阿弥陀池
喜六 | こんにちわ |
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ご隠居 | あぁ、喜ぃさんか。まぁ、こっち上がり |
喜六 | ...さいなら |
ご隠居 | お、ちょ、ちょっとお待ち、な、なんやいな。ちょっと待ちぃて。そんなおかしな挨拶があるか? 「こんにちわ」ちゅうて入ってきて、人の顔見るなり「さいなら」やなんて、そんな気ィの悪いことすな...ちょっと待ちて、そんな気の悪いことしな! |
喜六 | 気の悪いことしな、ちゅうねやったら、あんたの方こそ気の悪いことしなさんな! |
ご隠居 | な、なんじゃぃ。お前、怒ってんのか。なんやな? |
喜六 | なんやて、そうでっしゃないかい! いまわたいが入って来たとき、あんた何ぞ食べてなはったやろ。わたいに見つかって「おくれ」てなこと云われたらかなんさかいに、その新聞の下へしゅしゅっと隠しなはったやろ。わたい、ひとつくれ、てな賤しいこと云えしまへんで。気の悪いことすな、ちゅうねやったら、あんたの方こそ気の悪いことしなはんな! |
ご隠居 | 賤しいのはお前の方やないかい。わしゃ何も食べてへんがな。おまはんが訪ねて来たのに、新聞なんか読んでたら失礼にあたるさかいに、それをこうたたんでしもうただけやないか |
喜六 | いいや、食べてた! |
ご隠居 | 食べてない、ちゅうてるやないか。ほれ、見てみなはれ。なにもないじゃろがな |
喜六 | あぁ、ほんに、何もおまへんなぁ...こらすんまへん。しかし、あんたいつも新聞読んではりますな |
ご隠居 | そらそうや。新聞を読まんてなことでは、世間についていかれへん。お前や、町内でアホやバカやて云われてんのは新聞を読まんからや、な。ちょっとは賢うなろうと思うたら、新聞読め、新聞を |
喜六 | 確かにわたいは新聞は読ましまへん。けどな、新聞なんか読まんでも、世間のことなら、わたい知らんことおまへんで! |
ご隠居 | ほう、偉そうに云うたな...ふーん、ほんなら聞くけどな、お前、この大阪の町に和光寺というお寺があるのん、知ってるか? |
喜六 | わこうじ? そら知らん |
ご隠居 | なんじゃ、のっけから知らへんのやないかいな。確か、おまはんもわたしと一緒に行ったことあるで |
喜六 | ちょっと待っておくなはれや。わたい、いっぺん行ったとこやったらたいがい覚えてまっせ |
ご隠居 | ほれ、植木市、冷やかして、帰り墨田でいっぱい呑んだやろ |
喜六 | あぁ、あんた、あれやったら、阿弥陀池... |
ご隠居 | さあさあ、世間の方はみな、阿弥陀池て云わはるが、あのお寺の本当の名ァは、和光寺ちゅうねん |
喜六 | あぁ、本名は和光寺...ほな、阿弥陀池ちゅうのは芸名だっか? |
ご隠居 | 芸名ちゅうことがあるかぃ。ま、いうなれば通称やな。俗に阿弥陀池ちゅうど、ほんまの名前は和光寺や。あの阿弥陀池は尼寺や |
喜六 | はぁ、甘いんでっか? |
ご隠居 | いや、甘いわけやあれへん。尼さんがいてはんねやな |
喜六 | はぁ、肩揉む |
ご隠居 | そら、按摩はんや。なんちゅうたら分かるかなぁ...つまり、女の坊さんを「尼」ちゅうわけや |
喜六 | へぇ、女の坊さんを「尼」て云いますの。ほたら、男の坊さんは西宮 ?! でっか?); |
ご隠居 | なにを下らんことを云うてんねん。ま、取りあえず、女の坊さんがいてるわけや。こないだここに盗人が入った、ちゅう話し、おまはん、知ってるか? |
喜六 | えぇっ!? 阿弥陀池に盗人が入った? わたい、知りまへんわ! |
ご隠居 | 知らんやろ。そやさかいに、新聞を読め、ちゅうねん。ちゃんと新聞に書いたぁる。大きに載ってたぞ。なんとこの盗人、拳銃を持って入りよったんやぞ、えぇ、尼さんに拳銃を突き付けて「金を出せ」と、こう云いよった |
喜六 | そら、尼さん、ビックリしなはったやろなぁ |
ご隠居 | なかなか。和光寺くらいの由緒あるお寺の尼さんともなると、これくらいのことでは驚かんなぁ。黙って盗人の方へ向き直って、おもむろに胸元を開けて、お乳をポーンとほり出さはったな |
喜六 | へぇ...盗人、喜んで吸いに行きましたか? |
ご隠居 | そんなことをするかい! 尼さん、左の胸元を指差して、「さ、過たず、ここを撃て」とこう云わはった |
喜六 | な、何ででんねん |
ご隠居 | 尼さんが云うにはな、自分の夫の山本大尉は、過ぎし日露の戦いで、この乳の下を一発の銃弾で撃ちぬかれて死んでしもうた。自分も死ぬんなら、夫と同じところを撃たれて死にたい。さ、過たず、ここを撃て...と、こうじゃ |
喜六 | えぇっ? そ、それ、盗人、撃ちましたか? |
ご隠居 | いやぁ、それがなぁ、盗人、この話しを聞くなり、拳銃をその場にぽーんとほりだすと、三尺下がって、ペターッと土下座したな |
喜六 | な、なんで、なんででんねん |
ご隠居 | 盗人が云うにはな、 自分は今はこのように盗人に身を落としておりますが、自分もあの日露の戦いに参加しておりました。山本大尉は自分の命の恩人であります! その奥方に拳銃を向けるとは、なんたる仕業!! この申し訳には... ちゅうと、拳銃を拾い上げて、自分の胸を撃とうとするさかいに、尼さんがこれを押しとどめて、 人間、心の底から改心したら、悪人も善人も無い。お前さんも誰かにそそのかされて来たんじゃろ。誰が行け、ちゅうたんや と、こう聞くさかいに、盗人が へい、阿弥陀が行け、と云いました...やなんて、この洒落、ようできたぁるやろ。どや? これ、今、考えたんや |
喜六 | ...わ、わたい...ほ、ホンマの話しや思うて、一所懸命に聞いてましたがな... |
ご隠居 | そやさかいに、新聞読めちゅうてんねん。ちゃんと新聞読んでてみいな。そんな話し、新聞に載ってなかったけど、そら、あんた、ウソでっしゃろ、と胸張って云えるがな。新聞読んで無いさかいに、うかうかと騙されてしまうんじゃ。えぇ、新聞を読めちゅうのはここじゃ。いやいや、おまはんら、偉そうに云うたかて、全然あかんで。世間のことは愚か、この町内のことさえ何も知らんやないかい |
喜六 | いや、ちょっと待っておくなはれ。わたい、町内のことやったら、何でも知ってまっせ |
ご隠居 | そうか。ほんなら、聞くけど、この東の辻の米屋に夕べ盗人が入ったちゅうの、知ってるか? |
喜六 | えぇっ!? いや、なんぼなんでも、夕べのこと、わからしまへんがな |
ご隠居 | 分からんことがあるかい。ちゃんと新聞に載ったぁる。東の辻の米屋じゃ。盗人が、長い抜き身を引っさげて入ったんじゃ。これをば米屋の親っさんに突きつけて、金を出せ、とこう迫った |
喜六 | 米屋の親っさん、ビックリしはったやろ! |
ご隠居 | ビックリすると思いのほか、腕に覚えがある。というのが、むかし、若い頃、柔道の修行をして柔らの心得があるそうな。しかし、これがいかんかったんやなぁ。昔からよう云うやろ。「生兵法は大怪我の元」ちゅうやっちゃ。 盗人がわーっ、と斬り込んで来たところを、親っさん、パッと体をかわした。盗人がトントントンッと泳ぐところを腕を取って一本背負いや。盗人が仰向けにひっくり返ってるところへ四つ這いに這うていって、右腕を捻り上げて馬乗りになった。刀はどっかへ飛んでしもうた。親っさん、安心して、こいつをば縛り上げようと片手で縄を探してた。 ところが、この盗人がなかなか抜け目の無いやつでな、懐に匕首を忍ばせてたんやな。これを左手で取り出して、油断してる親っさんの心臓めがけてズブーッ! 親っさん、「アッ」ちゅうたんがこの世の別れや。死んでしもうたがな。また、この盗人、惨たらしいやっちゃで。死んだ親っさんの首を刀で掻き切って、血ィの滴ってる生首をヌカの桶の中に突っ込んで逃げて、未だに捕まらんちゅうねん。こんな話し、おまはん、聞いたか? |
喜六 | い、いいゃ、聞かん |
ご隠居 | 聞かんはずや、ヌカに首 ?! や...どうや、この話しもようできたぁる。これもいま考えたんや。ははは、どうや!); |
喜六 | ......グスッ...わ、わたい、手に汗ェ握って聞いてました... |
ご隠居 | そやから新聞を読め、ちゅうてんねん。新聞読んでないさかいに、うかうかっと騙されてしまうねん。裏の質屋に盗人が入ったちゅう話し... |
喜六 | も、もうよろしいわ! もう堪忍しておくなはれ、さいならっ! しかし、うまいこと、云いよったなぁ...和光寺に盗人が入って、誰が行け、ちゅうたんや? 阿弥陀が行けと云いました...米屋の親っさんの首、ヌカの桶に突っ込んで逃げて未だに捕まらん、こんな話し聞いたか? 聞かん、聞かんはずや、ヌカに首や...はは、こらおもろい。よっしゃ、わしもどっかでやったろ。誰ぞ引っかけたんねん。そうやないと気ィが収まらんで、えぇ。誰ぞ引っかけて、家ェ帰って茶漬けガサガサッと食うて、シュッと寝たんねん... 誰ぞ引っかかるようなやつ...あぁ、ここのヤツ、引っかけたろ。こいつ、ちょっとアホやさかいに、うかうかと引っかかりよるに違いない... おう、いてるか? |
甲 | あぁ、お前か、まぁ、ちょっとこっち上がり |
喜六 | へへっ、お前、知ってるか? |
甲 | なにを? |
喜六 | へへっ、お前、知らんやろ |
甲 | やから、何をや? |
喜六 | へへっ、こ、この東の辻の米屋に夕べ、盗人が入ったちゅうの知らんやろ |
甲 | ええっ、東の辻の米屋に盗人? いゃぁ、知らん |
喜六 | へへっ、知らんやろ。へへへっ、お前、かかるぞ... |
甲 | なんや? |
喜六 | いやいや、何でもない。はははっ、えぇ、知らんやろ、はは、夕べ、東の辻の米屋に盗人が入りよったんや、はははは、ははっ |
甲 | なんでもええけど、お前、盗人入って、えらい嬉しそうやなぁ |
喜六 | いや、嬉しいわけやないけど、盗人が入ったんや。それもこの盗人、裸で入りよったんやど。それも下帯も無しで、スッポンポンの真っ裸やど |
甲 | な、なんでやねん |
喜六 | なんでて、抜き身で入ったちゅうさかいに、ふんどしもなしで... |
甲 | お前は何を考えてんねん! そら、刀の抜き身やがな。「抜き身を引っさげて」やろが! |
喜六 | そうやがな、そう云うてるやないかい。ぬ、抜き身を引っさげて入ったんや。その抜き身を米屋の親っさんに突きつけて、「金出せ」ちゅうたんや |
甲 | 親っさん、ビックリしたやろ |
喜六 | なかなか。親っさん、ビックリするかと思いのほか、腕ぼろぼやがな |
甲 | なんや、その腕ぼろぼろ、ちゅうのは |
喜六 | いや、違うがナ...腕に...ぼお...おぼえがある、そうや、おぼえや。なんでも若い頃に十三 ?! で修行をしてやなぁ、柔らかい餅食べて、お腹通してるがな); |
甲 | なんやて? お前、何を云いたいんや? |
喜六 | いや、云うてるがな。十三で修行したんやがな |
甲 | それを云うなら「柔道の修行」やろがな |
喜六 | 云うてるがな。柔らかい餅食べて、腹がピッピ... |
甲 | お、おまえ...それ、柔らの心得とちゃうか? |
喜六 | 云うてるがな、そう云うてるがな。柔らの心得や。それがあんねや。これがいかんかった。昔からよう云うがな、えぇ、む、昔からよう云うがな、昔から |
甲 | な、何を? |
喜六 | 昔から云うがな、ほれ、な、なま、なまむぎなまごめなまたまご... |
甲 | なんじゃァ? |
喜六 | いや、違うがナ、昔から云うがな、な、あ、あの、青びょうたんは赤びょうたんのもと... |
甲 | 何を云うてんねん! それも云うなら、「生兵法は大怪我の元」や |
喜六 | そのもと、そのもと! それがいかんがな! 盗人がパーッと斬り込んで来たところを、米屋の親っさんが...親っさんが...あれ、あれかわしまんがな |
甲 | あれ、て...何をいな... |
喜六 | パーッと...西宮... |
甲 | 西宮? 西宮、みたいなもん、どないしてかわす? |
喜六 | そんなもんかわされへんがな! 西宮にある有名なモン、あるがな、あるがな、皆さんが知ってはる有名なモン... |
甲 | 恵比寿っさん(えべっさん)かいな? |
喜六 | そうそう、恵比寿っさんをかわした...そうそう、恵比寿っさんの持ってはるモンや、恵比寿っさんの持ってはるモン |
甲 | 釣竿か? |
喜六 | 釣竿をかわし...近い、近い、釣竿の先についてるモンや |
甲 | テグスか? |
喜六 | テグス...見えて来た、見えて来たでぇ...テグスの先についてるモンや |
甲 | 針か? |
喜六 | 針...あんた、わたいをなぶってるやろ! 針の先、針の先 |
甲 | 餌か? |
喜六 | 餌...に食らいついてる、紅い大きな魚でんがな! |
甲 | タイかい? |
喜六 | そう! タイをかわした... |
甲 | どついたろか! このガキャぁ...タイ思い出すのに、人を西宮までやりやがって...親っさん、体をかわしたんかい |
喜六 | そう、体をかわした。盗人がトントンッと泳ぐところを腕を取って、一本背負いや。盗人が仰向けにひっくり返ってるところに親っさんが夜這いに行きまんがな |
甲 | 夜這い!? |
喜六 | いや、違うちがう! 四つ這いや、四つ這いで馬乗りになって、刀が飛んでるから安心して、片手で縄を探してた。ところがこの盗人が抜かりがない。懐からがま口、ぱっと出してお勘定... |
甲 | なんで盗人ががま口出して、勘定払うねん? |
喜六 | いや...がま口とちゃうがな! えぇ...と、ひと口...ふた口...み口...よ口...ちゃうなぁ...薄口...濃口... |
甲 | 匕首かい? |
喜六 | そうそう、匕首、匕首。匕首でしたから親っさんの心ネコをプスッと突いた |
甲 | しんねこ? |
喜六 | しんいぬ...イヌちゃうなぁ、しんうま...馬ちゃうなぁ、しんうし...牛ちゃうなぁ、しんとら...虎ちゃうなぁ、しんらいおん...ライオンちゃうなぁ...そうや、動物や、動物や、長い動物や、長い動物や、長い動物、いてまっしゃろ! |
甲 | あぁ、キリンか? |
喜六 | そう。しんきりん...違うちがう! 鼻の長い動物や、鼻の長いの |
甲 | 天狗かい? |
喜六 | そう。しんてんぐ...違うちゅうねん! 鼻が長い、耳が大きな、身体のおおきな動物がいてるやろがな |
甲 | ぞうかい? |
喜六 | そうや。しんぞうや...あぁ、しんぞー |
甲 | 何を云うてんねん! |
喜六 | 下から親っさんの心臓を一突きや。親っさん死んでもた。また、この盗人、惨たらしいやっちゃで。死んでる親っさんの首を掻き落として、ヌカの桶の中に突っ込んで、逃げて、未だに捕まらんちゅうねん。こんな話し、あんた、聞いたか? |
甲 | いや、聞かん |
喜六 | 聞かんはずや...なぁ...あーぁ、ちょっと待ってナ... |
甲 | ...まぁ、ゆっくりせぇ |
喜六 | まぁ、ゆっくりさしてもらうけどな...あぁ、えらいこっちゃ... |
甲 | な、なにが? どうかしたんかい? |
喜六 | いや、こっちの話しや...とりあえず、わい、帰るわ。ほなさいなら あぁ...まぁ、初めてにしてはうまいこと行ったわ。もう一軒行ってみよか。 こんちわ! |
乙 | あぁ、お前か。まあ、こっち上がり |
喜六 | はは、はははっ |
乙 | なんや、えらい嬉しそうやな |
喜六 | いや、そういうわけやないけど...あんた、向こうの東の辻の米屋、あそこに盗人が入ったちゅう話し、知ってるか? |
乙 | 東の辻の米屋に...盗人が入った、て...東の辻に米屋なんかあったかい? |
喜六 | おまへんか...あぁ、知らん間に隣の町内まで来てるで...東の辻やない、西の辻ですわ |
乙 | いやぁ、西の辻にも無いなぁ |
喜六 | 北の辻... |
乙 | にも無い |
喜六 | 南 |
乙 | 無いで |
喜六 | ...どこぞこの辺に米屋おまへんか? |
乙 | お前、米屋探してんのか? |
喜六 | いや、探してるちゅうわけやおまへんねんけど、ちょっと米屋がいりまんねん |
乙 | それやったら、「米政」ちゅう米屋があるぞ |
喜六 | 米政! それですわ。それでじゅうぶんだ。米政に夕べ、盗人が入りましたんや! で、米政の親っさんに抜き身を突きつけて、「金出せ」ちゅうた |
乙 | はぁ、親っさん、ビックリしたやろ |
喜六 | なんの、親っさん、若い頃柔道の修行して腕に覚えがある。ところが、これがいけまへんがな。「生兵法は大怪我の元」ちゅうて昔から云いまんがな。盗人が斬り込んで来たところ、親っさん、体をかわして盗人の腕を取ると、一本背負いで投げ飛ばし... |
乙 | ちょっと待ちや。向こうの親っさん、去年の暮れから中風で寝てるで... |
喜六 | いや...あの、息子いてまへんか、息子? |
乙 | ああ、息子はいてるけど... |
喜六 | 息子です! 息子のまちがいだ。息子が盗人をバーッと投げ飛ばし... |
乙 | 息子、まだ六つやで |
喜六 | はぁ...だれぞ力の強い若い衆、いてまへんかな? |
乙 | それやったら、武やんちゅうて田舎から出て来た若い衆がいてる |
喜六 | それでんがな! 武やんですわ。武やん、盗人を投げ飛ばした! |
乙 | あぁ、あいつやったら、それくらいのことはしよるやろう |
喜六 | しましたんやがな。ほんで、盗人が仰向けにひっくり返ったところへ、四つ這いになって這うていって、刀が飛んでるから安心して片手で縄を探してた。ところが盗人、抜け目がおまへんがな。懐に隠し持ってた匕首で、武やんの心臓をブスッと突いた。「あっ」ちゅうたらこの世の別れでんがな。武やん死んでしもうた。また、この盗人惨たらしいやつでっせ。死んでる武やんの首、掻き落として、これをヌカの桶のなかにほりこんで逃げて、未だに捕まらん、ちゅう話し、あんた聞きなはったか? |
乙 | ......ほ、ほんまか! よ、よ、よう教えてくれた、よう教えてくれた!! せやさかい、かか、わしゃ呉服屋へ奉公にいかせ、ちゅうたのに、お前が「米屋の方が食いはぐれがない」やなんて、意地汚いこと云うさかいに、こんなことになってしもうたやないかい! お前、はよう郵便局行って田舎に電報打ってこい! わし、今から米政行てくるさかい!! |
喜六 | ちょ...ちょっと、何でんねん、そ、そんな走り回って...おかみさん、そんなとこにへたり込んで、いったいどないしましてん??? |
乙 | どないもこないもあるかい! 盗人に殺された武、ちゅうのはわいのかかの実の弟やないかい! |
喜六 | えぇっ!? えらいうちへ入ってきてしもうたなぁ...いゃぁ、冗談、冗談。いまの話し、ちょっとした冗談ですわ。はっはっは |
乙 | あほ! 冗談でうちの弟、殺されて堪るか! 何のつもりや! |
喜六 | いやぁ、こんな話し聞いたか? ちゅうて、聞かん、ちゅうたら、聞かんはずや、ヌカに首やぁ云おうと思うて...ははは。 ...................... ..........失敬... |
乙 | 失敬やあるかい! わかったぞ、こんなこと、お前ひとりの知恵やあるまい。誰が行けちゅうたんや? |
喜六 | へい、阿弥陀が行けといいました... |
引用元:「東西落語特選」
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/
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