かぼちゃ屋
叔父 | おいおいおい、与太郎、何をしていやがんでぇ、こっちへへぇれ。ぐずぐずしてんじゃねぇ、呼ばれたらすぐこなきゃしょうがねぇじゃねぇか。えぇ! ふらふら、ふらふらしてやがって、遊んでたってしょうがねぇだろぅ、お前だってもうはたちなんだろ |
---|---|
与太郎 | え? |
叔父 | はたちだろってんだよ! |
与太郎 | 裸足じゃねぇ、下駄履いて来てる... |
叔父 | お前の年だい! |
与太郎 | あたいの年は...二十 |
叔父 | 二十のことを「はたち」ってんじゃねぇか |
与太郎 | あ、そう? ...じゃ、三十は「イタチ」? |
叔父 | この野郎、つまらねぇこと言ってやがらぁ...そのなぁ、表でもっていつまでも中ぁ覗き込んでんじゃねぇよ、外を通る方が何かと思うじゃねぇか。中へ入って、上へ上がって、ここへ座れ! 今なぁ、おめぇのお袋が来て、さんざっぱらこぼしていったぞ... お前のお袋がさんざっぱらこぼしてったってんだよ! |
与太郎 | へ...叔父さん、拾っといてくれた? |
叔父 | この野郎、豆こぼしてったんじゃねぇ! 涙をこぼしてったってんだよ!! |
与太郎 | へへっ、だから色男はつれぇ |
叔父 | な、なんだ、その色男はつれぇってのぁ |
与太郎 | ...年増を泣かせて |
叔父 | この野郎、お袋を泣かせて「年増を泣かせた」なんて野郎があるか! まったく、大変な野郎だなぁ。そんな事言ってるからな、世間から後ろ指指されるようなことになるんだ。ええ、ちょっと考えてみやがれ。おめえの裏に住んでる、幼なじみの辰公、あれ、おめえと同い年だぞ、もうちゃんと女房子がいるじゃねえか |
与太郎 | ...女房子がいるのがえれぇか? |
叔父 | あたりめぇだ。おめえの年だってちゃんと女房子養ってるじゃねぇか。えれぇや! |
与太郎 | そいじゃ、あたいもね、奉公行ったみー坊、あれ呼び戻して、女房にする |
叔父 | バカ言ってんじゃねぇよ、みー坊ってなぁ、おめえの妹じゃねぇか。兄弟姉妹で夫婦になってみやがれ、犬畜生だってんで、ますます世間から笑われらぁ |
与太郎 | そう? 兄弟同士で夫婦になっちゃ、おかしいか? |
叔父 | ぁたりめぇだ! |
与太郎 | へへ、そんなことぁ無いよ、あたいのおとっつあんとおっかさんなんざ、親同士で夫婦だ |
叔父 | くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ...まぁ、いいや、今日おめえを呼んだってのぁ、そういう話しじゃねぇんだ。おめえもそろそろ一人前にならなきゃならねぇ。何か商売をさせてやろうってんだ。いいか、お袋も今さんざっぱら心配してたぞ。叔父さんも今日は考えた。おめえの死んだ親父ってのも小商人だった。叔父さんは八百屋だ、お前に八百屋の商売を仕込んでやるよ。 八百屋ったって、簡単じゃねえぞ。そうだな、まずは一色物ってって、かぼちゃ一品で商売してみろ。今年ゃ当たり年、って言ってかぼちゃの出来がいいんだ。 かぼちゃ売ってこい。かぼちゃ |
与太郎 | かぼちゃ? かぼちゃなんて色気がねぇ |
叔父 | なにを言ってやがんでぇ。 かぼちゃ野郎がかぼちゃ売って歩こうってんだ、こんな確かなことぁねぇや。看板が歩いてるようなもんだ。 土間をごらんよ。ばあさんが拵えといてくれた。籠に大きいのが十、小さいのが十と十ずつ入ってる |
与太郎 | はは、あわせてはたちか |
叔父 | こんなものがはたちってことがあるか、これは二十でいいんだ。大きいのが十三銭、小さいのが十二銭だ。これは元だぜ。売るときゃ、上見て売るんだ。おめえも小商人のせがれだ。「上見る」くらいのことぁわかってんだろ? |
与太郎 | 上? ああ、心得たよ、上見て売るよ |
叔父 | よし...じゃ、まあ、あんまりくどいことぁ言わねぇ。それから売り声は大きな声でな...それからなるべく日陰を歩けよ。こんな土用の暑い最中に日向歩くってぇと暑気中りで参っちまう...裏長屋がいいんだ、表通り歩いたってそうそう売れるもんじゃねぇ。裏長屋だとかみさん連中に売れるんだ。それから無理難題吹っ掛けてくるやつがいても、逆らっちゃいけねぇぞ。なにを言われてもへいへいへいへい、と逆らわねぇことだ。そうすりゃ、ゆくゆく商売になるんだ。いいか |
与太郎 | へぇ、逆らっちゃいけねぇのか? |
叔父 | ああ、逆らうってぇとろくな商売できゃしねぇ。何でも向こうの気持ちいいようにしといてやれ |
与太郎 | じゃ、そうしとくよ |
叔父 | お前、その身なりじゃだめだな。長い着物は小商人の格好じゃねえ。そこに腹掛け、半纏、股引が出してある。それに着替えろ。そう、着物脱いで...股引を...おい、草履履く前に股引を履くんだよ、草履履いてからじゃ足が通らねぇだろぅ...なにをやってんだよ...あぁ、ひっくり返っちまいやがった...出掛けっから縁起でもねえ...ばあさん、ちょっと手伝ってやんなよ...ったく、この野郎は... ほら、財布だ。この長い紐を首に掛けるんだ。で、財布を腹掛けのどんぶりの中に入れて...そうそう...ほう、何とか形にゃなってるな。よし。 じゃ、天秤棒担いでみろ。たいして重いもんじゃねぇ。ほら、担いでみなよ |
与太郎 | え...ああ、よいしょ...あぁ、軽いや |
叔父 | おまえなぁ、天秤棒だけ担いでどうしようってんだよ、荷を付けて担ぐんだよ、かぼちゃの籠をその天秤の端っこにぶら下げて...そんなもの持ちあがらねぇか、いったい普段なにを食ってやがんだ...そうそう、それでぐぐっと |
与太郎 | ふ...にゃぁあああ...はぁ |
叔父 | な、なんなんだよ...「ふにゃぁぁぁ」たぁ...腰で担ぐんだよ腰で...腰に天秤あてがうんじゃないよ、天秤は肩に乗せるけど、肩に力入れたってだめなんだよ、腰にぐっと力を入れて...もっと腰を切るんだよ、腰を...腰を切れ! おい、どこいくんだ... 鉈なんぞ持ち出してどうしようってんだ...だれがてめぇの腰をぶった斬れなんて言ったよ、違う、腰に力を入れてグッと、こう...上がったか |
与太郎 | ふぁ...ああぁぁ...がったあぁぁ |
叔父 | 上がったらめでてぇや! おめえ、そのまんま表へ出ろ。そんで、そのまま町内一周してみろ。まずは肩慣らしだ。とにかく一回りやってみな...いいか、売り声は景気良くな...日陰歩けよ...裏長屋だぞ...逆らっちゃいけねぇぞ...それから... |
与太郎 | ...うるせぇなぁ...次から次からああだからなぁ...叔父さんが呼んでるってぇから小遣いでもくれるのかと思ったら、こんなもの担がされちまって...うわぁ、暑い...なんなんだ、こりゃぁ...日陰歩けったって日陰なんぞありゃしねぇや...全部日向だ...あぁ、ひでぇな、こりゃ...目が回ってきちゃった... かぼちゃ売ってこい、だなんて、面白くもなんともありゃしねぇや...かぼちゃなんてものぁ、食うやつがいるからこしらえるやつがいるのか...こしらえるやつがいるから食うやつがいるのか知らねぇけど...運の悪いやつは間に入って売るような目に合っちまう... 暑いなぁ、こりゃ...目に汗が入っちゃったよ...目に染みるや...誰もいやしないよ、これじゃ商売になんないや...どうしようかなぁ...ああ、そういや売り声をやれって言ってたなぁ...なんて言いやぁいいんだろう。かぼちゃだから「かぼちゃ」でいいのかなぁ。 あ、あそこに誰かいる...やってみよう... かぼちゃ...かぼちゃ...かぼちゃ...かぼちゃ... |
通行人 | 何を! なんだってんだよ! 誰がかぼちゃでぇ! |
与太郎 | かぼちゃ買ってくれぇ |
通行人 | なんだよ、売ってんのかよ、人の側へすーっと寄ってきやがって「かぼちゃ、かぼちゃ」言いやがって、おれのことかぼちゃ呼ばわりしてやがんのかと思ったぜ |
与太郎 | かぼちゃ? どっちかってぇとじゃがいもだな |
通行人 | てやんでぇ... おめえなぁ、「唐茄子やでござい」って言ってみな、「かぼちゃ」なんていうよりぁ聞こえがいいぜ |
与太郎 | へぇ、そうかなぁ... とうなすやでござい... 売れねぇ |
通行人 | たりめぇじゃねぇか! 今言ったばかりだろう? 第一、そんな景気の悪い売り声で売れるか! |
与太郎 | んー、なんて言やぁいいんだよ |
通行人 | だからよ、ひと調子はりあげて、「とうなすやでござい」 |
与太郎 | そのとおりでござい |
通行人 | な、なんだよ、そりゃぁ |
与太郎 | おじさん、うめぇなぁ...おじさん、先に立ってやってくんねぇかなぁ... |
通行人 | どうするんだよ |
与太郎 | あたい、後からついて歩いてかぼちゃ売るから |
通行人 | そんな、唐茄子屋の露払いなんてなぁ御免こうむろうじゃねぇかよぉ。向こう行って一人で売れ |
与太郎 | おじさん、そんなこと言わずにさ、じゃ、ひとつ買っておくれよ。まだ誰も買ってくれないんだよ。一個かっとくれよ。ねぇ、おじさん |
通行人 | 買ってくれ、買ってくれって、おれの形を見ればそんなもの買える場合かどうかわかりそうなもんじゃねぇか。着流しで手ぬぐい持って、こりゃどう見ても湯へ行く形じゃねぇか。湯へ唐茄子もってってどうするんだよ |
与太郎 | だって、へちま持ってく人だっているじゃないか |
通行人 | それはまた話しが違うんだよ、へちまなら洗えらぁ。唐茄子じゃどうにもならねぇじゃねえか |
与太郎 | じゃ、さ、こうしなよ。唐茄子買って、いっしょに湯船につかるといいよ |
通行人 | なんだよ、薬湯にでもなるのか? |
与太郎 | どっちがかぼちゃだかわからねぇ |
通行人 | はったおすぞーっ!!! |
与太郎 | はは、怒って行っちゃった...怒ることねぇや、かぼちゃ食えるけど、あいつの頭じゃ食えねぇ。でもいいこと教わっちゃった。かぼちゃって言うより唐茄子っていったほうがいいっつったよ。なんて言うんだっけ? とうなすやでござい... あ、そうだ、叔父さん大きな声で言えっつってたなぁ... とうなすやでござい...とうなすやでござい... 暑いなぁ... できたてのとうなす...ほやほやのとうなす...暖かいとうなす... あ、ここの路地入ろう... とうなすやでござい... なんだ、行き止まりだ...だめだ、引っ返そう...あれ、狭いな、回れないや...(ガタン)ここで泊るようなことになっちゃうかなぁ...(ガタガタッ)年越しちゃうかなぁ...(ガタン、バタン) |
親方 | おいっ、誰だ、ひとんちの路地でガタガタやってやがんのは! |
与太郎 | おーい、弱っちゃった、回れなくなっちゃった、路地広げてくれー |
親方 | お、荒っぽいこと言ってやがんな |
与太郎 | 前の蔵どけろ |
親方 | 何を言ってやがんだ、天秤棒下ろして身体だけ回れ、回れっから! |
与太郎 | え? あ、回れた |
親方 | あたりめぇだ、回れねえやつがあるか! あ、このやろう、うちの格子戸キズだらけにしやがった、この野郎、はっ倒すぞ |
与太郎 | へ? |
親方 | 張り倒すってんだよ |
与太郎 | はり...たおす? |
親方 | わかってんのか? おめえとおれぁ今ケンカになってんだぞ...殴るって、そう言ってんだよ |
与太郎 | 殴るのか? しょうがねぇや...逆らっちゃいけねぇって叔父さん言ってたよな...じゃ殴れ...殴れよ |
親方 | ぉ? なんだ、この野郎 |
与太郎 | 殴ってもいいからさ、その後で唐茄子買っとくれよ |
親方 | なんだ、おめえ、唐茄子屋か? |
与太郎 | そう。 とうなすやでござい |
親方 | 今らさ名乗りを挙げるこたぁねぇけどよ。そうか。殴られてまで商いしようなんざいい度胸だ。気に入ったよ。じゃ一個買ってやろう...ああ、こりゃいい唐茄子だ。なにかい、これ新しいのか? |
与太郎 | あぁ、新しいよ...今まで河岸で泳いでた |
親方 | 嘘つけ...くだらない世辞を言うんじゃないよ。 で、これ、どこで取れたんだ? 本場か? |
与太郎 | 本場だよ...どこか知らないけど |
親方 | 知らねぇのか? 商売だろ、唐茄子なんだからどうせ山の方だろ |
与太郎 | 山だよ...箱根の |
親方 | 嘘つけ、そんなところでとれやしねぇ。 で、うめぇか |
与太郎 | うまいよ、お砂糖がたっぷり入って |
親方 | おいおい、おもしれぇやつだなぁ、おめぇ。でいくらだ? 大きいのが十三銭、小さいのが十二銭、そりゃ安いや...よし、おれが売ってやらぁ おーい、みんなこい、ちょっとおさきさんもお松さんも来なよ、こいつ唐茄子屋なんだけどさ、なかなかひょうきんで面白いやつなんだ、路地広げろの蔵どけろのと、それでこいつの唐茄子なかなか品がよくて、値が安いんだ、ちょっと見てやってくんな...品物が気に入ったら買ってやって...おいおい、唐茄子屋、いったいどこへ...何やってんだ、そんなところでお天道様見上げて... |
与太郎 | 売るときゃ上見るんだからよー、早いところ買っとくれよー...ぼやぼやすんな、早くしろー |
親方 | なんなんだよ、あいつぁ |
親切な人がございまして、じきに全部売れてしまいました。
親方 | おーい、唐茄子屋、売れたぞ |
---|---|
与太郎 | あ、唐茄子無くなっちゃった |
親方 | 無くなったんじゃねえ、売れたんだ |
与太郎 | あ、そうか、売れたのか...籠の中にお金が落っこってる |
親方 | そりゃ売り上げだ。十二銭と十三銭が十個ずつで二円五十銭ある |
与太郎 | あ、そうか、あたいのお金か...うへへ、こんな儲かっちゃった...帰ろ... |
親方 | こら、売ってやったんだからありがとうございました、くらいのこと言っていけ! |
与太郎 | どういたしまして |
親方 | なんだ、この野郎... |
与太郎 | 叔父さん、ただいま |
叔父 | なんだ、売れても売れなくても町内一回りするまで帰ってくるんじゃないよ...なに、もう売れた? おい、ばあさん、見てみろよ、荷が全部無くなってるよ...で御足は? 売り上げを見せろ、財布をこっちへ...ちゅう、ちゅう、たこ、かい、な...おお、二円五十銭、慣れてねえなんてことぁねぇぜ。ちゃんと元手が別になってやがる。で、儲けは? |
与太郎 | それ、儲け |
叔父 | いや、こんなに儲かるわけねぇ。これは元手だろ。儲けだよ。ちゃんと上見たんだろ? |
与太郎 | 上、見たよ。喉の奥まで日が射してさ、喉チンコまでカラカラになっちゃった |
叔父 | なんだぁ? 上見ろって言って、おめえほんとに空見上げてたのか? おまえ、ほんとに小商人のせがれか? 上見るってったら掛け値だよ、十二銭を十四銭、十三銭を十五銭で売るから、そこに二銭ずつの儲けが出る。それで女房子を養ってけるんだ。それをバカみてぇに喉チンコの土用干しなんぞしてきやがって! 元手で売るくらいなら昼寝でもしてたほうがましだ! |
与太郎 | あたいもその方がいいや |
叔父 | なに言ってやがんだ! 掛け値ができねぇで、女房子が養えるか! |
与太郎 | そんなもの、いねぇ |
叔父 | ばか野郎、ありゃぁってことだよ! いいから、もう一回行ってこい、ばあさん、もう一回かぼちゃ入れてやってくれ。いいか、もう一回行ってこい、今度はちゃんと掛け値をして来るんだ、いいか!! 掛け値をしねぇで女房子が養えるか!! |
与太郎 | 女房子なんていねぇ! ...まったく、掛け値なら掛け値ってちゃんと言ってくれりゃいいんだ...上見ろ上見ろってぇから...あ、また同じところへ来ちゃった... 唐茄子買っておくれよぉ |
親方 | おい、よせよ、さっきさんざっぱらかってやったじゃねぇか! |
与太郎 | 買ったばかりでもいいから、もう一回買っておくれよ |
親方 | そうか、じゃ、まぁおれも好きだからさ、もう一個だけ買おう、そのちいせぇほうでいいや。十二銭の... |
与太郎 | これ、今度は十四銭 |
親方 | なんでぇ、なんだって値上げしやがったんでぇ |
与太郎 | だめだよ、叔父さんに怒られちゃった。売るとき上見るったって、空を見上げることじゃないんだよ、上見るってのぁ、掛け値をするってことなんだって。十二銭を十四銭、十三銭を十五銭に売るから、そこに二銭ずつの儲けができるんだって。わかったかい、おじさん |
親方 | なんだよ! そうか、そりゃ可哀相に...済まなかったなぁ、おれ、分かってて洒落でやってるとばかり思ってたんだ。あれがお前の地なんだなぁ。お前、いったい歳はいくつだ? |
与太郎 | え? 歳...歳は六十 |
親方 | 六十? よせやい、どう見たってはたちそこそこだぜ |
与太郎 | そう。元ははたち。四十は掛け値 |
親方 | おい、歳に掛け値したってしょうがねぇだろう |
与太郎 | だって、掛け値をしなきゃ女房子が養えねえ |
引用元:「東西落語特選」
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/
コメント