って成仏するように。これは命令である!」

隊長が涙を流しながら言うと、幽霊たちは、しばらく呆然とした顔で佇んでいたが、
そのうち全員が泣き始め、やがてボロボロと土人形のように崩れていったそう。

あとにはその土だけが残り、彼らは二度と現われることはなかった。

兵隊たちはその土の大部分は現地に埋め、残りを少しづつ日本に持って帰って、供養したそうです。

「へんな幽霊だね」と僕が言うと、ジジイは、
「日本人の幽霊でも、死んだ場所が変わると、ちょいと変わるんじゃい」
と言っておりました。

 

 

残酷な作戦

 

第2次大戦中の1945年2月、ベンガル湾のラムリー島のマングローブが生い茂る沼地にイギリス軍が1,000人を超える日本軍をおびき寄せていた。19日の夜から20日の未明にかけて恐ろしい叫び声が続いた。

負傷者の血の匂いに刺激された無数のイリエワニがこの沼地に集まり、動きのとれなくなっていた日本兵に襲いかかったのだった。

沼地の外側にいたイギリス軍は一晩中すさまじい悲鳴を聞かされた。

そして夜が明けてから彼らが発見した生存者はわずか20名だった。

 

 

玉砕の島へ

 

旭川に住む母親は、戦時中子供だったんだけど、ある日知り合いの
お兄ちゃんが家に挨拶に来て「これからアッツ島に行きます」と
言ってたのを覚えてるそうだ。
「きれいな顔をしたお兄ちゃんだったけど、死んじゃったんだねえ」と
時々思い出して言ってる。かなり苦しい思いをして亡くなったのかと思うと
切ないな。

 

 

捕虜の扱い

 

1940年のバトルオブブリテンで撃墜されたドイツ軍パイロットの話。

落下傘で田園地帯に降りたところを現地人に通報されてしまい警官に逮捕される。
そしてその連れて行かれた先の警察署で朝食を食わせて貰う。

しかし敵兵なので軍のほうがいいだろうとすぐに地元の陸軍基地に移送されてしまう。
パイロットがそこに着くと腹減ってるだろと二度目の朝飯を食わせてもらうが、こいつは空軍兵なので空軍に引き渡そうという事になりすぐに英空軍基地に移送される。

パイロットがそこに着くと応対に出てきた将校がパイロットに向かってこう言ったらしい。
「まったく陸軍は野蛮で困ります、貴官は何か乱暴されませんでしたか?お腹が空いているでしょう、すぐに朝食を持ってきます」

 

 

激戦前夜

 

戦後生まれの母から聞いた話。
祖父は海軍の下っぱ(炊事担当)で硫黄島に出征。戦争末期のある日
上官(地元出身の中尉だったか少尉)に呼ばれ、「この島は明日には
アメリカの艦砲射撃を受ける。お前達まで無駄死にすることはない。
後のために本土に戻って女房にこども生ませろ」と夜中に船に乗せられ
島を離れたそうです。
しかし祖母はそんな事情は知らず、祖父は硫黄島で艦砲射撃を受け戦死。
と、官報と見舞いの毛布を受け取って、夫の命が毛布一枚と呆然としたとか。
終戦翌年祖父は復員しましたが、母がこどもの頃はまだ毛布はあったそうです。
硫黄島に残った他の人達の事を思うと、祖父達は上官に恵まれたんですね。
祖父が乗ったのは余り大きな船ではなかったそうです(同行は数十人?)。
祖父の親友は存命ですがもう話を聞ける状態ではありません。

翌年復員した理由は母も知らず、祖母が話したところによると
攻撃直前に姿を消した手前すぐに帰れなかったのでは?と言うことでした。

米軍の捕虜になってたのかも知れませんね。
祖父の上官はちょっと変わってて、この以前にも突然祖父(当時三十代後半)
を捕まえ、上官「貴様、こどもはいるか?」
祖父「娘一人ですが死にました」
上官「じゃあ一週間休暇やるから女房のトコ帰ってこどもつくってこい」
と、家に帰したこともあったと、祖母が母に話したそうです。

今年は祖父が存命なら百歳になるので、聞いた話を残しておきたいと、
スレチっぽいとは思いながら書きました。

硫黄島に残った方々のことを思うと胸が痛みますね。

 

 

亡き戦友達

 

昭和18年7月29日に行われた北太平洋アリューシャン列島にあるキスカ島からの日本軍「奇跡の撤退作戦」

5月にお隣のアッツ島が米軍の攻撃で玉砕してから、孤立したキスカ島を包囲している米海軍が、たびたびレーダーに現れる虚像に振り回されて、右往左往する間に、第一水雷船隊が濃霧に紛れて5200名の将兵を奇跡的に救出した時の事。

全速で敵から離脱を図る船団がアッツ島の沖合を通過しつつあるとき、思いもかけず全滅した筈の島から、バンザイの大歓声が届いてきた。
それではレーダーの虚像も濃霧も全て亡き戦友達が守ってくれたからだと涙を流してアッツ島の方角に皆で手を合わせたという実話

 

 

緊張

 

夜に日本軍の偵察隊がパトロールしていると道に迷って見慣れない場所に出てしまった。

位置を確認しようと隊員が集まって地図を見ていたら前方から数人の兵士が歩いて来た。

暗くて良く分からないがシルエットから米軍兵士だとわかった。
偵察隊とは言え物資不足で武器は錆びた軍刀と小銃だけである 。

相手はトンプソンやガーランドライフルなど高性能の武器でとても太刀打ちできるわけがない。
偵察隊は何も出来ずじっとしていると何故か米軍兵士も何もせず近付いてきた。

お互い敵同士だと分かっており顔は強張って偵察隊を睨んでいる。

しかし結局何ごともなくお互いに顔を見合わせたまま通りすぎていった。

しゃがんでいた隊長の尻に米軍兵士の足が当たった時、相手は「ソーリー、サー」とまで言ったという。

似たような話が西部戦線でもあり、後方に空挺降下した米軍部隊がドイツ軍と出くわした時、お互いに全く戦う事なく道を譲り合ってしまったという話や戦闘中逃げ込んだ穴に敵兵士が入っていて無言のまま何時間も過ごした話などがある。

大きな戦争で徴兵された人間は普段から戦闘に慣れておらず、特に初めて戦場に立つ時など過度の緊張のあまりこういう事が起きるらしい。

「自分が動けば相手も動く=殺される(良くて相打ち)」という心理か。

 

 

敵も味方も沢山死んだ夜

 

俺のじっちゃんの話を一つ。
俺が生まれてくる前に死んだから
オカンに聞いた話になるんだが・・・
じっちゃんは南米だか何処だかのジャングル?
で闘ってたらしいんだけど、戦争の話は殆どしなかったんだって。
まあ、それだけ酷かったって事何だろうけどね。
そんなじっちゃんが唯一話してくれたってのがこれ。

「彼処では綺麗な物なんて無かった。
何もかもが汚れていた。徐々に味方が信用出来なくなって、誰もが自分を殺そうとしてるんじゃないかと思い始めた。
そんな中、唯一心を癒してくれたのは野営地で綺麗に飛んでいた蛍の光だった。
あんなに沢山の蛍を見たのは後にも先にも無い。」

因みに蛍は、過酷で敵味方沢山死んだような日の夜にだけ見えたそうだ。

俺もこの話を聞いた時は「綺麗な話だなー」
としか思ってなかったが、南米のジャングルに蛍なんているのかw?
じっちゃんが何を見たのか知らないが、悲惨な戦闘の後にだけ見えたってのがなんか不思議。

 

 

斥候

 

前線を偵察していた日本軍の斥候5名が、その帰り道に英軍兵士3名とバッタリ鉢合わせしてしまったそうな。

しかも相手は全員ステンMkⅡやブレン軽機を構え引鉄に指を掛けた状態だったのに対し、こちら日本軍の方は持っていたのは全員小銃のみ・・・しかも肩に担いでいた為すぐには応戦できる状態ではなかったとか。

そんな状態にで暫く睨み合った後、日本側の隊長が「ゴルァ!!」っと一括した途端!有利な状態だったにもかかわらず英軍兵は全員持っていた武器を捨て手を上げて降伏したんだとか。

 

 

北アフリカ戦線

 

孤立したドイツ兵達が1人の老人と出会い、古い地図を譲り受けた。
そこには水や食料の貯蔵庫が記されていた。
それでどうにか助かったドイツ兵達は
「どこでこの地図を手に入れたのか」と老人にたずねたところ、老人は
「ナポレオン公から援軍が到着するまで死守するようにと命令を受けました」
と言って姿を消した。
ドイツの軍事記録に残ってるらしい話。

 

 

友軍機

 

俺のじいさんは戦争中爆撃機で司令官を運ぶパイロットだった。
もちろん護衛に戦闘機を引き連れてだけど。
戦争で戦友が次々死んでいく中で、じいさんの一番親しい友達も死んでしまった。
戦局が悪化して護衛の戦闘機が乏しくなった中、護衛が1機という悲惨な状態に。
突然米軍の戦闘機2機に襲われた事があった。
その時死んだ筈の友達の声で

「オイ!!」

と聞こえて咄嗟に旋回してギリギリ銃撃をかわしたらしい。

米軍の1機は護衛機が追い払ったが、もう1機は、どこからきたのかわからない友軍機が火を吹きながら追いかけて、米軍機は勝手にジャングルへ墜落した。

その後友軍機はじいさんと護衛機と並行して飛んでたんだが…
機体のナンバーが死んだ友達のものだった。

全てを察してじいさんが敬礼をすると友軍機は火を吹きながら上昇して雲の中へ消えたそう…。
じいさんは今でもその友達の墓参りに行ってる。

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