上方落語『半分垢』|無料で読むテキスト落語

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半分垢 – はんぶんあか

 

関取のお噂を一席申し上げまして、お後と交代いたします。

相撲は日本の国技ってぇくらいですから、むかしから、たいそう人気がありました。ひとりひとりの力士には、ご贔屓がついておりまして、何から何まで面倒を見てくれたものだそうでございます。自分の贔屓の力士には、なんとしても勝たせたいのが人情ですな。

 

やあ、関取、今場所はどうだったね?
はあ、勝ったり負けたりで...
えらいねぇ。ふつうの力士なら自慢話をしたいところを、勝ったり負けたりなんてぇところは奥床しくっていいよ、あぁ。で、初日はどうだった?
はあ、それが、残念ながら...
負けたのかぁ。おしいねぇ。じゃ、二日目は?
突きだされました...
ヘェ、三日目は?
投げられまして...
おやおや、四日目は?
恥ずかしながら...
なんだい。じゃ関取の勝った日は?
一日もありませぬ。
え、だって、おまえさん、さっきは勝ったり負けたりといったじゃないか?
ですから、相手が勝ったり、こちらが負けたり...

 

なんてぇのは、どうも応援のしがいがございませんな

今とは違いましてむかしは江戸と大阪の両方に相撲がありました。ある江戸の相撲取り。年は若いんですが、相撲がきびきびしていて、たいへん人気がある。そこで、ご贔屓衆が、「関取。おまえさんは力も強くって相撲じょうず、体格もいい。おまえさん、一度上方の土俵に上がってみないか。大阪でみっちり修行をしたら、きっと、もっとりっばな相撲取りになるにちがいない。ひとつ、上方へいって修行をしておいで」

「ありがとうございます。それでは、上方で修行をしてまいります。女房を家へ残して参りますので、なにぶんよろしく、おねがいいたします」

「ああ、いいとも。万事引き受けたから、安心して行きなさい」

ってんで、ご贔屓はありがたいものですな、すっかり支度をしてくれましたから、関取も喜んで、上方へ出かけてました。ある部屋へ弟子入りしまして、それから三年というもの、精進努力を重ねまして、今や堂々と、上方の幕の内力士に出世いたしまして、「故郷へ錦」ですな、江戸のうちへと帰ってまいりました。

さあ、町内は大騒ぎですな。ご贔屓衆も大よろこびで...

 

三河屋こんちは。関取はいるかい?
女房おやまあ、これは、ご贔屓の旦那さま。どうか、おあがりなさいまして...
三河屋ああ、これは、おかみさん、関取が江戸から戻ったと聞いて、やってきたんだよ
女房はい、ゆうベ帰ってまいりました
三河屋えらく出世をしたそうだが、どうだね。さだめし、大きくなってきただろうねェ
女房はい、ありがとうぞんじます。おかげさまで、ずいぶん大きくなりました。家の外でゴーンゴーンと、つり鐘が鳴りますので、おどろいてとびだしてみたら、つり鐘じゃありません
三河屋なんだい?
女房関取が、いまもどったという声が、つり鐘のようにきこえましたので..
三河屋ほほう、それは、ものすごいね
女房それで、見あげましたが、関取の首が、ありません
三河屋えっ? それはたいへんだ
女房よく見たら、関取の頭が、雲の中にはいって見えないので...
三河屋冗談じゃない。そんなに大きかったら、相撲をとっていて、顔が見えない
女房それから、家へはいろうとしましたんですけど、ガラガラガラと戸や障子がはずれたり、倒れたり、それは難儀をいたしました
三河屋ヘーぇ、まるで、地震だね。それから、どうなさった?
女房なにしろ、足がよごれているから、洗おうとしましたが、いちばんの大だらいを持ってきても、足がはいりません
三河屋ヘーぇ...
女房しかたがないから、ひょいと脚を伸ばしまして近江の琵琶湖で、ザブザブザブッと...
三河屋おいおい、ふざけちゃいけない。そんな大きな足があるんじゃない!
女房それから関取が、かわいそうなことをしたともうしますから、どうしましたときくと、上方から帰る途中で、三匹、ふみつぶしたそうでございます
三河屋カエルか、何かをかい?
女房いいえ、牛を三匹...
三河屋ええッ、牛を?
女房そのあと、疲れたから寝ると申しますから、六布(ふつうの二倍サイズのふとん)の大ぶとんを出して、かけてやりましたんですけど、おヘソしか隠れません
三河屋ふーン、大きくなったもんだなあ。日本一どころか、世界一の大力士だ。いやぁ、結構々々...で、関取は?
女房はい、道中疲れたものと見えまして、まだ奥に寝ています
三河屋そうかい。けれども、そんな大きな関取が、よく奥へはいったね
女房はい、わたしも、それを申しましたんですの。すると「心配するな」といって、自分のからだを、八つにたたんで...
三河屋半紙だね、まるで...しかし、えらい力士になったもんだ。いやいや、起こさなくていいよ。起きたら、よろしくいっておくれ。もう、まもなく、こちらの場所が始まる。あたしが世話役ンなって、積み樽もこしらえてね、総見なんかもして、及ばずながら関取の人気の出るようにするから...じゃ、さよなら

 

ご贔屓の旦那は、大喜びで帰っていく。そこへ奥からか出てきたのが関取。派手などてらに、白ちりめんの帯をしめ、銀鎖のついた、大きなたばこ入れをさげております。

 

関取これ、女房!
女房あら、お目ざめだったんですか? 起きていたのなら、ちょっと、ごあいさつに出てきてくだすったら、よかったのに...
関取なにをいうのじゃい! ご贔屓さんに、あいさつに出るくらいは、わしだって知っておるわい。あいさつに出られるか、出られんか、考えてみろ。むこうさんは、わしが江戸へいって、大きくなって帰ってきたろうなという。これは挨拶代わりの世辞というものじゃ。それがおまえ、図に乗りおって、今のおまえの話しは、ありゃ、なんじゃい!
女房あれでは、いけませんか?
関取いけませんかァ? あんなあいさつがあるかい。

いま、きいていれば、門口で、いまもどったという声が、ゴーンゴーンとつり鐘のようだった...人間が、そんな大きな声が出るかい。出てみたら、頭が雲の上へはいっていて見えなかった...つれそう亭主を、化けものあつかいして、うれしいのかい! 家へはいったら、ガラガラと戸や障子がはずれたり、倒れたりした...人を大ナマズか何かのように云いおって...バカめ! おまえは、いったいなん年、関取りの女房をやっているんだ? いいか、相撲稼業をしていて、はずれたの、倒れたのというのは、忌み言葉といって、縁起がわるい。寝ごとにも、いうものでないわい!

足を洗おうとしたら、大だらいへはいらないから、近江の琵琶湖へ脚を伸ばして、ジャブジャブ洗ったァ? 江戸の家にいて琵琶湖にまで足が届くか? この愚か者! 道の途中で、牛を三匹踏み潰したァ? まったく、よくあれだけ口からでまかせにいい加減なことが出たものじゃ! おまえは芸人か? でたらめにも、ほどがあるわい!

そんな大きなことをいっているところへ、このわしがのこのこ、あいさつに出られるか! もし出たら、ご贔屓さんは、どう思う? 今、女房が大きなことを云ったが、こうして本人を見ると、そんなに大きなものでもない...と、大きなことを云っただけ、わしのからだが小さく見えるわい。相撲取りのからだが、小さいと思われたら、もう負けたも同然じゃ。少しは、人間、謙遜するということを知っておけ、バカめッ!

おまえのような愚か者には、云ってもわかるまいが、これも話のひとつだから、いってきかせる。わしが江戸からの戻り道、東海道は名所古跡もたくさんあるが、なんといっても名物は、三国一の富士の山。どこへいっても、あんなに大きくて、よい形の山はない。街道沿いの三島の宿近い、ある茶店で休んだときの話しだ。その茶店の前の床几に坐ると、富士の山がよう見える。そりゃぁ絵にも描けぬような景色じゃ。わしが見ほれておると茶店のおなごが、茶を汲んで持ってきたから、わしはその茶を飲みながら、その女子にむかって、富士山をほめたのじゃ。

「ねえさん、

三国のすそに寝ずとも、富士の山、夢に見てさえ、よいというのに
と歌にさえある、この立派で大きな富士山をこうして、朝夕見て暮らすというのは、おまえさんがたは、なんと幸せなものじゃ」

こう云ったら、その女子がな、自分のことを誉められたように恥ずかしがって、

「お関取、そんなにおっしゃいますが、こうして朝夕眺めていると、それほど大きいとは思われませぬ」

と云うから、わしが、

「それでも、あんなに大きいじゃないか」

というと、

「大きく見えますけれども、あれは半分は、雪でございます」

と、なんと、云うことが可愛いじゃないか。わしは、その茶店の女子の言葉を聞いて、もう一度、富士山を見あげたら、山が三倍も四倍も大きく見えた。おまえのような女には、こんなことは、とても云えまいが、ひとの話しも、よくきいて、頭へ入れておけッ!

女房なんですねぇ、そんなにポンポン云わなくても、わたしだって、家に富士山があれば、そのくらいのことは云えますよ
関取バカめ。家の中に富士山があるかい。このお多福め!
女房どうせ、おたふくでございますよ...それじゃ、大きく云わないで、小さく云えば、よろしいんですね!
関取そうじゃ。小さくいえば、それだけ大きいものが、なお大きく見える。おぼえておけ!

 

さんざっぱら小言を云って、関取、奥へはいって休んでいますと、こんちはァ...といって来ましたのが、さっきのご贔屓の旦那の、知りあいの客でございます。

 

女房あらまあ、ようこそいらっしゃいました。どうぞ、おあがりくださいまし
いや、かまってくださるな。...ときにおかみさん、いま、横丁で、三河屋さんに会ったんだが、関取は、ずいぶん大きくなって帰ってきたそうだねェ。なんでも、「戻った」という声が、つり鐘のようで、出て見ると頭が、雲の上、それに、足を洗うのが近江の琵琶湖。道中で牛を三匹、踏み潰したんだってねェ。関取が大きくなったと、三河屋さんは、涙を流して喜んでたよ。いやぁ、あたしだって関取を、及ばずながら応援してるんだ。あたしゃぁうれしくってねぇ、その足ですぐにとんで来たんだよ
女房それはどうも、ありがとうぞんじます
おかみさん、関取は、そんなに大きくなったのかい?
女房いいえ、それが大ちがいで...
大違い? どう違うんだい?
女房それが、三国一の富士の山なんでございますよ
富士山のことを聞いているんじゃない、関取が大きくなって戻って来たってぇことを、聞いているんだ
女房それが、旦那、小さくなって帰ってきましたので...
小さくなった? ...上方で擦り減って帰って来たのかい? かつぷしじゃあるまいし...けれども、たった今、三河屋から聞いた話しじゃぁ、「今戻った」という声が、つり鐘のようだったというじやないか?
女房いいえ、つり鐘どころか、虫の息...
虫の息?...病人だね、まるで...それで、出てみたら、頭が雲の上...
女房それじゃ化け物でございます。わたしの連れ添う亭主を、化け物あつかいにしないでくださいまし。雲の上からビューと風が吹いてきましたら、コロコロコロッと、家の中へころがりこんできたので...
かんなッくずだね。でも、家へはいるとき、ガラガラっと戸や障子がはずれたり、倒れたりして...
女房もし! あなた、気をつけて口をきいてくださいまし。はずれるの、倒れるのは、相撲稼業の忌み言葉。寝言にも口にするものじゃございません!
いや、こ、これはすまなかった。気を悪くしないでおくれ...いやぁ、これは叱られに来たようなものだ
女房戸障子が倒れたのではありませぬ。戸のすきまからはいってきたのでございます
足を洗おうとしたら、大だらいに足がはいらず、琵琶湖へ足を突っ込んでジャブジャブと...
女房いいえ、そんなことをしたら、浜辺の砂に紛れて探すのに難儀いたします。どんぶり鉢の中で、ジャブジャブ行水を使わせました
それじゃ、小鳥だよ。江戸から帰る途中、牛を三匹、踏み潰したってね
女房いえ、牛でなく、ムシを三匹...
なんだよ、ウシじゃなくてムシかい? なんか、あたしがからかいに来たようだねぇ、勘弁しておくれよ。しかし、あの三河屋、いったい何を聞いて来たんだ? まるで話が違う。大布団を掛けたら、ヘソしか、隠れなかったって話しは?
女房いいえ、ざぶとんをだしたら、くるくるとくるまって、寝てしまいました
赤んぼだね、まるで...

 

奥できいていた関取。バカバカしいやら、おかしいやら...それでも、大きいといわれるより、小さくいわれたほうが出やすいとみえまして、玄関に出てまいりました。

 

関取ああ、これは、おいでなさい。ゆうべ戻って参りました。どうかまた、ご贔屓のみなさまのお力で、当地の場所も、よろしくおねがいもうします
いやァ、これは関取。うーん、いやぁ、これは立派になった、大きくなったなぁ...おいおい、おかみさん、ウソをついちゃぁいけない。何が小さいものか。こんなに大きいじゃないか
女房いいえ、朝夕、見ておりますと、それほど大きいとは思われませぬ
いやいや、そうではない。あのとおり、大きいではないか
女房いいえ、あれは、半分は垢でございます

引用元:「東西落語特選」
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/

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