たぬさい
今も昔も若いもんに人気がございますのが「博打(ばくち)」でございます。今なら競輪とか競馬、競艇、あるいはパチンコや麻雀でございますな。昔ですとこれがさいころ博打でございました。
テレビとか映画でよく見ますのがさいころをふたつ使います、丁半博打でございますな。へぇ、さいころの目の合計が奇数か偶数か当てる、というものでございました。
これがもっと単純なものになって参りますとさいころがひとつしかございません。例えば「三」の目にお金を張っておく、三がでると何倍かになって返ってくる、あかなんだらそのお金は取られてしまう、全員が外れると親の総取りということになります。これを「ちょぼいち」と呼んだそうでございます...
清八 | な、なんや? まめだや、子だぬきやないかい... なんや、今時分... |
---|---|
たぬき | はい、昼間、危ないところを助けていただきましてありがとうございました |
清八 | おぅ、危なかったなぁ、おまえ、わしが通りかからなんだら今ごろたぬき汁やで。相手が子供やったさかいにあんな銭で赦してくれよったんや...いやいや、礼なんかええさかいに、早よ、家帰って親喜ばしたり |
たぬき | それが、山へ帰りましておとっつぁんにこのことを話しましたらな、「その助けてくれはった方のところへ行て恩返しをしてこい」とこう申しますので |
清八 | 恩返し? 「鶴の恩返し」とか「亀の恩返し」とかは話しでは聞くがなぁ...たぬきの恩返してな、初めてやなぁ |
たぬき | へぇ、おとっつぁんの申しますのには、「恩を受けたら必ず返さなあかん。恩を受けて返すことを知らんようでは...たぬきも人間といっしょや」て... |
清八 | そんな、えげつない言いようしなや... なんやたぬきの方がええように聞こえるなぁ... なになに、どうしても恩返ししてこなんだら、おとっつぁんが穴へ入れてくれよらん? おまえがそこまで言うならなんかしてもらおかぃ。 あのー、よう言うやろが。「きつね、たぬきは化けられる」ちゅうのは、あれはホンマかい? |
たぬき | へぇ、まだ子だぬきですさかい、何でもちゅうわけには参りませんけど、知ってるもんならたいがい化けられます |
清八 | そうか... ほんなら、さいころに化けてみてくれ。さいころに。 いや、わしこう見えても博打打ちやねん。日がな一日「勝負!」てなことやってんねんけどな、どうもここのところ目がつかん、負け続けや。そこでお前がさいころになって、わいが「三やで」ちゅうたら三の目、「六や」ちゅうたら六の目ぇ出してみぃ、これまでの負け、すっくり取り返せるがな。えらいすまんけど、お前さいころに化けてくれ |
たぬき | あのー、さいころ...てどんなものですか? |
清八 | お前、さいころ知らんのかい? 難儀やなぁ、子だぬきやさいかなぁ... あ、そうそう、表通りのおもちゃやの軒に看板代わりに大きいて四角いのがブラ下げてあるやろ。あれに化けてや |
たぬき | あ、あれでおますか。あれならよう知ってますので |
清八 | はは、たぬきでもさすが子供やな。おもちゃ屋の看板ちゅうたら知ってんねやな... なになに、きっかけが要る? 手を叩いてくれ... はぁ、ほんならいくで、ひの、ふの、み(パン!)おぉっ、こらうまいこと化けよったなぁ、今目の前でたぬきがクルッと回って化けよったさかいに、これがたぬきと分かるけどなぁ、知らんやつが見よったらこらどう見てもおもちゃ屋の看板... て、おい、ちょっとでかすぎるで... なに、おもちゃ屋の看板はもっとでかい? そらそうやけど看板そのまんまに化けてどないすんねん、さいころちゅうもんはもっとズッと小さいねや... ほほーっ、小そうなって行きよるからおもろいわなぁ。そうそう、それくらい、て、どこまで縮むねん。もうちょっところ加減ちゅうことを知らなんだらちゃんとした大人とは言えんで...まだ子供やて? 口答えせんでもええ! ...そうそう、これでええ。 はぁ、こらええで。こら誰でも信用してしまうで... な、なんや、なにブツブツ言うてんねん... そう、ころころ転がさんでくれ? 目が回ってしまう? さいころちゅうもんは転がるもんやないかい。転がらんかったら恩返しできへんで。山へ帰れんで。ええか? よし。 ほんなら、たーちゃん、今から転がすさかい、数だして。よっと... ほう、二か。よっしゃ、もう一回。よっと... 二か。よっと... 二か。よっと... 二か。よっと...二か、て、お前、二しか知らんのかい? こらしゃぁないなぁ... よし、たーちゃん、わいの言う通りの数出して。 よっしゃ、今度は六や。六は今のちょぼ三つを縦に二列並べんねん。ええか、よっ、ほほーっ、うまい、うまい。 よっしゃ。これはいけるで。たーちゃん、今から博打行くさかい、わいの言う通りの数出してや! |
- とこの男、たぬきの化けましたさいころを懐に入れまして、なじみの博打場へやってまいりました。
清八 | おう、始まってるか! |
---|---|
男 | アホッ、大きな声出すな、誉められることしてんとちゃうねんで、みな世間はばかってやってんねやないかい、小さい声で入ってこい! 早よそこの戸閉めぇ! |
清八 | ...おう、始まってるか... |
男 | アホか、ほんまに...表で大声出して、内らで小さい声出してどないすんねん、ほんまにやることがスカたんやなぁ。 |
清八 | ちょぼいち? |
男 | やることは決まったるがな |
清八 | いや、実はなちょっと頼みがあんねん。今日、わいに親さして、胴取らして欲しいねん、頼むわ。この通り! |
男 | え? 親? やめとけやめとけ、いやな、今日は胴つかずの日やねん。誰が親してもずーっと負け通しや。それにお前、ここんとこ負けてばっかりやないかい。悪いこと言わんさかい、やめとけて。借りの上塗りになるだけやて |
清八 | いや、そんなこと言わんと、親さして、金やったらドーンと、この懐に入れて来てんねん。ただそのかわりちゅうたらなんやけど、ちょっとええさいころが手に入ったんや。このさいころで親がさしてもらいたい。このサイで親さしてくれへんか? |
男 | なにぃ、おかしなさいころ持って来たんとちゃうやろな |
清八 | そ、そんなおかしなことするかいな、みな知ってる顔やないかい。仲間やないかい。 |
男 | んー、わいひとりやったら別にかまへんねんけどな、友達仲間だけやあれへんで、これだけのお客人がおんねやないか、そういうサイはいっぺん見てみな分からん。検分してみなあかん。ちょっとこっちへ貸してみい... な、なんや、なんやこのサイ、えらいホカホカ温いで... |
清八 | いや、いま胴巻きの中へ入れて来たさかい... |
男 | そうか? なんやこれ、硬いようなやらかいような...よう分からん手触りやな... これ、コツ(骨)か? そうか? んー... いっぺん噛んだろ |
清八 | あかん、あかん、なんちゅう可哀相なこと言うねん、お前、生き物を可愛がろうちゅう気持ちが無いんか? 一寸の虫にも五分の消費税ちゅうやろが!(NHKさんごめんなさい) だいたい噛んだりしたら反撃して来よんで |
男 | な、なんや、気色の悪い... どこに生き物がおんねん、だいたいその「反撃」ちゅうのは何のこっちゃ? おっかしなことぬかすな! ...なにぃ、そうころころころがしたりぃな、目が回る? 何の目が回んねん? |
清八 | い、いや、目が変わる |
男 | 当たり前やないかい、目の変わらんサイがあるかいな。こんなもんは振ってみな分からん。いくで、よっ...な、なんや...あかんで、こんなサイ、なんでて、見てみい、このサイ落ちたとこでピタッと止まりよんで、よっ...見てみい! こんな走らんサイあかんで、こんなん |
清八 | あ、こら打ち合わせがたらなんだなぁ。たーちゃん、不精せんと、ちょっと走って...ええか、ちょっと走って... これでだいじょうぶ! |
男 | なにを言うてんねん、あかんて、走れへんもんは走れへん... お、今度はよぉ走るな... けど、見てみぃ、今度は二が出たらそのまま横滑りしとんで、ちょっとも転がらへんで...なんや、トットットットッて足音みたいなもんが聞こえんか? |
清八 | いや、ちょっと待ってくれ、ほんまになんぎやなぁ... たーちゃん、たーちゃん、ちょっと転がって、...でんぐり返しや、でんぐり返しして... これでだいじょうぶ! |
男 | お前、どうでもええけど、さっかきらさいころに話し掛けてどないしょういうねん。気色の悪い... なんか悪い病、患うてんのとちゃうやろな... え? もう一回て...なんべんやってもあかんで、こんなもん...あ、こんどは転がりよる。こら、わいの投げようがいかんかったんかも知れん。ほぅ、転がりよる、転がってんで、どんどん転がってんで...どこまで行きよんねん! 敷居乗り越えて、表通りへ出て行きよったで!ほんまにどないなってん、ちょっと転がしただけでコロコロコロコロ、ずーっといてしまいよるで... |
清八 | そらお前のやりようが悪いねや、わいがやったらうまいこといくねん。なぁ、頼むわ、そのサイで親さしてぇな |
男 | え、なんでおます? こいつが銭持ってんの珍しいさかい、親さしてやれ... だんな、よろしいのん? かましまへんか、皆さんも? おい、皆さんのお許しがでたで |
清八 | 大きに! ほな、つぼ、ちょっとこっちかして、それからわいのさいころもこっちかして...さ、どーんと張っておくなはれや、取られてもええだけの金はこの懐にたっぷりと用意してまっさかい さー、一番行きまっせ、よっ、ほ、ほ、ほ、ほい、と...さ、どんどん張っておくなはれや...はー、ピンが出て、二と三と、四と五か...六があき目か...ということは六が出たらここの金全部わいのやなぁ。よっしゃ! ちょ、ちょっとまってや...たーちゃん! |
男 | な、なんや? なんや、その「たーちゃん」ちゅうのは? |
清八 | 何でもないわい、黙ってぇ! たーちゃん、まず初めは六やで...ポツポツの一番多いやっちゃ...多いっちゅうても九はいかんで、七ゼロもいかんで、練習したやろ、三が二列に並んで出るの... |
男 | なに言うてんねん、お前、誰に話ししてんねん? |
清八 | こっちの事や、ほっといてんか...たーちゃん、ええか、六やで...六や、六や、六や、六や、そらっ! そら、六、出よった! |
男 | お、ついとんな、まず一番勝ちよったで! |
清八 | 勝つことになってんねやさかいに、さーさー、皆さんごめんなさいよ、この金は全部わいのや。もう今まで負けた分そっくり取り返すんやさかい...へへっ さ、もう一番行きまっせ、よっ...はいっ、さー張って、さー張って... ほぅ、お前、六かい? 出た目を追うちゅうわけやな、すまんけど、柳の下にそうそうどじょうはいてへんで...ほほー、ピン、二、四、五、六か...三があき目やな、三が出たらわいの総取りやな。よっしゃ! たーちゃん! |
男 | また出た! なんや、その「たーちゃん!」ちゅうのは |
清八 | 男が細かいこと気にすな! ちょっとしたまじないや、黙ってぇ! たーちゃん、今度は三や、チョボが三つや、真横に出なや、斜めに出んねんで。ええかー。三や、三や、三や、三や...そらっ!... そら、三、出よった! |
男 | ついとんな、また勝ちよった! |
清八 | 勝つことになってんねん、そらわいの金よこせよこせ! さー、どんどんいくで、よっ...と、さー張って張って ...ふんふんふん、二があき目やな、二が出たらこの金全部わいのやな... |
男 | ちょ、ちょっと待て |
清八 | なんや |
男 | お前、今度からその数言うのやめ |
清八 | ...何でや |
男 | なんで、てそうやないかい、六やで言うたら六が出る、三やで言うたら三が出んねやないかい。験が悪うて かなんわい。 それに博打てなもんはそんな大声で数言いながらするもんやないで、世間はばかって、ひっそりと楽しむもんや。隠微な楽しみや。今度から数言うな |
清八 | へっ、数やなんか言わんでもええわい。たーちゃんとちゃんと打ち合わせしてあんねんやさかい たーちゃん! |
男 | おい、それも何とかならんか? どうもその「たーちゃん」が気色悪い... |
清八 | かまへんがな、このくらいのこと好きにさしといたってくれや... たーちゃん、今度は上向いて目玉やで...目玉、目玉、目玉、目玉...ほぃ... そら、二が出よった!! |
男 | ついとんなぁ!! また総取りや! |
清八 | 勝つことになってんねやさかい、もうこうなったら今日はとことん家財一式全部戴きまっさかい。みなさん帰りはふんどし一本でっせ、わいが舐めた屈辱をあんたらにも分けてあげまっさかい、ひっひっひ...よっと...さー張って...ふんふんふん、今度は五があき目やな。五が出たらわいのもんやな! |
男 | 数は言うな |
清八 | 数なんて言わんでもええねん、ちゃんとたーちゃんと打ち合わせができてんねやさかい...ピンがケツで二が目玉、さー、今に見てさらせよ、五は... ぐ、ぐぉ~はァ... えらいこっちゃ、たーちゃんと五の打ち合わせすんのコロッと忘れてるがな! 目玉二列にケツの穴...こんなこと言うてもわからんわなぁ...たーちゃん、今からわいの言うことよーに聞いてや...真ん中にちょぼが一つあってな、その周りに...こんなん言うてもわからんわなぁ...どないしょ、えらいことになった...みなぎょうさん張ってんのに... グスッ、た~~ちゃん |
男 | 泣いてんのかいな? |
清八 | たーちゃん、梅鉢の紋、知ってるか、あれと同じ数やねん...梅鉢の紋知らん? どないしょ |
男 | こらこら、お前、つぼに顔寄せて、なにブツブツ言うてんねん |
清八 | ほっとけ、こっちゃそれどころやあらへんねん...ほんなら、たーちゃん、天神さんの紋や! 天神さんは知ってるか? 知ってる! よかった。天神さんやで、天神さん、天神さん、天神さん... ほらっ...天神さん、出た |
- つぼをぱっと開けますと、中で衣冠束帯に身を包んだたぬきが冠被って尺持って、天神さんのかっこうして座ってました...
引用元:「東西落語特選」
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/
コメント