3. 仏教・神仏習合が生み出した龍神・水天
倶利伽羅龍(くりからりゅう)
「剣に巻き付き、炎を背負う護法の龍」
- 剣に巻き付いた龍が炎を噴き上げる姿で表される、きわめて象徴的な龍神像。
- 不動明王の象徴として知られ、燃えさかる龍炎で煩悩や障害を焼き尽くす護法の存在とされる。
- 心の迷い・執着を断ち切る「炎の龍」として、信仰や美術の中で大きな役割を担ってきた。
水天(すいてん/Varuṇa系天部)
「雨・川・海・湖を統べ、龍族をも従える“水界の王者”」
- 仏教における十二天の一柱で、水全般を支配する天部の神格。
- 起源はインドのヴァルナ神(Varuṇa)にさかのぼり、海・水・天空・誓い・真理を司る大天神として龍族とも深い関わりを持つ。
- 日本の仏教では、雨乞い・水害鎮護・井戸や泉・水路の守護神として祀られ、龍族を従える強力な水天として信仰されている。
- 寺院の「十二天図」に描かれることも多く、視覚的にも水界の支配者として表現される。
八大龍王(はちだいりゅうおう)
「仏典に登場する八柱の龍神で、雨を呼び、法を護る水界の守護者」
- 『法華経』などに登場する八柱の龍神で、釈尊の説法に参じ、仏法を守護する役割を担う。
- 人間界に雨をもたらし、水害を鎮める水の守護神としても位置づけられる。
- 日本では、祈雨・止雨・水害防除・水資源の安定を祈る祭祀の対象としても信仰されてきた。
八大竜王 一覧表
| 名称 | 意味 | 日本での性質 |
|---|---|---|
| 難陀 | 歓喜 | 雨・水難除けの龍神 |
| 跋難陀 | 亜歓喜 | 釈迦誕生の雨を降らせた慈悲の龍 |
| 娑伽羅 | 大海 | 海の王・龍宮の主 |
| 和修吉 | 宝 | 九頭龍信仰の源、山の龍神 |
| 徳叉迦 | 多舌 | 災厄を制する強力な龍、七面天女の父 |
| 阿那婆達多 | 清涼 | 湖・湧水の守護、清らかな水の象徴 |
| 摩那斯 | 大身 | 海を押し返すほどの大力の龍王 |
| 優鉢羅 | 青蓮華 | 美と清浄の水龍、青蓮華の池の主 |
1. 難陀(なんだ / Nanda)
意味:歓喜。
兄弟の跋難陀とともに名高い龍族の王で、古来より仏法の守護者として語られる。
仏典での役割
『不空羂索神変真言経』第十六章「広博摩尼香王品」に登場する。
特徴
- 跋難陀と兄弟関係にある
- 娑伽羅龍王と争った過去が伝えられる
- 雨をもたらし、人界を潤す役目を持つ
- 仏法を中心で守護する重要な龍王
日本での信仰
主に祈雨・大雨鎮護の神として崇められる。
2. 跋難陀(ばつなんだ / Upananda)
意味:亜歓喜(小さな歓喜)。
難陀の弟として多くの経典に登場する。
経典での働き
- マガダ国を守護し飢饉を免れさせた
- 釈迦誕生時に雨を降らし、清めの雨を施した
- 釈尊の説法の場に常に出席
- 仏滅後も仏法を守り続けると誓う
日本での性質
慈悲深い龍とされ、祈雨・水害防除に信仰が集まる。
3. 娑伽羅(しゃがら / Sāgara)
意味:大海。
海界を統べる代表的な龍王で、龍宮の王として広く知られる。
特徴
- 海を支配する最強格の龍王
- 娘は有名な「八歳の龍女(善女龍王)」
- 龍女は法華経・提婆達多品で成仏する重要人物
- 清瀧権現の信仰ともつながる
日本での展開
娑伽羅龍王の娘は
善女龍王=清瀧権現として神道と習合し、各地で祀られる。
4. 和修吉(わしゅきつ / Vāsuki)
意味:宝。
インド神話由来の龍で、後に日本の九頭龍信仰の原型となる。
特徴
- 「九頭龍王」「九頭龍大神」の源流
- 須弥山の守護者として有名
- 小龍(細い龍)を捕らえる強い龍王
- かつては“千頭の龍”ともされた多頭龍の元型
日本への影響
箱根九頭龍神社ほか、
日本の九頭龍神信仰の根本となる存在。
5. 徳叉迦(とくしゃか / Takṣaka)
意味:多舌・視毒。
その視線だけで命を奪うと伝えられるほどの強大な龍王。
由来
インド叙事詩『マハーバーラタ』では蛇王として著名。
日本での展開
- 七面天女は徳叉迦の娘とされる(身延山伝承)
- 日蓮宗を中心とした龍神信仰に影響を与える
特徴
- 災厄をもたらす力と守護の力を併せ持つ
- 水難・災害にまつわる恐れと畏敬の対象となる
6. 阿那婆達多(あなばだった / Anavatapta)
意味:清涼・無熱悩。
“阿耨達池(無熱悩池)”と呼ばれる神秘の湖に棲む龍王。
阿耨達池とは
ヒマラヤ北方にあるとされる巨大な聖なる湖。
- 四大河(ガンジス・インダスなど)の源流
- 湖岸は金銀など四宝でできているという
- 大きさ800里(約300km)と伝えられる
特徴
- 阿耨達龍王は“菩薩の化身”ともいわれる
- 水の恵みと清浄を象徴する存在
- 苦悩を癒す清らかな水源の守護神
日本では、
清浄な水の象徴として信仰された。
7. 摩那斯(まなし / Manasvin)
意味:大身・大力。
海の勢いを押し返したという、圧倒的な力を持つ龍王。
神話
阿修羅が海水で“喜見城”を浸そうとした際、
摩那斯が身をくねらせて海を押し戻したと伝えられる。
性質
- 大きな災いを沈める龍
- 洪水・高潮など大規模な水害に関わる
- 海洋の猛威に立ち向かう力の象徴
日本では大力を持つ龍神として恐れ敬われる。
8. 優鉢羅(うはつら / Utpalaka)
意味:青蓮華(ウツパラ)。
青睡蓮が咲き誇る池を守護する、美と清浄の龍王。
仏教的象徴
青蓮華は
- 仏の澄んだ眼(紺青)
- 清浄性
- 美・芳香
などを表す聖なる花。
特徴
- 青蓮華の池を守る水龍
- 清らかさと神聖さを司る
- 光や香気をまとう美の象徴的存在
中国では“青蓮宇=寺院”の象徴ともされるほど、
霊性の高い龍王として扱われている。

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