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神社にまつわる不思議な話・怖い話【3】短編10話

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神社にまつわる不思議な話・怖い話【3】短編10話 不思議な話
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神社にまつわる不思議な話・洒落にならない怖い話【3】

 

 

鳥居の影から見たもの

叔父の話を一つ語らせてもらいます。長文勘弁ね。

幼少の頃の叔父は手のつけられない程の悪餓鬼だったそうで、疎開先の田舎でも、畑の作物は盗み食いする、馬に乗ろうとして逃がす等、子供達のガキ大将を自負するようなDQNでした。

さてその疎開先には、地方にしては大きな神社がありました。
「今となっては何を祭っていたのかもわからん」だそうですが、桜の木が何本も植えられていて、春ともなれば正しく満開の桜が見物できたのでしょう。

また、聖域とでも言うのでしょうか。
「子供達がむやみに近づいてはならない」という暗黙の了解があったようです。

しかし、そこはDQNな叔父のこと。
「やってはいけない」と言われれば反発心が刺激されます。
ただでさえ娯楽の無い疎開先。いずれは出ていくという気持ちもあったのでしょう。
一つのイタヅラを実行に移す事にしました。

神社には神様を乗せる(?)馬が飼われています。
これに乗って神社の石段を駆け下りようというのです。

勿論、昼は大人達の目がありますから、夜のうちから神社に忍びこみ、朝のお勤めの時に馬で駆け出す…みんなびっくり!俺様の株、急上昇!(゚д゚)ウマー という作戦でした。

予定どうりに深夜部屋を抜け出して、神社へと向かう叔父…
満開の夜桜が近づくにつれ、叔父の耳に場違いな音が聞こえてきました。

ぽんぽん…ぽぽん…それはツツミの音だったそうです。

最初は大人達が酒盛りでもしているのかと警戒した叔父ですが、こんな深夜の、この戦時中にありえない事くらい子供にもわかることでした。

神社に近付けば近付くほど、ぽん…ぽぽん…という音がハッキリ聞こえます。
鳥居の影に隠れ、中を覗く叔父。

そこには、ひどく幻想的な光景がありました。

風に散る夜桜の花びら、ツツミをうつおかっぱの子供。
くるくる…くるくると舞う1人の女性。

叔父は時間を忘れ、その光景に見入ったそうです。
この世の物とは思えない美しさでしたが、どこかおかしな、非常識さが叔父を正気に戻らせ家へと逃げかえりました。

翌朝、昨夜の出来事を誰かに話したかった叔父は、思いきって神社の神主さんに全てをうちあけました。

話を全て聞き終わった神主さんは、「声をかけたか?」「見つかったか?」などいくつか質問をした後で、叔父にニンマリ笑いかけたそうです。

「よかったなぁ…見つからんで、ほんによかったなぁ」

「ありゃ、この世の者でない」「…鬼じゃ」

今でも叔父は酒が入るとこの話をします(苦藁
「S(俺)君、鬼はいるんだよ…」
まぁ、正直俺も信じてないし、オカルトとも微妙に違う気がすんだけど、アホくさと思いながらも書いてみマスタ。

(゚д゚) ミマスタ!!
゚(  )―
/ >

 

 

○○○寺

5月の連休最終日なのだが、男4人と女3人という面々で飲み会してたわけですよ、居酒屋で。

今度はどこへ行こうと、いろいろ案も出ましたが京都へ行こうという事になりました。
神社仏閣、多々あれど若い男女にまあふさわしくないと思い俺は反対しましたが、結局、京都に決定しました。

二週間ほど経った日曜日、もっとPLANを練ろうと、またしても皆であつまってワイワイガヤガヤしておりました。
そこは集まった中の友達の家でして、テーブル囲んで雑談してました。
それぞれが喋り捲って、一時間くらい?経過した頃・・・。

「○○○寺」(○○○じ)

気にも留めずに喋っていたら、女の子の一人がね「○○○寺」とつぶやいた。
「なに?それ」
そう問いただしても、本人はかまわず、また女の子と冗談を言い合ってた。
何人か気付いたけど、本人も自覚が無いままなので、俺たちも気にも留めなかった。
すると、しばらくたって・・・。

「○○○寺」

今度は全員、はっきり聴いた。今の今まで笑顔で喋っていた子が
急に真顔でまっすぐ向いて、そうつぶやくんだから、気持ち悪いって!
「~ちゃん、どうしたん?」とツレの女の子が驚いてたずねた。

「○○○寺!○○○寺!」

全員、声が出ない。不思議なもので、こういう時って傍観するしかないんですね。
頭おかしくなったんちゃう?というしぐさを俺の友達がやったが、俺はそれを制して「マジどないしたん?」と聞くと、女の子は気分が悪い、吐きそうと言って女の子のツレと一緒に帰った。

その○○○寺は、京都の観光案内にも載っていなかったので近所の寺かと思い、住宅地図とか見たが不明。
ネットで検索したらやはり京都にあった。

あとで「大丈夫か」ってメールいれて、返ってきた文章がまあ、能天気ないつもの文章なので一安心。
京都行きはひとまずおあずけ。
男だけでバイクで行こうかと案も出たが、女の子達に不義理っぽくてそれもやめた。

6月に入って、5人で集まった。
そのときに「この間はどうしたん?○○○寺って何?」と問うと彼女の話ではこうだ。

先日の自分の行動はあまり覚えていないが、それ以来、よく夢でお寺の坊さんが寺の門の前で、自分を指差しているんだって。
そのあと後ろ向いて、寺の中に入っていく。
そしたら門がば~ん!と閉まる。すると「はよこいよ~」って気持ち悪い声が響く。
その門に(柱に)記された文字が○○○寺。
そういう夢を頻繁にみるそうだ。

その寺、あったよとネットで調べた事を言ったら、彼女はメチャクチャ怒った。
俺らは、まあ幽霊とは関係ないだろwってことで、放置する事にした。
でも内心、ちょっと怖いです。ちょっとね。
○○○寺!って叫んだ時のあの異様な雰囲気が忘れられん。

最近では、目が覚めた瞬間に「はよこいよ~」って聴こえるそうだが放置プレイ、放置プレイ。
しばらく京都には行かんぞ。

 

疫馬

うちの母方の実家が檀家になってるお寺の話。

このお寺はそれほど大きくもないし有名でもないんだけど、母が住んでた村の住民は三分の二以上がそのお寺の檀家になっていた。

残りの三分の一は被差別集落の人たちで、その人たちのための別の寺があったようだ。
ただ太平洋戦争後は過疎化が進んで、集落の人はほとんどちりじりにどこかに行ってしまい、そっちのお寺はもうなくなっているらしい。

その実家のお寺には入ってはいけない場所、禁域がある。

子供の頃、母の里帰りについていったときに見て話を聞いた。
そこは寺の本堂の裏側を数百mほどいった、ちょっとした崖になっている下の方で、上から見下ろすと何ということもなく熊笹の茂みが広がっており、大きな石を掘った祠があるだけ。

崖の上は木の柵で降りられないようになってて、柵の内側に四つ大きくて立派な墓がある。
この四つの墓はそのお寺の昔の歴代住職のもので、崖下から忌みものが村に戻っていかないように守っているんだそうだ。

江戸時代に村外から広まってきた流行り病でばたばたと人が亡くなり、あまりに数が多いのと屍体から感染することを怖れたために、疫病で亡くなった人は家族が大八車にのせてこの崖まで運んできてそのまま下に転げ落としたという。

上から木っ端と松明を投げ落としたものの湿気のせいかあまり燃えず、夏の時分でもあり半焼け半腐りの屍体が積み重なってひどい臭いだったようだ。
その後ある程度疫病がおさまってから残った村人で法要を開き、高価な油を使って屍体を焼き、その上に祠を掘った丸石を転がし落とした跡なのだそうだ。

また、そのときにまだ健在だった実家の祖母から「疫馬」の話も聞いた。

これは祖母が子供の頃まで旧暦の8月25日に村で行われていた行事で、回り当番の衆以外には、だれも見てはならないものだった。
ただし今にもそのやり方は伝わっていて、村史などには書かれていないが、まだ覚えている年寄りが何人かいる。

夕方から夜にかけて村の大通りを男数人が担いだ皮をはいだ太い丸太が村外れの山道のほうに向かってゆく。
祭りのようなにぎやかなかけ声もなく男たちは無言だ。

丸太には裸の男の子供をかたどった紙貼人形がまたがる形で乗せられている。
裸の体はところどころ斑点のように赤く塗られていて、これは疫病にかかった人の姿を表している。
村の家々では固く戸を閉ざしてこれが通るのを見てはならない。

そして村の境界まで来ると
「疫神様出て行ってくれ、本物の馬に乗っていってくれ」
というような内容のことを皆で唱え、その人形を山道のほうに放り出す。

そのあと丸太を担いだ男たちは川に入って身を清め、丸太を氏神の神社に奉納する。
これは人形を用いているが、疫病が流行っていた当時はまだ息がある子供の病人を丸太に乗せていったのだそうだ。

これは神社の神官の主導で行われたらしいが、お寺と神社の役割の違いのようなものが伺えて興味深い。

 

 

穴とのぞき込むモノ

小学生の頃の話。

大雪の降った翌日の朝、友達数人と雪遊びをしに行ったんだ。
場所は近くの山にある廃寺みたいなところなんだけど、開けた平地で、新雪が一面に積もってた。

しばらく雪合戦とかして遊んでたんだけど、小便したくなって、ひとり離脱。
んで用を足して帰ってくると、友人たちがいない。
からかわれてるのかな、と思って名前を呼びながら広場に走ると、急に穴に落ちた。

一瞬なにが起きたか解からなかったけど、落とし穴に嵌められたんだな、と思った。
穴は狭いけど結構深くて、背丈の倍くらいある。
こんな穴、小便してる短期間の間に子どもが作れるとは思えないんだけど、当時はそこまで頭が回らなかった。

「おーい、おまえらふざけんなよー」
俺は笑いながら友人たちの名前を呼ぶんだけど、返事がない。
だんだん心細くなってきて、泣き出しそうになったとき、ひょいと顔を突き出す姿が見えた。

それが、なんといったらいいか、5~6才くらいの子どもの影。
逆光があたってるみたいに、像がぼやけてる感じなんだけど、顔だけは妙にハッキリ見える。
顔なんだが、満面の笑みを浮かべてるんだけど・・・その、目が、無い。
のっぺらぼうみたいにつるりとしてるんじゃなくて、目のところが空洞なんだな。

なんだろう、と思ってると、それが一人増え二人増え、いつしか穴の周囲を取り囲むように、皆、眼球の無い目でこっちを覗き込んでる。すごく楽しそうに。

何故か、恐い、とは思わなかった。
そのかわり、なんだかすごく哀しくなった。
大声で泣き声をあげた瞬間、目の前が真っ赤になって、急に夕方になった。

ぼーっとしてると、向こうから友達と、大人が何人か駆け寄ってきた。
「お前今までどこにいってたんだ!」
友人の話によると、どうやら俺は、小便をしにいくといって消えてしまったらしい。
雪も積もっているし崖にでも落ちたかという話になって、あわや警察沙汰になるところだったそうだ。

俺が立ってたのは元々いた平地の真ん中で、穴なんてどこにもなかった。
かといって俺が寝てたような跡もなく、其処にずっと立ってたようにしか思えなかった。
(もちろん、だったら友人たちが気づくはずなんだが)

後になって調べても、特別に因縁のある場所かどうかは解からなかった。
神隠しみたいな話は地域にいくつかあったけど、そんなのは何処にでもあるだろうし、結局なんだったのやら。

 

 

守る狛犬

5歳になる娘と散歩で立ち寄った神社でおみくじを引き、3回連続で凶が出た
こんな事もあるのかと驚きながら家に帰ると、嫁が訝しげな顔で言った

「それ、どうしたの?」

見ると、娘がいつも抱いていた犬のぬいぐるみが無くなっていて、代わりに神社にあった小さな置物の狛犬を抱いている
娘に聞くと神社にいた時、宮司姿の男が現れていきなり娘の腕を掴み、何処かへ連れて行こうとしたらしい

その時、抱いていたぬいぐるみが男に噛み付いて、そのまま男と一緒に消えてしまったと言う
もちろん私はそんな男には出会ってないし、神社では娘とずっと一緒にいたはずだ
すぐに神社に問い合わせたが娘が見たような宮司は存在しなかった
翌日、犬の置物を神社に返しに行った際、待っていた神主が妙な事を言った

「この狛犬は持っていて下さい。あと2回、必ず娘さんを守ります」

私はあと2回とは何の事か、誰が娘を狙っているのか尋ねると

「娘さんは神の供えとして選ばれました。あなたがくじを引いた数だけ災いが起こります」

それだけ言うと神主は押し黙ってしまい、あとは何を聞いても答えなかった

その日の夜に1回目の異変が起きた
自宅の仏間で人の声が聞こえるので見に行くと、5年前に亡くなった母が鎮座してお経を唱えていた
母は娘を連れに来たと言う
私はそれだけは止めてくれと頼むと母は生前に見せた事もない狂ったような顔で
「やかましい」と言って立ち上がり娘の所へ行こうとした

その時、地響きのような呻り声が聞こえたかと思うと巨大な白い犬が現れ、母の体を咥えて仏壇の中に消えていった
私が急いで娘の所に行くと、娘は眠っていたが枕元に置いていた狛犬は無くなっていた
神主は狛犬が2回、娘を守ると言ったはずだが狛犬はもう無い
私が翌朝、神社に行ってその事を話すと神主は

「狛犬は二体一対です。もう一体、別の体を成して娘さんの傍に在ると思います」

と言う
私は娘の周辺にあるそれらしき物を捜してみたがなかなか見つからなかった
2回目の異変は次の日の昼だった
私が仕事で出かけてる間に、誰かが玄関のチャイムを鳴らした
嫁が出ると、身長は2mを超えるかという大きな犬のぬいぐるみが玄関先に立っていた辺りには生臭い異臭がして、よく見るとそれは娘がいつも抱いていたぬいぐるみにそっくりだった

嫁は驚いてドアを閉めようとしたが凄まじい力で跳ね返され、ぬいぐるみは家の中に上がりこみ台所にいた娘の手を引いて何処かへ連れ去ろうとした
するとなぜか仕事に行ってたはずの私が四つん這いで走って来てぬいぐるみに突進し 歯でぬいぐるみをバラバラに噛み千切ったという
私はその時の記憶が全く無い

異変はそれ以降起きないが私は神社に行ってもおみくじを引くのが怖くなった

 

 

忌み言葉

私はある俳句の会に入ってるのですが、そこで体験したことを書きます。
怖くはないかもしれませんが実際にあった話です。

私は中学校の国語の教諭ですが部活動は担当していないので土日は時間があります。
それで人に勧められたこともあって地域の俳句の会に入りました。
まわりは仕事を引退したおじいちゃんがほとんどで、女性会員は数人しかおらずずいぶんかわいがっていただきました。
月2回集まって互選の句会をし、年に2回吟行の会がありました。
吟行といっても師範役の大学の講師の先生が大型バンを運転してくださり、日曜日に日帰りできる近場に行くだけです。

その吟行は5月の連休の一日で、朝から晴れていてとても気持ちのいい陽気でした。
その回の出席者は9人だったと思います。
私は車の中で水筒のお茶を飲んだりしながら朝の集合時に言われた席題を考えていました。

席題は「立夏」で、これで一句、それから5月の自由題で一句俳句を作って昼食をとり、今日行く神社の集会所を借りて句会をする予定でした。
神社は自分たちの住む町から車で2時間くらいのところで、御社名は秘しますが、主な御祭神は菊理媛命です。
大きな神社の駐車場で車を降り社殿までの道すがら皆で歩きながら、ときどき立ち止まって野草の名前を教えていただいたりしました。
そしてメモを出して俳句を考え始めましたが、「立夏」は難しい題ではなくどうにかなりそうでした。

神社の神域に入って手水をとりお参りしようとしたとき、突然空が暗くなり西のほうにものすごく太い稲光が走りました。
そのとき近くにいた句会のメンバーのSさんが「うお」と大声を上げたかと思うと鼻と口から黒っぽい血を噴き出し目を?いて硬直したようになって真後ろに倒れました。

「ドーン」という雷の音がして、その瞬間に参道の脇にある小さなお社の観音開きの戸がすべて開きました。
その直後に大粒の雨がものすごい勢いで降ってきました。
師範の先生がこちらを見て駆け寄ってきました。
そして私ともう一人の方と三人でSさんを社務所の中に運び込みました。
Sさんの様子をみてすぐに救急車が呼ばれ、一緒に来ていた奥さんが一緒に乗り込んで病院に向かいました。

その後師範は社務所の神官の方と話していましたが、雨の中からSさんの手帳を拾って戻ってきました。
その手帳を神官に見せると、神官はあっと驚いた顔に変わりました。

その後は皆で昼食を食べ、句会は取りやめしにて帰りました。
神社から離れると雨はあがり元の初夏の空になりました。
師範は携帯でSさんの奥さんと連絡をとっていましたが、Sさんはそのままお亡くなりになったそうです。

次の句会で師範から驚くべき話を無理に聞きかせていただきました。
あの神社にはとても古くから伝わる忌み言葉があり、それは特別まがまがしい意味ではないのですが、日常的にはまず使われることのない古語で、神域の中でその言葉を発したり書いたりすると、たちどころにその者には神罰がくだるのだそうです。

Sさんが倒れたことと天候の急変でふとこの言い伝えに思い当たった神官が、Sさんの俳句手帳を見ると、そこには作りかけの俳句とともに、はっきりとその言葉が記されていたのだそうです。
私はこの話について当時は真偽は半信半疑でしたが、国語を教えるものとして言霊というものはあると考えておりましたので、今ではこのお話を信じかけています。

 

 

公園のお堂

親戚ん家の近くに公園みたいなとこがあって、そこには砂場と何かの像と、お堂のようなものがあるんだ。

小さい頃、親と一緒に親戚の家に訪ねて行った時、よくそこで時間潰してたんだけど、ある日行ったら2人の子供が遊んでたんだよね。滅多に人いないのに。
1人は俺より少し年上、もう1人は年下くらいで、年下の子は像の下で虫大量に潰してた…正直引いた。

なんか色々喋って結局その2人と遊ぶ事になったんだけど、その時教えられたのが「お堂で3回通れば願いが叶う」というもの。

お堂の奥の両端にある物置のようなところ(以降物置と書く)に入り、そこから屋根裏に上がり、屋根裏を通って反対側の物置か飛び降りるというのを3回行うという。
正面からお堂を見て、右から左へと回るようにするらしい。
逆は駄目。理由は覚えてない。

当時罰が当たりそうで怖かったが、既にいくつも願いを叶えてもらったという2人の言葉に誘惑され、とりあえずやってみることにした。

物置にはその時何も置かれてなく、
物置内の天井には天井裏へと行けるように開閉できる板があり、2人はそこを開けてよじ登った。
俺も2人の後に続いたのだが、今思うとよく上れたと思う、結構高さあった筈なのに。

で、2人は既に反対側の物置の上に待機しており、ここから飛び降りるんだよと板を外し、2人は怖がりもせずトン、トンと飛び降りた。
俺は屋根裏の暗さと飛び降り口の狭さ、床までの高さにビビりもたもたしながら下りた。
これで1回目。

ようやく下りた俺の腕をつかみ、1回目に上った物置へ行き、2人は再び屋根裏へと行く。
もたもたしながらその後に続き、2人が先にトン、トンと下り、俺ももたもたとトンと下りる。
これで2回目。

次で3回目となった時、2人は俺を待たずにさっさと屋根裏へと上っていった。
俺も急いで屋根裏へと上ろうとしたが、俺が上り切る前に2人はさっさと反対側に行き、スッ、スッと音も無く下りてしまった。

ちょっとは待ってくれてもいいじゃないかと思いつつ俺も反対側に行き、下りようとする。
が、その時だけは何故かどうしても下りるのが怖くなった。
元々その狭い飛び降り口も頭ぶつけそうで怖かったし、床も遠いから怪我しそうで怖かったのだが、それでもその時だけは1回目2回目と違いどうしても下りたくない、下りてはいけないと思った。

だから踵を返し、屋根裏へと入ってきた穴から下りる事にしたんだ。
同じ大きさの出入り口、同じ遠さの床の筈なのにな。
で、なんとか下りてお堂に戻ると2人の姿がない。
お堂に入る時に脱ぎ捨てた靴も無く、お堂の中も、お堂の外も探したのだが、何処にもいない。

屋根裏に入って下りるまでの短い時間の間に、声も出さず、音も無く駆け、靴を履き、帰ったのか、隠れてるのかなと思った。
お堂に続く地面には子供の足跡が3人分はあるけれど、お堂から出た時の足跡は俺の1人分しかなくてその時は「すげー、どうやったんだろ」とか思ってた。
暫く砂場で待機してたのだが、飽きたのでそのまま帰った。

最近思いだしたのは、その親戚で産まれた子(今小学生)がこういうことあったと話してくれたからだ。
その子は、相手が無理矢理腕引っ張ってくるから気持ち悪い上にムカついてやらなかったらしいが、内容的に俺の体験したことと似ていて、それでふと思い出したんだ。

今思うと、これ、神隠し現場に遭遇したのか、それとも座敷童子と遊んだのか、狐か何かに化かされたのか、幻覚をみたのかなと思う。

勘違い系だったらすまん。

 

手水鉢

怖くはないのですが不思議な体験をしたので投稿します。

もうだいぶ前のことになりますが、当時私は金属加工の小さな工場を経営していて、折からの不況もあってその経営に行き詰まっていました。
そしてお恥ずかしい話ですが自殺を考えたのです。

もう子供たちは成人しておりましたし、負債は生命保険で何とかできると思われる額でした。
今にして思えば何とでも道はあったのですが、精神的に追い詰められるとはあのことでしょう。
その時はそれしか考えられなくなっていました。

五月の連休の期間に家族には告げずに郷里に帰りました。
郷里といってももう実家は存在していなかったのですが、自分が子供の頃に遊んだ山河は残っていました。

この帰郷の目的は、裏山にある古い神社にこれから死にますという報告をしようと思ったことです。
昔檀家だった寺もあったのですが、住職やその家族に会って現況をあれこれ聞かれるのが嫌でそこに行くことは考えませんでした。

神社に行くまで少し坂を上りますので、鳥居をくぐったときにはだいぶ汗ばんでいました。
この神社は村の氏神のようなものですが、過疎化の進んだ昨今は常駐する神主もおりません。
例祭のとき以外にはめったにお参りする人もいないような所です。
大きな石に山水をひいた手水鉢で手を清めようとしてふとその底をのぞき込んだときに、くらくらと目眩がして、水に頭から突っ込んでしまいました。

深さは五十センチ程度だったと思うのですが、私の体はストーンとそのまま手水鉢の中に落ち込んでしまいました。
そしてかなりの高さを落ちていった気がします。
ばしゃっと音をたてて井戸の底のような所に落ち込みました。ショックはあったのですが、そのわりには体に痛いところはありませんでした。

そこはおかしな空間で、半径1.5mほどの茶筒の底のようで1mくらい水が溜まった中に私は立っています。
回りの壁は平らでつるつるしていて、しかも真珠のような色と光沢で内部から光っているのです。

一番不思議なのは、真上10mくらいのところに手水鉢と思われる穴があり水がゆらるらとゆらいで見えることです。
しかし私自身の顔は空気中にあり、下半身は水の中にいるのです。

私が浸かっている水はまったく濁りがなく透明で、さして冷たくはありません。
底の方を見ていると、足元に20cmばかりの井守がいるのに気づきました。
それだけではありません。
井守は一匹の小さな青蛙を足の方から半分ほどくわえ込んでいます。
蛙はまだ生きていて逃れようと手をばたつかせますがどうにもなりません。
その状態が長い時間続いているようです。

私はふと、その蛙の姿が工場の資金繰りに行き詰まってもがいている自分のようで、かがんで手を伸ばし助けてやろうとしました、
その時、頭の中に声が聞こえたのです。

ーそうだ、その蛙はお前だ。ただし今のお前ではなく自死したのち罰を受けているお前の姿だー

私はあっと思いました。

がつん、ばしゃっという衝撃があり、気がつくと手水鉢の縁に頭をぶつけていました。
少し血が出ました。
血は神社の境内では不浄と思ったのでハンカチで押さえながら急いで鳥居の外に出ました。
体は少しも濡れたりはしていません。
そしてその時には、あれほど頭の中を占めていた自殺という考えはすっかりなくなっていたのです。

郷里から帰った私は奮闘し、工場の経営を立て直しました。
そして毎年その神社へのお参りはかかしていません。

 

 

地蔵の呪い

小学校の頃、通学路に小さなほこらがあった。
その傍らに背が40センチぐらいの地蔵が4つ、通学路のほうを向いて並んでたんだが、右端の地蔵だけ顔が見えないように、チュンリーのフンドシみたいに顔の前面が布で隠されていた。

上級生とかからのうわさで、その地蔵は顔を見た人間に呪いをかけるので、顔を隠されているのだという。
絶対にその地蔵の顔を見てはいけない、と話題になっていた。

そもそもそのほこらは小学生が簡単には登れないようなガケ(というかただの斜面?)の高みにあり、ほこらへの道もあるにはあるんだけどガケづたいでちょっと危険だったし、またほこら周辺も小学生には不気味で怖い感じだったので、誰も近づこうとしなかった。

が、ある日同じクラスのA君が、呪いが本当にあるかどうか確かめると言い出して、仲間を連れてそのほこらを訪れた。
(俺はその時同行しなかったけど)4人でそこを訪れ、言いだしっぺのA君がガケを登って地蔵の所へ行き、残りの3人は通学路でその様子を見ていたという。

実際に手をかけたA君によると、顔の前面だけが隠されていただけでなく、更に顔が何重にもぐるぐる巻きにされていて、内部は安全ピン等で厳重に固定されていたらしい。

A君の手によってついに右端の地蔵の顔が露わになる。
A君「なんだ、顔の部分が壊れてたから隠してただけじゃねーの。ほら!」
ほら、と見るように促された残りの3人も通学路から遠目に地蔵の顔を見た。
その顔は、どうやら何か強い打撃を受けたかのようにひび割れ、砕け、ボロボロになっていたらしい。

真相がわかったところで、A君はまたその顔を布で巻いておこうとした。
が、もとのきれいなフンドシ型の巻き方がわからなくて、顔はぐるぐる巻いたものの最後はドロボウのほっかむりのようにアゴの下で布を結ぶ形になった。

以上が、小学3年の冬休み前の話。
このあと冬休みを経た頃、A君は鼻が病気になって調子が悪くなり、4年生になってすぐに手術をした。
A君は小学生ながら端正な顔をしてたんだが、手術の影響らしいんだけど、ちょっと顔の形が変わって格好悪くなった。

夏休み過ぎ、自転車の事故で顔面がひどく傷つき、更にそれから間もなく家でヤカンの熱湯を被ったか何だかで顔をヤケドした。
(その後、少なくとも中学を卒業するまでその痕跡は残っていた。)

偶然かもしれないけど地蔵をいじってから1年で、A君の顔はまるで変わってしまった。

A君と一緒に地蔵を見た残りの3人はなんともなかったんで、俺たちの中で噂は、「地蔵の顔を見ると呪われる」から「地蔵の布をほどくと呪われる」に変わっていた。

A君のヤケドから少し後、ある日の夕方、公園で遊んだ帰り。
俺が友達と2人で歩いていて、そのほこらの前を通りかかった。
ポロシャツのおじさんが地蔵のあたりで背を丸めているのが見えた。その傍らにホウキが見える。
掃除しているらしいのがわかった。

おじさんがぞうきんで地蔵を拭いているのを立ち止まって見ていた。
右端の地蔵は、A君が巻いたほっかむりのままである。
おじさんが次にその地蔵を洗うのか、ほっかむりを外そうと手を触れた。

「それほどいたら呪われるよ」
俺はおじさんに声をかけた。
「お地蔵さんはお前らのことも、みーんな見守ってんだから。呪ったりするわけねえべー」
おじさんはにこにこ笑ってほっかむりをほどく。地蔵の顔はきれいだった。

 

 

迷い寺

うちの地方に昔あったという言い伝えで、たぶん「マヨイガ」系の話だと思う
あんまり怖くはない

中学校で剣道部だったんだけど、夏休みの合宿で町のお寺を借りて泊まったときに、五十年配の住職が寝る前に本堂に部員を集めて話してくれた

・・・昔々、村の百姓はふだんは山に入ることはあまりなくて、炭や木細工、鳥獣肉なんかは必要があれば山住みの者から野菜なんかとの交換で手に入れてた
もっとも焚き付けは薪と杉っぱで間に合うし、木製の農具なんかは村で作ってたし、塗り物の椀なんかは行商から買ってて、ほとんど必要もなかったらしい

それでも山菜やキノコなんかを採りにいくことはある
その場合でも何人かで連れ立っていくようにして、しかも踏み跡が道になってるところから遠く離れないようにしていたらしい
そうしないで道に迷ってしまうと山寺に行き着いてしまうことがあるから、この山寺というのは、ふだんからそこにあるわけじゃなくて、道に迷った人の前に大きな山門が忽然と現れるという

山門をくぐっていくと境内から寺の前に出て、表戸が開け放たれている
入ってみるとろうそくが灯ってて、線香もけぶっているのに人の気配がない
いくら呼んでもだれも出てこない

もとの道に戻るには、本堂のお釈迦様の像の後ろに地下に通じる穴があって、ちょうど善光寺の戒壇巡りのような感じで人ひとり通れるくらいの幅
ただしもともと真っ暗な地下洞窟だけど、必ず目をつぶって歩かなければならないという

どちらかの手で壁に触れながらずっと歩いて行くと、ふっと壁の手応えがなくなって、そこで目を開けると、いつのまにか見知った山道に立っている

これ以外の方法では元の道に出ることはできないらしい
山寺の山門に入らなければ山中でただ迷うばかりで疲労死が待っている
地下洞窟で目をつぶらなければ、どこまでも果てしなく洞窟が続いて出口がない

今にして思えば何かのロールプレイングゲームみたいな感じだけど、この話を聞いた当時はそういうのを知ってる人はまわりにはいなかったな

それから最も大切なのは、絶対に寺のものを持ってきてはいけないことで、欲にかられてほんのちょっとした何かでも持ってきてしまうと、その人は村に戻れるけれども名前をなくしてしまうという

この名前をなくすというのも意味不明だけど、住職はくわしく説明してはくれなかった
もしかしたら村の自分の家やなんかががなくなってしまうということかとその時は考えた
でなければ家族を含めて村のだれも自分のことを覚えていないとか

奇妙な話なんでずっと印象に残ってるし、同窓会をやったときには元の剣道部員の間でこのことが話題に出てた

一番不思議なのはこの山寺を出て村に戻る方法なんかがどうやってわかったのかということで、大学のときに町史や郷土史の本なんかをあたってみたけどそれらしいのは載っていなかった

住職が中学生を喜ばせようとして作った話というのが一番可能性が高いんだろうが、もうとうに他界してしまってて聞くことはできないんだな

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