小泉八雲『死骸に乗る者』|奇談集 全16話 – 全話無料

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小泉八雲『死骸に乗る者』|奇談集 全16話 - 全話無料
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死骸に乗る者

 

体は氷のように冷たく心臓は長らく鼓動を終えていたが、他の死を示す兆候はまだ無かった。女の埋葬の話さえ誰もしなかった。離縁された悲しみと怒りで死んだ。埋葬するのは無駄であろう──死に行く者の復讐に対する最後の望みは滅びず、どんな墓石でも粉々に吹き飛ばし、最も重い墓場の石でも割れるからだ。横たわる家の近くに住む者達は、家庭から逃げ出した。離縁した男の帰りを待っているだけなのは皆が知っていた。
彼女が死を迎えた時、男は旅の途上にあった。戻ってから、何が起こったのかを聞いて恐怖の虜となった。「暗くなる前に助けが見つからねば」自分自身を思った「八つ裂きにされるだろう。」まだたつこくではあるが、無駄にする時間は無いと分かった。
ただちに陰陽師いんようしの元へ行き救いを求めた。陰陽師は死んだ女の話を知っていて、死体も見ていた。嘆願する者に言った──「大変大きな危険が迫っています。救えるように努力はします。しかし、何でも言う通りにすると約束しなくてはなりません。ひとつだけ、助かる方法が有ります。それは恐ろしいやり方です。勇気を出して挑まなくては、手から脚から引き千切られるでしょう。もし勇気が持てるなら、夕方の日が落ちる前に、再び私の元へ来て下さい。」男は身震いしたが、必用なことは何でもすると約束した。

日が落ちると陰陽師は死体が横たわる家へ連れて行った。陰陽師は引き戸を押し開けると、依頼人に入るよう言った。周辺あたりは急速に暗くなっていた。「そんな勇気は無い」男はあえぎ、頭から足まで全身で震えた──「見るのも恐ろしい。」「見る以上のことをしてもらう必要が有ります。」陰陽師は宣言し──「それに、従うと約束したでしょう、入りなさい。」震える男を強引に家の中の死体の横まで連れて行った。

死んだ女はうつ伏せで横たわっていた。「まず彼女の上にまたがりなさい」陰陽師は言う「そして馬に乗るようにしっかり背中へ座りなさい……来て──やるのです。」陰陽師が支えなくてはならないほど男は震えた──恐ろしさに震えながらも従った。「では、両手で髪を持ちなさい、」陰陽師が命令した──「半分を右手に、もう半分は左手で……そう……それを手綱のように握るのです。手に巻きつけて──両手に──しっかりと。そのやり方です……聞いて下さい。あなたは、そのまま朝まで居なくてはなりません。夜には恐ろしいことが起きるでしょう──きっとたくさん。けれど、何があっても決して髪を離してはなりません。もし離せば──ほんの一瞬であっても──肉のかたまりにされます。」
陰陽師は死体の耳に奇妙な言葉をささやいてから、乗る者に言った……「さて、理由わけあって彼女とあなたを共に残して立ち去らなくてはなりません……そのままあなたは残って下さい……とりわけ髪を離してはならないと、覚えておいて下さい。」そして出て行き──背後の戸を閉めた。

何時間も何時間も暗い恐れの中、男は死骸の上に座っていた──そして周辺あたりを夜の静けさが深く深く増していくと、それを破るために叫んだ。いきなり振り落とすかのように下から体が跳ね上がり、死んだ女が大声で叫び出した、「おお、何て重いんだろう。だが今すぐあいつをここに連れて来てやろう。」それから高く上がり、戸口まで跳び、乱暴に開けて──ずっと男の重みを支えたまま──夜の闇へ突進した。だが男は両目を閉じて凄まじい恐怖に怯えながらも、うめくことさえできず──固く固く──長い髪を両手に巻き続けた。どれだけ遠くへ来たのか全く分からなかった。何も見えず、暗闇に──ぴちゃぴちゃ、ぴちゃぴちゃ──裸足の足音と走るたびにシューシュー鳴る息遣いが聞こえるだけであった。
しまいに彼女は引き返し、家の中へ走って戻り、最初と同じように、きっちりと床へ横になった。雄鶏が鳴き始めるまで男の下で喘ぎもがき続けた。その後は横になったまま動かなくなった。
しかし男は歯をガチガチ言わせて、日が昇り陰陽師が来るまでの間、彼女の上に座り続けた。「そうやって髪を離さなかったのですね。」──よく確めてから陰陽師は大いに喜んだ。「それで良いのです……もう立ち上がれますよ。」再び死骸の耳に囁くと男に言った──「恐ろしい夜をやり過ごさなくてはなりませんでしたが、他の方法では助けられなかったのです。これから先、復讐の心配をする必用は有りません。」
* * *
この話の結末が倫理的に十分とは思わない。死骸に乗る者が発狂したとか、男の髪が真っ白に変わったとは記録されていない。ただ「男は涙を浮かべて陰陽師を拝んだ」と語られているに過ぎない。詳細を説明する追加の書き込みも同様に期待外れだ。「こう知らされた」日本の筆者は言う、「〔死骸に乗った〕男の孫はまだ存命であり、陰陽師の孫もまさしくこの時代に大宿直村おとくのいむら〔たぶん、おとのいむらと発音するのだろう〕で暮らしている。」
この村の名前は今日こんにちどんな台帳にも見当たらない。この話が書かれて以来、多くの町や村の名前が変わったからだ。

 

出典:© 「プロジェクト杉田玄白」正式参加作品

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