上方落語『禁酒番屋』|無料で読むテキスト落語

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禁酒番屋

 

無くて七癖なんてことを申します。酒の上だけでも、いろいろな癖があるそうですな。だいたいおとなしい方が変わるのが多いようですな。陽気な方が陰気になることもあるでしょうが。ばかに助平になったり、笑い出しちゃったりしてね。あるいは泣き上戸なんて人は、泣き出したりなんかしちゃう。「結構な酒です・・グスッ、結構な酒ですよ・・うぅっ、これで後で勘定を取られると思うと・・・」なんて。

一番タチの良くないのが酒乱ともうします。あんな大人しい方、と思う方が、酔うってぇと眼が座ってきちゃってね、手当たり次第喧嘩ぁふっかけて・・・まるきり知らない人でも、とっくり並べてあると、並んでるとっくりが癪に障るってんで、ウェァアアッ!てんで、とっくりなんかひっくり返して、テーブルも倒しちゃって、損害かける、怪我ぁさせる、あとでしゅらん顔しちゃったりなんかして・・・

森安芸守という殿様の御家中で月見の宴という、家中一党、中秋の名月を肴に一杯やろう、と呑んでいるのはいいんですが、家中一党ってえと、若侍から年寄りからみな集まっている。血気にはやる若侍が、威勢よく呑んでるのはいいんですが、ここに酒癖の悪いのがおりまして、「おお、貴殿の腕をためそうではないか!」なんてぇことを言い出して、バラバラッと表へ飛び出しますてぇと、おのおの足場のいいところを選んで、長いやつを引っこ抜くってえと、チャリーンッてんで、切り結んだ。片っ方が腕がいいですから、相手を袈裟懸けに斬るってぇと、血刀をさやへ収める、そのまま御小屋へ帰る、そのまま酒の勢いでぐぉーっと寝てしまった。

 

あくる日になるてぇと、同僚がきて、ゆうべはこれこれ、こういうわけだった、と話しを聞くと、ああ、しまったことをしてしまった!酒の上のこととは言いながら、同僚を手にかけてしまった!ご主君に対して申し訳けないことだ、と腹を切った。これがご主君の耳に入った。

「酒は気違い水である。今後、わが藩中においては、酒を呑んではあいならん! 余も呑まぬから、その方たちも禁酒をいたせ!」
その当初は、シーーーン、と、火が消えたように、酒を召し上がるものがおりません。ところが日が経つうちに、
「酒ったって、まぁ、一杯くらいはいいでしょう、こんな小さなもんですから」
「あぁ、もう一杯・・・」
ってのが、
「湯のみに半分くらい・・・」
「いゃ、もう半分・・・」

半分も四回呑めば二杯呑むことになっちゃう。ヘベレケんなって帰ってくるものがいる。中には大声を発するものがある。

「うェェェーーぃ、たかぁぁぁぃやまからぁぁぁひくいぃぃぃやまぁ見ればぁぁぁ、ひくいぃぃぃぃ山はァァァやっぱりぃぃぃ、低い!」と、

酔ってる本人はさほど気にならないんですが、傍から見れば、酔ってるのがハッキリ分かる。これが重役の耳に入る。ああ、かようなことでは・・・喉元過ぎれば熱さを忘れると言うが、また何か間違いがあってはならんから、これはなんとか手を打たなければ、と内々で重役が集まりまして、重役会議ですな。どうしたら良かろう?結局、小屋の入り口に番屋を立てて、出入りのものを厳しく取り調べたら良かろう、もちろん、酩酊しているものは中へ入れない。持ち物まで取り調べます。誰言うでなく、これが禁酒番屋という名が付きまして

 

酒屋番頭どうも、いらっしゃいまし・・・しばらくでございますなぁ。ごきげんよろしゅうございます。また、このたびは大変なお触れがでまして・・・近藤様もお好きなほうでいらっしゃいますが、このごろではお召し上がりではございませんので?
近藤氏呑まんで・・・呑まんでおられるものか、好きな酒じゃ。しかし、小屋の方で呑むわけには参らん。表の方で呑んで、酔を覚ましてから小屋へ帰るという・・・なんのために酒を呑むのか、とんと分からん
酒屋番頭さようでございますか。私どもの方も、御小屋の方が目当てでございますのに、それがお出入りがかないません。
近藤氏そのうちにお出入りが叶うこともあろう。そうなくてはこの拙者が困る!わっはっはっは、いや、久しぶりで、升の隅からきゅーっと参りたいのだが。一杯注げ・・・一杯注げ
酒屋番頭また手前の方でとんだお咎めが
近藤氏いやいや、これから小屋へ帰ろうというのではない。また酒場へいって呑みなおそうと思っておる。いいから、注げ!早う注げ!

 

五号升になみなみと注がれた酒を、よほどお好きな方とみえまして、端にちょぃと塗った波の花をペロッと舐めるってぇと、一息にぐいぃぃっと

 

酒屋番頭お見事でございますな!息もつきません
近藤氏いゃぁ、夢中で、味も分からんじゃった!もう一杯、注いでもらいたい

 

五号升に二杯、都合一升の酒をぐぃっとあおると、

 

近藤氏うぅーっ、あぁ、ひさしぶりに、よい心持ちになったわ、番頭!近頃に無心じゃがな、その酒を寝酒に用いたいと思うが、夕景までにみどもの小屋へ一升届けてくれ
酒屋番頭と、とんでもございません!商売でゴさいます、一合でもお売りしたい、お届けしたいのでございますが、あの番屋のお調べというものは厳しゅうございまして、どうぞお届けするということは平にご勘弁を
近藤氏水臭いことを申すな!拙者とその方の中ではないか!ウン!?金に糸目はつけん。そこはなんとか、その方の智慧で!頼んだぞ、番頭!
酒屋番頭もし、近藤様!近藤様!・・・よわったねぇ、いや、だめだよ、追っかけたって。酔っ払ってんだから。いい旦那なんだがなぁ、酔うってぇと、無理なことを言う。
番頭さん、いい旦那じゃありまんせか。お届けしたらいい・・・
酒屋番頭お届けしたらいいったって、届けられるもんじゃ・・・
そりゃ、番頭さん、馬鹿ッ正直にとっくりもってあの番屋の前、通れませんよ。ね、どうでしょう、このごろ売り出しました、前町の梅月堂のカステラ・・・いえいえ、あたしゃ食べたことはありませんが、一番おおきな折を買って参りまして、その中のカステラを抜きまして、空いた折の中に五号とっくりを二本、蓋をして水引かけて・・・いや、そこの小僧に心安いのがおりますのでね、小僧から半纏をちょぃとかりまして、菓子屋のなりをいたします。「へぃ、向こう横丁の菓子屋でございます!近藤様のお小屋へ、カステラのご注文でございますので、通ります」なんてなわけで、番屋の前をすーっと通っちゃう。えぇ、大丈夫ですよ。出したカステラですか、先様にもってきゃお金に糸目は付けないってんですから、たっぷりいただこうって
酒屋番頭そんなうまいこと
うまいこと行くんですから!まかしといてください、番頭さん!やらしてくださいよ!

 

ってんで、支度を整えますと

 

お願いでございます!
番屋通れ!いずれへ参る!?
えー、近藤様のお小屋へ参ります。
番屋その方はなんだ
えー、向こう横丁の菓子屋でございます。
番屋・・・菓子屋?持参いたしておるものはなんだ?
えー、カステラのご注文で
番屋カステラ?・・・家中きっての酒飲みの近藤が?酒が呑めんで菓子を食す??間違いがあってはあいならん。これへ出せ。役目の手前、落ち度があってはあいならん。コレへ出せ!
へ・・・へぃ
番屋もうちょっと前へ出せ!
・・・あの、お遣いものでございます。
番屋なに、進物か・・・ハッハッハ、そうであろう。いや、家中きっての酒飲みの近藤が菓子を食すわけがないと思った。なぁ、ご同役。進物だそうだ、よかろう。さあ、通れ!
へぇ、ありがとうございます!では・・・どっこいしょ
番屋待て!・・・待て待て待て!なんだその方、菓子の折を持ち上げるのに「どっこいしょ」と申したな?
へ、へぇ、口癖でございまして!手前どもの方では朝おきるってぇと「どっこいしょ」、ご飯を食べると「どっこいしょ」・・・
番屋ナニを申しておる!いいから、ここへ出せ、出せと申すに!・・・・・・ご同役、まるで重みが違います。油断もスキもありません・・・控えておれっ!役目の手前、落ち度があってはあいならんゆえ、一応取り調べる・・・水引は拙者がほどくぞ。あとで勝手に結わえておけ・・・おおっ、なんだ、これは!
と、とっくりで・・・ございます
番屋とっくりに入るカステラがあるか!
そ、それがございますんで・・・近頃売り出しました、水カステラともうします
番屋水カステラ!?・・・いちおう、中身をあらためる・・・門番、湯のみを出せ!・・・・・・控えておれ、役目の手前、落ち度があってはあいならんゆえ、一応取り調べる。水カステラならば通してつかわす。控えておれ。・・・・・・水カステラ?(ぐぃ、ぐぃ、ぐぃ~)プハーッ・・・ご同役、水カステラ、いかがでござる?
番屋2よく気が付かれましたな・・・(ぐぃ、ぐぃ、ぐぃ~)
番屋吟味が終わりましたら、湯のみをこちらへお返し願いたい・・・拙者、いっこうに味が分からん・・・控えておれっ!役目の手前、一応取り調べる。水カステラであれば通してつかわす・・・(ぐぃ、ぐぃ、ぐぃ~)・・・なんだ、これは!かようなカステラがあるか!!この偽り者!立ち返れっ!!
ごめんなさい!

はあっ、はあっ、番頭さん、行って来ました

酒屋番頭おう、行ってきたかい、どうした、慌てて。うまくいったかい?
トントンとうまくいったんでございますがね、あたしがちょっと口を滑らせて「どっこいしょ」つったんがいけなかったんです
酒屋番頭なんだよ、どっこいしょって
役人に折を取り上げられて、重みが違うって、で、中からとっくりを取り出して、「なんだこれはっ」て言うから「水カステラ」って言っちゃったんです
酒屋番頭なんだよ、「水カステラ」ってなぁ
奥から湯のみをもってまして、侍がふたりでガフガフ呑みまして、「かようなカステラがあるか、この偽り者、立ち返れ」って言うから、「さようなら」って
酒屋番頭おいおい、なんだよ、呑まれちゃったのかよ、情けないねぇ。だからあたしゃ最初から駄目だっていったんだよ。酒だけならともかく、カステラまで買ってきて、
番頭さん、あっしに、もういっぺんやらしてもらいてぇ
酒屋番頭おいおい、やらしてもらいたいって、また・・・
いや、あたしゃね、あんな間抜けなことはしない。とっくりのまま大手を振って、番屋の前を通っちゃおうってんですがね
酒屋番頭おい、馬鹿なことを言っちゃいけないよ。折に入れてったって分かっちゃったんだから
そういう小細工するからいけないんですよ。カステラと酒と、重みが違いますよ。あたしゃね、油どっくりに一升入れんですよ。えぇ、油どっくりに一升いれましてね、とっくりの回りに油をぬりましてね、油だらけの栓をしまして、とっくりの首っ玉を荒縄でしばりましてね、油だらけの半纏を着まして、「向こう横丁の油屋でございます。近藤様の御小屋へ油のご注文で通ります」ってなことを言って、すーーーっと・・・いや、行くんですがら。あっしにまかしてください!

 

これもすっかり支度を済ませまして、

 

お願いでございます!
番屋通れ!ゥいずれへェ参る!?
近藤様の御小屋でございます
番屋その方はなんだぁ
向こう横丁の油屋でございます。
番屋持参いたしておるものァなんだァ?
油でございます。
番屋コレへ出せェ、出せェ・・・ヒック、役目の手前、落ち度があってはあいならん・・・・・・油どっくりに違いはないが、水カステラの手前もある。いちおう取り調べる。控えておれェー・・・油でああれば通してつかわす・・・・・・どれ・・・・・・ふ、ご同役、水カステラと同じような匂いがいたします・・・ひかぇておれぇ!一応取り調べるぞ・・・かような油があるか!! 棒しばりだ!,18:00
ごめんなさい!!
酒屋番頭どうしたぃ?またやられちゃったんだ、冗談じゃないよ、だからあたしゃハナっから駄目だって言ったんだよ、まったくお前たちは
番頭さん!冗談じいっちゃいけねぇ、偽り者、偽り者って、なんだぃ、人の酒、ガブガブ呑んで、侍ったって、あー、番頭さん、あっしにもういっぺん・・・
酒屋番頭冗談じゃない、もういっぺんって
あたしゃ敵討ちに行くんっすから!
酒屋番頭返り討ちになる!今度呑まれりゃ三升だよ!
いや、呑まれたって構やしねぇ、あたしゃ酒持ってくんじゃないんですよ。
酒屋番頭・・・・・・なに持ってくんだよ
へへっ・・・ションベン持ってくんですよ
酒屋番頭なに!?
ションベンもってってね、ションベン呑ましちゃおう
酒屋番頭おい、そんな馬鹿なことを! 後のタタリが!
あっしゃね、ションベンを7ションベンだって持ってくんですよ!ションベンだってものを、呑む奴が悪い
酒屋番頭そんな!
番頭さん、やらしておくんなさいよ!敵討ち、さあ、みんな、このとっくりに、やっておくれ!みんなでやるんだよ・・・清さん、お前さんもやって・・・え? さっきやっちゃった・・・いや、でも付き合いだから、あてがうだけあてがいな。人情でタラタラくらいでるかもしれねぇ。みんな頼むよ、一升ぴったりなくっちゃならねえんだからね。おミツさん・・・おヨシさんも・・・あ、女の人はやりにくいなぁ・・・ここにジョウゴが
酒屋番頭おいおい!
大丈夫、ちゃんと洗って返します
酒屋番頭そんなもの使えるか!

 

若いものが腹立ちまぎれ、よってたかって一升貯蓄を致しますと、これをぶら下げて

 

お願いでございます!
番屋とぉぉおれぇー! ヒック・・・いずぅれぇ参るぅ!?
あの。近藤様の御小屋へ通ります
番屋ご同役ゥ・・・きょうわ、ぃよく、近藤ウジのところに参る日でぇござるなぁ・・・してェ、その方はぁ、なんじゃァ!?
へい、向こう・・・横丁の・・・向こう・・・横丁の・・・植木屋でございます
番屋持参いたぁしておるもなぁ、なんじゃ!?
へい・・・ションベンの・・・ご注文でございます
番屋あぁ?・・・なんと申したァ?
あの、ションベンのご注文でございまして
番屋近藤うじがァ、ションベンを注文して、なぁんとするゥ!?
あの、松の肥やしに
番屋バカァッ!! 出せィッ!
うへへっ、どうぞご存分にお調べを
番屋余計なことを申すなっ! 控えておれぇっ! 役目のゥ手前ェ・・・落ち度があってはァ・・・あいならんゆぇ・・・いちおう・・・ヘヘッ、ご同役ゥ、最初は水カステラ、次は油ァ・・・今度は、申すに事欠いて、ションベン・・・かようなことを申して参ればァ・・・分からんとォ・・・うぇぃ・・・まったくゥ、町人などといぅものはぁ・・・他愛のないものでェ・・・・・・今度はどうやら、燗をして参ったようでござるぞォ・・・ヘッヘッヘ、控えておれっ!この偽り者がぁ・・・小便などとォ・・・まことォ、小便ならぱァ、とおして使わすがぁ・・・役目の手前ェ・・・・・・湯のみをコレへ・・・燗が過ぎたとみえて、泡だっておる・・・控えておれっ!まこと小便ならば・・・通して・・・ブ、ブハッ、き、貴様、かようなものを持参いたして!!
で、ですから、始めっから申し上げております、小便とっ!!
番屋小便はわかっておるわぁ、あぁぁぁ、この、正直ものめぇッ!!

引用元:「東西落語特選」
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/

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