アザゼル Azazel
グリゴリの統率者
アザゼルという名は、ヘブライ語で「神の強者」を意味する語に由来すると言われます。
アザエル(Azael)、アジエル(Asiel)、アゼル(Azel)など、いくつかの別名も持っています。
アザゼルは、地上の人間を見張る役目を負った「見張る者(Watchers)」、すなわちグリゴリと呼ばれる天使たちの指導者でした。本来は人間を監視し、秩序を保つことが使命でしたが、やがて地上の美しい娘たちに心を奪われ、彼らと共に地上へ降り、その娘たちを妻として迎えてしまいます。
さらに問題となったのは、アザゼルたちが人間に禁じられていた知識を教えてしまったことでした。
アザゼルがもたらしたのは、剣や盾などの武具、金属の指輪といった装飾品、そして化粧の技術。
これによって男たちは戦い争うことを覚え、女たちは華美に装い、男たちを誘惑する術を身につけたとされています。
この背反行為には仲間の堕天使たちも関わっていました。
武器の作り方を教えたガドリール(Gadreel)、文字の書き方や体裁の整え方など、人間に虚栄心を植えつけたシェムハザなどがその代表格です。
事態をさらに深刻にしたのは、グリゴリと人間の娘たちのあいだに生まれた子どもたちが、みな恐ろしい巨人であったという点です。
この巨人たちは地上のあらゆるものを食らい尽くし、世界に荒廃をもたらしたと伝えられます。
やがてアザゼルらグリゴリの行いは神の怒りを買い、ラファエルによってアザゼルは荒野の深い穴へと投げ込まれ、一筋の光も届かない暗闇の中に永遠に閉じ込められたとされます。
神は「全地はアザゼルの教えによって堕落した。あらゆる罪を彼に帰せよ」と命じた、と伝えられています。
もうひとりのアザゼル
悪魔としてのアザゼルは、七つの蛇の頭を持ち、それぞれの頭に二つの顔を備えたデーモンとして描かれることがあります。十二枚の翼を持つという伝承もあり、その姿は非常に異形でミステリアスです。
イスラム教では、アザゼルはイブリースと同一視されることがあります。
「炎から造られた自分が、土から造られたアダムにひれ伏すことはできない」として、アダムへの服従を拒んだ天使として語られます。
また、アザゼルはもともと旧約聖書に登場する、正体の知れない砂漠の存在であったとも言われます。
ユダヤの贖罪の日には、民の罪を象徴的に山羊に負わせ、その山羊をアザゼルのもとへ送る儀式が行われました。
そのルーツは、カナンの砂漠の神アシズにあるという説も残されています。
アスモデウス Asmodeus
情欲の悪魔
アスモデウスは「情欲」と「激怒」を司る悪魔として知られています。
その起源は、ゾロアスター教に登場する悪神アンラ・マンユ(アーリマン)の配下、アエーシャマ・デーヴァ(「激怒」「情欲」の魔神)に求められることが多いです。
『トビト書』では、メディアの娘サラに取り憑いた悪魔として登場し、大天使ラファエルとの対決の末に退けられたとされています(ラファエルの項で語られることも多いエピソードです)。
また、グリゴリと人間の娘との間に生まれた巨人の一人であり、生まれたばかりの赤ん坊を締め殺す存在だとされる伝承もあります。
アスモデウスは、乙女たちの心を離反させ、やせ衰えさせることを誓った悪魔とも言われています。堕天する以前は智天使のリーダーであったという説も伝わっています。
その姿は、雄牛・人間・羊の頭を併せ持ち、ガチョウの足と蛇の尾を備えた怪物として描かれることが多く、地獄の竜にまたがり、槍と旗を手に現れると伝えられます。
ソロモンの七十二柱の悪魔に登場するアスモダイと同一視されることが一般的です。
秘術の伝道師
アスモデウスは、オカルティストたちの間では「秘術を授けてくれる存在」としても知られています。
人間が礼を尽くして頼めば、さまざまな奥義や秘伝の知識を授けてくれると言われます。
伝承によれば、もしアスモデウスに出会ったとき、「あなたこそアスモデウスに違いありませんね」とその正体を言い当てることができれば、彼は見事な指輪を贈ってくれるのだとか。
それが祝福なのか、それとも別の契約の印なのか──そこから先は、物語ごとに解釈が分かれる部分です。
サマエル Samael
死の堕天使
サマエルの名は、「Sam(毒)」という語を含み、しばしば毒と死を司る天使・悪魔として語られます。
『エノク書』では「デーモンたちの首領」と呼ばれ、イヴを誘惑した蛇も実はサマエルであったという解釈が存在します。
『ユダヤ人の伝説』によると、モーセの命を奪う役目を任されたのもサマエルでした。
剣を手にモーセのもとへ向かったものの、逆に打ちのめされ、その役目は果たせなかったとされています。最終的にモーセを連れ出したのは、神自身であったと言われています。
『バルク黙示録』(預言者エレミヤの弟子バルクによる記録とされる文書)では、サマエルはエデンの園に葡萄の木を植えた存在として登場します。
アダムはその実から葡萄酒をつくり、禁断の味を覚えてしまいました。その結果、神の怒りを買い、エデンから追放されることになったというのです。
この物語では、殺人・姦通・姦淫・偽りの誓い・盗みなど、あらゆる罪は飲酒から生じるとされています。『ヨハネの黙示録』においても葡萄酒は姦淫や神の怒りの象徴として登場します。
やがて、この葡萄酒はキリストの血と結びつけて理解され、キリスト教の聖餐に欠かせないものとなりました。
その背景には、こんな物語も語られます。大洪水のあと、ノアが地上に植物を植え始めたとき、葡萄の木を植えてよいものか迷っていたところへ、サラサエルという天使が神の言葉を伝えます。
「この木の苦さは甘さに変えられ、その呪いは祝福となり、そこから生まれるものは神の血となるであろう」と──。
こうして、サマエルの物語は、罪と救済の両方に影を落とす、象徴的な存在として語り継がれています。
マステマ Mastema
悪の父
マステマという名は、ヘブライ語で「敵意」「有害な者」を意味し、人類の苦悩の多くの原因をつくった存在とされています。
大洪水のあと、ノアは地上の悪霊をすべて地下に封じてほしいと神に願いました。神がその願いを受け入れようとした際、マステマは「人間に罰を与えるためには、地上にもある程度の悪霊を残しておくべきだ」と進言します。
ここで語られる悪霊とは、グリゴリと同じく、天使と人間の娘とのあいだに生まれた巨人族のことです。マステマ自身も、同じ過ちに関わっていたとされています。
マステマは、人間を誘惑し、告発し、ときに処刑する役割を担う存在として描かれます。
表に立って暴れるというよりも、舞台の裏側から人類の歴史に試練を差し込むような、陰の支配者的なイメージを持つ悪魔です。
レヴィアタン Leviathan
巨大な海の魔獣
レヴィアタン(リヴァイアサンとも)は、ヘブライ語で「自ら身を巻きつける者」「からみつく者」を意味するとされる名を持ち、巨大な海の魔獣として語られます。
『ヨブ記』では、彼について「その体は剣も矢も槍も、鉄も青銅も通さない」と記され、
「彼はおののきを知らぬものとして造られている。驕り高ぶるものすべてを見下し、誇り高い獣すべての上に君臨している」と称されます。
ラビ文献では、レヴィアタンは原初の海の天使ラハブと関係がある存在ともされ、竜たちの支配者とみなされる解釈もあります。
陸の魔獣ベヘモトに対して、レヴィアタンは海の魔獣として生まれた存在だと語られます。
その姿については、鯨のようだとする説、クロコダイルのようだとする説、海竜や巨大な海蛇として描く説など、さまざまです。共通しているのは、水にまつわる圧倒的な巨体の怪物であるという点です。
画家ウィリアム・ブレイクは、レヴィアタンをとぐろを巻いた大蛇として描きました。
レヴィアタンのルーツは複雑で、イスラエルと対立関係にあったエジプトのナイルワニが象徴的に変形したもの、蛇神ネフシュタンの影響、あるいは聖書に登場するレビ族(祭祀を司った一族)が信仰した神の異形の姿である、といった説が挙げられます。
多くの伝承の中で、レヴィアタンは混沌の海を象徴する存在として、神と世界、そして人間の運命に深く関わる魔獣として描かれ続けてきました。

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