槍・鉾・薙刀
■ 日本で有名な槍・薙刀
【1】天下三名槍(日本三大名槍)
- 蜻蛉切(とんぼきり) — 本多忠勝が愛用した大笹穂槍。蜻蛉が穂先に止まろうとして触れただけで真っ二つに切れたという逸話が名の由来。直心影流に影響を与えるほど象徴的な名槍。
- 日本号(にほんごう) — 黒田如水〜黒田長政へと伝わった銘槍。元は豊臣秀吉が所持し、名物として朝廷から拝領した品。「呑み取りの逸話」で大酒飲みの福島正則が酒宴で持ち帰った話が有名。
- 御手杵(おてぎね) — 宇都宮家伝来の大槍。江戸城の火災で焼失したが、巨大な穂先で知られ、「天下三名槍」として後世に名を残す。
【2】日本神話に登場する槍・矛
- 天沼矛(あめのぬぼこ) — 記紀神話にて、イザナギ・イザナミが天の浮橋の上から海をかき混ぜ、雫が固まって「オノゴロ島」が生まれたとされる日本創生の矛。日本最古の神具のひとつ。
- 天之逆矛(あめのさかほこ) — 天孫降臨において邇邇芸命が天降りの際に地上へ突き立てたと伝わる矛。地上支配の象徴として語られる神具。
【3】歴史上の名槍・武将ゆかりの槍
- 一国長吉(いっこくながよし) — 黒田長政が初陣から愛用した槍。長政が筑前一国を得るほどの武功を挙げたことから「一国御鑓」とも呼ばれる。刃には「八幡大菩薩」と三鈷柄の剣の浮き彫りが施された。
- 政常(まさつね) — 黒田長政が所持した槍で、のちに福岡藩の馬印として参勤交代にも用いられた。黒田家の権威を示す象徴的槍。
- 勝光(かつみつ) — 備前長船派の刀工・勝光による槍。室町末期〜戦国期の名工として高く評価され、多くの名槍を残した。
- 当麻(たいま) — 大和国当麻の地名が銘に入る槍。歴史上の武将が所有した記録が多く、戦国期の名槍として知られる。
- 人間無骨(にんげんむこつ) — 森長可が所持した巨大な十文字槍。「人間」と刻まれた表刃と「無骨」と刻まれた裏刃を持つ。首を突き刺すと柄を貫通して石突まで達するほどの鋭さを持つと伝わる。銘は和泉守兼定。
- 長坂血鑓九郎の槍(ながさか ちぎゃりくろう) — 徳川家に忠義を尽くした長坂信政の槍。戦のたびに血で赤く染まり、徳川家から唯一「皆朱柄の槍」の使用が許された逸話が残る。
- 皆朱槍(かいしゅやり) — 前田利益(慶次)が愛用した赤漆塗りの槍。上杉家家臣の中でも選ばれた者のみが持つ名誉ある槍で、戦場で強烈な存在感を放った。
- 梅實(うめざね)・梅穂(うめほ) — 今川義元が徳川家康と阿部正勝に与えた槍。家康が突き刺した梅の実の逸話から「梅實」、阿部正勝が梅の穂を貫いたことから「梅穂」と名付けられた。
- 蜈蚣槍(むかでやり) — 水野成之(大小神祇組の頭領)が、侠客・幡随院長兵衛を刺し貫いた槍。軍平・権平らの忠義が絡む有名な逸話が残り、水野家伝来の大身槍で関の大兼光作と伝わる。
【4】地方伝承・異国由来の槍・鉾
- 出石桙(いずしのほこ) — 新羅王子・天日槍(あめのひぼこ)が日本に将来した七宝の一つとされるが、献上品の記録には名が見えず、伝承の中で神秘性を帯びた鉾。
- 隼風(はやて) — 『八幡愚童訓』などに登場。大比留女が朝日によって懐妊し生まれた八幡が用いた鉾。長さ八尺・幅六寸という巨大な鉾で、隼のごとき鋭さからこの名が付いた。
- 岩突きの槍(いわつきのやり) — 阿久和安藤家に伝わる槍。名の由来は岩をも貫く威力に因むとされる。
【5】薙刀(日本の伝説武器)
- 岩融(いわとおし) — 武蔵坊弁慶が愛用していたと伝わる大薙刀。名のとおり「岩をも貫く」とされる威力を象徴し、弁慶の豪力と勇名を象徴する武器。
世界の伝説的な槍
【1】キリスト教・西洋伝承
- 聖槍(ロンギヌスの槍) — キリストの磔刑時、脇腹を刺したとされる槍。キリストの血が付着した聖遺物として崇拝され、多数の「聖槍」が各地に伝わっている。後に「皇帝を勝利へ導く聖遺物」と解釈され、神聖ローマ帝国などに伝承が残る。
- アッティラの剣(剣神の剣)※槍ではなく伝承武器扱い — 羊飼いが拾い、アッティラへ渡ったとされる武器。マルス(軍神)の剣とされるが、フン族の宗教観に基づかず、ローマ側の解釈によるもの。
- ロムルスの槍 — ローマ建国者ロムルスが所持した槍。パラティウムの丘に突き立てたところ根を張り、大木へと変貌したという象徴的な伝承を持つ。
- ブリトマートの槍 — イギリスの女騎士ブリトマートが持つ黒檀の魔槍。ブリテンの古王が鍛えたとされ、正義を司る象徴として描写される(エドマンド・スペンサー『妖精の女王』)。
- アスカロン(Ascalon) — 聖ゲオルギウス(聖ジョージ)がドラゴン退治に使用したとされる聖槍。のちにイギリス王室紋章の竜退治と結びつき、“邪悪を打ち倒す武器”の象徴となった。
- ハデス(プルートー)の二又槍(Bident) — ギリシャ神話の冥界神ハデスの象徴武器。兄ゼウスの雷霆、弟ポセイドンのトライデントに対応する「死と支配の二叉槍」。
- ピッチフォーク(Pitchfork) — 近世以降のキリスト教的悪魔像で使われる二又または三又の槍。本来は農具だが、地獄の悪魔の武器として象徴化された。
【2】北欧神話・ゲルマン伝承
- グングニル — 北欧神話でオーディンが持つ必中の槍。投げれば必ず敵を貫き、誓約や戦の開始を示す神聖な武器。のちに英雄ダグがオーディンより授けられたとされる。
- ミスティルテイン(槍・矢・剣の異伝あり) — ヤドリギから作られた致命の武器。唯一、光の神バルドルを殺すことができる存在で、フロックなど複数の伝承形態を持つ。
- グラーシーザ(Glámr-síða) — 『ギースリのサガ』で、剣として登場した後、折れた刃を鍛え直して槍とされた武器。主人公ギースリが所持し、復讐と宿命の象徴となる。
- ヴィグ(Vigr) — コルマク・マク・エーギルが盗人に投げつけた槍。命中はしなかったが、戦士の激烈な性格を象徴する逸話として語られる。
- グングニル(Gungnir) — 主神オーディンの槍。“決して狙いを外さない槍”として知られ、投じれば必ず敵を貫く。のちにヘグニ王の息子ダグが一時的に所持した伝承も残る。
- ギースリ(Gisli’s spear) — 『ギースリのサガ』に登場。元は剣だったが、折れたあとに鍛え直されて槍の穂先となった武器。ギースリの伯父が決闘に用いた後、主人公ギースリが受け継ぐ。
【3】ケルト神話・アイルランド神話
- ルーの槍(ブリューナク) — 太陽神ルーの武器。「投げれば雷となり、敵を焼き尽くす」とされる灼熱の槍。日本では「ブリューナク」として広く流布した二次的名称が使われる。
- ゲイ・ボルグ — 英雄クー・フーリンが用いた海獣の骨製の槍。投げれば30の鏃に分裂し、突けば内部で棘が破裂するという破壊的武器。師スカサハから授けられた。
- 屠殺者(スレイヤーの槍) — トゥレンの息子たちに課された試練の一つとして登場するペルシア王ペザールの毒槍。氷水の釜に常に浸けないと灼熱で暴走するほど危険。
- 急進(ダート)・殺し屋(スローター) — アルスター王コンホヴァル・マク・ネサが息子フィアクラに貸した2本の王家の槍。戦争時にのみ使用を許されたとされる。
- ルーン(Lúin) — 戦士ケルトハル・マク・ウテヒルの槍で、「血を求めて燃え上がる槍」。平時は毒液の大釜に浸しておかねば柄が燃え尽きるとされる。
- クールグラス(Culghlas) — 英雄コナル・ケルナハが所持した槍。青みがかった鋼を意味するとされ、実戦武器として語られる。
- ゲイ・ジャルグ — フィアナの英雄ディルムッド・オディナの投槍。ダグダ神の息子オイングスから授けられた。魔力を宿す赤い槍。
- ゲイ・ボー — ディルムッドがマナナーン・マク・リルから受け取った別系統の魔槍。投げ槍として強力で、フィアナ物語群で重要武器として描かれる。
- アラドヴァル(Areadbhair / 神話物語群) — 太陽神ルグが持つとされる槍。投げれば必ず敵を貫き、命中後も炎を上げて燃え続けるという“止まらぬ槍”として語られる。
- ゲイ・アッサル(Gae Assail / 神話物語群) — ルグ神の槍。アラドヴァルと同一視されることもあり、投じれば雷光のように飛び、持ち主の手に必ず戻る魔槍として描写される。
- ゲイ・ジャルグ(Gae Dearg / フィン物語群) — フィアナ騎士団の英雄ディルムッド・オディナの“赤槍”。妖精オイングスから授けられた武器で、強力な貫通力を持つ。
- ゲイ・ボー(Gae Buide / フィン物語群) — ディルムッドの“黄槍”。同じくオイングスの贈り物で、敵に致命傷を与える呪いの力を持つとされる。
- ゲイ・ボルグ(Gae Bolg / アルスター物語群) — クー・フーリンの伝説的な槍。海獣の骨から作られ、突けば体内で30の棘が破裂して内部から破壊する、アイルランド神話屈指の“必殺槍”。
- ドゥヴシェフ(Dubsainglend / アルスター物語群) — クー・フーリンが使用したとされる槍。文献によって名称が異なり、彼の多くの武装のひとつとして伝わる。
- ブリューナク(Brionac / 近代創作の可能性) — ルグ神の槍とされるが、実際には中世文献に登場せず、19〜20世紀以降に確立した名前と考えられる。“雷”や“光”を象徴する槍として創作で人気。
- ルーン(Luin of Celtchar / アルスター物語群) — 戦士ケルトハルの槍。元はルグ神の武器だったとする伝承もある“血に飢えた槍”で、怒りに反応して灼熱化し、大釜の毒液で鎮めなければ扱えない。
- 屠殺者(The Spear of Pisear / 神話物語群) — ペルシア王ペザールが所持する“灼熱の毒槍”。普段は大釜の氷水に浸して管理される。ルグが「トゥレンの息子たち」に課した試練の一つとして登場。
- クールグラス(Culghlas / アルスター物語群) — アルスターの戦士コナル・ケルナハの槍。彼の主要武装の一つとして伝わり、アルスター物語世界の武勇を象徴する武器。
【4】ギリシア神話
- アキレウスの槍 — トロイア戦争でアキレウスが用いた槍。この槍で受けた傷は、槍の穂先を削った粉末を使わない限り治癒しないという特性を持つ。
- トリアイナ(トライデント) — 海神ポセイドンの象徴武器。大海を割り、大地を揺らし、嵐を呼ぶ力を持つ三叉槍。
【5】ヒンドゥー教・インド神話
- トリシューラ — シヴァ神の持つ三叉槍。破壊・再生・創造の三位一体を表し、悪を滅する神力を象徴する。
- ヴィジャヤ — インドラが使用した雷の槍。稲妻そのものを象徴して造られた神具で、敵を瞬時に灰にする力を持つ。
- インドラの槍 — カルナが黄金の鎧と引き換えにインドラ神から授かった槍。必中で敵を滅ぼすが、一度しか使用できない「究極の一撃」とされる。

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