日本の神話・伝承に登場する槍・矛・薙刀
- 天之瓊矛(あめのぬぼこ) – 『古事記』に登場。イザナギとイザナミが天の浮橋から海をかき混ぜ、滴り落ちた塩の凝りがオノゴロ島となったとされる“国生みの矛”。日本神話における最初の武器。
- 茅纒之矟(ちがらのさや) – アマテラスが天岩戸に籠った際、アメノウズメがこの“千草を巻きつけた矛”を手に神楽を舞い、人々を励ましたとされる神具。儀礼・巫女舞の象徴的武器。
- 天逆鉾(あめのさかぼこ) – 宮崎県高千穂峰頂上に突き立つと伝えられる神鉾。明治以前から「ニニギノミコトが降臨の際に突き立てた」と信仰されたが、文献上は中世以降に登場する比較的新しい信仰。天之瓊矛の“地上版”として扱われることもある。
- 岩融(いわとおし) – 『義経記』に登場する武蔵坊弁慶の巨大薙刀。岩さえ融かすほど強力との意から名付けられた。実在説は薄いが、弁慶の象徴として最も有名な武具の一つ。
- イペオプ(イペオプ・イペタム類) – 妖女イムパッコ(イムパッコカムイ)の伝承に登場する人喰い槍。意思を持ち、自ら飛び回って人を襲う妖槍として語られる。アイヌ伝承に多い“イペタム系妖刀・妖槍”の一種。
中国神話・古典に登場する槍・戟
- 涯角槍(がいかくそう) – 『三国志平話・中巻』に登場する趙雲の愛槍。『三国志演義』以前の物語形式で語られた作品にのみ見える設定で、後世の創作色が強いが、“常勝の武将・趙子龍”の象徴的武器として扱われる。
- 蛇矛(だぼう/じゃぼう) – 『三国志演義』に登場する張飛の武器。刃先が蛇のようにうねり、斬撃・刺突の両方に優れた独特の矛。張飛の豪胆な性格を象徴する武具として極めて有名。
- 方天画戟(ほうてんがげき) – 呂布の代名詞ともいえる戟で、戟の刃と横刀を併せ持つ長柄武器の一種。『三国志演義』で“武芸百般最強の男”呂布が振るうことから、後世の武具創作のモデルにもなった。“双戟”の別名が記されることもある。
- 火尖槍(かせんそう/火尖枪) – 『西遊記』では“紅孩児(こうがいじ)”の武器として登場し、火焔を操る能力と結びつく。“封神演義”では哪吒(ナタ)が所持する神槍として描かれ、三昧真火を放つ武器として知られる。作品によって所持者が異なる、典型的な中国武侠・神怪物語の魔槍。
世界の槍・矛の種類 一覧
- ジャベリン(Javelin) — 投擲専用の短槍。古代ギリシア・ローマ、ゲルマン系の部族など世界各地で使用された。軽量で携行数も多く、敵隊列を乱したり盾を無力化するために投げつけられた。
- ピルム(Pilum) — 古代ローマ軍の重装歩兵(レギオナリー)が装備した投槍。先端の細長い鉄芯部分が命中時に曲がり、敵の盾に突き刺さって使い物にならなくする構造で、実質的に“使い捨ての投げ槍”として運用された。
- ピールム・ムーラーリス(Pilum muralis) — ローマ兵が携帯した木杭状の器具。名称はピルムと同じ語源だが、これは投擲武器ではなく、陣地構築や簡易要塞化のために用いられた防御用の杭と考えられている。
- サリッサ(Sarissa) — 古代マケドニア王国が採用した超長槍。長さ4〜7mにも達し、方陣(ファランクス)の前列から何本もの穂先を突き出すことで、敵騎兵・歩兵を寄せ付けない“槍の壁”を形成した。
- ランス(Lance) — 中世ヨーロッパの騎士が用いた馬上槍。重装騎兵の突撃で巨大な運動エネルギーを一点に集中させるために作られた武器で、騎士道を象徴する装備でもある。
- 三叉槍(トライデント) — 穂先が三つに分かれた槍の総称。漁具としての銛や、儀礼用・象徴用の武器としても使われる。神話では海神ポセイドンの武器として知られる。
- トリデーンス(Tridens) — 古代ローマの剣闘士・網闘士(レティアリウス)が使用した三叉槍。金属製の網と組み合わせて、敵の剣闘士や猛獣の動きを封じ、致命傷を与える前に制圧するための武器だった。
- ウィングド・スピア(Winged spear) — 槍頭の根本に、左右へ張り出した“翼(ウィング)”状の突起を持つ槍。敵に深く刺さり過ぎて抜けなくなるのを防止しつつ、引っ掛けたり押さえ込んだりと多用途に使える。日本の枝物槍(十字横手槍)に近い構造とみなされる。
- グレイヴ(Glaive) — 長い柄の先端に片刃の刀身を取り付けた長柄武器。形状は薙刀に近く、斬撃と突きの両方に使えた。語源はラテン語「gladius(短剣)」に由来するとされ、農具の大鎌やフォールシャンを長柄化した系統とも考えられている。
- フォシャール(Fauchard) — グレイヴの刃の背側に鉤爪状の突起を備えた長柄武器。敵を引っ掛けて引き倒したり、馬上の騎兵を引きずり落としたりする用途に特化した“鉤爪付きグレイヴ”。
- クーゼ(Corse / Corseque系) — 13〜16世紀頃にイタリアなどで宮廷近衛兵が携行した儀礼用グレイヴ。実戦武器としてだけでなく、装飾性の高い儀仗兵の装備としても用いられた。
- ルンカ(Langa / Ronca系) — パルチザンの原型のひとつとされる長槍で、比較的小さな三角形の穂先を付ける。主にイタリアの宮廷近衛兵が使用し、古代ローマ語で「槍」を意味する語に由来する名前を持つ。
- パルチザン(Partisan) — 16世紀以降に普及した幅広の三角形穂を持つ長槍。斬撃と突きに優れ、刃の部分に重量が集中しているため、振り下ろしによる打撃・切断能力も高い。民兵(パルチザン)が好んで用いたとも言われ、その名の由来とされる。
- スペタム(Spetum) — 中央の主穂の両側に小型のサイドブレードを備えた両鎌槍。敵を突き刺すだけでなく、横薙ぎに切り払ったり、サイドブレードで引っ掛けるなど多彩な用法を持つ。
- ブランディストック(Brandistock) — 柄の中に三本の刃を収納した“仕込み槍”の一種。普段は一本槍に見えるが、柄の機構を操作すると中央の穂の左右に細い刃が飛び出し、簡易な三叉槍として使用できる。
- ショヴスリ(Shovsrie / Chauve-souris系) — フランス語で「コウモリ」を意味する名称を持つ長柄武器。三角の主穂の左右に、翼を広げたような片刃のサイドブレードを備え、深く刺さりすぎるのを防ぐと同時に、敵を引っ掛けて崩す「バトル・フック」の役割も果たした。
- コルセスカ(Corseque) — ショヴスリの側面刃をさらに長く前方へ伸ばし、千鳥十文字槍のようなシルエットを持つ長柄武器。短い穂を持つものと長穂のものがあり、突き・斬り・引き倒しの三役をこなす。
- ピッチフォーク・熊手(Pitchfork / Hayfork) — 本来は干草や落ち葉をすくい上げる農具。農民一揆や反乱の際にはそのまま武器として転用され、軍事用に改良されたものは「ミリタリーフォーク」とも呼ばれる。多叉穂の長柄武器の代表例。
- キャンドルスティック(Candlestick) — 蝋燭立ての構造に着想を得たとされる槍。穂の根元に皿状の円形鍔を持ち、深く刺さりすぎるのを防ぐほか、乱戦時に敵刃を受け止めて攻防しやすくする役目もある。「ゴーデンダッグ(よい一日を)」という別称を持つ系統も知られる。
- バトル・フック(Battle hook) — 戈や薙鎌に似た鉤状の長柄武器。敵兵や騎兵、盾を引っ掛けて引き倒すことが主目的で、民兵でも比較的簡単に扱えたことから“捕具”としても用いられた。
- ロンパイア(Rhomphaia / ロンパイア) — トラキア人が用いた長柄武器で、内側に反った長い片刃の刀身を持つ。全長約2mのうち刃が1m前後を占め、密林や茂みに潜んで人馬の脚を刈り、敵将の首級を挙げることを目的に使われたとされる。分類上は長柄武器だが、性質は“巨大な刀剣”に近い。
- 花槍(はなやり) — 中国武術で用いられる穂先近くに赤い房飾りを付けた槍。これにより敵の視線を惑わしたり、返り血で柄が滑るのを防ぐとされるほか、鍛錬時には軌道を目で追いやすくする役割もあると伝えられる。
- 狼筅(ろうせん) — 明代中国で急造された対騎兵用武器。枝葉を残したままの竹を束ねて槍状にし、柄を切り落とされにくくした構造を持つ。防御柵と武器の中間的な性格を持った長柄武器。
- 毛槍(けやり) — 穂先に綿毛状の装飾が施された日本の儀仗槍。大名行列の先頭を飾る見せ槍であり、実戦用ではなく権威と威容を示すための飾り武器として発達した。
- 旗竿(はたざお) — 戦場で旗や幟(のぼり)を掲げるための長い竿。攻撃用武器というよりは、部隊の位置を示し、兵士に「味方が近くにいる」という安心感を与えるためのシンボルであり、古代中国から日本の戦国時代にかけて広く用いられた。

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