小言幸兵衛
たいそうお古いお話になりますが、大正時代に麻布の古川に家主で田中幸兵衛てぇ方がおりました。あんまり店子に小言を言うもんで、「店賃を払った上に小言を言われたんじゃぁ、間尺にあわねぇ」ってんで、自分のもち店に空き店の二軒、三軒の絶え間がねえってぇ始末ですな。もう、毎日起きるってぇと長屋を一通り小言言って歩くんですから。
ばあさんや、ひとあたり長屋に小言いって帰ってきたから、喉が渇いてしょうがねぇから、茶ぁ淹れておくれ…え? 湯がぬるい? ぬるかったら沸かしゃぁいいじゃないか、えぇ? あたしが帰ってきたら茶ぁ呑むってことは毎日だからわかってるでしょう?
え? おじいさんは五月蝿い? 五月蝿いようなことを誰が言わせるんだい? ...またあたしが何か言うとお前は猫を蹴飛ばすねぇ。猫、蹴飛ばしたって湯は沸かないでしょう? だから世間でお前さんのこと、ネコ婆ぁって言うんだよ、ネコばかりいじめるから。
おいおい、なんだか臭せぇなぁ。どこだい、飯を焦がしてんのは? なに、あたしんとこです? わかってるんなら、なんだって竃の下の火を引かないんだよ。なに、五月蝿い大家だ!? 誰が五月蝿いようなことを言わせるんだよ! おいおい、魚屋さん! その、井戸端で飯台洗っちゃいけないよ、ハエが多くなるから。八百屋さんだってそうだよ、そんなところに荷車置かれちゃ、子供がいて危ないじゃないか、ぶつかったりして怪我をするよ! まったくどこの犬だ、うちの横丁へ来てつるんでやがる! つるむんなら他所の横丁へ行け!
と、犬にまで小言を言うしまつで...
最初の男 | まっぴらごめんねぇ! まっぴらごめんねぇ! おぅ、誰もいねぇのか!? っぴらごめんねぇ!! |
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幸兵衛 | ...変な人が来たねぇ。うちに「たけっぺら」なんてものはないよ。「たけっぺら」なんてものが欲しいなら、他所へ行っておくれ |
最初の男 | へっ、「たけっぺらおくんねぇ」なんて言ってんじゃねぇや! まっぴらごめんねぇってんでぇ!!! |
幸兵衛 | 何か、よく分からねぇなぁ。まぁ、何か用があるんなら開いてるから、開けてお入りよ。 |
最初の男 | へっ、言うことが変わってるじゃねぇか。開けてお入り? あけねぇで入れるなぁ、風か幽霊かすかしっ屁くれぇじゃねぇか |
幸兵衛 | つまらねぇこと言ってやがんなぁ。こっちお入りよ |
最初の男 | 入らなくてよ! ...ぅんちゃ |
幸兵衛 | ん? なんだ、その挨拶は。ぅんちゃってやがる。こんちわと言えねぇのか。なんだ、おめぇは? |
最初の男 | 人間でぇ |
幸兵衛 | 人間はわかってらぁ。何しに来たんだって、そう聞いてるんだよ |
最初の男 | おめぇさんのほうでそう聞いてくれりゃぁ分かるんだ。なんだって聞かれるから「人間だ」って言いたくなるんだ。おらぁねぇ、通りがかりのもんだが、表通りを見るってぇと二間半間口の長屋がえぇてるんだが、借りてぇと思ってやって来たんだが、あらぁちんたないくらだ? |
幸兵衛 | なんだい、その「ちんたな」ってぇのは |
最初の男 | 店賃ひっくりかえしゃぁ「ちんたな」じゃねぇか |
幸兵衛 | 変なもの、ひっくり返すな。だいいちその長屋が「えぇてる」ってなぁ何だ。「開いてる」と言えねぇのか、ったく、妙な言葉ばかり使いやがって。だいたい、あの長屋、誰かお前さんに貸すといったのかい? |
最初の男 | じゃぁ貸さねぇのかい? |
幸兵衛 | 誰が貸さないと言った? |
最初の男 | じゃぁ口が利けねぇじゃねぇか。「貸家」ってぇ札ぁ見て借りてぇと思って借りに来たんだ。ちんたないくらだぃ |
幸兵衛 | おい、お前さんの方で勝手に話を進めちゃぁいけないよ。いいかい、こっちで貸しましょう、お前さんのほうで借りましょう、という段になって「つきましては店賃は」ということになる。まぁ、いい。人が住んだほうが家ってぇものはきれいになるもんだ。空き店にしとくよりぁこっちも助かる。貸してやりてぇが、おめぇは商売は何だ? |
最初の男 | へぇ、豆腐屋です |
幸兵衛 | 豆腐屋? あぁ、豆腐屋なんざぁいいや、なぁ。この長屋にも豆腐の好きなやつぁ大勢いる。うちの婆さんもあたしも豆腐は好きだ。こっちも助かる。お前さんも商売繁盛、一挙両得てぇやつだ。で、お前さん、カミサンはあるのか? |
最初の男 | へぇ、一人あります |
幸兵衛 | ...一人、ほう? てぇことは、お前さん、これからカミサン、何人か持つつもりかい? |
最初の男 | いや、カカァなんてぇのは一人ありゃぁいいっすよ |
幸兵衛 | じゃぁこっちで「カミサンはあるのか」と聞いたら「あります」と言いやぁいいんだ。「一人あります」てぇから何人か持つのかと思うじゃぁねぇか。人間てぇものは余計なことを言うもんじゃないよ。「言葉多きは品少なし」「口開いて五臓の見えるあくびかな」ってぇことばもある。おしゃべりに碌な人間はいないってんだ、昔から。 で、そのカミサンと一緒になって何年になるんだ? |
最初の男 | かれこれ十年になりまさぁ |
幸兵衛 | 十年と言いゃぁ一昔。さぞかし子供衆も大勢いるんだろう? |
最初の男 | そこぁ喜んでくんねぇな。こちとらぁ食いもの商売だ。ガキがいたんじゃぁ小汚くってしぁゃねぇやな。ありがてぇことに、カカアのすりこぎゃぁガキを一匹もひりださねぇよ |
幸兵衛 | な、なんてぇことを言いやがるんだ、この野郎! おい、婆さん、玄翁かなにかもってこい。この野郎の頭カチ割って、血か脳みそか何か絞ってやろうじゃないか。いいかい、「子宝」ってぇくらいのもんだ。子供ってえものは宝ものだ。「三年嫁して子無きは去るべし」といって、三年子供が生まれなきゃぁ離縁になったくらいのもんだ。一緒になって十年も子供のできねぇのを自慢にしてやがる。そんな冷え性な女と別れちまえ。夫婦別れして一人でこの長屋に越して来い。そうすればおれが丈夫で肉付きのいい、ケツのでかい、尻のあったかい、四季に孕みそうな女世話してやる。夫婦別れして一人でこの長屋、越してこい!!! |
最初の男 | なにを言ってやがんでぇ、このスッポラベッチョ!! |
幸兵衛 | おっ、なんだい、そのスッポラベッチョってぇなぁ!? |
最初の男 | そんなもの知らねぇ! |
幸兵衛 | 知らねぇことを言うな |
最初の男 | うるせぇ、このあんにゃもんにゃ、空気、ラッパ、糸っくず! アセチレンガス!!! |
幸兵衛 | なんだ、いろんなこと言いやがったな、この野郎!? なんだ |
最初の男 | なんだじゃねぇや。おれぁこの長屋に越してこようってんだよ。越してくりゃぁおれぁ店子だ、おめぇは大家じゃねぇか。大家と言やぁ親も同様、店子と言やぁ子も同様ってんだよ。おれっちが夫婦喧嘩すりゃぁ「夫婦ってぇものはそんなもんじゃねぇ、仲良くしなきゃぁいけねぇ」と意見するのがおめぇの役回りじゃねぇか! それを、先立ちンなって夫婦別れけしかけやがって、こん畜生!! おれとカカアの馴れ初めなんざぁなぁ、こん畜生、仲人があって一緒になったんじゃねぇ、自慢じゃねぇがくっつきあいだ!! |
幸兵衛 | そんなことが自慢になるか! |
最初の男 | おめぇじゃなくちゃいけねぇ、お前じゃなくちゃいけないと、好いて好かれて、好かれて好いて一緒ンなった仲でぇ。おれがな、寒い雪の日に帰ってくるってぇとな、おれの手をギュッと握って言うんだぞ、カカアが |
幸兵衛 | 何を言うんだよ |
最初の男 | 「手の冷たい人は心が燃えてる」 |
幸兵衛 | 何をくだらねぇことを言ってやがんだ、この野郎!! |
最初の男 | 一つしかねぇものは半分づつ、半分しかねえものは四半分づつ、四半分しかねぇものは四半半分づつ食うってぇ仲だ。無いものは食わねぇ |
幸兵衛 | 当たり前じゃねぇか! |
最初の男 | 枝豆のみっつ粒じゃぁいつも喧嘩するなかなんだ。それを夫婦別れけしかけやがって、まごまごしてやがっと、どてっ腹蹴破って、トンネルこしらえて汽車たたっこむぞ! |
幸兵衛 | 汽車でも何でも叩っ込め! |
最初の男 | てめぇなんぞの腐れ店なんざ頼まれたってこっちから借りてやるか! カーッ、ペッ!! |
幸兵衛 | おいおい、婆さん、早くなんかもってこい、この野郎、おれに痰引っ掛けて...あれ、もういなくなっちまった。聞いたかい、婆さん。口から泡ぁ飛ばしてカカアののろけ言って、あたしの腹蹴破ってトンネルこしらえて汽車叩き込むとよ |
婆さん | おやおや、それじゃぁおじいさんのおへその辺りが停車場に... |
幸兵衛 | 何をつまらないことを言ってやがる! |
第二の男 | えー、ごめんくださいまし。少々ものを伺います。ごめんくださいまし |
幸兵衛 | はいはい。どちら様でございます? |
第二の男 | えー、お家主様の田中幸兵衛様はこちら様でございますかな |
幸兵衛 | 幸兵衛は私ですが、お前様は? |
第二の男 | 私は通行の者でございますが、表通りを拝見いたしますと、二間半間口の結構なお長屋が空いてございます。手前どものようなものにお貸しねがいましょうや、まった、あのお長屋は他所様からお申し込みがございましょうや、その段を伺いに参りましたようなわけでございまして |
幸兵衛 | こりゃまたずいぶんと丁寧な人が来たね。さっきの野郎とは大違い。いやいや、お前さんのような結構な人にあたしも借りてもらいたい。今来た野郎はな、人間の皮を被ったケダモノだ。まあまあ、こっちへお入りなさい。婆さん、布団をお出ししなさい。まぁ、いいから、お上がんなさい。差しで話をしたいから...おいおい、婆さん、何をやってんだよ。押入れを開けて。おい、寝る布団出したってしょうがないだろ、この人が来て、あたしが寝ちゃったらしょうがないだろ。え、座布団を持ってきなさいってんだよ。いやいや、あたしも敷いてる。同じことだからおあてなさい。 いやいや、結構な...というほどのものでもないがな、空いてますがねえ。いやぁ、お前さんの言葉が気に入った。「手前どものようなものにお貸しねがいましょうや、まった」...まったなど生易しい学問じゃ言える言葉じゃないよ。まったなんぞ言えるのはお前さんか相撲取りくらいのもんだ、なぁ。だいいち、その後の言葉がいいじゃないか。「この段を伺いにまいりました」この段だから伺うんだ。九段なら突き当たりは靖国神社だな。 |
第二の男 | これは恐れ入りました |
幸兵衛 | いや、男がそう無暗と頭を下げちゃいけないよ。で、お前さん、商いは何をしていなさる? |
第二の男 | はい。仕立て職を営んでおります |
幸兵衛 | うまい! また言葉に縁がある。無駄が無いねぇ。仕立て屋だから「いとなむ」。仕立てと糸。縁があるじゃないか。これが車屋ならひきなむ、提灯屋ならはりなむってぇくれぇのこと、言おうってんだろうな。 |
第二の男 | これはなかなか面白いことをおっしゃいますな |
幸兵衛 | ええ? お前さんが気に入っちゃったよ。おい、婆さん、茶、淹れておくれ。それから何か菓子、もっといで。菓子箪笥あければ何かあるでしょ。え、羊羹がある? ああ、新しい方でなくていいよ、古い方をお出し。まだ途中で模様替えになるかもしれないから。え、古いほうはカビが生えてる? カビなんぞ削っときゃいいんだよ、いや、ここに形ばかりでてりゃいいんだよ。え、よほど古いのかい? え、明治三十八年? おい、もう大正ンなってずいぶん経つんだよ。またずいぶん古いのがあるねぇ。まぁ、いいよ、この人だってどうせ食やしねぇ...ほら、食わないっていってるから、いいよ。 で、お前さん、ご家族は? |
第二の男 | はい。手前に妻(さい)にせがれ、以上三名で |
幸兵衛 | よっ! えらいねぇ。無駄がないよ。「手前に妻にせがれ、以上三名、報告終わり」とくりゃぁ伝令だよ、なぁ。で、「さい」ってのがカミサンかい? |
第二の男 | さようで |
幸兵衛 | じゃ、お上さんがサイでお前さんが壷ざるで、チョイチョイ、こう伏せるだろ |
第二の男 | そんなことはいたしませんで |
幸兵衛 | そりゃぁ冗談だがねぇ。で、せがれさんがおありと言うが、年は...ほう、たいそう大きな子もちだねぇ...ほうほう、お前さんが十九の時にこしらえた。そりゃぁ早いねぇ。で、お前さん、そのせがれさんは商売は何をやってんだい? |
第二の男 | 手前と同業でございます |
幸兵衛 | ほう、同業。親の商売を継ぐなんざ、偉いじゃないか。で、腕のほうはどうだい? |
第二の男 | へぃ、この頃はよろしいものはみなせがれに、というご注文でございます。 |
幸兵衛 | てぇと、お前さんより腕が立つのかい? そりゃぁ先が楽しみだねぇ、うん。で、これはついでだが、もうひとつ聞くよ。顔のほうはどうだよ、このせがれさんのよ、この、顔の造作は。この顔の配置はよ。 |
第二の男 | これは...へへっ、どうも親の口からは言い難い... |
幸兵衛 | 言い難いって、どうなんだい? |
第二の男 | へぃ、世間様では「とんびが鷹を産んだ」などとおっしゃってくださいます |
幸兵衛 | とんびが鷹!? てぇと、お前さんよりいいのかい? お前さんが鷹じゃないだろうねぇ...お前さんに似てない? いやぁ、そりゃぁいいことしたねぇ!! お前さんに似たらとんだ失敗作...いやいや、お前さんだって決して悪いわけじゃないが、いい方に入りゃぁしないわなぁ...で、せがれには連れ合いは...無い? 独り者かい? ん? ちょいと待ちなよ。腕がよくて器量がよくて年頃で...こりゃ弱ったな...これはことによると、お前さんに店、貸すわけには行かないかもしれないよ |
第二の男 | 何か、お気に障りましたかな |
幸兵衛 | うーん、お気に障るねぇ、これは...でも、せがれはなんだろ、今は独り身でもだな、先行き持たせるというような、心当たりは...いや、お前さんになくてもせがれの方に、意中の女が...無い? それはいけないねぇ。なに、「せがれは野暮天ですから」? いや、ヤボテンもシャボテンもないんだよ。ンン、困るんだ。どうしてかって、わけを話すとだな、お前さんが越してこようてぇ先の向かいに古着屋があンだよ、あそこにね、お花坊ってぇまるぽちゃの、オツな娘がいるんだ。ことし十八になる、...こりゃぁまずいねぇ。いやぁ、お前さんとこのせがれとお花坊とがだよ、まぁ、お針の稽古なんぞ教えてるうちはいいよ、これがつまらない稽古をするようになったらどうする? |
第二の男 | ...つまらない稽古ってぇいいますと、どういう稽古をするんです? |
幸兵衛 | つまり、人目を忍ぶような仲ンなるってぇことだよ。 |
第二の男 | はあはあ、人目を忍ぶ仲ってぇますと? |
幸兵衛 | わからないかい? つまり、おかしな稽古をするってぇとだな、お花のお腹が、ポコランポコラン、ポンポコランと、前にせり出してくるんだな |
第二の男 | はあ、腸満かなんかなるんですか? |
幸兵衛 | 腸満じゃないよ、早くに子供をこさえといて、分からないかい、お前さんも...つまり、お花はお前のせがれのタネを宿すようになるんだよ。まあ、仕方ない。お前ンとこのせがれ、古着屋に養子にやっちまえ! |
第二の男 | いゃ、それは困りますよ。養子にっておっしゃったって、うちは独り息子ですから、他家へ養子に出すわけには参りません。だいいち、あたしゃまだここへ越して参りませんが |
幸兵衛 | だから、越してきたら、ということを言ってるんだよ。ええ、困るじゃないか。お前ンところは養子にやれない。古着屋だって一人娘だ、嫁に出せないってぇことになったらどうするんだ。え? 「双方物別れでしょ」? そういう薄情なことを言うから、若いもの同士ヤケを起こす。「とてもこの世では添えない。蓮の台の新所帯」ってぇことで、これが心中てぇことになるんじゃないか。本物はまだみたことがないが、芝居でならみたことがある。じゃぁ、その話をしよう。 |
第二の男 | じゃ、そのお話はまたの機会ということで、わたくし、ちょっとよるところがございますので... |
幸兵衛 | 帰さないよ。この話のケリがつかないうちは。いいかい? 幕があくってぇと正面に浅黄の幕が吊ってある。チョーンという木の音でこの幕がバラリ振り落ちる。舞台一面土手だな。いいかい、揚幕をチョリッと鳴らす。置き浄瑠璃が済むてぇと出てくるのがお花だ。花道の七三で何かに躓いて倒れる。身重だからチョイト起き上がれない。二度目に出てくるのがお前ンところのせがれだ。自分の惚れている女が倒れているから助けると思いのほか、ヒョイと飛び越えると、ここでせりふになる。だいいち、なりが気に入らないよ、お前ンとこのせがれは。男のくせに、手の先から足のつま先まで真っ白に塗っちまって、粉屋に入った泥棒みたいなかっこうしやがって、黒羽二重に五つところの紋付、白けんじょうの帯を締めて、さめ鞘の大刀を腰ンところにぶち込んで出てくる。お前ンところにさめ鞘の大刀あるかい? |
第二の男 | そういう物騒なものはありません |
幸兵衛 | 何かないかい? |
第二の男 | 払い下げのサーベルならあります |
幸兵衛 | サーベル!? 心中にゃ不向きだな。まあ、ないのならしょうがねぇ。鎖をとってそれをぶち込んで、お花を飛び越してこれからせりふになる。変な声を出すぞ、お前ンところのせがれは。みょうに汚く片付けたくずやの大掃除みたいな声を出すんだ。 そこに 大丈夫だ、婆さん...みてみろ、お前ンところのせがれが妙な声を出すから、婆さんがびっくりして駆け出しちまったじゃねぇか。いいか、 そこにいるのはお花じゃないか!? そういうお前は... お前ンとこのせがれはなんて名前だよ...えっ? 鷲塚与太八郎?? それはなんてぇ心中に不向きな名前だよ、ええ? 心中しようってぇなら徳三郎とか才三郎とか、それらしい名前がいくらでもあるだろうに...わしづかよたはちろう!!?...しゃぁねぇ、そういう名前ならそれでやってやるよ。本釣がコンと鳴る。 今鳴る鐘は七つの鐘。七つの鐘を六つ聞いて、残る一つは未来へ土産。お花、覚悟はよいか、南無阿弥陀仏... とくりゃぁ本寸法だが、婆さん、古着屋の宗旨はなんだい? 念仏だろうね、え? 真言宗? こりゃ心中にゃ不向きだねぇ。いや、真言宗はありがたいご宗旨ですよ。お大師様が開かれたありがたいご宗旨だ。しかし、ものには向き不向きてぇものがあるよ。心中には不向きだねぇ、宗旨が陽気すぎるんだよ。ま、しょうがない。真言だッてぇなら、それでやろうじゃないか。 そこにいるのはお花じゃないか。お前は鷲塚与太八っつぁん...うわぁ...今鳴る鐘は七つの鐘。七つの鐘を六つ聞いて、残る一つは未来へ土産。お花、覚悟はよいか、オン アボキャベイロシャノウ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウン!...こんなんで心中になるか!? だめだ、だめだ! お前さんみたいなものにゃぁとてもあの店は貸せない! |
仕立て屋さんは泡を食って帰ってしまいます。代わって入って参りましたのが、腹掛け半纏股引、半纏を荒縄で結んで、頭なんざまるで大砲の筒払いみてぇな頭をしてる。これが足でもって戸をガラリと開けますと、
第三の男 | やい、こんちくしょう! 大家の幸兵衛ってぇのはおめぇか!!!! |
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幸兵衛 | ひぇ、すごい人が来たねぇ。はい、幸兵衛は私ですが |
第三の男 | おう! 表通りの二間半間口の小汚ねぇ長屋、借りてやるからありがたく思え! もうどんどん荷物運んでるぞ!! この野郎、店賃取りやがるってぇと踏み潰すぞ!! |
幸兵衛 | 乱暴な人が来たねぇ。荷物運んでるんですか |
第三の男 | 運んでるんでぇ!!! |
幸兵衛 | あなたのご家族は |
第三の男 | おれンとこは山の神に道六神に河童だ! |
幸兵衛 | 化け物屋敷だねぇ。して、山ノ神様は? |
第三の男 | おれんとこのカカァだ |
幸兵衛 | 道六神様は? |
第三の男 | くたばり損ないのババァだ |
幸兵衛 | で、お河童様は |
第三の男 | 洟垂れのガキだ |
幸兵衛 | で、あなた様のご商売は |
第三の男 | 先祖代々、鉄砲鍛冶だ |
幸兵衛 | あぁ、どうりてポンポンおっしゃる |
引用元:「東西落語特選」
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/
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