はてなの茶碗
最近、アンティークブームとかいいまして、古いものがもてはやされておりますが、ものの値打ちてなものはどないして決まるんですかな? 骨董品にしても美術品にしても、値段というものはいったいどうやって決まるんか、いまひとつようわからんところがございます。
色、形、模様から釉薬(うわぐすり)の具合まで見たところまったく同じ壷がふたつ並んでおりまして、値札が、大きい方が二十万円、小さい方に四十万円としてございます。
◯なんで、こないに値が違いまんねん?
●な、何が?
◯いや、なんでこれが二十万でそっちが四十万でんねん?
●そら、これは四十万の値打ちがあるし、そっちは二十万の値打ちしか無い、ちゅうことでんな
◯やって、どう見てもおんなじでんがな。色も模様も形も、上薬の具合も...そんで、なんで大きい方が二十万で、小さい方が四十万でんねん
●あんたなぁ、ヤキイモ買うてんのと違うんやで、こんなもん、グラムなんぼの量り売りやあろまいし、大きいから高い、小さいから安い、そんなもんやないんや。目の開いてない素人目には違いはわからんでも、これには四十万の値打ちがあり、こっちのには二十万の値打ちしか無い、ちゅうことやな。美術品・骨董品ちゅうような世界は、ま、そういうもんだす
まあ、じっくりと心を落ち着けて、このふたつの壷を見比べてみなはれ。そしたら違いっちゅうもんが見えてくるもんでおます
◯はぁ...じっくりとね...
(じーーーーーーーーーーーーーーー)
ほんに...なるほど...四十万でんなぁ、こっちはなるほどよう見るとどことなし品がある。こっちは大きい分どことなしに間延びしてますなぁ、いやぁ、やっぱりこの辺が値に現れてますのやなぁ
てなこと、言うてたら、係員が飛んできまして
▼すんまへん、値ふだが入れ替わってました!
ま、世の中こんなもんやと思いますわ。物の値打ちちゅうようなもんはいまいち、よう分からんところがございます。
さて、京都の清水寺に音羽の滝という小さな滝がございます。那智の滝、華厳の滝というような大きな滝とは違いますが、これはこれでまた風情のある滝でございます。
この音羽の滝の前に茶店がございます。そこに腰を下ろしてお茶を飲んではるお方がある。年の頃は五十を少し出たところ、結城の紬に身を包みまして、どっからみても大店の主というようなお方、お茶を飲んでたんですが、飲んだあとの茶碗を不思議そうな顔をして中を覗き込んだり、ひっくり返したり、日に透かしたりしてしきりに首ひねっておりましたが、
はてな?
と言うとそこへ茶代を置いて、出ていった。
その脇で同じように茶を飲んでおりましたのが、電灯の無かった時代ですな、行灯(あんどん)に入れる油、菜種油を担いで売り歩く商売、担ぎの油屋さんですな。
油売り | おやっさん |
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茶店の主 | なんじゃな、油屋さん |
油売り | ぼちぼちでかけるわ |
茶店の主 | ま、もうちょっと休んでいきなさったらどないじゃ |
油売り | いやいや、わいらこんなとこで油売っててもなんの儲けにもなれへん。出て行て油売って歩かな何にもならん |
茶店の主 | ほっほっ、こらうまいこと言うのう。まあまあしっかりお稼ぎ |
油売り | ちょっと頼みがあるんやが...いや、天秤棒担いで街を歩いてたら喉が渇くが。得意先でお茶をいっぱい、ちゅうたら飲ましてはもらえるけども、わしの手はこの通り油だらけや。茶碗をちょっと持っただけでも油がつくやろ? 水で洗うたくらいではとれへんがな。よそさんのきれいな茶碗を持つのは気がねな。自分の湯呑みを持って歩いてたら水でも茶でも、遠慮なしにもらえる。あんたとこぎょうさんあるやろ。悪いんでええさかいに、ひとつ、安うに分けてぇな |
茶店の主 | なんやと思うたら、そんなことかいな。いやいや、売るなんてとんでもない。上げるがな。いつも来てくれてはんねんや。うちや毎日のように壊れ物も出んねんや。ああ、どれでも好きなのを持っておいきなはれ。 |
油売り | ただでくれるの! そらすまんなぁ。ほんなら、これもろうて行くわ |
茶店の主 | あ、ちょっとちょっと...それは置いといて。 こっちの籠のをどれでも持っていきなはれ。 |
油売り | おんなじこっちゃ |
茶店の主 | おんなじでも、それはあかんねん |
油売り | なんで |
茶店の主 | なんでて...ちょっとそれ、そこへ置き。そこへ... まぁええわ。話しをしよう。おまはんは知ろまいがな、今ここに腰を掛けて茶を飲んではったお人、あのお人はこの京都一と言われる茶道具屋の主で茶道具屋の金兵衛、人呼んで「茶金さん」ちゅうお人や。京一番の茶道具屋ちゅうことは日本一の茶道具屋や。その茶金さんが、何が気に入ったんか知らんが、さいぜんからその湯呑みを眺め透かし、せんど首ひねって「はてな?」ちゅうて置いていったんや。ひょっとしたら千両くらいの値打ちもんかも知れん。やから上げられん、こっちの籠のやったらなんぼでも上げるさかいに、それは置いといて、ていいますのや。 |
油売り | ... チッ ... 知ってたんかい...いやな、わしも茶金さんがこれ、えらいひねくり回してたさかい、ひょっとしたらどえらい値打ちもんかも知れんと思うてな、うまいこと言うて持ってったれと... |
茶店の主 | わ、悪いやっちゃなぁ、あかんでそんなもん |
油売り | ばれたらしゃぁない。改めて頼む、ここに金が二両 ?! ある。小判二枚、これでこの茶碗売ってくれ); |
茶店の主 | せっかくやけどな、この茶碗は二両てな金ではよう売らん。ひとつ間違うたら五百両になるや千両になるやわからん。二両や三両では手放せん |
油売り | そんなこと言いないな、おまはんかて今日茶金さんがこなんだら、明日にはこの茶碗割ってしもうたかも知れへんねんで、こんな安茶碗が二両なら十分やないか...もっとあったらあるだけ出すがな、身代限り出して頼んでんねやないかいな...わしが先に声かけたんやないか... |
茶店の主 | まあ、そやけどな、わしもこれは運試しや。これが丁と出るか半と出るか。この茶碗はちょっととっておきたい。これが千両になるか、一文にもならんか、わからんが、今日のところは諦めて |
油売り | そんな片意地なこと... ど、どうしてもあかんの... どうしても... ああ、そうか。わかったわい! 諦める。諦めるけどな、おやっさんにも儲けささへんねん。この茶碗、ここに叩き付けて割ってしもたろ! |
茶店の主 | そ、そんな無茶しな! |
油売り | 無茶は承知や。人がこんだけ頼んでんのに欲深いこと言いやがって。なに、訴える? ああ、訴えぃ! わしの手はこの通り油だらけや、するっと手が滑りました、粗相でこざいます、ちゅうたらなんぼでも言い訳は立つ。さ、どないや、売るか、割るか! ふたつに一つや! |
茶店の主 | そんな無茶な...お前、ひとつ間違うたら千両につこか、ちゅう品物やで、それを小判二枚で...わ、分かった、分かったから茶碗振り回しな! ホンマに割られてしまうわ...元も子もないで... 分かった! おまはんに二両で売る! おまはんにはかなわんわ。 もし儲かったら菓子折りの一つも持って挨拶にこなあかんで! |
油売り | 分かってるわい、わしゃそんなけちな男やないで! この茶碗で儲けたら必ずここに挨拶に来る。ほな、この茶碗、確かに買うたで! |
乱暴な男もあったもので、脅すようにして茶碗を手に入れますと、どっから手に入れましたか立派な桐の箱にこの茶碗を入れまして、鬱金 (鬱金(うこん):東南アジア原産のショウガ科多年草。この根茎から取った色素は鮮黄色で薬用・染色用になる) の風呂敷きに包みまして、自分も身なりを整えまして、小間物屋の手代 (昔の商家の階級は、上から主、番頭、手代、丁稚であった。手代は係長・課長クラス) とでも言うような格好になりまして、茶金さんの茶道具屋へやってまいりました。
油売り | ええ、ちょっとお邪魔いたします。ご主人さん、茶金さんに見ていただきたいものがあって参ったんでございますがな |
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番頭 | へぇ、へぇ、なんどすかいな...ただいま主はちょっと手の離せん用をいたしておりますが、番頭の私でよろしければ代わって拝見をいたしますが |
油売り | あぁ...それちょっと困る あんた、ここのご番頭さん、はぁーっ、これだけのお店のご番頭さんなら、立派な商人や。けどな、この茶碗だけは茶金さんでないとわからんと思う。他の人がみたら「あ、安物や」てなもんや。茶金さんに見せたら五百両、千両に値をつけてくれはんねん |
番頭 | いや、どのようなお品でも一応は店を預かります番頭がまず拝見をいたしまして、目が届かん節に主に |
油売り | ああ、そうか...店の決まりやちゅうねやったら仕方がない、けどな、あんたこの品見て笑うたらあかんで |
番頭 | いや、笑いやいたしません |
油売り | いやいや、笑うかも知れん。笑いやがったらボーンとどつくさかい |
番頭 | ま、こちらへ...ちょっと拝見... あ、なかなかええ風呂敷きどんなぁ。更紗もこの辺になるとまことに結構で |
油売り | 風呂敷きはええさかいに、中身誉めて |
番頭 | ま、そう気ぃ短うせんと...ほな拝見いたします。 ... この茶碗どすな...お間違えおへんな? まことにあいすまんことどすけど、うちの店ではちょっと目が届きかねますので、どうぞよそさんへ |
油売り | せやさかいにはじめからおまはんではわからん言うたやろ! 茶金さんならこの茶碗見て五百両、千両と値打ち見てくれんねや! |
番頭 | いや、これは主に見せても同じことどしてな...いや、それほどおっしゃるのなら申し上げますが、こらなんぞのお間違えとちゃいますかなぁ...清水焼きの中でも一番安手の数茶碗。たかだか八文とか十文とかいう品で、いったいどこを押して五百両の、千両のと...いや、わたしも商売人ですがな...ククッ...そんな無茶な...ハハッ...(ゴチン!)あいたっ! あんさん、何しなはんねん! |
油売り | 笑たらどつくて最初から言うてるがな! ゴチャゴチャ言わんと茶金さん出したらええねん! |
茶金 | 店が騒がしいが、どうしました? |
油売り | 茶金さん、あんたに見てもらおうと思うて持って来た品物をこのクソ番頭がハナの先でせせら笑うたりしやがるさかい! |
茶金 | 人様の品物を見て笑うと言うことがありますか、それでは道具屋は勤まりしまへん...あんさんもあんさんだす。手を上げることはあれへん。わたくしが拝見いたしましょう...こちらへ |
油売り | 頼んます、あんたに見てもろうたら千人力や、五百両、千両ちゅう品物やさかい、ように気ぃ入れて見ておくなはれや |
茶金 | えぇ? 茶碗どすかいな。拝見をいたします... .......... ちょいちょいあんたのような人がおこしになる。なんの値打ちもないものを持って来て、五百両の千両のと...こちらが粗相で傷でも付けようものならそれに因縁をつけ金子をゆすり取ろうと...いやいや、あんさんがそうやと言うわけやない。わけやないけれども、そう思われても仕方ない。なるほど番頭が笑うたのも無理はない。清水焼きでも一番安手の数茶碗。どこにでも転がってる品物をどう間違えて五百両の千両のとおっしゃるのか? |
油売り | そんな、あんたな、箱から出しもせんとそんなこと言いないな、もっとちゃんと手に取って裏返したり透かしたりしてよーに見てぇな! ほんまに、ほんまに値打ち無いの? ほんまにそれ、ただの安物かい? こら、おまはんくらいの人間になったら、世間みな知ってんねや、どこで迷惑する人間がおるか分からんのじゃ! ややこしい茶の飲みようさらすな! ボケェッ! |
茶金 | や、ややこしい茶の飲みようぅ?? な、なんどす、それは... |
油売り | 四、五日前、あんた、清水さんの滝の前の茶店でこの茶碗で茶、飲んでたやろ! |
茶金 | あぁ、そうか、どこかで見たお顔のお人やと思うてたが...あぁ、あんた、わたしの側でお茶飲んではった...ああ、確か、油屋さん? |
油売り | 「油屋さん」やないで! なんでも無い茶碗ならただ茶飲んで、そのままスッと出ていったらええやないか、裏返したり、日に透かしたり覗き込んだり、せんど首ひねって「はてな」ちゅうて出て行った、こら掘り出しもんに違いないと思うさかいに、茶店の親父とケンカまでして、二両の銭を... お、おまはんらなぁ、二両や三両の金、何とも思わんかもしれんけどな、荷担いで油売って歩いて二両貯めよ思たら並みやたいていや無いで、食うもんも食わんと三年間汗水垂らしてやっとの思いで貯めた二両、放り出して買うて来た、これがその茶碗や! なんでも無い茶碗なら、なんであんな飲みようしやがった! |
茶金 | はぁ、これがあの時の茶碗どしたか...わたしな、あの時お茶いただいてるとな、茶がぽたぽたと漏りますのじゃ。おかしいなぁ、と見てみましたが、ヒビも傷も無い、上薬にもなんの障りも無い茶碗の茶が漏る、不思議なこともあるものじゃなぁ...はてな...と言うて置いて帰った... |
油売り | そんなあほな...ほんならこれキズもんかいなぁ! そんな殺生な...えらいことしたなぁ... まあ、茶金さん、聞いておくんなはれ...わたいは大阪の人間だ。ちょっと極道が過ぎて親父に勘当されて京へ出てきた。ぶらぶらしててもしょうがないさかい荷担いで油売って歩いてるけども、こんなことしててもうだつがあがらん、ぼちぼち親父も寄る年波や、大阪帰って顔見せてやりたい、けどもまとまったもん持たな、敷居が高うていなれへんがな。油を売ってやっと貯めた小判二枚、なんぞひと山当てるようなこと無いかいな、何ぞ一発勝負、と思うて探し歩いてる最中にあんたがこれひねくり回してるところ見て、これは! と... まあ、しゃあない! 博打張って、目が出んかったんや、諦めなしゃぁないわなぁ... そんなんでっさかい、えらい荒い言葉かけて、許しておくんなはれや、番頭さん、さっき頭に手ぇかけてすまんこってした、どなたさんもお騒がせしました、すんまへん、ごめんなさい、さいならっ! |
茶金 | ちょ、ちょっとお待ち! まあまあまあ、もういっぺんお座り あんた大阪のお方... ああ、そうどっしゃろうなぁ。京の人間にはとてもそんな真似はできんわ。たったそれだけの思惑で、失礼ながらあんさんには二両と言えば大金やろう、それを放り出しなさった。言わば「茶金」と言う名前を買うてもろうたようなもの。あんさんに損させてはこのわたしの気が済まん。その茶碗、わたしが買いましょう |
油売り | えぇっ、千両で!? |
茶金 | いや、千両ではよう買わん。元値の二両、そこへもう一枚付けさせてもらいます。これはまあ、ここまでの足代、箱代、風呂敷き代でおます。あんたなぁ、一山あてようてな考え起こしたらあきまへん。地道にお稼ぎやす。それに勝るものはない。永年年期をいれた商売人連中が損をするのがこの道や。親御さんもあんさんが憎うて勘当なさったわけやおへんやろう。あんたが三年間、肩へ天秤あてごうて一生懸命汗水垂らした、それがなによりの孝行や。地道にお稼ぎやす。この金持って一日も早う、親御さんのところへ戻っておあげなされ |
油売り | いやぁ、そ、そんなんもらうわけにはいかんがな! わたいが勝手に思惑したんやがな、これが当たったらわたいがもうけんねや、それが外れたから、てあんたに金出してもらうやなんて、そら、スジが通らんがな...そ、そんな訳の分からん...そら...あつかましい...そら...へぇ... そうでっかぁ? あんさんがそこまでおっしゃるのなら、このお金いただきます! ほんまは明日の油の仕入れ代も無い始末で、往生しとりました。ほんなら、これ、ようもらわん、ようもらわんが、ある時払いの催促なし、ちゅうことでご厄介になっときます、お借りいたします。すんまへん...で、この茶碗はお納めを |
茶金 | そんなもん、いらへんがな |
油売り | いや、百貫のかたに編み笠一つ、ちゅう言葉もございますがな、まあまあ、これくらいなと取っていただかんとわたいの気が済まん、ほんまにみなさんお騒がせしました、どうも! |
と、逃げるように帰っていきました
茶金さんほどの商人になりますと、ずいぶんといろいろなところへ出入りをなさいます。関白鷹司公のお屋敷へお邪魔をしたおりに、「茶金、このごろ世情になんぞ面白い話しはないか?」とお尋ねになる。「最近、かようなことがございました」とお話をいたしましたところ「それは面白い、麻呂も一度その茶碗が見たい」茶金さん、さっそく人を走らせ茶碗をお屋敷に取り寄せます。関白さんが水を注ぐと、なるほどぽたりぽたりと漏る。いくら調べてもキズもヒビも無い。
はてな、面白い茶碗じゃ、と関白さん、短冊を取上げますと、さらさらと一首の歌
清水の音羽の滝の音してや茶碗もひびにもりの下露
さて、お公家さん方の間でこの茶碗がえらい評判になりまして、とうとう時の帝のお耳にこの噂が入りました。
麻呂もその茶碗が見たい
さぁ、えらいことでございます。茶金さん、精進潔斎して御所へ茶碗を持参いたします。帝の前でも茶碗は茶碗、水を注ぎますとぽたぽたと漏る。覗いても透かしてもキズは無い。面白い茶碗である、と筆をお取りになって、箱の蓋に「葉手奈」と...箱書きが座った...
時の帝の箱書きのある茶碗...どえらい値打ちものになって茶金さんのところへ戻って参りました。
大阪の金満家鴻池善衛門がその話しを聞きつけた。
「茶金さん、その茶碗、千両で売ってくれんかい」
「いや、貴いお方のお筆の染まりましたもの、お売りするというわけには」
「そんなこと言わんと、頼むさかい...その茶碗で茶会がやりたいんじゃ、ほんなら、こうしよ、わし、その茶碗抵当に取って、おまはんに千両貸すさかい、茶金さん、わしから借金して...ほんで早う流して」
とややこしい話しですが、結局のところ千両で売れた。これをあの油屋に知らせてやったらどんなに喜ぶやろ、と待っておりますが、油屋の方は決まりが悪いもんですさかい、近所を通るのを避けております。ところがある日、たまたま通りを歩いておりました丁稚がこれを見つけました。
丁稚 | だんなさん |
---|---|
茶金 | なんやぃな? |
丁稚 | こないだの油屋さんが、通りを歩いてましたで |
茶金 | こないだの油屋、みつけたんか! お前、すぐ行ってつれておいで、早う捕まえておいで、早う、早う! |
油売り | お、おい、何すんねん、油がこぼれるがな...ナニ? 茶金さんとこの子供さん!? 茶金さんが呼んでる? わぁぁっ、もう堪忍して、もう合わす顔が無いねんから...あかん、あかんて! 引っ張りないな、引っ張ったらあかんて! あかん... あぁぁっ、茶金さん、こないだの三両、返せちゅうたってもう無いで! |
茶金 | いや、そんな話しで来てもろうたんやおへん、実はな、あの時の茶碗が千両で売れました |
油売り | ...ぐっ...せ...そういうやっちゃ、おのれはぁ! 京の人間えげつないさかいに油断すな、て聞いてはおったが...三両で仕入れて千両で売るやなんて、そらあんまり口銭(手数料)の取り方が酷いやないか! |
茶金 | いや、そうやないがな |
油売り | ほんならなんやちゅうねん... へぇ、へぇ... あの茶碗が... 関白さんの... 帝に!? |
茶金 | ついては、わしはこの金一文も懐に入れる気は無いで。元はといえばあんさんがあんなもん持ち込んできたさかいに起こったことや。とりあえず半分の五百両、これをあんさんに差し上げよう。こんだけあったらあんた大きな顔して大阪へ帰れるやろ? それから残った五百両。このごろこの京の街にずいぶんと暮らし向きに困った方があるそうな。わたしはこの金でできるだけ施しをしていきたい。それからちょっとだけお金を残しておいて、家族親戚、知人を招いてお祝いの宴を持ちたいと、こう思うとりますのじゃ。 ま、とにかくこの五百両、とって |
油売り | なにをおっしゃいます! わたいとあの茶碗とは、あの三両もろうたところで縁が切れてまんねん。あれがこうなったのはすべて茶金さんの人徳のおかげ。わたいが半分もらうてなこと、そんな筋の通らんがな...そんな...五百てな金...厚かましい...そ...そんな... そうでっか? ほんならこの中からこないだの三両引いて |
茶金 | 三両てな金、気にしな |
油売り | いやいや、あっ、あんたご番頭さん、この五両とって、あんたのあたまどついたの、気になってたんや、それからあんた、子供しさん、よーぅわいを見つけてくれた、あんたも五両、受け取って、それから店の皆さん、小判一枚ずつ取って、ほら、あんたも、ほら、女子しさんも! |
茶金 | こらこらこら、そんな小判ばらまきないな、大事にせなあかんで! |
油売り | 大丈夫でおます! これから清水さんへ行て、あの茶店の親父を喜ばせて参ります!! |
ああ、ええことをした...これであの油屋も、晴れて大阪の親元へ帰れるやろう...茶金さんが内心喜んでおりました、ある日のこと。表でなにやら大勢が「わっせ、わっせ」とそれは祭りのような騒ぎ。どうしたことかと見ますと、数人の若い男が揃いの法被と鉢巻きで、なにやら担いでやって参ります。その先頭で羽織り袴で扇子を振って音頭を取っておりますのがこないだの油屋。
茶金 | 何をしてんねん、油屋、とうに大阪に帰ったと思うてたで! |
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油売り | ああ、茶金さん、十万八千両の大もうけや! |
茶金 | 十万八千両!? なんじゃ、そら |
油売り | 見てくれ! 水ガメの漏るやつ、みつけたんや! |
引用元:「東西落語特選」
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/
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