道灌 – どうかん
えぇ、毎度ばかばかしいお笑いをお付き合い願います。落語と申しますものはもともとは小噺ってぇまして、短い笑い話みたいなものがだんだんと長い噺になったんですな。小噺ってぇますと、つまり洒落、地口ですな。これがだんだんとふくらんでくると面白くなって参ります。
1 | なんですね、このォ、地口てえのは洒落のうちでしょうね? |
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ご隠居 | まあ、そうだな |
1 | なんか、隠居さんのほうに地口のようなおもしろい洒落がありますかねえ |
ご隠居 | そうさな。うん、う-、山ィタコが寝ているなんてのほどうだな |
1 | え-、それはなんです? |
ご隠居 | タコネヤマ(箱板山)てンだ |
1 | あぁ、なるほどタコネヤマねえ、うん。じやァ、あっしもやってみましょう。ゴミ取りに目玉がくっついているてえのは、どうですね? |
ご隠居 | ほう、なんだい、そりやァ? |
1 | ゴミトリマナコ(のみ取り眼)って... |
ご隠居 | ほほォ、ノミトリマナコかい |
1 | えぇ、どうです? できのほうは? |
ご隠居 | そらァいいな。じゃァ、こんなのはどうだい? お閻魔さまが舌の先ィ、石を乗っけて持ち上げているなんてのはどうだ? |
1 | そりゃァ、どういうンです? |
ご隠居 | エンマ舌(縁の下)の力持ち...ってな |
1 | あー、なるほどね。ヘッヘッ、面白いですね |
ご隠居 | うん |
1 | 隠居さんなんですか。のべつこんなことやってんですか? |
ご隠居 | まぁ、のべつというほどでもないが、まぁ、暇にあかせてこういうことを好んでやってるな。そうでないと、退屈でしょうがないからな |
男 | うん、そうでしょうね。で、おまえさん隠居っていうけど、どういうわけで隠居なんです? 商売じゃないンでしょうね |
ご隠居 | 隠居なんて商売はないよ。まぁ、いまは隠居をしている |
男 | へぇ、若いときから、ズーッと隠居じゃないの? |
ご隠居 | いや、若いときには、真っ黒になって働いたよ |
男 | ほー、やっぱ、あれですか、煙突掃除かなんかしてたんですかい? |
ご隠居 | そうじゃない。一生懸命になって働くことを、真っ黒くなって働くって云うんだ |
男 | あー、そうですか。えぇ、ところで、そこにある、その絵、それ、なんの絵です? |
ご隠居 | うん、これかい。これは、おまえ、見りゃァわかりそうなものだろう |
男 | えぇ? わかンねえなぁ。なんだか知らねえけども、椎茸の親方みてえな帽子をかぶって、虎の皮の股引きはいて、え、突っ立ってる。前で女が、お辞儀して... こりゃァ、だれなんです? |
ご隠居 | このおかたは太田道灌 (室町中期の武将、歌人。江戸城築城に携わった) 公だ |
男 | ヘェー、あっしゃぁ知ってますよ。八百屋にあるヤツね |
ご隠居 | なんだい? |
男 | 大きなトウガン |
ご隠居 | 大きな冬瓜じゃない。太田道灌だよ |
男 | へえー、何してンです? |
ご隠居 | 道灌公が、あるとき狩りにおでかけになった |
男 | なるほど、苦しいからね、ウン。まあ「晦日までひとつ」ってのを、「お気の毒です」って断わられちゃった。借金に行ったんだね? |
ご隠居 | 借金じゃない。狩りというのはな、猟に行ったンだ |
男 | へえー、リョウにね? ふーん |
ご隠居 | 分かってるのかい? まぁ、山吹の里をお歩きになっていた。まぁ、いまの牛込辺のあたりだな |
男 | ふーん... |
ご隠居 | そのころは、まだいと寂しい時分だな |
男 | うーん、ねえ... |
ご隠居 | すると、そこへにわかの村雨だ |
男 | えー、村雨ね。あいつはね、あっしは最中より好きだよ、ウン。茶ァうまく飲ませるもの |
ご隠居 | おまえさん、何を云ってるんだい。急に降ってくる雨、にわかに降る雨を村雨というんだよ |
男 | あぁ...にわかに降る雨が村雨... |
ご隠居 | そうだよ |
男 | じゃァ、ゆっくり降る雨がワニザメ... |
ご隠居 | ワニザメってえのがあるかよ...さぁ、突然のことで雨具の用意は無い。道灌公がお困りになって、ふと傍らを見るてえと、一軒のあばら屋があった |
男 | ヘェー、そんなとこでもやっぱり売れるもんですかねえ? よくやっていけますね? |
ご隠居 | なんだい? |
男 | 油屋があったって... |
ご隠居 | いや、アブラ屋じゃない、アバラ屋だよ。こわれかかった家のことを荒屋という |
男 | じゃァしっかりしている家を背骨屋と言う... |
ご隠居 | 云やァしないよ。で、道灌公が訪ねると、歳の頃なら十五、六の賤の女(しずのめ)が出た |
男 | あぁ、家が古いから巣を喰ってやがったンだね。スズメが出てきたって? |
ご隠居 | 雀じゃないよ。賤の女だ。いやしい女が出てきたんだ |
男 | ああ、芋をかじりながら? |
ご隠居 | 意地汚い女ってぇわけじゃないよ。身なりの粗末な乙女が出て来たってことだ。 道灌公が、雨具をと所望をすると、顔を赤くして奥へ入り、再び出て来たときには、盆の上へ山吹の枝をのせて、出しながら、「お恥ずかしゅうございます」ってんだ |
男 | えぇ? 盆の上へ山吹の枝? なんだってそんな場違いなモノを出したんで? |
ご隠居 | これは雨具がないから、山吹の技を代わりに出したんだ |
男 | わかんねぇなぁ...雨具がねぇからって山吹の枝なんか出したって、しようがないじゃないか。えぇ、そんなら、なんだ、蓮の葉っぱかなんか出せばいいや。そいつ、かぶって行くってことができらァ。え、山吹の枝じゃ、しようがないじゃないか。雨ェ払いながら歩かなきゃなんない。そんなもの出すやつあるものか。それで「お恥ずかしい」ってんだろ。そりゃぁお恥ずかしいや、お恥ずかしいに違いないよ、ちぇッ! 笑わせやがらァ!! |
ご隠居 | なんだよ、えらい云われようだな。まぁ、それはな、お前さんにわからないのも無理もない。道灌公にもこれがおわかりがなかった。 「余が雨具を所望をするのに、何ゆえあってこの乙女は、山吹の枝を出したのであろうな」 とお考えになっていると、ご家来が、 「おそれながら申しあげます。『七重八重花は咲けども山吹の みの一つだに なきぞ悲しき』という古歌がごぎいますから、それになぞらえて、雨具がないというお断わりでございましょう」 道灌公、それを聞いて、 「あぁ、余は歌道に暗い」 とおっしゃった |
男 | ヘエー、なんです、そのカドウってえのは? |
ご隠居 | 歌道というのほ、歌の道だ |
男 | ああ、歌の道が歌道か |
ご隠居 | そうだ |
男 | じゃァ、水の道が水道だァ |
ご隠居 | 下らないことを云うんじゃないよ。このことがあってからな、道灌公は一心不乱にその道を勉強したな。そして、末は日本一の歌人になった |
男 | へえー、水がねえから、燃えるだけ燃えやがったんだな。日本一の火事になった |
ご隠居 | 火事じゃない。歌人...歌をよむ人のことを、歌人という |
男 | へえー、じゃァ、よまねえ人をボヤという |
ご隠居 | ボヤなんて人があるかよ |
男 | ねぇ、隠居さん、その小娘が云ったそれは、なにかい、要するに雨具がねえという断わりかい? |
ご隠居 | まあそうだ。傘なら傘を借りにきたときに、無いという代わりに、その歌で断わったんだな |
男 | へえー...えぇっと、なんて云いましたっけ? |
ご隠居 | 七重八重、花は咲けども山吹の、みの一つだに、なきぞ悲しき...だ |
男 | へへー、ねえ、そいつをひとつ、書いてくンねえかな、ね |
ご隠居 | どうするんだい? |
男 | どうするったってね、えぇ。いまの村雨みてえなものがザーッと降ってくるってえとね、みんなその、ズプ濡れになりやがって、あっしンとこへ、その道灌になってへぇって来やがってね、傘ァ貸してくれっていいやがんのよ。で、貸してやるってえと、それっきり、持ってったきり返さねえんだ。ことによったら古道具屋に、売っちゃったりするからね |
ご隠居 | おいおい、人のものを借りて、売るやつがあるのかい? |
男 | あるんだよ。お互い様だから.. |
ご隠居 | おい、お前さんも売るのかい? |
男 | だからひとつ、その、なんだっけ、こっちはシズのおんなンなってね、え、「お恥ずかしい」かなんか言ってね、そいで、帰しちゃう。その歌ァひとつ書いてくんねえ |
ご隠居 | あぁ、なるほど |
男 | えー、その代わりなんだよ、仮名で書いてくんなくちゃいけねえや。え、本字じゃだめなんだからね、仮名でだよ。ウン。えー、そいつ見せりゃぁことがすむンだから...道灌除けのお札みてぇなもんで... えー、ちょいと見せてください。なァるほど...へえー、えー、「ななえやえ はなはさけどもやまぶきの みのひとつだに なきぞかなしき」か、ウン。ありがてえ、じゃァ、また来ます |
ご隠居 | まあいいじゃないか、もう少し遊んどいで... |
男 | いや、いけねンだ。ほら、見てご覧なさいな、こう空が薄暗くなってきたでしょ。えぇ、村雨なんぞが来るよ。ね、村雨が来たときに、こっちが道灌になっちゃっちゃ具合がわるいじゃないか。だから急いでうちィ帰ってね、そいでもって、雨具を借りにきたやつがあったら、これを出して、この歌を唱えて追っ払ってやろうって寸法だよ。じゃ、さいならッ ヘヘッ、ありがてぇ、これさえありゃァ... おやっ、ポツリと来たよ。村雨だょ、こりゃいけねぇ、おれが道灌になっちゃしょうがねえからな あー、だんだんだんだん降ってきやがった。うーッと、うわァ、どうだい、ひどい村雨だね、どうも。なんだい、大村雨だ、こりゃァ。 うわーッ、どうでえ、道灌が通るね。え、いろンな道灌が通りやがンな。自転車に乗っかって行く道灌が通るしな、ああァ、子供おぶって駆けだしていく道灌もいらァ。あ、あー、あの道灌、転んじゃったよ。あー、膝ンとこなぜてやがらァ。痛そうな顔してやがンな、あの道灌はなァ。 へへー、あァ、あすこに犬の道灌がいやがらァ。犬の道灌はいけないね。誰かこねぇかなぁ、誰かきやがったら歌の一節もうなって追っ払うんだけどなぁ、待ってるとこねぇもんだなぁ... |
友だち | おっ、おうー、うわーッ、ひどい降りだ。ひどいな |
男 | あ、来やがったな、道灌め。へへッ... おう、降られたのか? |
友だち | うへッ、どうも、驚いたぜ。いやぁ、ちょっと借りものがあって来たんだ |
男 | ほら、始まりやがった。傘だろう? え、傘だろう? |
友だち | 傘? いやァ、傘はおめえ、この天気だから、持ってきてらァ |
男 | 傘持ってるのかい? |
友だち | あぁ、持ってるよ |
男 | この野郎、用心のいい道灌だな、てめえは。うーん、それじゃいってぇ何を借りに来たんだ? |
友だち | なんだってね、えー、これから本所のほうへ用足しに行くンだけどね... |
男 | うん |
友だち | そこがまた足元が悪くってな、帰りが暗くってしょうがないんだょ... |
男 | うん |
友だち | だから、すまないけど、そこに掛かっている提灯貸してくんねえかなぁ |
男 | え? |
友だち | いや、提灯をよォ... |
男 | なにをッ、提灯貸せ? おうっ! なにを言ってやがんでえ。えぇ、提灯貸せってぇ道灌があるかい。ったく、道灌は傘だ! 傘ァ借りに来い! |
友だち | いや、傘は持ってんだよ。だから提灯貸せってんだよ |
男 | そんな用心のいい道灌は、いけねえや |
友だち | おい、訳のわからねぇことを云ってねぇで、貸してくんねえな |
男 | そいじゃ、傘貸してくれってそう云えやい。そう云やァ提灯貸してやるから |
友だち | なんだよ、そりゃぁ。しようがねえなァ、じやァまあいいや。云うよ。「ひとつ、傘貸してくれ」 |
男 | ヘヘ、来やがったな。畜生、てめえがな、てめえが道灌で、おれがシズの女だ。覚悟しやがれ! へへッ、「お恥ずかしい」 |
友だち | なんだよ、気味悪いね。なんか出しやがったな。なんだいこりやァ? |
男 | 読んでみな |
友だち | えぇ? ななへやへ... |
男 | ななへやへ...だってやがらァ。七重八重だよ |
友だち | あ、七重八重か...うん。七重八重、花は咲けども、やまぶしの、みそひとだると、なべとかましき... |
男 | 変な読みをするない |
友だち | 都々逸か? |
男 | 都々逸だってやがらァ、てめえは歌道が暗いな? |
友だち | 角が暗いから、提灯借りにきたんだよ |
引用元:「東西落語特選」
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/
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