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心霊スポットランキング【全国編】- 本当にあった怖い話

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心霊スポットランキング【全国編】 心霊スポット
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心霊スポットランキング【全国編】

引用: 心霊スポットランキング【全国編】

 

第10位 旧旧吹上(東京都青梅市)

 

旧旧吹上トンネルがある場所は、現在使用されている「新吹上トンネル」の上にあります。心霊スポットと言われる所以にはいくつか説があり、
① 明治時代、旧吹上トンネルを掘る際に、多くの作業員が山崩れの下敷きとなり、命を落とされた。 ②トンネルの周辺の集落の民家でかつて、凄惨な殺人事件があり、多くの住民が亡くなっている。 ③連続幼女誘拐事件の犯人(既に死刑済)が、幼女の遺体の一部をトンネル近くの山林に遺棄した。 ④その他にもその周辺での殺人事件や死体遺棄事件なども発生している。 などです。
目撃情報には以下のようなものがあります。

白い和服を着た女の霊が出る。
トンネル内で振り返ると複数の霊が現れ、追いかけてくる。
幼い少女の泣き声が聞こえる。
ここを訪れると、1ヶ月以内に不幸な出来事に見舞われる。
工事をしている音が聞こえる。

旧旧吹上トンネルは現在廃道となっています。

 

 

第9位 藻南公園・花魁淵(札幌市南区)

 

明治時代、吉原遊郭から北海道に連れてこられた花魁(おいらん)が、人生を悲観して当時の薄野遊郭(現在のすすきの)を飛び出した。
そして、追っ手に怯えながらさまよったあげく、現在の藻南公園の崖(がけ)にたどりついたのである。
遊女は、これまでの自分の艱難を思い出し、さらには追っ手に見つけられたあとにされるであろう加虐に怯え、
その場で豊平川に身を投げて自殺してしまった。
遊女がいないことに気がついた主人は、追っ手をやり彼女を探したが、ついに下駄以外見つけることはできなかった。
その後、なぜか遺体が上がることはなかったという。彼女が飛び降りた崖は、いつしか花魁淵と呼ばれるようになった。

 

 

第8位 黒塚(福島県二本松市)

 

安達ヶ原に伝わる多くの旅人を虐殺した鬼婆の墓。他、真弓山観世寺の敷地内には黒塚の鬼婆像や、鬼婆の住んでいた岩屋、血で染まった包丁を洗ったという出刃洗いの池、
さらには旅人の虐殺に使った道具である出刃包丁も宝物庫に展示されている。鬼婆の伝説は以下のように伝わっている。
神亀丙寅の年(726年)の頃。紀州の僧・東光坊祐慶が安達ヶ原を旅している途中に日が暮れ、岩屋に宿を求めた。岩屋には一人の老婆が住んでいた。
祐慶を親切そうに招き入れた老婆は、これから薪を拾いに行くと言い、奥の部屋を決して見てはいけないと祐慶に言い残して岩屋から出て行った。
しかし、祐慶が好奇心から戸を開けて奥の部屋をのぞくと、そこには人間の白骨死体が山のように積み上げられていた。
祐慶は、安達ヶ原で旅人を殺して血肉を貪り食うという鬼婆の噂を思い出し、あの老婆こそが件の鬼婆だと感付き、岩屋から逃げ出した。
しばらくして岩屋に戻って来た老婆は祐慶の逃走に気付き、恐ろしい鬼婆の姿となって猛烈な速さで追いかけて来た。
祐慶のすぐ後ろまでせまる鬼婆。絶体絶命の中、祐慶は旅の荷物の中から如意輪観世音菩薩を取り出して必死に経を唱えた。
すると祐慶の菩薩像が空へ舞い上がり、光明を放ちつつ破魔の白真弓に金剛の矢をつがえて射ち、鬼婆を仕留めた。

 

 

第7位 犬鳴峠(福岡県宮若市)

 

「犬鳴トンネル近くに、法治が及ばない恐ろしい集落『犬鳴村』があり、そこに立ち入ったものは生きては戻れない」という都市伝説がある。
○日本の行政記録や地図から完全に抹消されている。
○村の入り口に「この先、日本国憲法は適用しません」という看板がある。
○旧道の犬鳴トンネルには柵があり、乗り越えたところに紐と缶の仕掛けが施されていて、引っ掛かると大きな音が鳴り、斧を持った村人が駆けつける。「村人は異常に足が速い」と続く場合もある。
○全てのメーカーの携帯電話が「ベスト10ランク外」となり使用不能となる。また近くのコンビニエンスストアにある公衆電話は警察に通じない。
○若いカップルが面白半分で犬鳴村に入り、惨殺された。

 

>>こういうヤバい集落って日本にほんまにあるんかな。立ち入ったら殺されるとかレベルではないにしても。

>>やばいというかおかしな村はたくさんあるで。限界集落やけど車は共有で各家の間の道は全部白い飛び石で繋がってるとこがあって、魔よけというか神段の神さまがそこを通るから人間はその飛び石を避けなきゃいけない風習がある

 

 

第6位 常紋トンネル(北海道北見市)

 

本トンネルは凄惨過酷なタコ部屋労働で建設されたことでも有名である。
施工当時、重労働と栄養不足による脚気から労働者は次々と倒れ、倒れた労働者は治療されることもなく現場近くに生き埋めにされたという。
1968年(昭和43年)の十勝沖地震で壁面が損傷し、1970年(昭和45年)にその改修工事の際、壁から立ったままの人骨が発見された。
また入口付近でも大量の人骨が発見された。人骨の一部には外力による損傷が見られたという。
これにより「常紋トンネルには人柱が埋まっており、彼らの亡霊がトンネルや信号場に出る」という鉄道員間の噂の一部、
「常紋トンネルには人柱が埋まっている」が事実であることが確認された。

 

 

第5位 平将門の首塚(東京都千代田区)

 

平将門の首塚とは、平将門の首を祀っている塚。
伝承では、将門の首級は平安京まで送られ東の市、都大路で晒されたが、3日目に夜空に舞い上がり故郷に向かって飛んでゆき、数カ所に落ちたとされる。
伝承地は数か所あり、いずれも平将門の首塚とされている。

 

>>首塚御参りしたけど無茶苦茶空気澄んでて凄い清涼感だったわ。塚に蹴りいれた爆笑問題は死ねばいいと思うよ

>>9ここすっかりパワスポ巡りの女がけっこう参拝しに来る場所になっとるで

 

第4位 青木ヶ原樹海(山梨県富士河口湖町)

 

青木ヶ原樹海・富士の樹海とも呼ばれ、山頂から眺めると木々が風になびく様子が海原でうねる波のように見えることから「樹海」と名付けられたという説もある。
樹海の歴史は約1200年とまだ浅く、若い森である。遊歩道を外れて森に入った場合で、遊歩道より200 – 300m以上離れた地点で遊歩道や案内看板が見えない場合は、
360度どこを見ても木しかなく、特徴のない似たような風景が続いており、また足場が悪くまっすぐ進めないためなかなか元に戻れなくなる。また方位磁針が使えない、
電子機器が狂うなどの俗説もある。

 

 

第3位 八甲田山(青森県青森市)

 

八甲田山は、青森市の南側にそびえる複数火山の総称で日本百名山の一つ。
「八甲田山」と名がついた単独峰は存在せず、18の成層火山や溶岩円頂丘で構成される火山群である。
命名の由来について「新撰陸奥国志」によれば、八の甲状の峰と山上に多くの田代があるからという。
現在の火山活動は穏やか。周辺は世界でも有数の豪雪地帯である。

 

 

第2位 軍人病院跡(茨城県稲敷郡)

 

茨城県では有名な心霊スポット。軍人病院だったというゆえんから、心霊スポットになったようですね。
軍人病院になる前は、戦時中に航空隊司令部が置かれていたところだとか。いずれにしても、戦争が絡む建物です。
また、軍人病院になった後に、戦後、結核患者のための隔離病医として、平成9年まで普通に経営されていました。

 

 

第1位 慰霊の森(岩手郡雫石町)

 

慰霊の森(いれいのもり)は、全日空機雫石衝突事故の跡地に整備された場所です。
現在では追悼よりも航空安全祈願を込めて「森のしずく公園」という名称へ変更となりました。
1971年7月30日、岩手県岩手郡雫石町の上空を飛んでいた全日本空輸の旅客機と航空自衛隊の戦闘機が接触、双方とも墜落しました。自衛隊員は脱出に成功し生還しましたが、旅客機の方は空中分解して乗員乗客162名全員が亡くなり、慰霊の森となっている場所に墜落しました。
衝突してから操縦の効かなくなった旅客機は落下と共に加速し、空中分解。その様子を偶然見ていた地元住民は
「音がして外を見たら、胡麻粒のようなものが降っていた」
と証言しています。
落ちてくる人がそのように見えたというわけです。
高度約8,500mから高速で地面に叩きつけられたら…想像するのも恐ろしいですが、事故現場はまさに凄惨の一言で、バラバラになった機体と遺体がそこら中に散らばっていたと言います。
そんな出来事があった場所に作られたのが「慰霊の森」ですから、不謹慎な話ではありますが普通の土地であるはずがありません。
事件が一瞬の出来事でしたから、自分が亡くなったことにも気づいていない魂が多くいらっしゃるのかもしれません。
ネットではまことしやかに、この慰霊の森が日本最恐の心霊スポットだという意見が聞かれます。

 

 

【慰霊の森の怖い話】

私は、この「慰霊の森」の原因となった全日空機と自衛隊機の衝突時に空中を流される被害者の姿を目の当たりにしたひとりです。
これから、お話しする内容は、全て事実ですが、興味本位で、死んだ方々の心を傷つけるようなことだけは是非ともお止め下さい。
もし、表現で不愉快になった場合は、心からお詫び申し上げます。
さて、私が中学1年生の初夏の頃だったと思います。
当日は、雲ひとつない爽やかな日で、私は友達の誕生日パーティーになんとか混ぜてもらい、友達の家でお菓子を食べていました。
午後三時過ぎだったと思います。いきなり大爆音がしました。
なんだ?と思うと、テレビに緊急速報で、自衛隊機と民間機が衝突したという速報が入りました。
皆は自分らが住んでる町のすぐ西側にある秋田駒ケ岳上空ということで、すぐに外に出て、そちらの方向を見ました。
当然、雫石から衝突現場までの距離は40kmくらいあるので、そんなの見えるはずもないかと思いきや、はるか上空で衝突して破壊された残骸が偏西風に流されて、この町内の山まで流されてきました。
その流されている時見た黒い粒粒が人の姿だったのです。
幸い、町内には機体の小さな一部やガラス片が降ってきただけでした。
しかし、形状のしっかりしていた部品や人は、雫石町内を超え、慰霊の森となった山まで流されたのです。
大人は五体がばらばらになり、子供はそのままで、地面に数メートルめり込む形で落ちてきました。
当時、遺体の発見は比較的スムーズにいったのですが、ばらばらになった遺体は悲惨だったようです。
その遺体をつなぎ合わせ、町内のある場所に集められ、その後町内にある寺で供養されました。
わたしは、小さい時から霊を見る能力ももっていたのですが、何かノコノコ(蝉の幼虫の方言)を取りに行こうという声に誘われ、その寺に遺体が供養のため持ち込まれていることも知らず、寺の敷地内にある杉の大木でひとり遊びをしていました。
すると、寺のお堂から何人もの人が出たり入ったりしていました。
しかし、その姿はまるで影が意志をもって動いているようでした。その影のひとりが、私に気付き、声をかけてきました。
「おい、ボク。ここはどこだ?」
「ココ、ココは雫石だよ」
「雫石ってなんだ?」
「盛岡の横だよ、知らねえの?」
そう言う会話をすると、その影は苛立ってお堂の中に入っていきました。
同じ頃、慰霊の森となる森の入口付近で、タクシーや車を必死で停めて家に帰ろうとした方もいたようです。
事故に遭われた方々は、自分が死んだことにまったく気付かなかったと思います。
その後、自分はその寺に行かなくなり、どうなったのか知りませんが、寺でのそのような噂話しは聞こえてこないので、なんとかなったのでしょう。
ただ、慰霊の森は分かりません。
私はどうしても行くチャンスがないんです。多分、拒否されているのでしょう。
余談ですが、その事故が起こる数日前、戦闘機と飛行機が衝突し、その慰霊の森に多くの鶴が降り立つ夢を見せられました。
私は、その頃、飛行機はすべて鶴のマークだと思っていたので、全日空機だったのですが、合わせたのでしょう。
この事件は、当時を思い出すと、悲しみと恐怖が蘇ります。どうか、事故に遭われた方々が早く成仏できることを心からお祈りします。どうか、興味本位では決して行かないで下さい。苦しんで死んだ人の心を傷つけないでください。
Yahoo!知恵袋・itoq3312さんの回答より引用

 

 

【慰霊の森の怖い話 2】

オカルト大好きな小沢県民だったら誰もが知ってる、あの森があるよな。
東北でも最強クラスの心霊スポット!飛行機墜落事故で有名な雫石のあの森だ。
俺なんかもうすぐ三十路だっつうのに、あそこの話をするだけで鳥肌がたっちまう。
当時担任だったオカルト好きの小学校の先生が、こんなことを言ってたっけ。
「遊び半分であそこだけはいっちゃいけないよ。仮にもし君達が、大人になって誰かと行くことになったなら、階段の数でも数えてみるといい。誰一人同じ数じゃなくなるだろうね」
って。
今はどうだかしらんが、一晩置いて行かれた女が白髪になった話とか、車が手形だらけなるとか、昔は特にヤバかったらしい。
エンジンかかんなくなるとか、今でも普通にありそう。
中でも俺が聞いた一番怖いのは、仲良し6人組で、悪乗りして広場みたいな所でキャンプをしようってことになったらしいだが、昼にテントを張る時いきなり始まってたって話。
すでに一人多いんだってwww
気づいたけど、誰一人そのことにつっこまなかったって。そんな状況になったら顔も上げれないよなw
大急ぎでテントを組み立て中に入ると、「熱い・・・」等、ささやきが聞こえてくるし、テントは手で触ったかのようにガサガサ揺れたらしい。
彼らはなんとか我慢して、明るくなったら逃げだしたそうだ。

 

【慰霊の森の怖い話 3】

うちの父ちゃんは筋金入りのバカだったので、大学のサークルも『オカルト研究会』とかいうのに入って、毎シーズン心霊スポットに凸ばっかりしていた。
2年の夏休み、その年はちょっと遠出をして、岩手の『慰霊の森』に行こうという話になった。
メンバーは父ちゃんと同期、先輩2人で、4人を乗せたバンは夜の1時頃に目的地に到着した。
車を停めて、一行は懐中電灯片手に慰霊碑へ。
途中、足場が悪くて何度か転んだが、それ以外は特に何事もなく、線香をあげて下山。
「何も起こらなかったな」と談笑しながら、4人は乗ってきたバンのもとへ。
乗り込んでエンジンをかけたところで、父ちゃんはションベンがしたくなったという。
ひとりの先輩とともに、立ちションをしに降りた。
ややしてションベンを済ませ、車の方に向き直ると、車の上に何か居た。
そいつは車の上に仰向けに寝そべり、手や足をめちゃくちゃに振り回して、激しいブレイクダンスを踊っているように見えた。
ただ、体中にやたらと多い関節が、ありえない方向に曲がりまくっていた。
しばらく呆然としてその光景を眺めていた父ちゃんだが、そいつが勢いのあまり車から落ちたところで、はっと我にかえった。
いつの間にかションベンが終わった先輩が横に居た。
父ちゃんが興奮気味に
「ヤバイっすね!見ました!?今の!すげえ踊り!」
と横を向くと、先輩は
「ちげえよ、ありゃ千切れかけの手足振り回してただけだ」
と言って泣きそうな顔。
車の下では、まだ何かがバタバタともがいているようだったが、父ちゃんたちはそれを見ないようにして車に乗った。
因みに、あの事故で手足がちぎれそうになりながらも僅かの間生きながらえたような犠牲者はいない。
きっとあそこには、事故犠牲者以外の何かが居る。

 

□ □ □ □ □

 

>>この中で犬鳴きしかいったことない

>>常紋トンネルはヤバいらしいな

>>北海道なら雄別炭鉱やろ。廃墟と言えば廃墟やけど熊出たりするし物理的にもヤバい。有名な話やと雄別炭鉱に放置された女性が白髪になって発見されたのがある。

>>東加古川駅。相坂隧道いうトコが怖いって聞いて行ったけどなんもなかったわ雰囲気は良かったけど。

>>宜保愛子がヤバいつって退散した山形の滝不動はなんともなかったわ

>>常紋トンネルは人が埋まってたのが実話でそれが怖いよな

>>鎌倉の腹切りやぐらは怖かった覚えある

>>腹切りやぐら行ったら頭いたくなったわ。小坪トンネルの上の火葬場いったのが原因かもしれんが。

>>犬鳴峠とか八木山トンネルって旧道は確かにヤバい雰囲気あるな。

>>千葉といえば八幡の藪知らずがあるな

 

 

【八幡の藪知らず】
八幡の藪知らず(やわたのやぶしらず)は、千葉県市川市八幡にある森の通称。古くから「禁足地」(入ってはならない場所)とされており、「足を踏み入れると二度と出てこられなくなる」という神隠しの伝承とともに有名である。

水戸黄門こと徳川光圀も迷ったことで有名

タタリの藪知らずとも呼ばれる八幡の藪知らずは、国道14号沿いの市川市役所の向かいに位置する。この藪には、一度藪にはいったら二度と出てこられなくなるという伝承がある。古くから伝わる伝承の他にも、藪の竹を切ろうとした者が大怪我をしたり、変死してしまったという噂もある。藪自体はけっして大きいわけではない。奥行き幅とも18mに過ぎないのだ。文献によると少なくとも江戸時代にはこの大きさになっていたそうだ。
出典八幡の藪知らず

手入れされていない下生えを見ると、やはり人が入った形跡は全くありません。ありがちなゴミの不法投棄も見られず、掃き清めらた境内と言い、やはり地元の方々は畏敬の念を持ってこの森に接している事が伝わってきます。
人通りの多い場所で、地元の方々はほとんど「藪知らず」に注意を払う事も無く、道を行き交っている様に見えますが、中には通りすがりに軽く頭を下げる姿も見られました。
出典近所(でもない)の「心霊スポット」– 八幡の藪知らず – 実録!!ほんとにあった(と思う)怖い話 – Yahoo!ブログ

 

迷い込んだ水戸黄門は多くの妖怪変化に襲われたという。
しかし、流石天下の水戸黄門である。あふれ出る妖怪の群れにも臆せずにいると、白髪の老人が出てきたという。そして、こう告げた。「この場所は人間が踏み入る場所ではない。貴殿は間違って入りこまれたようなので、今回に限り見逃す事にする」
次の瞬間、水戸黄門は藪知らずの外に出ていた。そして、水戸黄門は周囲の住民を集め、この場所には決して入ってはいけないと諭したのである。
出典千葉妖怪伝説「その一 八幡の藪知らず」 | 千葉の過去ぷれ

アクセス:JR「本八幡駅」から徒歩5分
住所:千葉県市川市八幡2-8

 

>>仙台の八木山橋はマジでアカンで。
夜中1時くらいに通ってみ?
普段は気にならない柵が異常に不気味で、風の音が唸り声に聞こえて、バス停に変な影が見えるんやで?
車なんてもちろん通らんし、電灯が少しあるのも逆に怖くなってまう。

 

>>23区最強ってどこ?
>>ホテルNJか将門さんか首塚

>>恐山は1度行ってみたい

>>伊豆の方に心霊スポットってないんか?
>>宇津ノ谷トンネル 錦ヶ浦

>>ワイ、怖くなったので布団をすっぽり被って眠る

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