日本の地方に伝わる『怖い風習・奇妙な風習』まとめ

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日本の地方に伝わる『怖い風習・奇妙な風習』まとめ 地域にまつわる怖い話・伝説・伝承
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怖い風習・奇妙な風習

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他人に物伝いに厄を擦り付ける

節分の日にクシを落として厄を落とす
節分の日にクシを拾うと厄を拾うということで
拾い主に災いがふりかかる

家に不幸があると小銭を道に落とすって風習が関東地方にある
もちろん拾った人に厄が移る

 

山に入るとき

山に入るときは必ずナタを持っていく。ナタには左に三本、右に四本の線が刻まれてるんだけど、それが三、四でみよけ=魔除けに通じてるから化け物に出くわさないように必ず持っていけっていわれてた

山では名前で呼ぶな。本名で呼び合うと化け物につけいれられるから名前で呼ばないで「爺ちゃん」「おい」って呼び合ってた

お盆には海に入るな。お盆は死者が海から戻ってくるから必ずお盆の時期は海で遊ぶなといわれた

今思い出すのはこれくらいかな

死んじゃったけど思い返すとうちのじいちゃんは信心深い人だったな
クネクネらしきもの

うちの田舎で聞いた話にそれっぽいのいるわ

大まかな特徴だが

・本体はくねくねした細長い何か

・弱った獣に取り憑く

・取り憑かれた獣は自身も体内を喰われてゾンビのような状態になりながら手当たり次第に他の生物を喰い殺すようになる

・取り憑いた獣が使用不能になるとシシカブリは次の獲物に取り憑く

・その際には右目から入り込むとも言われている

・人にも取り憑く

・流れる水を渡れない

・殺すには焼き尽くすしかない

シシカブリと呼ばれておりもののけ姫のタタリガミに近い存在らしい

 

 

人魚

始めはかたくなに拒んだ夫婦であったが、人魚は不吉なものだという香具師の言葉と、なによりすさまじい大金に目がくらみ娘を売ることを承諾してしまう。

この話を聞いた娘は、どうか自分を売らないでくれと泣いて頼んだが、金に目のくらんだ夫婦は聞く耳を持たず娘を香具師に引き渡した。

それでも娘は連れて行かれる寸前までろうそくに絵を描き続け、残されたろうそくの中に一本だけ真っ赤に塗られただけのものが混じっていたそうだ。

おそらく最後まで絵を描き続けた娘が最後の一本に残った絵具を塗りつけたのだろう。

それを見て、娘が急に不憫になった夫婦は、その蝋燭を社に供えて娘を供養することにした。

するとその晩、海が荒れて多くの船が海に沈んだ。乗っていた人間は誰一人助からなかったそうだ。

沈んだ船の中には娘を乗せた香具師の船も混ざっていたという。

その後、あたりは急速にさびれ、社の存在も忘れ去られてしまったが、

今でも赤いろうそくを備えると海が荒れるため漁師の間では禁忌となっているらしい。

 

 

お墓

墓から帰ったら玄関に上がる前に空の桶に足を入れて洗うそぶりをする
墓の土を落とすって意味があるんだとおもう

墓場で転ぶと死ぬ

墓は入ったところと違う場所から出なければならない

「6時以降はお墓の道を絶対通るな」って言われてた。
そのお墓の道ってのは俺のうちのお墓と、角のあるお地蔵さまの前を通る道で
いつも薄暗い道だった。

 

お稲荷様

今から30年くらい前まで狐対策で常に自転車のカゴとかに油揚げをいれていたと言う風習

俺の婆ちゃんの知り合いが化かされた話

近所にある「稲荷橋」は狐がよく出たからだという話

お稲荷さんに男女で入ると不幸になるって話を聞いたな
お稲荷さんが嫉妬するとかで

 

おさっしゃ

秋祭りにしては遅い十月の初めに「おさっしゃ」と呼ばれるお祭りがありました。
これは漢字にするとどの字を当てるのか未だにわかりません。
これが正式な名前なのですが、村の大人達は里にいるときには、このお祭りのことを「おかえし」とも呼んでいました。…(中略)…そのときに社前で舞を舞う男の子が一人おり「にしろ」と呼ばれていましたが、これもどのような漢字を当てるかはわかりません。
そして次の年の「にしろ」にわたしがなったのです。
「にしろ」は前年の祭りが終わった十二月に十一歳の男の子の中から選ばれます。
自分で言うのもなんですが、「にしろ」に選ばれるのは、顔立ちの優しい体つきの華奢な子です。
そして選ばれたその日から「にしろ」は女の子として育てられます。
髪を伸ばし、女の着物を着て村長のお屋敷の一間を借りて過ごします。

 

十柱神社

日本の各地に十柱神社(とばしら)と言うのがある。
大抵、日本書紀に出て来た神様だとかを祭っている神社で10人の神を祭るから、10柱というのだそうだ。
土木工事なんかの御利益があると言われている。

ただ近所の十柱神社は不思議なことに、祀られている神様の数が9つしかワからん。
というか、10番目は「来るもん」だそうだ。
あと火気厳禁で神事でも火を使うことは一切禁止されている。

ずーっと気になっていたんだけれど、先日ある工事関係の人からこの神社の秘密を聞くことが出来た。
実は10人目の柱とは人柱のことで、「とばしら」神社が火(ひ)を嫌うのは「ひ+とばしら」となる事を隠したいからでそういう事に気を使い、神経質になるぐらいぐらいにはその儀式は行われていたんだそうだ。
十柱神社の裏手を掘り返すとそのときに使った鉄器やらが過去の遺物として大量に出てくるはずだ。と。

 

九州南部の集落

うちの一族はもともと九州南部の山間の小さい集落に住んでいて、
集落の名前(地名)=一族の苗字、集落全体が親戚って感じです。
そんなうちの一族に伝わる不思議な話です。

もともと別の土地に住んでいたらしいのですが、戦に追われ、一族郎党でその山に逃げ込みました。
着の身着のままで、上は老人、下は乳飲み子で、食べるものもなくなり、山中で精も根も尽き果てて、あたりも暗くなり、
もはやこれまでか…とみんな諦めかけたそうです。
すると闇の中から人影が現れ言いました。
「こんな夜中に幼子を連れて山に居る輩がいる、と言われて様子を見に来たら、本当にいるとは驚いた」
地元の人間が警戒して偵察に来たと思った長老が、
「明日になればすぐに立ちさる。申し訳ないが見逃してくれ」と頼みました。
人影は疲労困憊の一族を見回し、しばらく考えると、
「ここでは夜露をしのぐには辛かろう。
あっちに窪地がある。そこで火を焚き暖を取るといい」
そう言うと山の中に去っていきました。

その場にとどまっても仕方ないと、言われた通り窪地に移動して一夜を過ごしました。
夜が明けて、とりあえず移動しようとすると、
山の中から『鷹のような異形の男(口伝のまんま)』がイノシシを担いで現れました。
驚いていると、「姉者のお恵みじゃ。喰え」と言いました。
その声は昨晩、窪地を教えてくれた人影の声でした。
警戒しながらも、腹をすかしていた一族は有難く頂きました。

ご飯を食べてる間、鷹のような男は、
長老たちに、どうしてここにやってきたのか、これからどこにいくのか聞いてきました。
今迄住んでいたところを追われ行くあてはない、と答えました。
鷹の男は話を聞くと、
「このまま山を下ると川にあたる。そのまま川沿いに下ると大きな岩がある。その辺りは弟の縄張りだ。
話は通してあるから、そこに集落を作るといい」
そう言うと、いつの間にか居なくなっていました。

あれは山の神の使いに違いないと思ったご先祖様は、言われた通り川沿いにあった大岩の近くに集落を立てて、
以降、大岩周辺にいる神様を『山裾さま』、山中で出会った鷹の男の神様を『山中さま』、
鷹の男が言っていた姉者を『山上さま』と呼んで奉りました。

以上が、小さいころに聞かされた集落創立の昔話です。

 

口減らしの山

地元に、○山 という地名がある。○の中には動物の名前が入る。

昔、姥捨山や間引きした赤ちゃんを捨てていたという。
そして、泣き声が聞こえても、「あれは○が鳴いているんだよ」ってことにされていた。
というのが地名の由来。
そんな悲しいお話。

鬱蒼としていて、昼間でもちょっと怖い。
最近は、だいぶひらけてきて住宅地になってるが、昔からの地元民としては、住む気にはなれない。

 

キムジナー

30年くらい前、小学校に行くか行かないかの頃の話。
父の実家が鹿児島最南端の某島で、爺さんが死んだというので葬式に。
飛行機で沖縄経由で島に行き、父と激似の島民というか葬儀屋に案内され、はじめてその実家へ。
確か2月で、寒くは無いが、イメージしていた南国には遠く、曇りでどんよりしていた。
当時福岡に住んでいたので、親戚は会う人みな初対面でちょっと居場所が無かったのを覚えている。

そこの風習は土葬で甕に入れるために爺さんが仰向けだが、足をちょうど正座する状態でそのまま寝かされていた。
弔問客は皆、爺さんのひざに触る。
婆さんは、方言というか外国語というか、何を言っているか分からないが、どうやら「ひざに触ると爺さんが喜ぶ」とのこと。
死体に直に触るのをはばかれてか、タオルがかけられている。

まぁそんなこんなで酒盛りなども経て、こちらでいう通夜はお開きになった。

南方の島の家というと、風通しの問題なのか、ほぼ畳敷きの広場といった風情。
よく見るとふすまの敷居もあり、普段は部屋が区切られるようだが、人が集まるということもあり、ふすまは全部取り払われ、長い縁側から大きな部屋に仕立てられていた。
そんな広間で、爺さん共々みんなで雑魚寝していた。
縁側のほうは雨戸が閉められ、うっすらとした常夜灯だけの夜。
遠くから海の音が聞こえる。
20人ほどの親戚一同との雑魚寝で、なんとなく寝付けず、悶々としていた。

何時だったか分からないが、多くの人が寝静まったと思われる頃、急に雨戸、窓、玄関その他を誰かが、いや、大勢の人が叩き出したのだ。

ドンドンドンドン、ガシャガシャガシャガシャ

外から声は一切せず、ひたすら大勢の人が叩いている。

当然周りは何事かと起きだすのだが、ザワザワするだけで騒ぐものもおらず、みな妙に冷静だった。

すると婆さんが一人でずかずかと雨戸に寄り、ガラリと開け放ち、「hふrひえjsdんしうgf」と方言でわめき散らした。
何やら怒っているようだった。
すると音はピタリと止み、みな安心したようにすぐに寝入ってしまったのだ。

なんだか夢の続きのようで、思わず婆さんに「何?」と聞いてみた。
婆さんは方言で優しげに頭を撫でながら何か言ってたが、分からない。
そばにいた親戚の女の人が通訳してくれたのは、次のような内容だった。
「あれはキジムナーだ。爺さんに会いに来たけど、もう夜遅いから明日にしてくれ、と婆さんが追い払った」

「キジムナーは特に何もしないから寝ていいよ」

水木の妖怪辞典で見知っていたキジムナーだ、とすぐに思い当たった。
それで安心して、そこからすぐに寝入ってしまった。

翌朝は葬式で、おそらく島中の人が来たと思われる人出。
神主が来て葬式が執り行われ、長い行列の中腹に甕が担がれ、出て行ったのを見送った。
子供がそれについていけなかったのは、それも何かの風習だろう。

後で島を散歩すると、砂浜の脇の小高い丘に小さな神棚が転々と置いてある。
海からの風を避けるように、草むらの脇に無秩序に並んでいる。
どうやらその下に甕が埋まっているようだ。
数年後に掘り出して、のど仏だけを墓に納めるらしい。
それには父だけが参加した。

 

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