1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 12:57:06.07 ID:sViwJ6eP0
15年以上昔の出来事だから、よく知らない人が多いかもしれないけどさ。
少し長くなるから、先に何が起きたから軽く書いておくね。
今から20年近く前の話だから、多少忘れてたり、間違ってたりするかもしれない。
そこは許して欲しい。
先に結論というか、書いておくけど。
今から話す内容に出てくる子がどうなったか、先に書いておく。
ソニアは殺された。
サニャは爆発に巻き込まれて死んじゃった。
メルヴィナはレイプされて連れ去られた。
メフメット・カマル・ミルコはわからない。
カミーユも死んでしまった。
ドラガンって子は、裏切ったと思っていたけど、実際は違った。
それじゃ、書いてくね。わからない事あったら聞いてください。
あー、書き忘れてたorz ユーゴスラビア紛争の話ね。
俺は色々あって、母親に捨てられちゃってさ、海外に単身赴任している
父親と一緒に暮らす事になったんだ。
8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:06:31.41 ID:VHzbDDmi0
セルビア人さん怖いって話ですか
14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:08:21.16 ID:sViwJ6eP0
>>8
俺はスルツキの人達を悪く言うつもりは無い。
実際、どっちが悪いと言えるような状況じゃなかったんだ。
どちらも同じ事をやって、そしてお互いに殺しあってた。
だから、俺が話す内容は、どの民族が悪かって話にはならないように
書くつもりだよ。スルツキの人々を悪とするつもりは毛頭ない。
トルコ経由で向かったわけだけれど、機内から見る空は美しかった。
というより眩しかった。
途中で降りた空港には、飛行機の中とは比べ物にならない程の
異国の人々がごった返していた。
そこから首都まで乗り換えて向かい、初めて降り立った外国の
地というものは、少し気持ち悪かった。
日本と違い、建物はみな似たような作りと色合いで、
何で?と疑問に思ったものだ。外国人も背が高く怖いし、
そもそも日本語ではない言葉を話している。
俺が父親と住む事になった街は人口数千人ぐらいか。
日本と比べたら人口密度はかなり低い場所だった。
周りは山に囲まれてる盆地で、建ち並ぶ統一された住居は、とても綺麗だった。
オレンジ色の屋根は当時日本(といっても俺の地元)では
目にする事が無かったから、初めは奇抜だと思ったよ。
子どもが親についていき、海外で暮らす場合、多くは日本人学校等に
入る事になると思うのだけれど、俺の住む街には日本人学校どころか日本人すらいない。
いや、俺と父さんの二人はいたけどさ。
不安を抱きながら学校へ行っても、皆何を言っているのか理解出来ないわけだ。
当然、俺は一人ぼっちだった。
自己紹介すらきちんと出来なかったからな。
もう少し年を取っていれば、ノリで仲良くする、フレンドリーに接するなんて事が出来たかもしれない。
だけど、当時の俺にそんなスキルがあるはずもなく、どうしようもなかったんだ。
その為、最初の2週間ほどは非常に苦痛だった。
遊びたい盛りの当時の俺にとって、こうした寂しさを我慢するというのは、
限界が近づきつつあったんだ。だから、何か遊ぶものを探そうと思って、休みの日に
ふらっと一人で街を散策していたんだ。一人で街中に行くのは初めてだったから、
少し迷ったりしたけれどね。街を行きかう人々を見ながら、学校の方へと歩いていくと、
道の端にある空き地で子ども達がサッカーをしていた。
とても羨ましくて、「いいなぁー。」と思ったわけだけれど、「いーれーてっ!」といった言葉は
かけられない。というより、その言葉が話せないからな。だから、何も声に出せず、
もじもじしながら、その子ども達が遊んでいるのを空き地の端っこでぼーっと眺めていたんだ。
そうとう入れて欲しそうな顔をしていたのかもしれない。サッカーをしている
男子の輪の中にいた一人が、じっと見つめている俺に気づいてさ、「一緒に遊ぶ?」と
聞いてきてくれたんだ。実際には、そう言ったのだろうというレベルで、俺にはまだこの子が
何を話しているのか理解できなかったけれどね。
仮にその男の子をカミーユとしておく。最初は「?」状態だった俺も、ジェスチャーで身振り手振りで
話してくれたおかげで、俺を誘ってくれているんだと理解してさ。とても嬉しくなった。
これが現地の子と初めて会話?した日だったと思う。やっと友達が出来るってウキウキしたよ。
俺が暮らしていたのはボスニア・ヘルツェゴビナだったんだけど、
その時はまだユーゴスラビア連邦の構成国だったんだ。
そこには大体3つの民族、ボシュニャチ(ボスニア人)、スルツキ(セルビア人)、
フルヴァツキ(クロアチア人)が混在して一緒に暮らしてたんだ。
今話してるのは戦争が始まる2年前の話。
次の日学校へ行ったらさ、小さい街だからやっぱり同じ学校だったわけよ。
放課後に校庭でカミーユ達がサッカーしているのを見つけて、そこに駆けていったね。
カミーユも俺を見るなり駆けてきてさ、「サッカーやろう!」って誘ってくれたんだ。
昨日いたメンバーの他にも、クラスの子とかがいたりして、
身振り手振りのコミュニケーションしかできなかったけれど、仲良くなるきっかけになったよ。
25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:28:54.04 ID:C4wlKxOPi
時間がないと書かれると先が短いと理解していいのか?
27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:31:19.58 ID:sViwJ6eP0
>>25
うん。今仕事も引き継ぎ終えて、来週ぐらいには多分、日本にも居ないよ。
その前に、約束を果たさなきゃいけなくてさ。
その日以降から、言葉は殆ど通じなくても、一緒に鬼ごっこしたりサッカーしたりして遊んでさ、
クラスでも徐々に一緒に過ごす友達が増えてきて、学校がとても楽しかった。
特にカミーユとかドラガンはクラスが違うっていうのに、休み時間になると俺のクラスまで
来てくれてさ、一緒にくだらない遊びしてたな。昼休みはワンバンっていって、
サッカーボールを一回のバウンドだけでキャッチして相手に蹴るゲームとかやったりしたなー。
何でここまでカミーユ達、特にカミーユが仲良くしてくれるのかはわからなかったけれど、
ありがたかったよ。その理由がわかった時は、すごく辛かった。
とはいってもさ、学校のない日はやっぱ暇な時が多い。毎回カミーユ達と遊べるわけじゃないしね。
それで色んな所を一人探検したりしてた。高原っていうか平原が無限に広がってる感じで、
なかなか面白かったよ。
そんなある日、カミーユ達はモスクだとか教会がどーのこーので遊べないから、
いつものように一人で探検してたんだ。
そしたらさ、少し丘を登って過ぎたあたりに、家があったんだよね。結構ぼろっちい。
最初廃墟かと思って、潜入を試みたわけなんだけど、庭に入ったところで同い年位の女の子と
ばったり鉢合わせちゃったんだ。
二人同時に「ビクッ!」ってなったね。ヤバイ。人が住んでたってわかった俺は、そのまま逃げれば
いいものをさ、慌てちゃって何故か自己紹介しちゃったんだ。日本語でだけどね。
32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:34:19.90 ID:/m92g2yW0
カミーユなんて女みたいな名前だな
36:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:35:53.31 ID:sViwJ6eP0
>>32
バリバリあっちだと男だよw日本のアニメとかで付けられる名前は変だと思う。
そしたら、俺が大体何言ったのか理解したっぽくて、名前を教えてくれてさ、豆?みたいな
お菓子をくれたwあ、仮にこの女の子をソニアってしとくわ。
街の中心からソニアの家までは子どもの足で大体1時間か2時間ぐらいなんだけど、
ソニアは同じ学校じゃないんだよね。同じ学年なのになんでだろうって思ったけど、
当時はまだ何も知らなかったから、ふーんって位にしか思わなかった。
それから夕方ぐらいまで近くの丘で花摘んだりしながら遊んでたんだけど、
気づいたら暗くなってきてたんだ。このまま歩いて帰っても、また1・2時間かかっちゃう。
どうしようって思ってたら、丁度ソニアパパが帰宅してさ、ソニアと何か話した後に
俺をソニアと一緒に車で街まで送ってくれたんだ。
37:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:37:35.83 ID:AGBuz6HR0
スレブレニツァじゃないよな?
39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:38:29.51 ID:sViwJ6eP0
>>37
あそこは悲惨だったと思う。でも、俺はカリノヴィクだ。
家の前まで送ってもらった後に、
「ドビジャニヤ!ハンデダゼニカジェネチェニデルデ!」って感じで、
バイバイ、また遊ぼうねって約束して別れたんだ。
送ってもらう途中、言葉話せないってアピールしてるのに、ソニアパパが
笑顔で色々と話しかけてきて少し困った覚えがある。
ソニアはソニアで一緒に作った花の輪を俺の頭にのせてきたりしてた。
44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:44:01.41 ID:ny91FMOy0
強姦のオンパレードじゃねえか
47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:46:34.19 ID:60HAO/620
>>44
だけど、本当に辛い出来事は、カリノヴィクから脱出してフォチャそしてゴラジュデに向かう途中で
おきたんだ。はっきりいって、感動とかの話じゃない。人が死んで、そして殺しての話だから。
だから最初に、皆がどうなったか書いたんだ。苦手な人が読まないようにね。
夏休みに入った時期だったかな。学校で普段一緒に遊んでたメンバーと
飽きずにサッカーしてたんだ。まだこっちの気候に慣れていない俺にとって、
乾燥した夏ってのはそれはそれで辛いものだった。喉が凄い渇く。
日本のじめじめした夏が懐かしかったな。
少しサッカーして、休憩した後にさ、俺が休みの日に何してるのかって話しになって、
ソニアって同い年の女の子の家に遊びに行ってる事を話したんだ。俺らの居る街は
人口も少ない。だから子どもは殆ど同じ学校に通っているわけだけれど、ソニアは
通っていない。じゃあ、俺らで遊びに行っちゃうか!?という話へ自然となったんだ。
38:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:38:29.11 ID:3TzxK/Q00
手記データにしてあるなら最後にそれアップして欲しいかも
40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:40:20.54 ID:sViwJ6eP0
>>38
わかった。最後にアップするよ。
その日は父さんの夕飯食ってる最中に、ソニアの話ばっかりしてたなー。
思い返せば、この時既に俺はソニアに一目ぼれしてたんだと思う。
それからは、学校ある日はカミーユ達とサッカーしたりして遊んで、
休みの日は毎回2時間位歩いてソニアの家まで遊びにいってた。
学校も楽しかったけど、週に1度ソニアのトコに遊びに行くのは
もっと楽しかった。楽しいと言うより、楽しみだった…だな。
41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:40:41.34 ID:Hu8APTN70
そっちいた頃は主に何食ってたの?
43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:43:29.19 ID:60HAO/620
>>41
ブレクだとかたまに、ボサンスキ・ロナッツ。
ただ、父さんは仕事から帰ってくるの遅いのが多いから、
豆とか多かった気がする。
大体する事と言ったら、花を摘んだり、オママゴトしたりさ、
人形遊びしたり、ソニアパパの猟にくっついていったりぐらいなんだけどね。
ソニアのパパもママも、毎回来て迷惑だろうにソガンドルマとか作って
お昼に食べさせてくれた。あの味は今も忘れられないよ…本当に。
野菜嫌いだった俺に野菜の美味しさを教えてくれたよ。
ただ、女の子の家に男だけで行くのも少し恥ずかしいらしい。そういうわけで、他に学校の
女の子二人と俺を含めて6人の男子、8人でソニアの家に向かったわけだ。
当時ペットボトルとかいう画期的な容器はないから、重い水筒らしきものを背負って
皆で高原を歩いていったわけだ。日本に比べて気温は高くないんだけどさ、
日によっちゃ凄い熱くなったり、夏なのに気温低かったりしてな。その日は
凄く暑かった。皆汗だくになってヒーヒーいいながらも、何時もより時間かけつつも
到着したわけだ。
あー、俺以外の7人は、
カミーユ
ミルコ
メフメット
カマル
ドラガン
サニャ
メルヴィナね。
ソニアの家の前でさ、皆で
「ソニャー!ハンデダゼニカフゥバルサマナー!」って呼んだんだ。
少ししたらバタバタしながらソニアが出てきてさ、俺達みた瞬間目が点になった様に固まってた。
俺はさ、学校の友達連れてきたから、皆で遊ぼうって言ったんだ。
そしたらソニアは少し怯えながら
「こんなに大勢で遊んだことないから怖い」って言うんだよ。
50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:53:24.94 ID:vW+HEIyl0
その時点では言葉はなせたのか
53:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 13:56:36.69 ID:60HAO/620
>>50
俺が来たのが1990年4月で、この夏っていうのはその年の7月の事なんだ。
カタコトではあるけれど、多少理解できるようになってたよ。まだ6歳ぐらいだったから
覚えるの早かったのかもしれない。
そうなのかーとは思ったけど、なら良いチャンスだ!というわけで、
皆でサッカーをする事にしたんだ。実際は、男子6人がサッカーをして
ソニアたち女子は3人で花を摘んだりしてたわけだけどさ。
帰り際にソニアが目をキラキラさせながら、今日は楽しかった!ありがとう!と
言っていたのが印象的だった。帰り、街までソニアパパがいつものように送ってくれると
言ってくれたんだけど、8人は流石に乗れないので、サニャとメルヴィナだけ車で送ってもらって、
カミーユや俺といった男子は歩いて帰る事にしたんだ。夏だからまだ外も明るいしね。
この年の夏は、俺がこの国に滞在した期間の中で最良の夏だった。
毎日何も心配せずに遊び、疲れたら寝て、そして朝起きて遊ぶを延々と繰り返していたよ。
ただ、金曜と日曜は殆どの子達がモスクやら教会に行く為暇なんだ。
だから、その日は大体ソニアの家で過ごしてたな。
当時は宗教というものをよく理解していなかったし、何かのイベント程度に思っていた。
このバクラヴァは今でこそ日本にもあるらしいけれど、現地では特別な日に
食べられる事が多いデザートなんだ。何故、この日が特別なのかは
最初俺にはわからなかった。だから、「何で?」と質問したんだ。
すると、ソニアは少しモジモジと照れながら、
「祐希が私の友達になってくれた。一杯のお友達を連れてきてくれた。そのお礼の日だから。」
確かこんな事を言われたんだ。当時の俺は気づかなかったんだけど、前にも書いたとおり、
ソニアは俺達と同じ年齢にも関わらず学校へは行っていなかったんだ。学校自体に通っていな
かったのか、それとも不登校だったのかは未だにわからないけれどね。
初めて皆で遊んでから少し経った金曜日、この日も毎週と同じく非常に暇を持て余していた。
じゃあ、またソニアの家に遊びに行こう!と考えた俺は、水筒を担いで向かったんだ。
家に行っていつもの様に遊んでいると、お昼ぐらいになった。
ソニアパパとママは礼拝があるからと言って、お昼を準備した後、
ソニアと俺を残してモスクへ出かけていった。
この日は普段と違って特別な昼食だったよ。
いつもはご飯の後にデザートなんて出ないんだけど、この日はバクラヴァが出たんだ。
最初は、ただのデザートだと思っていたんだ。だけど、ソニアがニコニコしながら、
「特別なんだよ」って教えてくれた。
だから、ソニアには全然友達が居ないんだ。俺はソニアにとって、
初めて出来た異性の友達で、そして久しぶりに出来た友達だったんだ。
こんな目と鼻の先、数キロしか離れていないのに、
不思議だよな。おかしな話だ。でも、それがこの国の現実だったんだ。
この時は、そういった事を何も知らなかった俺には、そうなんだー位にしか思わなかった。
そういった事もあって、ソニアパパは、一ヶ月前に出会った日の帰りの道中、
ニコニコしながら俺に一杯話しかけてくれたし、遊びに行くたびに歓迎してくれて、
そして帰りはわざわざ車で送ってくれていたんだ。
この時は謙虚だとか遠慮だなんて言葉すら知らなくてさ、ソニアパパやママには
図々しい事を沢山してしまったなと思う。
バクラヴァを食べながら「美味しいね。」ってソニアに言うと、
ソニアは照れくさそうにしながら、
「私も作るの手伝ったんだよ。」と言ったんだ。
そしてこの日、俺は夕飯前に帰ろうと思っていたんだけど、ソニアパパやママの勧めで
夕飯を食べていくことになったんだ。ソニアのパパやママは朝と昼のご飯を食べていなかったから、
夕飯はとても豪勢だった。お肉はなかったけれどね。ソニアも笑顔で笑っていてさ、
とても幸せな食卓だった。優しい家族だった。
夕飯を食べ終わった後はソニアの家族と日本の話はこの国の話をしたりしてた。
気づくと時間も遅くなっていたんだ。父さんに連絡して早く帰らなければと、
慌ててソニアパパにそろそろ帰るという事を伝えた。
すると、「今夜は遅いから、家に泊まりなさい」と言われたんだ。
流石に一緒のベットではなかったけれど、俺とソニアは夜遅くまでおきて、
ベットの横にある窓から、澄んだ夜空を見上げて、色々と話していた。
初めてヒジャブを外したソニアを目にした。照らされた褐色の髪が
キラキラしていた。
この時だったと思う。漠然としたソニアに対する自分の好意が、
ソニアに対する恋だと気づいたのは。月明かりに照らされたソニアの顔は、
とても綺麗だった。短い6年という人生しか歩んできていなかった俺にとって、
この時のソニアは美しすぎた。そして、こうして26歳になった今でも、
この夜のソニアを超える美しい女性とは出会えていない。
ずっとこうしていたいと思っていたよ。二人で顔を手を繋ぎながら、
「ずっと一緒にいたいね。」、「ずっと一緒にいようね。」
そう約束したんだ。
71:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 14:18:39.53 ID:60HAO/620
ごめん。書いてて気持ち悪くなってきたぜ。少し休憩させて下さい。
何かわからない事あったら、答えられる範囲で答えるよ。ごめんよ。
72:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 14:20:49.48 ID:5swMK0ox0
そんなに書き溜めてあるなら本でも出せばw
73:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 14:22:51.64 ID:60HAO/620
>>72
出さないし、出せないよ。もうすぐ俺死ぬしさ。
時間がないんだ。書くのは約束を果たす為だからなんだ。
74:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 14:23:39.14 ID:hZv16Vja0
なんだよその約束って
復讐でもするのか?
75:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 14:26:47.94 ID:60HAO/620
>>74
復讐は何も生まないよ。それを身をもって体験したつもり。
約束は、俺が経験した事を何時か遠い国の人にも伝えろって事なんだ。
だから、今それを果たさなきゃいけなくてさ。
続き書くね。
77:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 14:28:16.15 ID:YzltUJCP0
>>75
じゃあ癌かなんかか?
76:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 14:27:03.94 ID:Hu8APTN70
病気か何かなの
80:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 14:29:56.01 ID:60HAO/620
>>76 >>75
いや違う。健康だよ。ただ耐えられなくなったからさ。
とりあえず、この件についてはこれでおしまいで。
朝になったソニアママに起こされた時、俺とソニアは同じベットで寝てた。
多分、話している途中で寝ちゃったんだろうな。
ソニアママは少し驚いていたけれど、俺達の頭を撫でながら、
パパには内緒だね。と微笑んでくれた。その意味は当時理解できなかったけどね。
気持ちとしては、家に帰りたかったのだけれど、ソニアパパがフォーチャの街に
買い物に行こうと言うので、一緒に付いて行く事にしたんだ。
フォーチャまでは基本的に一本道で、高原を抜けた後は延々と山と
山の間の道を通り抜けていった。途中で沢山の木を積んだトラックが
かなりゆっくり走っていたりしたな。トラックは相当年季が入っていた。
フォーチャの街が、ドリナ川の対岸に見えた時は、その景色がまるで絵画の
ように綺麗で、感動したよ。街にはカリノヴィクと比べて沢山の人たちがいて、
活気があった。日用品を買ったりしたり、ご飯を食べたりしたよ。
>>83
そりゃ日記を書いてたからね。そうじゃなきゃ、殆ど覚えてないと思う。
とはいえ、記憶違いな部分もあるかもしれないから、最初に忘れてたり
間違えてたりするかもって書いたんだ。
昼食を済ませた後だったと思う。結構古い雰囲気のモスクがあって、
まだきちんとしたモスクを実際に目にしていなかった俺は、
「あれは何?」って聞いたんだ。
そしたら、歴史あるモスクだから、見学してみるか?ってソニアパパが言ったんだ。
俺は当然異教徒なわけだけれど、丁度礼拝みたいのをやっていてさ、
俺も混ざっていい?って聞いたら、勿論って言われて、
一緒にアッラーフアクバルーみたいな言葉を唱えた。
貴重な経験だった。まさかこの場所にまた来ることになるとは、
この時はまだ想像もしていなかった。
86:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 14:40:50.16 ID:9pMfAS1c0
なんですぐ死ぬとかいうの!(`;ω;´)
88:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 14:44:18.91 ID:60HAO/620
>>86
すぐ言ってるわけじゃない。15年だよ。15年も耐えてきたよ。毎晩のようにソニアとか
メルヴィナとかサニャが死ぬ夢を見て、それでも生きなきゃって思って生きてきたよ。
ドラガンを憎んでさ。それだけが俺の支えだったよ。
だけど、その支えもなくなって、もう耐えられないんだよ。もうこんなに頑張ってきたのだから、
ゆっくり休みたいんだ。
89:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 14:45:57.48 ID:ABhAIbvT0
これどうしたらいいんだ。どんなテンションで読めばいいの?ねぇ
93:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 14:48:53.73 ID:60HAO/620
>>89
笑ったり、馬鹿にしながら読んでくれて構わない。俺の妄想話だと思ってくれ。
その方が、俺も書きやすいし、精神的に楽だからさ。
自分だけが書いてると、気が滅入ってくる。
あー、そうそう。山と言えどもこの地域は木が少なくて、動物もあんまりいなかったな。
今はどうか知らないが。
確かドラガンだったと思う。ドラガンが敵の攻撃に備えるといって、
草を結んで罠を作ったりしていたんだ。そしたらサニャがそれに
引っかかってしまって転んでさ。そこにカミーユがすっ飛んできて、
「サニャが怪我したらどうするんだー!」ってすごい怒っていたよ。
それでサニャを慰めていたんだけど、それを見た俺以外の男子は
皆で「カミーユはサニャが好きでーす!みなさーん!カミーユはry」
ってからかったりしてたな。
カミーユはそんな事ない!って怒って否定してたけどさ。
当時の俺達にはそういった行為は格好のからかいのネタだった。
見かねたメルヴィナが「やめないよ!」って怒ったから、
収まったけどね。オロオロしていたソニアは、
後でこっそり俺の所に近づいてきて、
「内緒だよ。内緒。」と言ってきた。
俺は理由がよくわからなかったけれど、
「うん。」と答えた気がする。
メルヴィナも俺達と同い年なわけだけれど、かなり精神が大人だったな。
仲良くても、子どもだからほんのささいな事でどうしても喧嘩をしてしまう。
そんな時は、いつもメルヴィナが間に入って、「喧嘩しちゃだめ!」って言うんだ。
どっちも悪いって言ってね。ドラガンやミルコ達がイタズラをしても、
危ないから駄目って叱ったりして、俺達のお姉さんみたいな存在だったな。
ソニアは大体オロオロしてて、小動物みたいだった。男だから母性本能みたいのは
ないはずなんだけどさ、守ってあげなきゃって自然と思ったりしたな。
98:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 14:56:00.43 ID:60HAO/620
ああ。ごめん。何で戦争が起きたかとか、そういうのを説明しなきゃ駄目だよな。
後で説明しようと思っていたけれど、先に簡単に書くね。
いや、後の方がいいか・・・。皆さんに任せます。
99:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 14:56:29.02 ID:P0/+v6OY0
>>1の視点で今頼む
101:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 15:00:02.47 ID:60HAO/620
じゃあ、軽く書くね。補足とかあれば言ってください。
この国一体はさ、昔はキリスト教圏だったのだけれど、15世紀くらいにオスマントルコの支配下に
入ってさ、非キリスト教徒であった人とか、現地のスラブ人がムスリムに改宗したりして、
ムスリムの比率が高まったんだ。
その後、セルビア王国だったかな。当然、スルツキ(セルビア人)を優越して、他の
フルヴァツキ(クロアチア人)やらボシュニャチ(ボスニア人)は長年不満を抱いていたんだ。
特に、フルヴァツキの人々は民族意識が高くてね。
そして各民族の民族意識の高さが、第一次世界大戦へと繋がっていくんだ。
この事は、皆知っていると思うので書かないけどね。
そして第二次世界大戦期、この地域の大半がナチスドイツの傀儡国家としての
クロアチアの支配下に組み込まれたんだ。
この支配下ではさ、フルヴァツキの民族主義組織、確かウスタシャだ。
ウスタシャによってスルツキの人々は激しい迫害を受けて、数十万人(30~100万?)の人々が
殺害されたんだ。
また、これに対してスルツキの民族主義者チェトニクによって、
フルヴァツキやボシュニャチの人々が殺された。
つまり、この時期、フォーチャをはじめとする各地で、ウスタシャとチェトニクによる
凄惨な民族浄化の応報が繰り広げられたんだ。
チェトニクはさ、フルヴァツキやボシュニャチの人々を徹底的に虐殺して、
犠牲者はフルヴァツキ20万人、ボシュニャチ9万人ぐらいって、チェトニク側から公表されてる。
この民族浄化っていうのはさ…つまりは市民を襲うんだ。村を。
女や子どもはレイプしたり殺したりして、男は喉を切って殺したりして。
何でここまで殺しあうんだ?って思うかもしれない。これはWW1以前の因縁もあるけれど、
やはりWW1後に誕生したユーゴスラビア王国による政策に問題があったと思う。
建国当初からさ、スルツキによって国は占められていてさ、民族意識の強いフルヴァツキの
反発が絶えなかったんだ。
そこにウスタシャがつけこんで、反セルビア、打倒セルビアへと支持を拡大しながら突き進んでいったんだ。
これは、ユーゴ崩壊につながるフルヴァツカ紛争(クロアチア紛争)やボスニアの紛争にも繋がっていくんだ。
一方で、チェトニクは大セルビア主義という、西部バルカンの大半はセルビア人の土地っていう認識を持って痛んだ。
107:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 15:12:47.19 ID:1ep46tes0
セルビアってマジキチ民族だよね
スラブ系ってみんなマジキチだけど
112:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 15:17:56.29 ID:60HAO/620
>>107
待って。スルツキの人々を貶めるつもりも、批判するつもりもないんだ。
だって、歴史を見れば、他の民族の勢力下にいたスルツキは、何度も
虐殺とかの犠牲になってるんだ。だからこそ、自分たちによる自分達の国家を
作ろうって、そして守ろうって考えたんだ。
皆、殺したくて殺してるんじゃなくて、殺さなければ殺されるって意識の下で戦ってたんだ。
だからこそ、単純に誰が悪いとは言えなくて、そして未だにバルカン半島が火薬庫である
理由なんだ。
この主義は、セルビア人とセルビア人の土地をひとつの国家に統一するという第一の目標があり、
中にはセルビア人が少数であっても、セルビアの土地という認識があるものもあった。
セルビア国家にとって、大セルビアは必要不可欠であり、セルビアの歴史的格言「統合のみがセルビア人を救う」との事で、正当性・必要性を訴えていた。第一次世界大戦ではこの主義が原因となり、国境外各方面でセルビア人たちが統一セルビアの建設の為に戦い、1990年代の紛争では統一されたセルビア維持のために戦った。
また、ユーゴスラビアはWW2以降もセルビア人以外を軽視しており、それが各民族を刺激してしまった。
現在においても、セルビアのセルビア急進党という右翼政党では、ボスニア・ヘルツェゴビナとクロアチアの大部分のみならず、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリーの一部をも含めた大セルビアを建設すべきという綱領を掲げている。この方針によって、クロアチアではユーゴ紛争時にクライナ・セルビア人共和国、ボスニア・ヘルツェゴビナではスルプスカ共和国が建国された。(スルプスカ共和国は現在もボスニア・ヘルツェゴビナとの連邦制を採用し残っている)
セルビア人からすれば、歴史的仇敵であるクロアチア人などの、敵対勢力の支配下を避けることで、これらの地域におけるセルビア人の権利を守る必要があったんだ。
114:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 15:26:21.64 ID:WrBrvmSI0
>>1よ
こんなところで話したって
この話がこの先多くの人の目に留まる可能性は低いぞ
116:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 15:30:06.60 ID:60HAO/620
>>114
それでも構わないんだ。
例え本を出したとして、日本人の誰が買う?誰が読む?
ブログで書いたとして、誰が見に来る?見に来ないよ。
だって、世界は深刻な状況になって初めて動いたんだ。
日本でだって、そんなに報道されていなかったと思う。
自分達に関係ない話だから。それでもいい。
これは俺のわがままで書いてるだけだから、多くの人が見てくれなく居ても構わないよ。
続き書くね。
楽しい夏休みはあっという間に過ぎ去ってしまい、
気づけば9月になっていた。学校が始まると、
それまで毎日のように会っていたソニアとも会えなくなり、
とても寂しかった。それでも、一つ変化があったんだ。
今までは、平日は学校の8人で遊び、休みの日には
ソニアの家に俺一人で行っていたのだけれど、
夏休み明けには、土曜日には皆でソニアの家に行くようになってた。
俺の場合は、次の日の日曜日にも一人で遊びに行っていたけれど。
今考えると行き過ぎだったと思う。でもソニアと会いたくて、
遊びたくて仕方が無かったんだ。ソニアやソニアのパパ・ママも
また来週って帰り際に言ってくれてさ。出会って数ヶ月だというのに、
まるで小さい頃から一緒だった幼馴染のようだったな。
9人で遊ぶ時は秘密基地で、ソニアと二人で遊ぶ日曜日は
ソニアの家で過ごしていた。たまに学校の別の子と遊んだり
もしたけどね。
今と違って携帯電話とかがなかったから、遊んだ日に大体次の約束をして、
どうしても行けない時はソニアに電話して伝えてた。
12月に入るとスルツキやフルヴァツキの人々が慌しくクリスマスの準備をして、
小さい街ではあるけれど、少し華やかになったのを覚えている。
ボシュニャチの人たちは基本的にムスリムだから、普段と変わらない生活だったんだけどね。
俺と父さんは久しぶりに休日を一緒に過ごした。
休みの日は殆ど家に居なかったからね。父さんは色んな料理を
作ってくれたよ。どれもやっぱり美味しくなかったけれど、
それでも嬉しかった。
「外国で生活させてしまってごめんな。」といった事を言われたけれど、
俺にとっては、既にこの国が故郷のように感じていたし、何より俺に
居場所があるというのが嬉しかった。だからこの国で一生暮らしたいって
言ったよ。
父さんは笑いながら、ここしか仕事ないし、永住するかみたいな事を言ってた気がする。
新年が過ぎ、冬の季節になった。日本と比べてそこまで寒いわけではないと思っていた
けれど、実際には急に冷え込んだりするから常に厚着をして、厚い時は脱いで手に
持ったり、リュックに入れたりしていた。
皆で雪だるまを作ったり、丘から雪だるまを落としたりして遊んでいた。
周りは広い平原というか高原、そして山々に囲まれた盆地だったから、
本当に一面が真っ白で、ソニアの家から見る景色は綺麗だった。
確かこの時雪合戦をしたんだ。皆で雪の壁で陣地を作って、
4・5に別れてさ。ドラガンの奴が雪をかなり硬く固めてさ、痛かった。
あぶないなぁーなんて思ってたら、それが丁度サニャの目に当たっちゃったんだ。
サニャは涙ぼろぼろ流しながら大丈夫、大丈夫って言ってたんだけど、
それを見たカミーユがぶち切れてしまって、ドラガンにつかみ掛かってた。
止めなきゃって思ったんだけど、この時はメルヴィナが好きにさせときなって言ってさ。
「男の子なんだから、たまにはああやって喧嘩しないと分かり合えない。」
みたいな事を言っていたよ。やべーメルヴィナやべー。って皆で口々に言ってた。
少し経つとさ、二人とも青タン作りながら喧嘩をやめて、ドラガンがサニャに謝った。
「怪我をさせるつもりじゃなかった。ごめんね。」みたいな事言ってたな。
メルヴィナが俺の後ろでぼそっと言ったんだ。
「悪いと思えば、悪いと思うほど、素直に謝れない時があるよね。
あそこで二人が喧嘩をすれば、ドラガンは素直に謝れる。良かった。」
ってね。
133:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 15:48:07.93 ID:SdMM970R0
やべーメルヴィナやべー。
でも後に・・・ああああああああああああ
132:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 15:48:03.36 ID:P0Xxg9cJ0
メルヴィナに惚れた
135:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 15:50:55.72 ID:60HAO/620
>>132, 133
うん。メルヴィナは長女でさ、弟が確か何人かいたんだ。
だからかもしれないけど、色々と観察して、何時も一人冷静に
俺達の見守り?じゃないけど、注意とかしてくれた。
とても優しくて、強い子だった。
この時期は、ソニアママの言いつけで、危ないから秘密基地には行かないって
皆約束させられてたな。
そして気づけば5月。この国で過ごして1年が経過していた。
毎日が充実して、予定が一杯あって、忙しい日々だったと思う。
それでも、当時の俺にとっては、この一年がとても長く感じた。
充実した一年ではあったけれど。
俺の家に8人を招待して、皆でお祝いパーティーみたいのをしたんだ。
父さんは料理が下手だっていうのに、気合を入れて日本料理を作ったりしてさ、
でも皆の口には合わなかったらしく、全員引きつった顔をしていたよ。
俺も不味くて引きつった表情してしまったけれどね。
それでも、父さんは俺が友達を作って、そして毎日仲良く過ごしている事に
喜んでくれているようだった。
この時は、ずっとこの幸せな期間が永遠と続くと思っていたよ。
6月末頃だったと思う。隣のフルヴァツカで戦争が始まったんだ。
隣国だけれど、自分達には特に関係がないものだと思っていた。
しかし、実際にはそう簡単な問題ではなかったんだ。
街だけでなく、学校のクラスにおいても、
スルツキ・フルヴァツキ、そしてボシュニャチの間で
気まずい状況になり、ついにはクラスの席が民族ごとに
別れる様な状態になってきた。
言うまでも無く、今までのように放課後一緒に遊ぶ事は出来なくなったんだ。
ただ、それでもまだ大きな紛争にはなっていなかった。
まだフルヴァツカだけの話で済んでいたんだ。
だから、民族間の陰での対立が始まる兆候が見えてからも、
俺達は大人に隠れてこっそりと秘密基地に集まっては、
9人で遊んでいた。自分達には関係ない話だったんだ。
俺達にとって大切なのは、民族や宗教じゃなくて、
目の前にいる友達だった。だから、何があっても俺達は
仲間だ。一緒に助け合っていこう。ずっと一緒だ。
そういった約束を交わしたんだ。
言い忘れてたけど、
俺は日本人で、
ソニア、サニャ、メルヴィナ、カミーユ、メフメット、カマルはボシュニャチでムスリム
ミルコはフルヴァツキでローマ・カトリック
ドラガンはスルツキでスルプスカ・プラボスラニナ
あ。スルプスカ・プラボスラニナっていうのは、セルビア正教ね。
俺達は友達であり、お互いに信頼し合う仲間だったけれど、
同じ言葉を話しているとはいえ、違う民族、そして違う宗教を信ずる集まりだったんだ。
148:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 16:10:10.99 ID:j7kn5CxM0
なんでこんなゴミ溜めのVIPなんかに投下したんだよ
150:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 16:11:20.22 ID:JeXMzKRoP
ドラガンだけがセルビア人なのか。
151:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 16:13:27.96 ID:60HAO/620
>>148
ここがゴミ溜めなら、外は偽善者ばかりの地獄だからだよ。
>>150
うん。実際、俺達の地域は5割くらいがボシュニャチで、4割がスルツキ、1割がフルヴァツキ
みたいな感じだったと思うんだ。だから、俺の地域では少なくともスルツキは少数派では
なかったよ。
夏休みに入っても、去年のように一緒に表立って遊ぶという事は出来なくなっていた。
少しずつではあるけれど、着実のこの国でも民族間の対立、宗教の対立、そして過去の
負の因縁の対立が次第に高まってきていた。大人たちは違う民族間で極力話さないように
なっていたし、話してはいけない雰囲気になっていたんだ。
父さんは、もしかしたら戦争になるかもしれない。お父さんは仕事をやめる事が出来ないが、
祐希は日本へ帰りなさい。って何度も言われた。でも、俺は友達を残して自分だけ日本に
帰るなんて出来なかった。それに戦争というものを理解していなかったんだ。
戦争にならないようにすればいいでしょ。そんな風に思っていた。
基本的に同じ民族、殆ど同じ宗教の人々が暮らす日本で育ったから、
理解できなかったんだ。民族間の対立というものを。子どもだったしね。
153:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 16:16:22.71 ID:P0/+v6OY0
親父の仕事聞いてもいい?
161:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 16:22:17.73 ID:60HAO/620
>>153
研究者だった。といっても、自然科学系だったんだけど、資料がある部屋とかには
入っちゃ駄目って言われたりしてたから、ボスニアの研究機関で仕事してるってことしか
知らなかったよ。
そして9月になった。今まではフルヴァツキの軍と
フルヴァツカ在住のスルツキの人々との衝突だった紛争が、
9月末頃にはフルヴァツカ軍とスルツキを主体としたユーゴ連邦軍の戦争へと
発展したんだ。
この国では、ボシュニャチが人口の過半数を占めていて、
俺の住んでいたカリノヴィクも例外じゃなかった。
日が経つに連れて、街の中ではフルヴァツキとスルツキの人々の
関係が悪化して、時々通りで大人同士が喧嘩をするようになってきていたんだ。
そして10月に入ると、ボシュニャチが大半を占めるこの国では、
連邦から脱退しようという声が広がって、
ついに政府が主権宣言みたいのをしたんだ。つまり、
連邦内の国家じゃなくて、一つの独立した主権を有する国家となるという宣言なんだ。
父さんから説明されても、当時は理解できなかったけれどね。
その宣言によって、街の中はさらに緊迫した状況になった。
学校の中でも、子どもであるにも関わらず、民族どうして一緒に行動して、
そして喧嘩が起きたりしていたんだ。つい最近までは一緒に遊んでいたのに。
街や学校、恐らく国内全域で、フルヴァツキ(クロアチア人)・ボシュニャチ(ボスニア人)と
スルツキ(セルビア人)の間で緊迫した状況になっていたんだと思う。
親には外で遊ぶのは辞めなさいと言われるようになっていたし、一緒に
遊んでいた8人も親から同様の事を言われていた。
大人は、例え子どもであったとしても、他民族の子には冷たくするようになってきていた。
今の東京の比じゃないくらい、寂しく悲しい街へと変わっていたんだ。
年が明けて1992年になっても、状況は好転せず、ますます混迷を極めてきていた。
民族ごとに武装の準備を始めたり、時には街中で銃を持ってあるく市民も出始めていたんだ。
初めて目にする銃は、とても怖かった。でも非現実的な光景に見えて仕方が無かったんだ。
まさか、そんなのを使うわけ無いでしょってね。
171:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 16:32:57.26 ID:5swMK0ox0
フルヴァツキとスルツキが対立してるのは分かったけど、この時のボシュナチの立場ってどういう状況なんだ?
よく分からなくてごめん
174:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 16:36:06.40 ID:60HAO/620
>>171
俺もこの時は何でボシュニャチ(ボスニア人も?)って思ったんだよ。
だけどさ、最初のフルヴァツカ紛争(クロアチア紛争)の発端は、どっかの競技場?で
ボシュニャチ(ボスニア人)がスルツキ(セルビア人)を殺してしまった事から始まったらしい。
勿論、それ以前から問題はくすぶっていたんだけど、それが爆発するきっかけを作ってしまったんだ。
そして、第二次世界大戦中、ボシュニャチ(ボスニア人)も、スルツキ(セルビア人)を殺してたんだよ…。
そして、今から書くけど、連邦からの独立をセルビアは反対していた。そしてボスニア・ヘルツェゴビナのセルビア人も。しかし、ボスニア人とクロアチア人は独立に賛成していたんだ。
172:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 16:33:11.90 ID:LNH50PAKP
>>1は何故そこまで日本に失望したのか後で教えてくれ
175:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 16:36:48.84 ID:60HAO/620
>>172
日本には失望していないよ。
自分に失望しただけ。
178:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 16:39:10.27 ID:35C/73760
クロアチア人も独立に賛成していのか
182:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 16:40:50.28 ID:60HAO/620
>>178
賛成していた。だからこそ、クロアチアとしてユーゴから独立を宣言して、クロアチア紛争が始まったんだ。
そして、ボスニア領内でも、彼らは自分達の国を作ることを望んでいた。
自分達の国を持って、自分達で国を動かし、自分達が自分達を支配する。それが最も安全だったんだ。
181:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/05/19(水) 16:40:14.19 ID:QEpo97Sr0
>>1
今時間ないんだけど、夏なり冬なりにこれサウンドノベル化してもいい?
誰かから金とったり戦争を茶化したりしないから。
185:祐希◆fyiPNhmVqk :2010/05/19(水) 16:44:43.19 ID:60HAO/620
>>181
何に使ってくれても構わないよ。転載してくれても、それでお金を儲けてくれても構わない。
俺はたとえ少数であっても、伝えることが出来ればいいから。
何かを作る時には、やっぱり時間と労力がかかると思う。
作ったのであれば、それはもう貴方のものだから、それに対する報償が
生まれるのは当然だと思うよ。
こんな暗い話でお金儲けるなんて無理だと思うけどね・・・。
>>183
最初妄想として茶化しながら書こうとしたんだよ。
でも誰も読んでなくて、寝たらスレが落ちちゃってたから、
真面目に書こうと思った。
続き書くね。
つまり、俺達が住んでいた国、即ちボシュナは連邦から独立を宣言したんだ。
それと同時に、このボシュナは三つの国にわかれた。
一つはボシュニャチの人々のボシュナ。もう一つはフルヴァツキの人々のヘルツェグ=ボシュナ。
そしてスルツキを中心とするスルプスカに。俺達の居たカリノヴィクはこのスルプスカの領内だったんだ。
この時点で、もうこの国において、民族同士の衝突、戦争は避けられない状況になっていた。
俺達の街からも、首都サラエヴォに向けて脱出する人がちらほらと出てくるようになった。
あ、脱出したのはボシュニャチの人々ね。
確かに死んでしまったら終わりだし、生きていれば良い事も、悪いこともある。
辛くて悲しくて命を絶つ人もいるかもしれない。だけど、自分の場合は
そういうのじゃないんだ。これから先、悔い改める機会は何度だってあるだろうし、
良い事も沢山おきると思う。決して、社会だとか周りに失望したり恨んだりしてる
わけじゃないんだ。自分に失望して、その自分が許せないだけなんだよ。
俺には、これから先悔い改める機会も、悲しみがあれど幸せがある世界で
行き続けるのも、自分自身が許せないんだ。それについては、最後に書くよ。
こうして、スレを建てて書き込む事になった経緯にも繋がってくるから。
そして日本で死ぬなんてしないから。まだあっちでしなきゃいけない事があるからさ。
あっちで全てを話して、最悪そうなるかもしれないってだけだから、心配しないで。
大丈夫だから。
それじゃ、書きます。
長くなるから、先にどうなるか書いておくね。
今から20年近く前の話だから、多少忘れてたり、間違ってたりするかもしれない。
そこは許して欲しい。
今から話す内容に出てくる子がどうなったか、先に書いておく。
ソニアは殺された。
サニャは爆発に巻き込まれて死んじゃった。
メルヴィナはレイプされて連れ去られた。
メフメット・カマル・ミルコは行方不明。
カミーユも死んでしまった。
ドラガンって子は、裏切ったと思っていたけど、実際は違った。
それじゃ、書いてくね。わからない事あったら聞いてください。
昭和天皇が崩御あらせられた年から1年程経った頃だった。
保育園の卒業が間近だった俺は、卒園式で披露する歌の練習を友達の
園児とした後、教室で紙ヒコーキを作ったり絵を描いたりしながら
母さんが迎えに来るのを待っていた。
母さんはパートの仕事をしていて、俺を迎えに来る時間は何時も6時過ぎで、
女の先生(保母さん)と一緒に二人で待っていた。この時間にもなると、
残っている園児は俺一人である事が殆どで、何時もまだかまだかとソワソワして
待っていた覚えがある。
以前は、俺が楽しみにしていた戦隊シリーズ(確かターボレンジャーあたり)が
土曜日に放送されていた為、寂しさはあれど不満はなかった。
だけど、途中から金曜日の5時過ぎに放送曜日と時間が変更されてしまった為、
テレビで見れなくなってしまったんだ。当時は確かベータとかいう変なビデオデッキが
あったけれど、予約機能なんてものがなかった為に、シリーズ途中から見れなくなっていた。
この日も曜日は金曜日だった。今日だけでもいいからお母さん早く帰ってきてと
祈っていた記憶がある。だけど、5時になり、そして6時になり、普段と変わらない時間に
なってしまった。ああ、今日もか。そう思って先生に駄々をこねていたかもしれない。
少し時間が経って、普段と違う事に気づいた。遅くても6時半頃には母さんが迎えに
来るはずなのに、時計を見たときには7時近くになっていた。先生も今日はお母さん遅いね
と言いながら、母さんの仕事場に電話をする為に俺を一人残して教室を出て行った。
カチカチと秒針を刻む時計の音がひどく不気味に感じたし、普段は気にしないような
電気が消えた奥のトイレが怖く感じた。数分程経過した頃、先生が戻ってきて俺を
家の近くに住む爺さんの家に送り届けてくれることになった。
爺さんの家に着いてから、お母さんお仕事遅いねといったやりとりをしたが
、その時の爺さんの表情は暗いものだった。保育園で過ごした日々の記憶は
今になっては殆ど薄れ、忘れてしまったけれど、この日の記憶は今も鮮明に覚えている。
それから何日も母さんを待ったけれど、結局母さんは帰ってこなかった。
後に知った事ではあるけれど、母さんはとっくにパートを辞めていて、
外に男を作っていたらしく、つまりは俺と単身赴任している父さんを捨てて
二人で駆け落ちをしてしまったんだ。
父さんは海外で仕事をしていたから直ぐに会えるわけでもない。
俺は一人ぼっちになった。父さんの親族も母さんの親族も、小学生にあがる程成長した
俺の養育を拒否してさ、当然といえば当然ではあるけれど。
誰が好んで面倒がかかる時期の子どもをわざわざ引き取るんだって話だ。
爺さん達は俺の面倒を見切れないという事で、養護施設に預けようと
したらしいけれど、それには親の承諾が必要だったんだ。当然、虐待が発生した
といった緊急のものであれば、強制的に一時保護という形になるから、親の許諾は
必要ないけどね。その為、海外に赴任している父さんに電話で相談したらしい。
そこで色々と話し合って、父さんは何とか俺が日本で親族の下で暮らせるように頼んだ
らしいけれど、やはり誰も引き取ってはくれず、父さんが俺を迎えに来て
海外で一緒に暮らす事になったんだ。父さんとしては、俺が日本で暮らすことを望んだ
みたいだけどさ。
親戚の人たちが、俺が泊まる場所(ちょうど3月から4月頃かな)で怒鳴りあいの喧嘩を
しているのを、襖からそっと聞いていた俺にとって、もう日本には居場所がなかった。
母親と会えないだけでも辛かった俺は、夜になると一人布団の中で泣いていた気がする。
子どもなのに、少し諦めに近い感情を抱きつつあった。だけど、父さんと一緒に
暮らせるとわかった時は、とても嬉しかったんだ。母さんと一緒に暮らしていた期間の
方が断然長く、父さんとは殆ど会えなかったけれど、俺は父さんが大好きだった。
だから、婆さんからもうすぐ父さんが迎えに来ると言われたときは、ほっとすると
同時に、嬉しかった。諦めのような感情があったとはいえ、これで自分の居場所が
出来る様な気分だったように思う。まだ幼い俺にとって、爺さんや親戚の家は、
とても息が詰まって、そして肩身が狭かった。一種の悲劇のヒーローのような
気分を味わっていた。
父さんが迎えに来た日、確か4月の下旬頃だった。1年ぶりの再会であり、あまりにも久しぶり
すぎた俺は、最初父さんの顔が認識出来なかった。いや、父さんかもしれないけれど、父さんでは
ないかもしれないといった感覚だな。それ程、当時の俺にとって1年という期間は長いものだった。
父さんは「すまない。」と一言俺に言って、「大きくなったな。」と微笑んだ。
そんな事を言う前に、俺からしてみれば最初から日本で仕事をしていてくれよ、といった感じだったな。
空港から、トルコ経由で向かったわけだけれど、機内から見る空は美しかった。というより眩しかった。
途中で降りた空港には、飛行機の中とは比べ物にならない程の異国の人々がごった返していた。
そこから首都まで乗り換えて向かい、初めて降り立った外国の地というものは、少し気持ち悪かった。
日本と違い、建物はみな似たような作りと色合いで、何で?と疑問に思ったものだ。
外国人も背が高く怖いし、そもそも日本語ではない言葉を話している。
当時は、テレビ以外で外国人を目にする機会というものが無かったんだ。だから初めて自分の目で見る外国人は、奇妙に思えて少し怖かった。それに、言葉というものが国によって異なるというのを、まだ当時はきちんと認識出来ていなかったんだ。つまり、標準語はテレビの中だけ、みたいな感覚だな。
テレビの中だから変な言葉を使うような感じだ。その為、彼らが話す暗号のような言葉を話すのは余計に奇妙に感じた。
俺が父さんと一緒に暮らす事になった街は、首都から車で結構走ったところで、人口数千人位だった。
日本と比べると、人口密度はかなり低い場所だった。街の周りは高原(草原)や山々に囲まれている盆地のような場所で、建ち並ぶ様式が統一された住居はとても綺麗だった。
オレンジ色の屋根に、白い壁。当時の日本(といっても、俺の地元)では目にする事が無かった為、はじめは奇抜に見えた。
子どもが親についていき、海外で暮らす場合、多くは日本人学校等に入る事になると思うのだけれど、
俺の住む街には日本人学校どころか日本人すらいない。いや、俺と父さんの二人はいたけどさ。
不安を抱きながら学校へ行っても、皆何を言っているのか理解出来ないわけだ。当然、俺は一人ぼっちだった。
自己紹介すらきちんと出来なかったからな。
もう少し年を取っていれば、ノリで仲良くする、フレンドリーに接するなんて事が出来たかもしれない。
だけど、当時の俺にそんなスキルがあるはずもなく、どうしようもなかったんだ。
その為、最初の2週間ほどは非常に苦痛だった。父さんが家に居るという事だけが、
唯一俺の救いだった。だって、俺に居場所があるんだからさ。
ただ、まだ血で血を洗う戦争には発展していなかった。スルプスカ共和国(セルビア人共和国)となったとはいえ、実際にそれを世界に向けて宣言したわけでもないし、まだ平和的に解決出来るかもしれないという希望があった。
俺はまだ小さくて理解しきれていなかったのだけれど、こんな状況でも9人でこっそり会い、秘密基地で遊んだり出来ていた。
以前のように堂々と遊ぶことが出来なくなっても、俺達の友情というか結束みたいのは少しも崩れて無かったんだ。
むしろ、大人たちや周りから、もう遊ぶなって言われれば言われるほど、強くなっていったように思う。
こっちもスレッドがストップしたら、恐らくもうそういった運命だと思うので、書くのは辞めるね。
そして3月後半になってくると、首都サラエヴォの方でスルツキの民兵達が何かをするらしいという噂が、街で耐えなくなった。とはいっても、この時はまだ民兵という言葉自体を理解していなかったから、何かあるんだーといったような感じで、気にも留めていなかったんだ。
原稿用紙の文そのままだと↓こうなってしまうし、原稿用紙の文は入力しなおしてて、まだ今話してる所まで追いついていないんだ。
原稿用紙の文そのままのやつね。まだ今話している段階に追いついてない↓
お読みいただく前に
これから書き進めていく体験談は、筆者が可能な限り客観的な視点に基づきつつ書き記したものである。フルヴァツカ紛争やスロベニア紛争に端を発した一連の所謂ユーゴスラビア紛争に関して、筆者はどの国家・民族・宗教・勢力に対しても賞賛や批難・中傷を行う旨はないと予め表明しておく。
これから読み進めていく読者の中には、見知らぬ言葉や表現を多々目にすると思われるが、それに対して出来る限りの補足を付け加えていく。この中では、多くの歴史的背景や宗教が絡むが、どうか一つの物語のように読んでいただけると本望である。
なぜなら、これは戦争の悲惨さや愚かさを伝え、平和主義の啓蒙を行う為のものではなく、そこで何が起きたかを一つの体験談として記し、読者の方々に何かしらのものを感じて頂きたいからである。そして、一般的なマスメディアが活字や映像といった媒体を通して語りかけてくる途方もない情報群の中において、絶対というものはないという事を感じていただきたい。戦争とは悪であるかもしれない。しかし、戦争において絶対的な悪というものは存在し得ないのだ。全ての勢力や人々に、各々が信ずる正義や大義名分というものが存在しており、それがぶつかり合い、折り合うことが不可能になる故に戦争が形となって現れてくるのだ。以上の事を、どうか読み進めていく前に考えて欲しいのである。
はじめに
これから先読み進める前に、読者の方々へは登場する人物がどのような結末を迎えるか先に記しておく。
ソニア…彼女はスルツキ(セルビア人)民兵によって殺害される。
サニャ…彼女は爆発に巻き込まれ死亡する。
メルヴィナ…彼女はスルプスカ警察によって強姦された後、連行される。
メフメット・カマル・ミルコの三名は行方不明となり、生存は未だ不明である。
カミーユ…彼もまた、スルツキ(セルビア人)民兵によって殺害される。
ドラガン…彼は裏切り者であったと筆者は誤解をしていた。
本章 第一部
一、 始まりの日
年は先帝の昭和天皇が崩御あらせられた日より一年程経過した頃である。保育園卒業を間近に控えていた私は、卒園式にて披露する歌の練習を行っていた。その後、練習が終わり多くの園児が母親の迎えによって帰宅したのであるが、私は一人教室内にて紙ヒコーキを作り、絵を描きながら母親の迎えを待っていた。私の母は、設計事務所においてパートタイムの仕事に勤めており、保育園へ迎えに来る時間は大変遅かった。この日も、迎えの時間は夕方の六時をとう当に過ぎており、途中から保育士である先生と共に待っていた。この時間にもなると、保育園に残っている園児は私一人になっており、母の迎えをまだか、まだかと心待ちにしながらそわそわしていた覚えがある。
以前は、私が当時楽しみにしていた戦隊シリーズであるターボレンジャーが、保育園の休みの日である土曜日に放送されていた為、待つ寂しさはあれど不満というものはなかった。しかし、放送の途中より金曜日の五時過ぎへと放送曜日・時間が変更されてしまい、私はこの楽しみにしていた番組を見る事が出来なくなってしまったのだ。当時においては、ソニーより発売されていたベータシリーズのビデオデッキが自宅にはありはしたが、予約機能のような多機能搭載の機種ではなく、私はなくなくシリーズ途中から番組の視聴を諦めざるを得なかった。
この日も曜日は金曜日であった。
「今日だけでもいいから。母さん早く迎えに来て。」
そのように祈っていた記憶が残っている。しかし、夕方五時を過ぎ、六時になり、普段と変わらない時間にまでなってしまったのだ。
「ああ。今日もか。」
そう考え、私は保母である先生に駄々をこねてしまっていたかもしれない。少しばかり時間が経過した頃であった。私は普段と違う異変に気がついたのだ。普段の日であれば、例え仕事が長引いてしまったとしても、母は六時半過ぎには迎えに来ているはずなのだ。しかし、私が時計に目をやると時計の針は既に七時近くを指していたのだ。先生も私と同様に異変を感じたのであろう。
「今日はお母さん遅いね。」
114:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 01:15:09.39 ID:Cy8es0Eo
頼むから煽りはスルーして自分のペースで投稿してくれ
115:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 01:15:20.04 ID:NNSgcXUo
>>112
そういや、手記にする予定だったんだっけ
118:祐希◆.0dKn/WD26 :2010/05/21(金) 01:09:26.26 ID:c1y0p92o
>>114
ごめん。
>>115
そう。ただ、その時間的猶予もないから、スレを立てて書いたんだ。
4月に入って、どうやらボシュナが国連に加盟するといった情報が流れてきた。
その意味が理解できなくても、周りの大人たちが深刻そうに、そして民族ごとに緊迫した空気を出している事から、俺達子どもも、かなり不安になってきていた。俺達子どもは、昔この地域でおきた民族同士の争いや悲惨な歴史を殆ど知らなかったんだ。
113:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 01:13:16.01 ID:cBJvl1Ao
ここはVIPと違って落ちることはほとんどないからね
だけどVIPじゃないから新しく人が来ることはほとんどないよ
だからより多くの人に見てもらいたいならVIPでやるべきだと思う
それで見れなかった人がここで補完しあえるように「避難所」にしたんだけどなあ
119:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 01:17:51.59 ID: AwsbTi6
実話詐欺の手法はもう限界かもしれない
123:祐希◆.0dKn/WD26 :2010/05/21(金) 01:21:53.12 ID:c1y0p92o
>>113
でも、あっちだと書けなくなってしまうんだ。
>>119
よくわからないけれど、これは俺の妄想だと思って読んでくれて構わないんだ。
それをどう判断するかは、全て読んでくれた人次第だからさ。
俺にとっては、書ければそれだけで十分だよ。信じてもらえなくても、
それがここだけで終わろうともね。
特に、親からそういった事を聞かされる機会があるはずもない日本人の俺には、
こうした状況を理解できるはずもなかった。
だけど、俺以外の8人は、ある程度理解しているみたいだった。
ドラガンが「何か起きたら、一旦皆で秘密基地に集まろう。俺達はずっと仲間だ。」みたいな事を
言っていた。皆も「うん。そうしよう。」って相槌を打って、約束したんだ。約束したんだよ。
124:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 01:22:34.84 ID:dGGNRgso
>>118
gdgd書く前にテキストデータ全部うpしてくれ
126:祐希◆.0dKn/WD26 :2010/05/21(金) 01:25:38.49 ID:c1y0p92o
>>124
全スレでも、このスレでも書いたと思うのだけれど。昨日のサーバーが落ちた時に、自分のPCの
不調かと思って弄っていたら、今までスレに書いた文章を、データ化した文章に上書きしてしまったんだよ。
だから、今から書く文は原稿用紙のものを見ながら、要約しているんだ。
ごめんね。もう同じこと何度も言うのは疲れるから、これ以降はこういった内容には
答えないよ。ごめん。
父さんは、この緊迫した状況を考えて、俺だけでも日本に帰国させようとしていた。
当然、俺はそれを断固拒否するだろうと考えたらしく、俺には内緒で、仕事でサラエヴォに行くと言って、俺をソニアの家に預けたんだ。今思えば、あれは俺を一人残して、航空券を買いにいったんだと思う。
一人だったのは、サラエヴォが危険だったからなんだろうな…。
「明日になったら、帰ってくるから、いい子にしていなさい。」と言ってた。
翌日の4月5日だったな。俺は父さんが帰ってくるまで遊んでいようと思って、秘密基地でいつものように遊んでたんだ。
ただ、この日に限ってドラガンだけは来なかった。用事があるとか言って。
夕方近くになった頃だった。街の方から大きな音がしたんだ。皆びっくりして、急いで丘を駆け上がったんだよ。そしたら、街から黒い煙が上がっていて、時々小さな乾いた甲高い音が聞こえてきてた。俺は何の音かわからなかったんだけど、ミルコが「銃の音だ!」って叫んだんだよ。
血の気が引いたのを覚えてる。ソニアやサニャ達はおろおろして泣き出しちゃってさ。
ミルコやメフメット、カマルは家に帰らなきゃって叫んで、街に向かって走っていった。
止めればいいものを、状況が理解できていなかった俺はぼーっと立ち尽くしていたと思う。
多分、30分位そこでぼーっとしていたかな。もっと長くそこで立ち尽くしていたかもしれない。
大きな音を出しながら、何台かの車がソニアの家の方向に向かって来てた。
あれって何だろうって思っていたんだけど、カミーユが「スルツキの奴らだ…。」って呟いたんだ。
ソニアは家に帰ろうとしたんだけど、カミーユや俺で必死に止めた。それで、様子を見ようってことで、カミーユが何時も持ってきていた双眼鏡でソニアの家を覗いてたんだ。
最初は、「スルツキの兵士が家の中に入ってる、外にも何人かいる。」って感じで説明してたんだけど、途中で「あっ。」って言った後、カミーユは何も言わなくなっちゃったんだ。
メルヴィナと一緒に、どうしたの?って何度聞いてたんだけど、何も言わなくてさ。
おかしいな?って思って、少し身をを乗り出して見たんだ。
そしたら、さっきの車二台が俺達の方向に向かってきてるんだよ。
141:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 01:35:50.64 ID:yuaiZ6wo
バックアップを取ってないのが悔やまれる
つかこんな大事なものなんでバックアップとらねえんだww
142:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 01:36:22.39 ID:WIt8eWgo
というかまとめてあったんならそれを自費出版するなりそのままアップすればよかったんじゃないか
146:祐希◆.0dKn/WD26 :2010/05/21(金) 01:39:26.13 ID:c1y0p92o
>>141
こんな急に書かなければいけない状況になるとは思っていなかったからだよ。
出版なら原稿用紙でもいいしさ。
>>142
そのままアップしたところで、国語の教科書みたいで誰も読まないよ。
少なくとも、俺は読もうと思う文体じゃない。くどくどと長いしさ。
同じ質問に答えるのもうやめるね。ごめんよ。
「何で!?何でわかっちゃったの!?」って口々に言ってたんだけどさ、
カミーユが涙目になりながら、わからないけど目が合っちゃったって言うんだ。
今考えれば、その理由はすぐわかるよ。でも当時はそんなのわからなかったんだ。
ただ、カミーユは俺のせいだ。俺のせいだ。って泣いてた。
このままだと、もしかしたら俺達は捕まってしまうかもって思ったんだ。考えてみれば、
敵かどうかもわからない。それなのに、俺達はもうそのスルツキ達を敵だと思ってた。
多分、あれは直感というか本能的なものだったと思う。だって、味方は銃を持って来ないでしょ。
少しずつ車が近づいてくる音がして、この場所にいるのは不味いと思ったんだ。
俺は4人に急いでこの場所を離れて隠れようって言った。俺は泣いているソニアの手を引っ張って、
カミーユとメルヴィナはサニャの手を引っ張って、急いで走った。だけどさ、結局俺達は8歳そこそこの小学三年生ぐらいの子どもだった。例え俺達が必死に走ったところで、逃げ切れるわけがなかったんだ。
200Mくらい離れた小さな木の下に隠れたけれど、ゆっくりと車が近づいてくるのがわかった。
心臓が高鳴って、次第に息苦しくなってきたんだ。頭の中では落ち着け。落ち着けと言っているのに、
体中から汗が出てきて、静かにしなきゃいけないのに、鼻から息が吸えなくてさ。口で音を出しながら
息をしてた。すぐ隣のソニアやサニャ達は、泣かないように必死に口を押さえてるんだよ。
でも、カチカチって歯の音がしちゃってさ。止めようとしても、その音が止まらないんだ。
正直に言って、俺はもうだめだと思った。殺されるとか、そういうのはまだわからなかったのに、
ああ。もう終わった。そんな感覚に陥っていた。多分、皆も同じ感覚だったと思う。
車の音も大きくなってきて、スルツキの民兵達の声も、鮮明な声ではないけれど、聞こえてきた。
何か恐ろしいことを言っていた気がするけれど、恐怖でそれを理解するほど、覚えているほど
その時の俺には余裕がなかったように思う。
151:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 01:42:31.49 ID:yuaiZ6wo
双眼鏡の反射か。狙撃手の基本だがガキじゃ仕方が無い
153:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 01:43:04.26 ID:n1..lig0
>>151
お前何者だよ
158:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 01:46:21.92 ID:yuaiZ6wo
>>153
いや、双眼鏡で光が反射すると場所バレるじゃん。それかなと思った
162:祐希◆.0dKn/WD26 :2010/05/21(金) 01:49:03.82 ID:c1y0p92o
>>158
そうだったのか…。てっきり相手と目があったからだと思ってた。
見つかるのも時間の問題だったんだ。そしたらさ、少し離れた所に隠れていたカミーユが俺を後ろに引っ張って、小声で囁いたんだ。他の女の子には聞こえないようにしながらね。
「このままだと見つかってしまう。俺がスルツキを引き付けるから、その間に皆を連れて逃げてくれ。」
それを聞いて驚いたよ。そしてもしかしたら助かるかもなんて考えてしまった。でも、それをやったらカミーユはどうなる?
「危ないよ。ここで皆で静かに隠れてよう。」
俺は慌ててそう言い返したんだ。だけど、カミーユは、それだと見つかるって。皆殺されるって言うんだ。
「引き付けた終わったら、後を追いかけるから大丈夫。」
俺はわかったって答えた。もうそうするしかないように思えたんだ。
そしたらカミーユはニコって笑ってさ、良かったって言うんだ。そしてさ、
「サニャの事、俺が戻るまで守ってあげてね。」って。
163:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 01:50:47.39 ID:jFTn8Qg0
スルツキの連中がそこまで過激な手段を取った背景は何なんだろうな
いつも疑問だったわ
173:祐希◆.0dKn/WD26 :2010/05/21(金) 01:50:52.47 ID:c1y0p92o
>>163
それはさ。禍根が次世代に引き継がれるからなんだ。
殺さなければ、殺される。今までの歴史がそれを証明してきた。
じゃあ、子どもは?
子どもはさ、次世代の敵になるんだ。だから、[ピーーー]しかない。
そういう考えなんだ。多分、平和の中で暮らしていたら一生共感出来ない
考えだと思う。俺も理解は出来るけど、共感は出来ない。
スルツキだけでなく、フルヴァツキもボシュニャチも同じ考えだよ。
そして、その考えの元で行動した。
190:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 02:00:01.20 ID:jFTn8Qg0
>>173
そうか やらなきゃいつかやられる状況だったのか
当事者にしかわからない事なんだろうけど、一度タガが外れると想像も出来ない事が起こるんだな
193:祐希◆.0dKn/WD26 :2010/05/21(金) 02:04:37.14 ID:c1y0p92o
>>190
タガは外れてないんだ。皆罪悪感はあるんだよ。でもその罪悪感をも超越する程の、
他民族への恐れ、怒りや憎しみがあったんだ。だから、自分達の民族のためと
自分に言い聞かせながら殺したりしたんだ。中には本気で楽しんでいた人もいたかもしれないけど
スルツキの人たちだけが野蛮で殺戮をしまくっていたってわけじゃないんだ。
現に、それに反対するスルツキもいたんだよ。でも、民族の敵といって、
そういったスルツキの人も殺害の対象になってしまったんだ。
戦場の中は、皆普通の心理状態じゃないんだ。もしかしたら、
他の民族に同情した同胞が、自分達に銃を向けてくるかもしれない。
それほど疑心暗鬼に陥る状態だったんだ。
今までの歴史とか宗教とかが絡み合って、想像できない状態になってたんだ。
えっと。違うんだ。えっとね。
原稿だと、最初になんでボスニアに行くことになったか書いてあるんだけど、
二回目に立てたvipだと、そこを省略して、カリノヴィクに着いてからの話を
書き始めたんだ。それで、それも消えちゃったから、
じゃあわかりやすいように、何でボスニアに行くことになったかも書こうってことで、
それを書いたんだ。
つまり、始めのくだりは、天皇陛下が崩御あらせられた~からはじまって、
カリノヴィクについてからの話になって、今に至るって流れなんだ。
わかりにくくてごめんね。
続けるね。
そう言い終わると、俺の返事を聞かずにカミーユは俺達が隠れている方向とは反対側に身を低くしながら走っていったんだ。
俺は3人に、カミーユが引き付けるから、その間に逃げるって伝えたんだ。
ソニアやサニャは駄目駄目って言うんだけど、メルヴィナは「そう。」って呟いただけだった。
スルツキの民兵が俺達まで20、30メートルぐらいまで近づいた時だったと思う。
向かい側の離れたところから、カミーユの声が聞こえたんだ。
たしかスルツキを馬鹿にするような言葉を発していたと思う。
それに気づいたスルツキの兵士たちが大声を出しながらそっちに走っていってさ。
俺達はそれを見て少し経ってから急いでその場から逃げたんだ。
スルツキの民兵が俺達まで20、30メートルぐらいまで近づいた時だったと思う。
向かい側の離れたところから、カミーユの声が聞こえたんだ。
たしかスルツキを馬鹿にするような言葉を発していたと思う。
それに気づいたスルツキの兵士たちが大声を出しながらそっちに走っていってさ。
俺達はそれを見て少し経ってから急いでその場から逃げたんだ。
メルヴィナがサニャを、俺がソニアの手を引きながらガムシャラに走った。
そしたら、後ろの方から乾いた音が何回か聞こえたんだ。
パパン、パパンだったかな。それと同時に、さっきまで叫んでいたカミーユの声が聞こえなくなった。
俺は、まさかと思って、立ち止まりそうになったんだ。引き返さなきゃって。
そしたら、メルヴィナが
「止まっちゃ駄目!」って言ったんだ。引き返したら、カミーユの行動が無駄になるって
202:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 02:09:52.68 ID:i.JGRRAo
こんなところで晒し者にされちゃってるなんてみんな(´・ω・)カワイソス
211:祐希◆.0dKn/WD26 :2010/05/21(金) 02:19:52.38 ID:c1y0p92o
>>202
かわいそうだよ。その通りだよ。
でも約束だからね。そして紛争前は民族が混在していたけれど、
今は違う。ボスニア・ヘルツェゴビナ領内でもボシュニャチとフルヴァツキで住んでいる場所が
わかれているんだ。そして連邦のもう片方、スルプスカ共和国にはスルツキが住んでいる。
スルプスカにいたボシュニャチはどうなったと思う?逃げたか、殺されたかだよ。
逆もまたしかり。そして今、スルプスカでは連邦から独立したいって考える人が
再び増えてきた。だから、戦後にあっちの国の人がいったんだよ。
「現在でもバルカン半島は世界の火薬庫だ」って。
これを書くのは皆に悪いことかもしれない。でも絶対悪にされたスルプスカやセルビアの人々の
禍根は、未だに消えてない。そして、それが恨みとなっていつ爆発するかもわからないんだよ。
俺が最初にどの勢力も賞賛・批難・中傷するつもりはない。って言ったのは、
俺が1995年1月にオーストリアへ脱出するまでの間、ボシュイニャチの民兵とも、
そしてスルツキの民兵とも行動を共にしたからなんだ。それは後で書くつもりだったけどさ。
でも、俺には止められないんだよ!そういうのをもう起こしたくないから、体験を広めてと
言われたのにさ!何も出来ないんだよ。無力なんだよ。出版してどうだ。
誰もわざわざ買って読まない。アップロードしてどうだ。誰も読み出そうとしないよ。
だって面白いものは沢山転がっていて、そしてこの紛争は日本にとって遠い国で起きた
自分達には関係がない話だから。
出版はね、ぶっちゃけていえば、何社か持ち込んだけど断られたんだよ。売れないってね。
今ではそれでもいいと思ってる。いつか誰かに読んでもらえればって。
でもそんな時間ももうないんだ。だからこんなとこで、大切な仲間の死をさ、面白おかしく
書くしかないんだよ。それで、何かを感じてくれて、あわよくば、もっとバルカン半島の現状に
目を向けてくれれば、それでいいんだよ。無力なんだよ。俺はさ。
212:祐希◆.0dKn/WD26 :2010/05/21(金) 02:22:02.39 ID:c1y0p92o
ごめん。ちょっと言い過ぎた。202が悪いわけじゃないのに。少し頭冷やしてきます。
215:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 02:26:04.89 ID:NNSgcXUo
>>211
無力じゃないよ
昨日スレ立ててなきゃ、それこそ誰にも読まれなかったんだから
多分、>>1が想像する以上に多くの人がROMってる
224:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 02:31:45.35 ID:r.0JFwA0
読みたい
出版社の人には誰も金だして読まない
って言われたかも知れないけど、少なくとも俺は読みたい
何日かかってもいいので
書き上げてくれ
227:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 02:38:15.04 ID:Dl0w/yY0
>>212
無駄でも無力でもないさ
お前の気持ちを全部理解することは到底できないけど、みんなに少しずつ思いを伝えることはできているはずだ
232:祐希◆.0dKn/WD26 :2010/05/21(金) 02:47:12.09 ID:c1y0p92o
ごめん。気を遣わなくていいです。どうせこれは俺の妄想なんだ。
妄想だから、罵倒して不謹慎な作り話しやがってと思ってくれ。
そしてもし、何があったのか気になったら、ネットでもいいし
書物でもいいから、良かったら読んで欲しい。
憎しみというかシコリがある民族同士じゃ解決できないことが一杯あるんだ。
それが出来るのは誰?麻生元首相が、パレスチナとイスラエルの子どもを
日本に招待して交流の場を設けたり、橋渡しをしようとしていたよね。
日本なら出来る事もあるかもしれない。
この俺の不謹慎な妄想を読んで、もし気になったら、小さな力でもいいから、
橋渡しの土台になってほしいんだ。小さな柱でも、それが集まれば丈夫な橋、
広くて長い橋になると思うんだ。他人の力まかせで本当に申し訳ないけど。
それじゃ続き書きます。明日も会社に行かなければいけないので、3時になったら
寝るね。書き込めるのは、もしかしたら8時過ぎるかもしれない。そして、
明後日もやらなきゃいけない事があるから、明後日は夜の12時には書くのやめて寝るよ。
予定狂って、もしかしたら書き終わらないかもしれないけど、その時は許して欲しい。
メルヴィナがサニャを、俺がソニアの手を引きながらガムシャラに走った。そしたら、後ろの方から乾いた音が何回か聞こえたんだ。
パパン、パパンだったかな。それと同時に、さっきまで叫んでいたカミーユの声が聞こえなくなった。
俺は、まさかと思って、立ち止まりそうになったんだ。引き返さなきゃって。
そしたら、メルヴィナが
「止まっちゃ駄目!」って言ったんだ。引き返したら、カミーユの行動が無駄になるってね。
息が続く限り走ったと思う。それでも、移動した距離は1キロにも満たなかっただろうけれど。
肩で息をしながら、もう大丈夫だね。って言い合った。
そこからは歩いて山の下まで行ってさ、夜になるまでカミーユを待ったんだ。
だけど、結局カミーユは来なかった。
薄々皆気づいていたよ。あの音がしたときに、カミーユは殺されちゃったんだって。
でも、信じられなかった。
もしかしたらって思ってさ。口にする事が出来なかったんだ。
気づいたら、皆涙流しててさ、人が死ぬって事はまだそんなに深く理解できる年ではなかったけど、
それでも涙が一杯出てきたんだ。カミーユがさ、サニャの事が好きだってのは気づいてた。
それに、サニャもカミーユが好きっていうのは知ってたんだよ。俺は。
だけど、怖くて止められなかった。カミーユが引き付けてくれれば、助かるかもしれないって思って。
泣きながら、サニャに「ごめん。ごめん。」って何度も謝った。俺が殺したようなもんじゃないか。
そしたら、サニャはさ、自分だって悲しいはずなのに、無理して笑顔作って、
「祐希は悪くないよ。」って言うんだ。
太陽が沈んで、辺りが暗くなった頃、夜の山に子どもだけだと危ないからといって、
山から出て道をあてもなく歩いた。何でこんな事になってしまったんだろうとか考えながらさ。
沢山の星が綺麗に輝いてるのにさ、下は地獄だって思ったよ。
1・2時間くらいかな。それくらい歩いてたと思う。いきなり草むらから音がして、何人かの大人が出てきたんだ。
またスルツキかと思って、びっくりして逃げようとしたんだ。
だけど、ソニア達のヒジャブを見たからか、俺達がボシュニャチだとわかったみたいでさ、ボシュニャチの大人がこっちに来なさいって言ってくれたんだ。
あ、俺は日本人だけどね。
その人たちは、街で起きたことを教えてくれてさ、これからフォーチャへ向かって、
それからゴラジュデに向かうから一緒に来なさいって言ってくれた。
ソニアやサニャは家に帰りたいって言ったんだ。だけど、街にはスルツキの民兵や軍が来て
ボシュニャチやフルヴァツキの人たちを連れて行ってしまったから、行っちゃ駄目だって。
首都のサラエヴォでも戦争が始まったって言っててさ。
俺達は黙ってついていくしかなかった。
ライトを着けないで、街の反対側の山から向かったんだ。車の中でさ、俺はまた泣きながら、
カミーユに親切にしてもらったのに、俺は…って泣き言を言ってたんだ。
そしたら、サニャが俺の背中を擦りながらさ、
「カミーユが小さい頃に死んじゃったお兄さんが祐希とそっくりだったんだよ。
初めて会った日にカミーユは嬉しそうに話してて、友達になりたいって。
大丈夫だよ。カミーユは怒ってないし、悲しんでもいないよ。安心して。」って。
そんな感じの事を言われたんだ。
その時、俺が空き地で眺めていた時に何で話しかけてくれたのかとか、
何で休み時間に教室に来てくれたり、一緒に沢山遊んでくれたり、
優しくしてくれたりしたのかとか、
不思議に思っていたことが繋がってさ…。
好きだった子が死んじゃって、俺よりも長く一緒に過ごしてた子が死んじゃったっていうのに、
メソメソしている俺を慰めてくれてるサニャを見てさ。
あの時俺が勇気を出して行ってればって。俺が行けば良かったって後悔した。
それと同時に、カミーユとの約束、サニャを今度は俺が守らなきゃって。
何かあったらカミーユのようにしてでも守らなきゃって誓ったんだ。
まさか、これからさらに悲惨な未来が待っているとは、想像もしていなかったよ。
車で舗装された道の近くまで来たところで、大人たちがここから先は歩いて向かうって言ったんだ。
俺達は、何で歩いていくの?まだ遠いよって言ったんだけどさ、フォーチャへ向かう道はここしかなかったんだ。
サラエヴォでは、スルツキ(セルビア人)の警察や軍が都市を包囲して戦いが始まっててさ、
この道にもスルプスカの軍がいるかもしれないから、歩いて山を越えることになったんだ。
とはいっても、実際に山中を登って下ってというわけではなくて、道から数百メートルはなれた木々の中を
歩いていったんだけどね。まだ夜で周りは真っ暗でさ、すぐ目の前もよく見えなかったんだ。
月明かりだとか、星空だとかで案外見えるんじゃないかって気もしてたんだけど、木々に覆われた中では
光が枝や葉に遮られてしまって、本当に暗かった。周りは風で揺らされた枝や葉がこすれる音とか、
時折鳥か何かの声がしたりして、とても不気味だった。それでも、例え怖かったとしても、
進まなきゃいけなかったんだ。サラエヴォに向かうのは危険なんだ。だから俺達に残された道は、
ゴラジュデしかなかったんだよ。
幼い俺達にとって、夜寝ないで歩き続けるって言うのは、想像以上に辛いものだった。
家族がどうなったかわからないし、俺も父さんがサラエヴォでどうなったか、生きているのか、
それとも俺がカリノヴィクを脱出した後に戻ってこれたのか、心配してないか、
色々と不安だった。不安という一言では伝えきれないほど、頭の中では色んな事がごちゃごちゃと渦巻いていたように思う。体力的にも、限界は近づいてきていて、足は重いし、足元も良く見えなくておぼつかない。時折、ガサガサと音がするだけで皆が伏せてさ、常に周りを警戒しながら歩いてた。
真っ暗でよく見えないお化け屋敷の中を延々と歩くようなものかな。いや、起伏に富んでいて、足元が悪く、そして見つかったら殺されるかもしれないという不安が追加されているけれどさ。
もう歩きたくなかった。大人におんぶしてもらえたら、どんなに楽だろうって何度も思ったよ。でも、俺達は言い出せなかったんだ。なぜなら、俺達よりも小さい子が歩いてるんだよ。
俺達よりも辛いはずなのに歩いてるんだ。だから耐えるしかなかったんだ。
とはいえ、徒歩で山中を歩くのは時間がかかる。
空が赤くなり、少しずつ夜が明けてきた頃だったと思う。フォチャ途中にある
ミジュヴィナという街のすぐ近くまで来ていたんだ。内心、やっと休めると
安心したよ。だけど、周りがどんどん明けてくるに連れて、その考えが甘かった事に
気づかされたんだ。小さな街なのだけれど、そこからは黒い煙が立ち上っていた。
誰も口には出さなかったけれど、カリノヴィクと同じ状況になったというのは
明白だった。
しかし、このままフォーチャに向かうのは不可能だったんだ。俺達のグループは、
大人数名に子ども数名、そしてまだ1歳ほどの赤ちゃんまでいたんだよ。
まだ4月とはいえ、喉はカラカラに渇いていたし、お腹もすいていた。
赤ちゃんに至っては、もう元気がなくてぐったりしていたんだ。
だから、一人の男性が街に行って、食料とかを調達してくることになった。
もしスルツキ(セルビア人)に見つかったら殺されてしまうのではないか?といった
疑問もあったけれど、彼はスルツキ(セルビア人)とボシュニャチ(ボスニア人)の
ハーフだったから、大丈夫だよといって出かけていった。
待っている時間はとても長く感じた。もし帰ってこなかったらこのままフォーチャに向かうしかない。
そして、向かったとしても、このミジュヴィナと同じ状況になっているかもしれない。
未来が見えなかった。希望の光が見えなかったんだ。幼い俺ですらその状況なのだから、
大人たちはもっと深刻に感じたいたかもしれない。まだ肌寒い季節なのに、
そういった変な興奮状態からか、体は火照っていたように思う。恐らくは、
疲労の為に体が熱くなっていたのかもしれないけれどね。
ごめん。もう無理だ。スレで人を煽るのは大丈夫だったのに、煽られると、
思っていた以上に辛いんだな。あー、もう正直無理だ。
父さんに原稿託して終わらせる事にするよ。
これは妄想でした。不謹慎な作り話してしまって申し訳ありませんでした。
これでいいよね。
ただ、もし良かったらユーゴ紛争について調べてみてください。
そして関心を抱いてくれたのであれば、どうか彼らの力になってあげてください。
それが出来るのは、バルカン半島の民族感情だとか宗教だとか、利害だとかと
あまり関係のない第三者、日本・日本人だと個人的に思うんだ。
皆に押し付けてしまって申し訳ないけれど、どうかよろしくお願いします。
子ども達が安心して暮らして、そして笑って大人になれるような世界を、
彼らにもどうか見せてあげて欲しいのです。
それでは、おやすみなさい。
256:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 03:10:41.00 ID:C7l4E/Yo
おいちょっと待て
260:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 03:11:52.22 ID:r.0JFwA0
>>255
本当にそれでいいの?
ねえ、本当にいいの?
伝えたかったことがあったんじゃないの?
264:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 03:14:44.60 ID:sRhgE6so
終わらせるって・・・・その時、その場所にいた人たちの姿を知ってるのは>>1だけなのに・・・ほんとにそれでいいのかい?
257:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 03:11:02.95 ID:yuaiZ6wo
内容について煽られたわけじゃないのになんだこの>>1ww
そんなだからお友達(笑)もみんなレイプされて殴られて爆発して死んじまってテメーだけ生き残ってんだよ
268:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 03:16:22.92 ID:yuaiZ6wo
所詮構ってちゃんだったってこったな
269:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 03:18:05.78 ID:7Qo4ecE0
約束したんだろ?
誰とかわからないけど
おまえ今あとちょっとってとこまできてるんじゃないか?
おまえのためにも書いてほしい
俺?俺は自分が読みたいだけだけど・・・
285:祐希◆.0dKn/WD26 :2010/05/21(金) 03:26:54.09 ID:c1y0p92o
>>257、268
はは。だから言ったじゃないか。俺は生きる価値ないってな。
悔い改める機会も与える価値がないってさ。
だから死んで一人地獄に行くからいいんだよ
天国の皆に会えないけどそれは俺の所業から来るものだからいいんだよ。
もう俺に構わなくていい。忘れてくれ。構ってちゃんはおしまいさ。
>>269
まだ4分の1も書いてない。別に一言でうんざりしたわけじゃない。
積もり積もって、そしてどうだ。旧ユーゴについて関心を持ってくれたと
思いきや、そんなだからお友達(笑)もみんなレイプされて殴られて爆発して死んじまってだぜ。
はは。俺にはそんなのに耐えながら書くのは無理だったって話さ。
だからこんな糞みたいな人生歩んできたんだろうな。
約束はもうここらへんでいいでしょ。妄想ってことでいいでしょ。
何人かの人は関心を持ってくれたからいいよ。ありがと。
逃げる俺を好きなだけ批難してくれ。卑怯者で地獄に行く人間に相応しい贈り物だ。
281:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 03:25:07.18 ID:ROun.8co
ここは>>1のためにあるスレだから、>>1がこれで終わりというなら、
そうなんだろう。
ただ、一つだけその体験を抱えて生きていくのは凄く辛くて、
終わりのない苦悩だろうから、それを終わらせるのには
死ぬしかないと思ってるのかもしれないけど、自殺しても
お友達は向こうで再会を喜んでくれるかな?あなたが
与えられた天寿を全うして、愛する人に囲まれて見送られたとき、
みんなと笑って会えるんじゃない?なにも知らない、わからない自分が
こんなこというのはおこがましいけど、1には絶対に死んで欲しくない。お願いだよ。
285:祐希◆.0dKn/WD26 :2010/05/21(金) 03:31:53.21 ID:c1y0p92o
>>281
彼らと再会できるなんて思ってない。俺は地獄行くからさ。
ドラガンが俺達の場所ちくったと思って、ずっと憎んで生きてきたんだっつうの。
それだけが俺の生きる支えだったつうの。俺は何かを憎まなきゃ生きれない弱虫なんだよ。
それがどうだ?Facebookでミルコ達が生きてるかもって調べてたら、ドラガンの弟がいるじゃねぇか。
恨みを言おうとコンタクト送ったらどうだよ。笑えるよ。ドラガンは俺らの事庇おうとして、俺らが襲われた日に殺されてるんだからな!裏切り者って恨んでた俺は何なんだよ。俺らの為に犠牲になった奴をずっと15年以上もうらんでたんだぜ。生きる価値なんてねぇんだよ。苦悩を終わらせるんじゃなくて、未来だとか希望だとかがあるってわかっていながら生きるのが許せないだろ。
だから自分を自分で死刑にするんだって。これは俺への罰なわけ。
俺は屑なわけ。
294:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 03:32:02.55 ID:r.0JFwA0
>>285
ここは2chだぜ
その上、確かに>>1に対する侮蔑もあるがそれ以上に擁護してくれる方々の言葉は、>>1にとって、ないものになっているのかな
296:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 03:34:24.55 ID:B2DOR2DO
死なないで。たくさんの大切な人を亡くしてるならなおさらそんなこと言わないで。自分を責めるのもわかるけど。あなたのおかげで全く知らない遠い国のことを知り、関心を持ちました。待ってる人がたくさんいます、できることなら続きを聞かせて欲しいです。
299:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 03:37:21.35 ID:weviYSQo
>>293
お前はドラガンの事、「知らなかった」「誤解していた」だけだろ。
お前はその誤解が許せないのかもしれないが、
じゃあさ、お前等を救おうと思って命散らせたドラガンの気持ちはどうなる?
カミーユの気持ちは?
彼らはお前等に生きていて欲しいから自分の命懸けたんだろ?
そのお前が死んでどうするんだよ?
彼らの気持ちに応える為にも、お前はそういう気持ちを引きずってでも
生き抜かなきゃいけないんじゃないのか?
306:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 03:42:10.83 ID:ROun.8co
>>293
誰かに助けられた命なら、他の人へつないで。
みんなあなたにまで戦争の犠牲になって欲しくなったんでしょ。
自分の知らなかったことを知って、自分を罰するといって死んだとしても、
それはやっぱり戦争の犠牲になることに見える。
307:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 03:42:38.77 ID:RX9akwAO
とりあえずまた明日予告の時間に来させてもらうよ
研究職の親父さんなら出版できるかもしらんけど、
ここの読者の層に届かせられる奴はお前ぐらいしかいないんじゃないか?
ユーゴ内戦を生き抜いた、文章書ける二十代の一般日本人ってそういないだろ
頼むわ
63:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/21(金) 21:28:25.01 ID:c1y0p92o
あーもうあれだ。日本帰ってきてから、些細な事でカッとなったり、落ち込んだり、
自分の感情を上手くコントロール出来ないんだわ。社会人なって生活では大分改善したけど、
ボスニアでの事考えてる時とか、絡んでる時は、未だに頭おかしい人間になるんだわ。
最初に言っとくべきだったな。もう俺がへんちくりんな事言っても、スルーしていいよ。
煽り苦手みたいだから、心ここにあらずで書いていくよ。構ってちゃんでごめんねー
それと、心配させてしまった人、ごめんね。ありがとう。
読んでてイラつく人もいるだろうけど、無理して読む必要ない話だから、
無理しないでね。それじゃ、自分のペースでゆっくり書くよ。
12時位には寝るので、それまでの時間で。
もう、長々と書く時間もないと思うので、明日、遅くても日曜日までには終わらせるよ。
それじゃー
70:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 21:34:17.39 ID:NNSgcXUo
>>63
お疲れ!
待ってたぞ!
>>1は本当に想像を絶する体験をしたんだと思う。
何も知らなずぬるま湯の中で生まれ育った俺がなにか言うのもおこがましいが、
ただ、無理はしないで自分の思うようにして欲しい。
書きたいなら書いて、書きたくなければ書かないで。
引き続き、荒らしはスルーでな
レスしにくい書き込みもスルーでな
64:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/21(金) 21:29:35.22 ID:c1y0p92o
彼の帰りを待ち続けてから、4時間か5時間ほど経過していたと思う。時計を持っていなかったから、何時頃かまでは正確にはわからないけれど、お昼近かった、もしくは過ぎていたかもしれない。
待っている途中に、何度か道路を車が通り過ぎて、その度に皆で伏せたりして身を隠し、物音を
立てないようにしていた。普通であれば、通り過ぎる車は市民であったり、伐採した木材を運ぶ
トラックだったりしたのだけれど、この時通過していった車は、武装警察か民兵、あとはユーゴから抜けたスルプスカの軍隊ぐらいだったと思う。
もしかすると、フォーチャも既に同じ状況かもしれないという不安が、車を目にするたびに
確信に変わってきていた。それでも、街から彼が戻ってこない限りは、どうする事も出来ない。
何時になったら戻ってくるんだろう。もしかして何かあったのかもしれない。そんな不安も過ぎっていた。
だけど、何かあれば街から音がしたりするんじゃないか、いや、距離があるから聞こえないといったやり取りを、大人たちはしていた気がする。俺やメルヴィナたちは、特にする事もなく、息を潜めながら、小さい子ども達をあやしたりして待っていた。
すると、朝に食料や水を取りに行ったボシュニャチの人が、スルツキの青年二人を連れて、俺達の隠れている方向に向かってきたんだ。皆混乱した。何人かの大人は、彼が俺達を売ったと言ったり、仲間になってくれるんじゃないかと言ったりして、話し合っていたんだ。しかし、このままここで待っているのは危険すぎる。もし本当に彼が俺達を裏切ったとしたら、俺達の運命は終わったも同然なんだ。だから、この場から離れて逃げようといったり、隠れてスルツキの青年たちの様子を見て、隙があれば殺そうといったりして、揉めたんだ。この時、話し合いを聞いていたけれど、子ども達は長時間の移動と、緊張の連続で疲れ果てていた。だから、淡々と、「どうなるんだろう」と考えたりしていて、子ども達は静かだった。
結局、すぐに結論が出る話ではないわけで、俺達は見つかる前に、とりあえず隠れる事にしたんだ。
様子を見てから決めても遅くは無いってね。相手は武器も持たない青年二人。両手に大きな荷物を持っている。
例え武器だとしても、取り出す前に殺せると考えたんだろうと思う。恐らく、100メートルぐらいまで近づいてきた頃かな。
ボシュニャチの彼と、スルツキの青年二人が、手を振り出したんだ。
もしかして、俺達を狙っていないんじゃないかって大人が言い出した。でも、また別の人が、いや、これは罠だ。
って言い出した。どっちかわからないんだ。他民族どころか、もう同じ民族の人間ですら、朝まで仲間として共に行動していた人間ですら信用できなくなっていた。おれ自身も、日本人ではあるけれど、この時は自分もボシュニャチの仲間・同胞といった様な意識が芽生えていたように思う。
それからしばらくの間、俺達は三人のことを注意深く観察したんだ。実際に観察していたのは大人で、俺達子どもはその様子をちらっと見たり、聞いたりするぐらいだったけれどね。
何か手を振る以外に何らかの行動を取ると大人たちは思っていたみたいだけど、
彼らが何かをする素振りは見せなかったんだ。ただ、手を振って、そしてじっと待っているだけだったんだ。
そしたらさ、こんな時に限って、先ほどまで静かにしていた赤ちゃんが泣き出したんだ。
そりゃそうだよね。もう丸一日以上ろくに水分補給もしていないし、赤ちゃんが泣くのは
仕方が無い。でも、タイミングが最悪だった。当然、彼らはすぐにこっちに気づいたよ。
大人たちは、彼らと目があったのか、それとも彼らがこっちに振り向いたのか、
「あぁ・・・。」といったような諦めの言葉を発した気がする。
気づかれてしまい、もう駄目だといったような雰囲気が、俺達の中を包み込んだんだ。
だけど、彼らはこっちに気づくとさ、ニコニコしながら向かってきたみたいで、
俺達の目の前まで来た時も、安心したような表情を浮かべて、3人で来た経緯を話してくれたんだ。
彼らが話していた内容は、長くて殆ど覚えてないから、簡単に要約するけれど、
スルツキの青年二人の街ミジュヴィナでもカリノヴィクと同様の事が起きたんだ。
つまり、非スルツキの人々にスルツキの警察が襲い掛かってさ、
連れて行ったり、抵抗する者は見せしめに殺害・レイプしたりしたらしいんだ。
それでさ、ハーフの彼が街に入った時、ちょうど亡くなった遺体とかを積み上げていた
ところだったらしい。
それでさ、この時一緒についてきたスルツキの青年二人が、ハーフの彼に気づいたらしいんだ。
そして、ここは危ないから、早く逃げるように言ってくれたんだって。だけど、食料と水が
ない状態ではゴラジュデどころか、近くのフォーチャにもたどり着けないって言ったんだって。
小さい子どもや、年配の老人もいるから、食料と水が必要って。そしたら、二人がわけてあげるって
言ってくれてさ、そして自分たちもついていくと言ったんだって。ハーフの彼は断ったらしいんだけど、もし自分達がついていけば、万一民兵や警察に見つかった時でも、二人が出て行けば誤魔化せるかもしれないからってさ。
彼らが言うには、ミジュヴィナの街で、その虐殺というか、さっき言った様な事態が発生した時に、
何人かのスルツキの人々は、ボシュニャチやフルヴァツキの人々に危害を加えるのに反対したらしいんだ。
昨日まで隣人として暮らしていた人を[ピーーー]のは止めようって。でも、そう言った人たちの殆どは、警察に酷い暴行を受けたり、殺されてしまったんだって。だから、自分たちはこんな所に居れない。
居たくないって事だったらしいんだ。
83:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/21(金) 21:54:44.81 ID:c1y0p92o
あ。ごめん。写真で見れるんだ…。少し見てていいかな。少し時間を下さい。
86:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 22:05:20.87 ID:vB/D5Wo0
>>83
ゆっくり見てください。
双眼鏡の光の反射の件のように祐希さんが知らなかった事も
レスでわかる事があるかも知れません。
自分へのレスとかも自分がしたいのだけはしてもらいたいですが
イヤなレスは返さないようにと自分の心のままにしてください。
もちろんこのレスに返事しなくてよいですよ。
あと皆さんにスレ落しをなるべく避けるためにsageでいったほうが
いいように思います。
85:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/21(金) 22:04:38.14 ID:c1y0p92o
話を聞いた後、大人たちだけで話し合って、結果的には一緒に行動する事になったんだ。
それで、山の中で食事や休憩を済ませた俺達は、夕方になるのを待ってから、
フォーチャに向けて歩き出したんだ。フォーチャへの道のりは、車だとそこまで遠い
わけでもないのに、とても長く辛く感じた。これからどうなるかもわからない不安の中で
歩くのは、とても根気のいる事だったんだ。夕方の時間帯は何とか大丈夫でも、
夜になればどうしても眠くなるんだ。ただ、夜のうちに行動したほうが安全だからと
言われて、歩くしかなかった。
人間ってさ、本当に眠い極限状態の時は、どんな状況でも寝れるみたいでさ、
子どもだけでなく、大人でさえも、半分寝ながら歩いていたんだ。
子どもに至っては、ふらふらしながら歩いていてさ、危ないからということで、
皆で手を繋いで、一列になったんだ。小さい子がうとうとしても、大きな子や
俺達ぐらいの年の子が転ばないように注意しながら支えて歩いたんだ。
それで何とか、朝が明ける前にフォーチャ付近までたどり着いた。
フォーチャの街に入るには、本当は橋を渡った方が近いし楽だったんだ。
だけど、橋の付近にはスルプスカの警察や軍が検問を張っているかもしれない。
一緒について来てくれたスルツキの二人が、橋は避けたほうが良いと言うので、
俺達はフォーチャ手前で川を直接泳いで渡り、超えることにしたんだ。
ただ、体力的にも限界が近づいていた俺達には、水の中を泳いで渡るのは
とても過酷だった。渡る途中で、母親におんぶされていた幼児が流されてしまってさ。
助けなければいけないのに、誰も泳いで幼児の所まで行く体力が残っていなかったんだ。
母親は子どもの元へ泳いでいこうとしたんだけど、他の男の人に止められたみたいで、
結局俺達は、その幼児が流されて沈んでいくのを見ているだけしか出来なかった。
川を渡って、山の方からフォーチャ市内へ向かった。街は、カリノヴィクやミジュヴィナと違って、
家が燃えたり人の悲鳴が聞こえたりといった状態にはなっていなかったんだ。
俺達はほっとして、そしてスルツキの二人が念の為様子を見てくると言って、先に街の中へ
入っていった。多分1時間くらいして戻ってきて、大丈夫だから行こうという事になった。
この日は、カリノヴィクから逃げてきてから大体二日ほど経った日で、92年の4月7日だった。
もし、フォーチャでもカリノヴィクと同じ事が起きていたらどうしようと思っていたけれど、
実際にはまだ何も起きていなくてさ。とりあえず、皆安堵して、親戚や知人がいる人たちは
その家に向かい、行き場のない人達はモスクへ向かったんだ。以前ソニアやソニアパパと来た時は、街もかなり活気があって、人々が溢れていたのだけれど、この時は人が少なくて、多分外に出ていなかったんだと思う。それがとても印象的だった。
俺達が向かったモスクはさ、前にソニア達と一緒に来たモスクだったんだ。あの時は、まさかこんな形で再び来ることになるとは思わなかったけれど、安心した気がする。これからどうしたらいいのかとか、父さんは無事なのかとか、色々と聞きたいことや不安は山積していたのだけれど、緊張や疲労から体力的に限界がきていた俺やソニア達は、着いてからすぐに寝てしまったんだ。
たったの数日、二日ほどの出来事だったのに、ゆっくりと安心して建物の中で寝られるのが、
とても久しぶりに感じた。
目が覚めたときには、もう辺りは暗くなっていて、夜になっていたんだ。かなり長時間、
寝入ってしまっていたんだ。起きたら何だかトイレに行きたくなってさ、俺は大人の人を
呼んで一緒に行ってもらおうと思ったんだ。早朝まで暗い山や森の中を歩いて来たというのに、
トイレに一人で行くのが怖かったんだ。変だよね。
でも、周りを見渡してもモスクの中には大人が誰も居なかった。
あれ?おかしいな。もしかして夢なのかな?とか、まだ寝起きで頭がぼーっとしていた俺は
思っていたんだ。だけど、少ししてさ、外が騒がしいのに気づいた。
どうしたんだろうと不思議に思って、モスクの外に出て周りを見渡したんだ。
そしたら、街中から人の悲鳴とかが聞こえてきてさ、時々、つい先日耳にしたのと
同じような乾いた銃声の音が聞こえたんだ。嘘だと思った。やっと安心できると思ったのに、
たった一日、いや一日も経たずにこんな事ってあんまりだと思って、自分の目を疑った。
でも、何か目を擦っても、耳を叩いても、目に見える光景や音は変わらなかったんだ。
そしてよく見るとさ、街の所々から火とか煙が上がっていて、信じたくなかったけれど、
これが夢の世界の出来事なんかじゃなく、現実に起きている事だと受け入れるしかなかった。
そう考えたらさ、さっきまで何ともなかったのに、急に足の力が入らなくなってしまって、
地べたにペタンと座って立てなくなったんだ。心のどこかで、もう逃げ切れないんだな、
ここで死ぬしかないんだなと感じた。希望を持たなければここまでショックを受けなかったと
思う。だけど、フォーチャに着いて、もう大丈夫かもしれないと希望を持ってしまったんだ。
それをもがれるのは、まだこの時は耐えられるものではなかった。
それから少しの間、その状態のまま座っていたと思う。気づいたら、周りに一緒にここまで
行動してきた大人達が居て、その人たちも同じように唖然とした表情で街を見つめていた。
恐らく、最初から近くにいたのかもしれないけれど、街の状態でショックを受けていた俺は、
気づかなかったのかもしれない。そのまま俺はまたじっと、燃える街を見ていたんだ。
そしたら、ソニアが起きてきて、俺の隣に来たんだ。
ごめん。ちょっと車で子猫用のミルク買って友達に渡してくる。すぐ戻ってきます。
何かわからない事とかあれば、返信するかわからないですか、聞いてください。
それでは、また後で。
100:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 22:48:34.28 ID:XlDmRLUo
>>1
急がないでいいぞー
102:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/21(金) 22:51:40.00 ID:NNSgcXUo
乙!
ありがとう!
ゆっくり行ってこいなー
待ってるぞ
103:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/21(金) 23:20:52.48 ID:c1y0p92o
「祐希ー、街綺麗だねー。わー赤い星がいっぱいだよー。」
といった感じの事を笑いながら言うんだ。一瞬、俺はソニアが何を言っているのか
理解できなくてさ、表情を見たら、何か笑っているけど、ぼーっとしていてさ、
目の焦点が合わないような変な表情をしていた気がする。おかしいって
思って、何言ってるのか何度も聞いたんだ。だけど、ソニアは笑って
綺麗だね、しか言わないんだ。物じゃないけどさ、
ソニアが壊れちゃったと思った。
俺はどうしたら良いのかわからなくて、ソニアの事も相まって少し混乱しちゃってさ。
もう考えるのは無駄かもだとか、諦めようとか、マイナスの事を考えたりしたんだ。
だけど、このまま諦めたらソニアやメルヴィナ、サニャはどうなるって思って、
このままだとカミーユの行動が無駄になるって考えたんだ。サニャ達を守るって
誓ったのに、このままだとその誓いも破ることになってしまうって。
だから、3人を連れて街から逃げようとしてさ。
行くあてもないし、ましてやこの国の人間ではない自分には頼れる人もいない。
それでも、ここに留まっているよりは、マシな選択に思えたんだ。
逃げるなら、今のうちしかないと考えた俺は、ソニアの腕を引っ張って、
モスクの中に戻った。そしてまだ寝ていたメルヴィナやサニャを起こして、
「ここは危ないから街の外に逃げよう。」
と言ったんだ。メルヴィナもサニャも、起こしたばかりだから
少し寝ぼけて反応が薄かったけれど、外の音が聞こえたみたいでさ、
何が起きているの気づいたらしく、「うん。」と答えてくれた。
だけど、遅かったんだよ。余っていた食べ物とかを集めていたら、
もうモスクの直ぐ近くにスルプスカの警察が来てしまったらしく、
大人達が騒ぎ出したんだ。大人達がスルツキだ警察だって叫んで、
早く逃げなきゃって思ったんだ。ソニアは警察だから大丈夫だよって
笑っていたけれど、その警察がボシュニャチやフルヴァツキの市民を
連行したり暴行したり、殺したり、レイプしたりしてるんだよ。
もうこの街に正義の味方、少なくともボシュニャチを助けてくれる
味方はいなかったんだ。
そんな感じでモタモタしている内に、モスクの周りのは更に騒がしくなっていた。
外に居た大人たちは、慌てながらモスクの中へ逃げ込んできたり、他の場所に
逃げようとしたみたいだった。だけど、他の場所へ逃げようとした人に向けて、
警察は銃を発砲したらしく、乾いた銃声が周りから聞こえて、外の悲鳴とかは
少しずつ聞こえなくなった。
その状況を見ている内に、もうモスクは警察に囲まれていたんだ。
モスクから逃げようにも、幼い俺達が走って警察から逃げ切れるはずもない。
最悪、カミーユのように俺がお取りになって、サニャやメルヴィナ、ソニアの
3人だけでも逃がそうと思った。もう9人の中で、男は俺しか居ない。俺しか
3人を守れる人間はいないって思ったんだ。
でも、現実はそんな英雄的な行動をおいそれと取れるものじゃなかった。
少し間をあけて、警察たちが銃を手にしながらモスクの中に入ってきたんだ。
多くの人は、隅っこに下がったり、布を被ったり、伏せたりした。
だけど、そんな事をしても意味なんてないんだよね。彼らは俺達の様子を見に来た
わけじゃないのだからさ。警察官達は、大人の男だけじゃなく、
隅っこで震えている子どもや女性、お年寄りの顔を一人ひとり確認していった。
俺達の所にも近づいてきて、俺はさっきまであんなにお取りになろうと
考えていたのに、怖くて足も動かないし、声も出ないんだ。本当に動かないんだ。
動かそうと思っても、心が折れてしまっていたんだ。
警察の人の顔は、暗くてよく見えなかったけれど、その時はとても怖い顔をしていた
ように見えた。一通り、性別や年齢とかを確認し終えると、警察官は大人の男性や女性を
無理やり引っ張って連れて行ってしまったんだ。当然、男の人は暴れたけれど、
外に引きずり出された後に銃声が聞こえて、その人の声はもう聞こえなくなっていた。
変な話だけど、この時ぐらいからだと思う。人が殺されても、あまり感情とかが
湧き上がらなくなってきていたんだ。ああ、またかといった感覚に似ているけれどさ。
警察が去った後は、皆ぼーっとしながら、夜が明けるまで座っていたと思う。赤ちゃんとかは泣いたりしていたけど、それをあやす母親はとても憔悴しきった顔をしていた。もしかしたら夫があの時連れて行かれたのかもしれない。
だけど、そんな事を聞けるような状況でもないし、正直に言えば、もうソニア達3人以外の事を考える余裕なんて俺にはなかった。
それから数日経ったけれど、時々街中で銃声や悲鳴が聞こえるぐらいで、初日ほど騒々しい
状況になることはなかった。スルプスカやスルツキに忠誠を誓う印として、生き残った
ボシュニャチの人々は家の前や屋根に白い布とかを掲げて、自分もスルツキの一員だといったような合図をしていた。後で調べて、これが警察とかから指示されたものだと知ったよ。
この白い布や旗っていうのはさ、今考えてみれば、自分がボシュニャチですと公言しているような
ものなんだよね。この家や建物にはボシュニャチがいるぞ!って。
かといって、白い布を掲げなければ、殺されたり拷問されたりするんだ。
掲げても暴行やいやがらせを受けて、時には見せしめとして殺害されレイプされ、
掲げなくても殺害・レイプ・暴行をされる。自分が標的にならないように祈ることしか出来なかった。
もう希望なんて正直消え失せていた。この街から逃げたくても逃げ出せない。
街の所々にはボシュニャチの人々の収容所とかが作られたりしてさ、
男の人は暴行、処刑されて、女性は数人がかりでレイプされていたらしい。
この時は、そんな事になっているとは知らなかったけどさ。
何もする気力が起きないし、する事が無い。何日もぼーっとしてたんだ。
そしたら、モスクに元々いた年配の人がさ、
「君はムスリムなのか?」
って聞いてきたんだ。だから、違うって答えた。そしたら、
「何で我々と一緒に行動するんだ」って言うんだ。
何でってそんなの俺が知りたかったよ。だけど、
友達と離れたくないから、友達を守らなきゃいけないからって答えたんだ。
そしたらさ、君は異教徒で異民族かもしれない。だからこそ、生きて目にしたものを
伝えなさいって言って、藁半紙みたいなノートを数冊くれて、鉛筆も何本かくれたんだ。
今こうして書いている内容の元は、この時にもらったノートに書いてある日記というか、
起きたことを書いた文なんだ。元々さ、カリノヴィクに居た頃から
絵日記みたいのはつけていたんだけど、あの時は急だったから持って居なかったし、
取りに行ける状況じゃなかった。だから、このカリノヴィクから逃げる時期や
フォーチャでの出来事、これから先の出来事は多少細かく書けるんだけど、
その前の出来事は、時々思い出みたいのが書いてあるぐらいだから、
今じゃどんどんその時の記憶が思い出せなくなってきているんだ。
それがとても怖い。
119:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 00:14:45.51 ID:rFbX99Qo
>>117
このおっさんかっこいい
118:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/22(土) 00:13:47.78 ID:YjM.1pYo
ちょっと休憩。書き始めるの遅かったので、一応1時まで書いてみます。
細かく書くと、全然進まないから、これから先書くのはもっと短く要約するね。
ごめん。わからない所があれば聞いてください。
122:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 00:17:00.83 ID:0rtZIRgo
>>118
お疲れ。無理すんなよ
あと戻ってきてくれてありがとな
124:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/22(土) 00:27:44.36 ID:YjM.1pYo
あー、この人のお陰で記録を書くことは出来たし、この人との約束も、
俺が前に書いた約束の一つではあるんだけれど、こうして体験を
書き込まなきゃいけないっていうのは、この人との約束ではないんだ。
後でぱぱっと書くけど、この後、ボシュニャチの民兵と一緒に行動する事に
なるんだけれど、その人との約束なんだ。
そして、その後に死なずに今まで無様に生きてきたのは、
ボシュニャチの民兵と離れた後に行動を共にしたスルツキの民兵の
お陰なんだ。 とりあえず書いていくね。
前のよりも出来るだけ短く書きます。
125:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 00:28:21.04 ID:WN9REKc0
話の内容と子猫のミルク
同じ人間の人生の出来事とは思えないな
126:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 00:28:51.20 ID:OujeChY0
殺しや暴行レイプをしていたのは警察だけ?そのときスルツキの市民はどうしてるんだ?
129:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/22(土) 00:33:28.59 ID:YjM.1pYo
>>125
昨日書くのが12時近くになったのは、子猫を拾ったからなんだよね。
でも俺は猫アレルギーで咳が止まらなくなるから、友達に連絡しまくって、
里親が見つかるまで預かってもらう事になってさ。
だからミルク買って来てと頼まれたら、買いにいくしかないじゃん…。
>>126
それには答えにくい。場所によって違うんだ。
警察だけのとこもあれば、民兵や市民も混じって暴行や霊王、殺人をしたりしていた場所もある。
それに反対する人だって当然いたけど、反対したらその人も民族浄化の対象になって、
反対できなかったりとかもあったと思う。逆もまた然り。
128:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 00:30:02.64 ID:iteB9IDO
日本って平和だな
130:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 00:34:27.62 ID:rFbX99Qo
>>128
平和ボケしすぎて戦争の怖さがわからなかった
132:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/22(土) 00:36:43.72 ID:YjM.1pYo
日にちは経って、4月22日になった。
この日も、ここ数日のように過ぎていくと思っていたんだ。
だけど、違った。スルプスカ軍か、民兵か、警察かはわからないけれど、
フォーチャにある歴史あるモスクが次々に破壊され、爆破されたんだ。
もう俺達が気づいた時には、街中から轟音が聞こえて来ていた。
また始まったと思ったけれど、この日はいつもと違ったんだ。
この日の標的は、俺達とは関係ないボシュニャチの人ではなく、
俺達自身だったんだ。急いで荷物をまとめて、モスクから逃げようとした。
大半の人は逃げていたけれど、サニャが忘れ物をしたといって、モスクに走って
戻ったんだ。俺は駄目だよ。危ないよって何度も叫びながら止めようとしたんだ。
でも、サニャはカミーユの荷物があるから取りに行くって言って、止まってくれないんだよ。
必死に追いつこうとしたけど、この時のサニャの足は速くて追いつけなくてさ、
モスクのすぐ隣に生えている木の所でやっとサニャの手を掴んだんだ。
そして、危ないから俺がとりに行くって言った瞬間だったと思う。
耳がつぶれるかと思うくらいの轟音と一緒に、目の前が真っ暗になって、
気づいたら10数メートル吹き飛ばされてたんだ。
一瞬、何が起きたのかわからなくてさ、耳もキーンとして聞こえないし、目もよく見えなかった。
体中にも激痛が走ってた。だけど、感覚はあるし、どうやら自分が無事だって事は何とかわかったんだ。
それではっとしてさ。そういえばサニャはどこだって。
でも、自分の手はサニャの手を握ってるんだよ。だから、
無事で良かったって思ったんだ。
だけど、違ったんだよ。耳とか目の視力が回復してきて、よく見たら、サニャの手しかないんだよ。
俺は丁度木の陰に隠れて、打撲で済んだけれど、サニャは木の陰に隠れてなかったんだ。
俺よくわからなくなっちゃってさ。サニャどこに隠れたんだろってサニャの事必死に探したんだよ。
でも、周りにサニャ居なくてさ。あ、モスクの中に隠れたかもって思ってさ、
崩れ落ちたモスクに行こうとしたんだ。モスクの中に運よく隠れたんだって思ってさ。
そしたら、メルヴィナが俺のところに駆けてきてさ。
危ないから早く離れるの!って言うんだ。
でも、まだサニャがモスクにいるから、いるから!って俺何度も言ったんだ。
サニャに手を返さないと、くっつかなくなっちゃうから早くしないとって。
よくわからないけど、俺泣きながらサニャ早く出てこないと、手返さないよって叫んだんだ。
そしたら、メルヴィナにビンタされてさ。かなり痛かった。
「サニャはもう駄目なの!祐希まで死んじゃったら私たちどうしたらいいの!」
みたいな事を泣きながら言うんだ。
もう駄目だってそんなのわかってるんだよね。わかってるんだ。
木の陰がとか、そういうのはその時は気づいてなくてもさ、
手首から少し先がもぎ取られたみたいになってるのを見れば、そんなのわかるんだよ。
でも、そういった現実は俺には認められないんだよ。だって、俺はカリノヴィクでカミーユに
サニャを守ってねって言われて、約束してるんだよ。その後、カミーユの代わりに俺が
サニャを守るって誓ってるんだよ。
情けないけどさ。俺それから数日の記憶なくてさ、気づいたらフォーチャからソニアやメルヴィナ、そして
何人かの大人と、赤ちゃんとか小さい子ども数名と一緒に山の中にいたんだ。
俺さ、サニャよりも足はずっと速いんだよ。
怪我でもしてない限り、サニャに追いつかないはずないんだ。
あの時、俺が追いつけなかったのは、多分、俺がビビッてたからなんだ。
俺は守るとか調子良い事言ってたにも関わらず、またビビッて、何も出来ずに
今度はサニャを見殺しにしたんだって気づいてさ、悔しくて、悲しくて、
そして憎くて涙が止まらなかったんだ。
148:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 01:06:10.62 ID:RWjwomA0
>>1すごいよ・・・
俺とたいして年が変わらないのにこんな地獄をを生き延びいて
しかもそれを記録して誰かに伝えることを考えてるなんて・・・
151:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/22(土) 01:17:10.34 ID:YjM.1pYo
はぁ。ごめん。今夜はここまでにして寝ます。
また明日の夜、書いて、出来れば明日には
書ききれるようにしたいと思う。
もしくは明後日の日曜までには。
ごめん。それじゃ、お休み。
>>148
そんなたいそうなもんじゃないんだよ。こんな話、思い出したくもないし、早く忘れたかったよ。
でも毎日のように夢に出てくるし、ボシュニャチやスルツキの民兵の人と行動を
共にしなかったら、例え生き延びてもとっくに自殺してる。もしくは犯罪者になっていたと思う。
彼らのせいで人生が狂ったけど、彼らのお陰で生きているってのもあるし、
約束して色々と託されたから、それをやらないまま勝手におしまいなんて出来ないんだ。
ただそれだけなんだよ。
頭おかしくなるし、マイナスな事ばかり考えるようになるし、自分が嫌で嫌でたまらなくなるんだ。
夜寝ようとして、暗くすると、銃声が聞こえるような気がして目が覚めたりするんだ。
未だに、ちょっとした物音がするだけで、反射的に目が覚めるんだ。
あーもう何が言いたいのか自分でもよくわからない。ごめん。それじゃ、おやすみ。
165:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 01:34:39.58 ID:./uw9DIo
>>151
おつかれさま
本当に毎晩ありがとう
154:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 01:23:17.90 ID:J0qFpCoo
書き込む事が少しでも心の闇が少なくなる事につながれば
いいんだけど… 難しいよな~
155:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 01:24:11.14 ID:WN9REKc0
>>1が今夜はよく眠れますように
乙おやすみ
171:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 01:56:12.89 ID:ffaq0MI0
俺は21の大学生だけど国境なき医師団の看護師を進路として考えてる
でも(ほぼ)日本を捨てて海外に単身行くのは勇気がいるし、この話読んで決心できたらなんていうか
俺の人生のターニングポイントになる気がする。そんな感じ。興味深く読んでるよ
32:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/22(土) 22:23:29.38 ID:YjM.1pYo
今日も遅くなってごめん。それじゃ、またゆっくり書いてくね。
えっと、皆には心配をかけてしまって申し訳ないけど、俺の事はどうでもいいんですよ。
一連のユーゴ紛争について少しでも関心を持っていただければ、それでいいんだ。
わがままなことを言ってごめんね。
前のスレ>>171
看護系の大学で学んでいるのかな。それとも大学を出た後に看護学校へ行くつもりなのかな。
俺なんかに何も言う資格もないんだけれど、貧しい地域やインフラが整っていない地域で
活動するのは、とても大変な事だと思うんだ。もしかしたら、失うものの方が多いかもしれない。
得られるものは、人々の貴方への感謝の気持ちと生きる素晴らしさだけかもしれない。
それがもし、貴方にとってお金や物にもかえがたい素晴らしい事であるなら、
是非、彼らの力になっていただければって思う。あ、そっちに行く前に
日本で経験を積んだほうが、きっと後で役に立ってくると思うけれどね。
34:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 22:30:24.09 ID:3WE68nAo
よし聞こうじゃないか
38:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/22(土) 22:34:20.67 ID:YjM.1pYo
それから1ヶ月か2ヶ月ちょっとは、山の中で生活していたんだ。
フォーチャにはもう戻れないから、結構離れた山中で静かにしていたんだ。
幸運な事にさ、一緒に脱出した人の中に、ミジュヴィナからついてきてくれた
青年の一人が居て、薬とかを時々歩いて5時間くらいかけた所にあるらしい集落に
取りに行ってくれていたんだ。
ただ、食料は毎回のように貰いに行くわけにはいかなかった。
なぜなら、それで俺達の存在がスルツキの人々に知られてしまう可能性があったんだ。
だから、この山中での生活は、食べ物が少なくて辛かった。
食べられそうなものは何でも食べたんだ。葉っぱも食べたし、変な虫も食べた。
動物も居たけれど、捕まえられたのは数回だった気がする。食べ物が少なくて、
大人の人も生きている動物を捕まえるほど体力がなかったんだ。
それでさ、動物を捕まえたとしても、火は起こせなかったんだ。
夜といっても、月だとか星の光で煙が見えちゃうらしいんだ。
だから、動物の肉は生のまま、皆でわけあって食べていた。
水も、何時間も歩いた場所にある池から取ってきて、
濁ったまま飲んでいたんだ。それでも水が足りなくてさ、
ずっと空腹と喉の渇きに飢えていた。それに耐えられなくなった
俺達より少し上の子が、木の窪みみたいな所に溜まった水を
飲んでしまって、お腹を壊して、何日か経った後に亡くなった。
男の人が、何日かごとに結構離れた農地へ作物を盗りにいって、
野菜とかを手に入れてくるんだ。だけど、その食べ物は幼児や
赤ちゃんにおっぱいをあげなきゃいけないお母さんに食べさせて、
俺達を含めた他の人は、食べられそうなものを食べて我慢してた。
葉っぱはさ、たまに毒があるものがあって、最初のうちは見分けられなくて
舌がしびれたり、唇が腫れたりした。だから、食べる時はまず唇に10分くらい
つけて、それで大丈夫だったら口の中に入れて、そこからまた10分ぐらい
口の中に入れたまま、咬まずにしておくんだ。それでさ、舌に痺れだとか
痛みがなければ、よく噛んで飲み込んでた。美味しくはなかったけど、
食べられずにはいられなかった。
その点、虫は栄養もあるっぽくてさ、最初は気持ち悪かったけど、途中から抵抗なく
食べられるようになってた。特にイモムシみたいなのとか、何かの幼虫はおいしかった。
結構大きめのクモも、肉に歯ごたえがあって、味は鶏みたいな感じだった。
とはいっても、この時はずっと空腹で味覚も狂っていたと思うから、実際はそんなに
美味しいものではなかったと思うんだけどね。
色々と慣れてくるものだけど、一つだけ慣れないものがあったんだ。
それは夜の山なんだ。時折、別の山とかに移動して転々としていたけれど、
どの山も怖かった。別に幽霊だとか、動物が怖いわけじゃないんだ。
もしかしたら、スルツキの警察や民兵、軍がくるかもしれない。
もしかしたら、この場所が知られているかもしれない。
そんな恐怖が子どもや大人全員にあって、夜は必ず大人二人と
子ども一人が起きて、見張りをしていた。
それでも、物音がしたり、風で木が揺れる度に、皆が目を覚まして、
息を潜めてさ、場所を移動してもそれはその恐怖は消えなかった。
ごめん。書くのを躊躇っていたけれど、やっぱり書く。
この山中の生活でさ、子ども一人と年配の人が一人亡くなったんだけど、
俺達はその人の遺体を食べたんだ。とても気持ちが悪くて、最初は
吐いたんだ。吐いたけれど、食べないと死ぬぞって言われて、
皆泣きながら食べた。俺はさ、この時、別の肉もソニアやメルヴィナと
食べたんだ。そんな多い量じゃないんだけどさ。
フォーチャから脱出した時、俺はずっとさ、サニャの手を持ってたらしくて、
目を覚ました時にサニャの手がバックに入っていたんだよ。
捨てるに捨てられなくてさ、腐ってきていたけど、ずっと手元に置いていたんだ。
それでさ、今書いた人の肉を食べた後、お腹がすいたって鳴いているソニアを見てさ、
じゃあ、サニャの手を食べようって言ったんだ。
もう、サニャの手は腐ってて、臭いもきつかった。それでも、栄養があるものを食べなきゃって
自分達に言い聞かせて、メルヴィナも呼んで三人でこっそり食べたんだ。口の中に入れた瞬間、
へんな臭いと味が広がって、思わず吐きそうになったけど、サニャの分まで生きようって
三人で言い合って、食べた。
この時が、空腹とかの絶頂だったように思う。友達を食べるって、やっぱ違うんだよ。
一緒に行動していた人も大切な仲間だけど、やっぱりその人のとは違うんだ。
味とか臭いだけじゃなくて、言葉に言い表せない気持ち悪さとか悲しさとか
色んなのがごちゃまぜになった状態で、涙が出そうになるんだ。
声を出して泣きたい位の涙が出そうになるんだ。でも、出ないんだ。
水が殆どなかったからかもしれないけれど、サニャの手を食べた時は、
ソニアもメルヴィナも、もう泣かなかった。
51:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/22(土) 23:20:35.11 ID:YjM.1pYo
ご飯食べてた人はごめん。それとちょっと少し落ち着きたいので、
休憩させて下さい、
今日は、可能な限り朝まで書くからさ。ごめん。
57:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/22(土) 23:35:33.06 ID:Mr2A.uso
現実なんだよな
釣りじゃないんだよな
62:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/22(土) 23:54:30.91 ID:YjM.1pYo
待たせてしまってごめん。もう大丈夫。
>>57
信じるも信じないも、全て皆の判断にお任せするよ。ここで俺が本当だ、信じてといっても、
俺が嘘をついて本当だと言っていたとしたら、意味がないでしょ。
ただ、こういった事が実際に起きた紛争だったと、起きたんじゃないかな、
そう思って、この紛争に、この地域にもっと関心を持ってもらえればそれでいいんだ。
辛ければ、信じなくてもいいんだ。ただ、どうかこの地で起きた一連の出来事を、
知って欲しい。そして、もっと関心を持って欲しい。上手く言葉に出来なくてごめんよ。
63:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/22(土) 23:57:29.43 ID:YjM.1pYo
この時ぐらいからだったと思う。俺も含めて、ソニアやメルヴィナも
あんまり感情を表に現さないようになっていった。
そんな生活をして1・2ヶ月経った頃、皆の体力もかなり落ちていて、
このまま生活していても先がないという話になったんだ。
それで、本来の目的地だったゴラジュデに向かうことになった。
毎日日記はつけていたつもりなんだけど、フォーチャから脱出して
数日は記憶が殆どなかったせいで、正確な日にちはわからない。
だけど、恐らく6月に入って数日程度経った頃だったと思う。
ゴラジュデへの道のりは、大体3日間ほどだったんだ。
それでも、体力が落ちていた俺達には、過酷で辛かった。
ああ。
66:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 00:09:19.04 ID:OtPEKa6o
グーグルマップで>>1がいたであろうフォーチャ東の山を見てる
緑はあるけど結構ハゲてるところも多いな
67:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 00:15:38.29 ID:kv3yaWMo
>>66
ごめん。山の中にいたから、どこらへんかわからないんだ。
ただ、剥げているというか農地の場所とかはあったと思う。結構、人が近くに居たりする場所で
隠れて生活するには向いていない地域だったと今考えれば思う。
68:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 00:16:55.04 ID:kv3yaWMo
ゴラジュデに向かいだして二日目の昼頃。
山の中を進んでいくとは行っても、道路とか人の生活圏を完全に避けて通過するのは厳しかったんだ。
本来であれば、夜にそういった場所を通過した方が安全なのだけれど、
俺達には体力的にもそんな余裕がなかった。
この時は、丁度山道を横切る時だった。道の200Mぐらい手前で、道に銃を持った人間がいるのが見えたんだ。
警察か民兵か、それとも軍の兵士なのかは見分けがつかなかった。だけど、そこを通らないと山が越えられなかったんだ。
俺達、というか大人達は選択に迫られたんだ。このまま気づかれないように進むしかない。
だけど、それには大きな障害があったんだ。それは、赤ちゃんだったんだ。
赤ちゃんはさ、泣くのが仕事っていう位、よく泣く。このときは、元気もあまりなくて、
そんな泣くほどでもなかったんだ。それでも、もし万が一泣いてしまったら、俺達はつかまってしまう。
全員の安全の為には、赤ちゃんを連れて行くことはさ、出来なかったんだ。
でもさ、さっきも書いたように、俺ぐらいの子どもも、大人達も、赤ちゃんや幼児の為に
どんなにお腹が空いていても、我慢して、耐えて、その子たちに優先的に食べ物を
まわしていたんだよ。そんな簡単に、皆の為にといって、赤ちゃんを連れて行かない
なんて、決断は出来なかったんだ。
少しの間、沈黙が流れてさ、言いたいことはわかってる。だけど、誰も言い出せない状況が続いた。
ここまで一緒に行き抜いてきたんだ。こんな小さい赤ちゃんでも、皆にとっては大切な仲間で、
気持ちとしては、家族同然のようなものだったんだと思う。
赤ちゃんの母親はさ、皆が言いたいことは十分わかっていたんだと思う。そして、皆がそれを
言い出せないという事も理解していたんだと思う。誰も言い出さない中さ、笑いながら、
皆が言いたいことはわかるって。自分もこの子も、自分たちの為に皆が危険な目に合うのは
望まないって言ってさ。自分が母親だから、きちんと責任を持つって言ったんだ。
だから、皆は先に進んでください。この子とお別れをしたら、私も後から追からって。
何とも言えない空気の中で、そう言った母親は、さっき来た道を戻って行ったんだ。
大人たちは、母親の姿が見えなくなった後に、「すまない。」って一言二言いって、
武装したスルツキの近くを通過していくことにしたんだ。
スルツキ達が居る場所を過ぎて、少し数百メートル歩いたところで、俺達は数時間待ってたんだ。
母親が後から来るっていってたからさ。でも、結局母親は来なかった。
今思えばだけど、後から追うっていうのは、赤ちゃんの後を追うって意味だったんだろうな…。
75:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 00:37:56.25 ID:OtPEKa6o
もしかしたら殺せず二人で逃げたのかもしれないな
77:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 00:43:10.22 ID:kv3yaWMo
>>75
逃げ場なんてないんだ。前にも言ったけど、俺達がいた場所はさ、スルプスカ共和国って名乗る、
スルツキの領内だったんだ。どこに逃げても、味方なんていないんだよ。
だからこそ、俺達はゴラジュデへ向かったんだ。それ以外の選択肢なんてなかったんだ。
例え逃げたとしても、待っているのは死か、スルツキに捕まるかのどれかだったんだ。
そして、この時、スルツキに捕まるのは死も同然だったんだ。
76:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 00:40:24.69 ID:kv3yaWMo
次の日になると、先頭を進む人と、後方の人の距離がかなり広がっていた。
もう休んでいる時間も体力もない。もし休んだら、そのまま動けなくなってしまうような
状態だったんだ。だから、この時になると、暗黙の了解じゃないけど、
体力のない人はどんどん遅れていくようになった。幼児とかは、まだ小さいから、
体力のある大人が背負えるんだ。だけど、俺達ぐらいになると、体重が多少あるから、
背負えないんだよ。
そして、丁度最後尾に居たのは、俺とソニア、メルヴィナだったんだ。
ソニアは体力的にも、精神的にも参っててさ、俺とメルヴィナが引っ張りながら歩いていたんだけど、子どもだからただでさえ歩くのが遅いんだ。引っ張りながらだと、さらに遅くなって、全然追いつけないんだ。
気づいたら、俺達は皆とはぐれてたんだ。遠くの方からは、爆発音みたいな音とかが聞こえてきてて、どこかでまたあのような惨状が繰り広げられているかもといった考えが過ぎった。
もしかしたら、大人が心配して引き返してきてくれるかもって思った。
だから、俺はメルヴィナにここで大人達を待とうって言ったんだ。
だけど、メルヴィナは駄目って言うんだ。
「戻ってこないよ。自分達で進まなきゃ。」
って言うんだ。
俺達は三人だけで、道もわからないのに、進んだんだ。メルヴィナがさ、
もしかしたら、味方が来てスルツキの兵士をやっつけてるかもって言うんだ。
確かに、そうかもって。何かにすがりつかないと前に進めなかった。
だから、俺達は、音がする方に味方がいるって希望を持って、
そっちに向かったんだ。
でも、それが間違いだった。
山と山の間に、少し開けたところがあって、俺達はそこに出たんだ。
あんなに体力が落ちてなければ、疲れていなければ、
もっと冷静に考えられたのかもしれない。
だけど、この時の俺達は、子どもでそこまで思考能力もなかったし、
そして疲れ果てていて、頭が回らなかったんだ。
開けた場所の半分くらいまで歩いた時だった。
横の道から、振動と共に何かが近づいてくる音がしたんだ。
もうさ、前の方からは爆発音とかがしてて、そんなの聞こえない
はずなのに、聞き間違いだって思いたかったんだ。
だけど、爆発音の合間に、何かが向かってくる音がするんだ。
味方かもしれない。でももしスルツキだったらどうしよう。色々不安と期待があった。
俺は怖くて、迷って、そしてその場で止まってたんだ。
そしたら、メルヴィナがとりあえず逃げなきゃって言ってさ、
俺はソニアの手をつかみながら全力で前の森というか、山に向かって走ったんだ。
それで、何とか木のところまで来て、良かった。何とか隠れられたって。そう思ったんだ。
それで後ろを振り返ったら、メルヴィナがいないんだよ。
何でって思ったら、メルヴィナがさ、メルヴィナがこんな時にだよ。
こんな時に限ってさ、転んじゃってるんだよ。
もう近づいてくる音もかなり大きくなっていて、振動もしてきていたんだ。
メルヴィナ早く立ってこっちに来いって叫んだんだ。
だけど、メルヴィナは立たないんだ。いや、立てないんだよ。
3日間も、殆ど寝ないで飲まず食わずで歩いてきたんだ。
体力的にも精神的にも、限界なんてとっくに通り越してたんだよ。
俺は助けに行かなきゃって、もう見つかってもいい。ここで俺がおとりになれば、
もしかしたら二人は助かるかもしれないって。それで飛び出してメルヴィナの所に
走って駆け寄ったんだ。
でも、メルヴィナを起こそうとしても、メルヴィナは足に力が入らない、立てないって
言うんだ。だけど、こんな所で見捨てるなんてできるわけないじゃないか。
ここまで一緒に行きぬいてきたのに、もう三人だけになってしまったのに、
見捨てるなんて出来るわけじゃないないか。
だから、メルヴィナを背負ったんだ。だけどさ、情けないよ。全然前に進めないんだ。
この時、俺は8歳で、小学3年ぐらいだったんだ。男女の差といっても、体格的にも、
肉体的にもまだそこまで差がなかったんだ。普段だったら、それでも何とか歩けたはず
なんだ。でも、この時の俺にはそんな力なんて残っていなかったんだよ。
頼むから前に進んでくれって頭の中で思っても、全然前に進めないし、
足のふんばりも効かないんだ。もう、向かってくる音はかなり鮮明になっていて、
金属音も混じっていたんだ。俺とメルヴィナの姿が相手に見られるのも、
時間の問題だった
俺はメルヴィナに大丈夫だから、俺が何とかするからって言ったんだ。
だけど、メルヴィナがさ。泣きながら、
「もういいから、ソニアの所に行って隠れて」って言うんだ。
そんな事出来るわけないじゃないかって怒ったんだ。
だけど、メルヴィナはこのままじゃ見つかるって。
今ならまだ間に合うって。今隠れれば、ソニアと俺は助かるって言うんだよ。
俺は嫌だ嫌だって言って、背負ったまま前に進もうとしたんだ。
そしたら、メルヴィナが暴れてさ、地面に落ちてしまったんだ。
すぐにまた背負おうとしたんだけど、メルヴィナがあばれて、
背負えないんだよ。何するんだって言ったらさ、
お願いだから隠れて!って。俺とメルヴィナが見つかったら、
ソニアはどうなるって、このままじゃ全員捕まっちゃうって叫ぶんだ
だから二人だけでも逃げてって泣きながら叫ぶんだ
俺は弱虫なんだよ。俺はメルヴィナの所に留まっておくべきだったんだ。
それなのに、体が勝手にソニアの所に向かってるんだよ。
何やってるんだよ やめろって自分にいっても、
体が勝手に逃げちゃうんだよ。
ソニアの所へ入る直前か、直後かわからない。
隠れて振り返ったら、戦車が向かってきていた。
メルヴィナは俺が隠れたのを確認したら、横になりながら体を
動かして俺達の方向に背を向けたんだ。
頼むから味方でいてくれって、敵だとしたら、気づかないでそのまま通り過ぎてくれって
そう祈った。だけど、現実は全然幸運なんてないんだよ。思ったとおりにならないし、
神様なんていなかったんだ。戦車はメルヴィナの横で止まって、上からスルツキの軍服を着た
兵士が出てきたんだ。
ごめん。あんまり細かく書きたくない。ごめん。
降りてきた兵士はさ、メルヴィナの事を蹴ったんだ。メルヴィナは濁った叫び声を一瞬だしてさ、
生きているって確認した兵士は、笑いながら何かを言った。そしたらもう一人、兵士が出てきて、
暴れるメルヴィナを叩いて、服を脱がせて乱暴したんだ。たった8歳の少女に乱暴したんだよ。
メルヴィナは泣き叫んでもおかしくないのに、自分の口を手で押さえて、叫ばないようにしてるんだよ。
俺らに助けを求めないように、俺らが見つからないようにしてるんだよ
自分が酷い目にあってるのに、怖くて痛くて辛いはずなのに、
メルヴィナは自分よりも俺達を心配して、自分の口を押さえてるんだよ。
俺とソニアを助ける為に必死に耐えてたんだ
すぐにでも飛び出さなきゃいけない。助けなきゃいけない。
でも、それをしたらメルヴィナの行動は全て無駄になってしまう。
俺には決断できなかった。何でこんな選択をしなきゃいけないんだって、
山中の生活を通して、感情をあまり外に出せなくなっていたソニアや
俺は泣きながら見ていることしか出来なかった。
これが戦争なんだって。これが人間なんだって。これが神様の作った世界なんだって。
神様なんて、残酷な悪魔だと思った。
俺は本当に無力で、何も出来ない弱虫で、本当は俺があそこで殺されているべきなのに、
俺はメルヴィナに代わって死ぬほどの勇気を持っていなかったんだ。
持っていたとしても、それは本当の勇気だとか決意じゃなかったんだ。
日本に居る頃は、自分は何でも出来る、やろうと思えば何でも出来る人間だと思っていた。
だけど、実際の俺はあまりに無力で何も出来ない弱虫だったんだ。
ソニアはずっとごめんなさいと繰り返し言っていた。
俺は、メルヴィナが乱暴されて、連れ去られるのを見ている事しか出来なかった。
この時だったよ。今まで憎しみだとか、悲しみだった心が、自分には抑えられないぐらいの
怒りと殺意みたいなのに変わっていた。絶対にあいつらをころすって。
ころしたいって。
108:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 01:55:36.32 ID:kv3yaWMo
ごめん。少し休ませてください。
110:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 01:58:06.09 ID:FbHZpE20
ゆっくり休んで
辛いのに書いてくれて本当にありがとう
116:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 02:00:31.37 ID:OtPEKa6o
言葉も出ない
117:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 02:00:36.77 ID:D3NWmico
でもこれで>>1がそいつらを殺したら
今度はそいつらの遺族が>>1をぶっ殺したいって思うよね
118:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 02:01:49.42 ID:cpIQv7w0
>>117
それが歴史的に繰り返されて民族の根深い対立が起こるんだろうね・・・
120:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 02:04:55.21 ID:kv3yaWMo
>>117
だから俺は書いて誰かに伝えなきゃいけないんだ
それを誰かに伝えて、何かを感じて欲しいから書いてるんだ
もう少し待って、そしたら俺が伝えたいことが、何となくわかってもらえるかも
しれないんだ。
もうちょっと、少し時間をください
122:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 02:06:40.64 ID:FbHZpE20
世界中の紛争地域でさ
今このときも>>1みたいな思いをしてる人がいるんだよな
127:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 02:13:09.76 ID:PZRHr5Ao
俺の場合、こういう出来事の詳細を知らなかったんじゃなくて知ろうとしなかったんからな
想像力の欠如で済むレベルじゃないな
128:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 02:14:57.99 ID:kv3yaWMo
それから数時間くらい、俺とソニアはそこから動けないでいたんだ。
だけど、ここにずっと居たって何も変わらない。
俺とソニアは手を繋ぎながら、轟音止まない方向へ向かった。
世界は不幸なことばかりじゃなくて、幸せもあるかもしれない。
だけど、不幸幸せ不幸みたいに、交互に来るとは限らないんだ。
俺達は、ずっと目指していたゴラジュデに、沢山の大切な犠牲を払って
辿り着いたと思ったよ。だけど、街には入れないんだ。
近づくことも出来ないんだ。もう、街はスルプスカの軍に包囲されて、
攻撃を受けていたんだ。山の中にもスルプスカの兵士が大勢居て、
全ての希望を打ち砕かれてさ。声も出なかった。
ここに留まることも、街へ入ることもできない。
俺とソニアは、世界で二人だけ取り残された気分になってさ、
でも諦めたら駄目だって。自分に言い聞かせて、
ゴラジュデから離れて延々と、山の中を歩き続けたんだ
ここらへんは、日記もちゃんとかいてなくてさ、何日歩き続けたかわからない。
でも、今思えば、約2ヶ月くらい山中で生活した経験がなかったら、
俺とソニアはここで死んでいたと思う。
136:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 02:26:30.02 ID:kv3yaWMo
歩き続けて何日目かわからないけどさ、小さな川というか湧き水みたいなところがあって、
そこで休んでいたら、銃をもった人が駆け寄ってきたんだ。スルプスカの兵士かと思ったけれど、
そうじゃなくてさ、ボシュニャチの民兵の人たちだった。
それから93年の10月くらいまで、一年半くらいボシュニャチの民兵の人と行動を共にしたんだ。
俺はさ、彼らと過ごして1ヶ月ほど経った頃に、俺も戦わせてと頼んだんだ。
何でもするって。死んでもいいって。だから俺も戦わせてって頼んだんだ。
139:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 02:34:51.14 ID:QwzgeD.0
>>1よ
楽になるために書くならまだしも辛い思いをして書くこたねえと俺は思うぞ
140:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 02:36:47.37 ID:kv3yaWMo
>>139
辛くても書かなきゃいけないから書いてるんだ。
これは俺の為でもあるんだ。
141:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 02:41:16.83 ID:kv3yaWMo
勇気を出すって。勇気を出して戦う。もう逃げないって。だからお願いって。
でも、彼らはそれを許してくれなかった。中学生くらいの子どもにも銃を持たせているのに、
何で俺は駄目なのかってしつこく聞いたんだよ。スルプスカの兵士が許せないって。
そしたら、名前は書けないけど、民兵の一人が俺に言うんだ。
戦いに勇気なんて必要ない。
生きる事にこそ勇気が必要なんだ。
君は戦う以外にも出来る事があるだろう。
君だから出来る事があるだろう。
俺達は戦争が終わるまで生きていられないだろう。
君は、ここで何が起きたかを伝えなさい。
同じ事が起きないように。
辛くても生き抜いて、そして胸を張って
友人に天国で会えるようにしなさいって。
彼らと過ごした間、俺は色んなものを目にした。
俺の中で、この時スルツキの人々や軍、警察、民兵は絶対的な悪のような
存在になっていたんだ。そして、ボシュニャチは被害者だと。
だけど、違ったんだよ。民兵の人たちはさ、スルツキの集落を襲って、
食料を奪ったり、スルツキの大人や子どもを殺害したり、
女性をレイプしたりしていたんだ。
俺はわからなくなっちゃったんだ。何が正しくて、何が間違っているのかとか。
何が悪で、何が正義なのか。あんなに被害を受けて、その苦しみを知っているはずの
人たちが、同じ事を、相手の民族に、人々にするんだ。
俺は、何でそんなことをするの?やめようよって何度も言った。
それはやっちゃいけないことだよって。
そういうと、決まって民兵の人は悲しそうな顔をしてさ、
そんなのはわかっているんだって。でもこうしないと、自分達の仲間が同じ目に合うって。
矛盾に気づいているのに、それをしなければいけない状況だったんだ。
ボシュニャチもスルツキも。
俺はこの時、まだ彼らの紛争の歴史も何も知らなかった。
前にも書いたと思うけれど、スルツキの人々も同じように、歴史上で何度もこういった
虐殺の被害に合ってるんだ。どちらも被害を受ける苦しみや怒り、恨みをしっているのに、
それでも尚、お互いにそうしなければ、やられる状況になっていたんだ。
恨みや禍根は残されたまま、次の世代へと引き継がれて、また同じ悲劇を繰り返している。
それがこの時の紛争だったんだ。
前に、国は3つの勢力に別れたって書いたよね。
ボシュニャチ、フルヴァツキ、スルツキの3勢力に。
ボシュニャチとフルヴァツキは最初は味方同士のような感じだったけれど、
連携は取れていなくてさ、国内で、つまりヘルツェグ=ボスナでは
フルヴァツキの軍や人々によって、ボシュニャチやスルツキの人々が虐殺された。
一つの民族が、一方的に虐[ピーーー]るのではなく、お互いに民族浄化の応報を
繰り広げていたんだ。
148:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 03:00:15.41 ID:2MTA.cIo
レイプする必要あんのかよ
149:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 03:04:20.53 ID:kv3yaWMo
>>148
レイプは単に性的欲求を満たす為の行為じゃないんだ。
敵対する、憎む民族の女性をレイプする、それは自分達の民族が、
敵対する民族に勝利する、やっつけるといった優越感を示す行為でもあったんだ。
だから、女性は標的になったんだ。
150:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 03:06:17.03 ID:kv3yaWMo
9月に入ると、フルヴァツキとスルツキの二つの勢力が同盟を結んでさ、
ボシュニャチは二つの民族から挟まれる状況になったんだ。
その理由は、フルヴァツキの人々も、自分たちによる、自分達の国が、
このボスニア・ヘルツェゴビナの領内で欲しかったんだ。そして、
最初は共に戦ってもヘルツェグ=ボスナ内でスルツキの人々が
一掃されて、領地の争いが減ったんだ。フルヴァツキからすれば、
次はボシュニャチだったんだ。
10月の中旬ぐらいだった。
ボシュニャチの勢力は、スルツキ・フルバツキの二つの勢力に挟まれ、絶望的な状況になっていた。
俺はそういった経緯は、日本に帰ってきてから知ることになったけど、この時、自分達が
かなり追い詰められているというのは何となく認識していた。
俺とソニアが一緒に過ごしていた民兵達の部隊も、人数がどんどん減っていって、
人手が不足していた。この日も、殆どの人が離れた街に行ってしまって、
拠点としていた洞窟には十数人しか残っていなかったんだ。
もう秋になって、辺りが暗くなる時間も早くなってきていた。
拠点に残っている大人はさ、殆どが負傷した人だったんだ。
だから、俺は暗くなる前にさ、水を汲んでくる必要があった。
この時、ソニアも一緒につれて行けば良かったんだよ・・・。
だけど、誰かが負傷した人を見てなきゃいけなくて、
俺が水を汲んできて、その間ソニアが負傷した人を看ているって
するしかなかったんだ。
水を汲む場所までは、山を下らなきゃいけなくて、子どもの足で往復4時間くらいかかるんだ。
水を汲んで洞窟の近くまで来た時には、もう辺りは暗くなっていた。
ソニアはちゃんと看てるのかなって心配しながら、水汲んできたよって洞窟の中に入ったんだ。
だけどさ、洞窟の中に明かりが点いてないんだ。もう外は暗くて、洞窟の中も真っ暗なのに、
明かりが点いてないんだよ。最初はおかしいなって思ったんだ。だけど、ソニア疲れて
寝ちゃったのかって。ちゃんと看病しなきゃ駄目じゃないかって。
ソニアちゃんと看ててって言ったでしょって言いながら、スイッチを押したんだ。
だけど、明かりが点かないんだ。何回押しても点かないんだ。俺さ、民兵の人たちと
過ごしている間、前のように本当に危険な目に合う事が殆どなかったんだ。
ソニアを守るって、だからどんな時でも俺はソニアから離れちゃ駄目だし、
どんな時でも警戒して、気をつけてなきゃいけないんだ。
でも、馬鹿な俺はその大切なことも忘れて平和ぼけしてさ、それを怠ったんだ。
信じたくなかった。ただ電球が切れただけだと思いたかった。
確かめるのが怖かった。誤解であってくれって、神様どうか誤解であってくださいって
祈ったんだ。だけど、洞窟の奥に進んでいくに連れて、真っ暗で何も見えなくても、
嗅いだ覚えのある臭いがするんだ。錯覚だって。これは錯覚だって。気のせいだって。
でも、うめき声とかも微かに聞こえてきて、何かが焼ける臭いもしてきてさ、
気づいたら両手に抱えていた水の入れ物を落としていた。
ソニアの名前を何度も呼んだんだ。ソニアソニアどこにいるのって。隠れないで出てきてよって。
だけどソニア全然出てこないし返事しないんだ。
酷い話だけどさ、横で兵士の人がうぅって苦しそうに声を出していたんだ。
だけど、俺はそれどころじゃなかったんだ。必死に地面に這いつくばって、ソニアが
居ないか手探りで探したんだ。何人か、冷たくなった大人の死体とかに触れたけど、
それに驚いたり気遣ってたりする余裕なんてなかったんだ。
どれくらい探してたのかわからない。もう時間の感覚とかもよくわからなくなっていた。
気づいたら、洞窟の奥まで来ててさ。壁に手を付きながら探していたら、小さな体に触れたんだ。
すぐにわかった。夜になると、いつも一緒にくっ付きながら寝てたんだ。すぐにソニアだってわかった。
頭が真っ白になって両手でソニアに触れたんだ。でも、ソニアの体は温かかったんだ。
息もしていて、ソニアは生きていたんだ。良かった。何が起きたかわからないけど、ソニアは生きてる。
良かったって。ソニア大丈夫?って声をかけたら、小さい声でうん。って言ったんだ。
離れてごめんねって。ソニアを追いて水汲みにいってごめんって言いながら、ソニアを抱き寄せたんだ。
そしたら、手に生暖かい液体がついてさ、最初は何かわからなかった。でも臭いを嗅いだら、
血ってすぐにわかったんだ。慌ててソニア怪我してるの?ソニア大丈夫なの!?って聞いたんだ。
ソニアはまた小さな声で、うん。って言ったんだ。俺は急いで傷の手当しなくちゃって思って、
洞窟の中は暗くてよく見えないから、ソニアを背負って外に出ることにしたんだ。
ソニアの体がいつもより軽く感じて、そしてソニアの体から垂れる血のピチャ、ピチャ、って音が、
洞窟の中で響いていたんだ。不安になった。だけど、ソニアは返事をしているし、ちょっとした怪我なんだって、
ちょっとした怪我だって、悪いことを考えないように必死に自分に言い聞かせたんだ。
洞窟の外に出た時は、もう外も真っ暗で、月が綺麗に輝いていたんだ。
俺はソニアを草の上に下ろしたんだ。最初は見間違いかと思った。
だけど、何回目をこすってもさ、ソニアのお腹から血が一杯出てるんだ。
頭の中で理解できないような色んな感情とかが渦巻いてきたんだ。だけど、
血を止めなきゃって。俺は上着を全部脱いで、ソニアの上着を捲ってさ、
血を止めようとしたんだ。そしたら、ソニアのお腹に大きな穴が何個も空いてて、
そこから沢山の血が流れてたんだ。俺ってば、分厚いコート着ててさ、背負ってるのに、
こんなに血が出てるのに気づかなくて・・・
シャツでソニアのお腹を抑えたんだけど、全然血が止まらなくて、どうしようどうしよう、
誰か来てよって泣きながらソニア大丈夫だよ大丈夫だよって何度も叫んだんだ。
でも血が止まらないんだ。そしたら、ソニアが血を口から垂らしながら、
うん。だいじょうぶ。って言ってさ。 しゃべっちゃ駄目って言ってるのに、
小さな声で喋り続けるんだよ。月が綺麗だねって。どうして祐希泣いてるのって。
ソニアを心配させちゃ駄目だって思って、泣いてないよ。だから喋らないでって言ったんだ。
だけどソニアはそれでも話すのをやめなくて、声を出すたびに血が溢れてくるんだ。
混乱してて、慌てて、怖くて、正確には覚えてないんだ。だけど、ソニアは昔の話をしだしてさ。
特別な日覚えてる?って。俺すぐには思い出せなくて、何?って言ったんだ。そしたら、
祐希にお友達になってくれたお礼をした日って言うんだ。
俺は覚えてるよ。忘れるわけないじゃんって泣きながら答えたんだ。
そしたら、ソニアはちょっと笑いながら良かったって言って、
あの時も綺麗な月だったねって。
俺はうまく言葉が出せなくて、うん、うん、って相槌しか打てなかったんだ。
それでもソニアは喋り続けて、
ずっと一緒にいれなくてごめんねって言うんだ。
ソニアはわかっていたんだ。自分が大怪我して、もう助からないってわかってたんだ。
もう俺は何て言葉を返したらいいかわからなかった
ソニアは、もうお腹押さえなくていいって、その代わり手を握ってって言うんだ。
もうソニアは手に力が入らないみたいで、俺の手を握り返せないんだ。
手を握ってさ、目の前にいるのに、ソニアが言うんだ。
祐希、ちゃんと手にぎってる?そこにいる?って。
俺はちゃんと握ってるよ。隣にいるよって答えたんだ。
そしたら、そっか。良かったって言ってさ、ごめんね、ありがとうって小さな声で言った後、
何も喋らなくなったんだ。
息はまだしてたんだ。もし医者がいれば、医者じゃなくても大人が居ればソニアは助かるかもしれないんだ。
でも、俺は何も出来ないんだよ。大切な子がソニア以外いなくなったり死んじゃったりして、
もうソニアしかいないのに。たった一人の大切な人なのに何も出来ないんだよ。
ソニアの息が少しずつ弱くなって、体が冷たくなっているのに、横でただ泣きながら見ているしか
出来ないんだよ。
181:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 04:20:12.06 ID:kv3yaWMo
ごめん、ちょっと時間ください。
186:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 04:23:27.39 ID:f8egtOwo
涙が止まらん
ゆっくりでいいから
がんばれ
最後まで付き合うから
188:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 04:29:55.29 ID:2IUFLkDO
最後まで付き合うつもりだ
そして、周りのVIPPERでも2ちゃんねらーでもない人達にも、
この手記を伝えていきたいと思ってる
191:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 04:42:58.37 ID:kv3yaWMo
俺は目の前で起きた現実を受け入れることが出来なかった。
やらなければいけない事は沢山あったんだ。
洞窟の中にはまだ生きている民兵の人がいたんだ。
でも俺はソニアの傍から離れる事が出来なかった。
この日まで、沢山の人に助けられて生き延びてきた。
沢山の人の、仲間の友達の犠牲の上で、生きてきたんだ。
なのに、何もお返しも出来ずに、逃げてばかりで、
まだ生きている民兵の人だけでも助けなきゃいけないのに、
その人たちに助けられて、今まで面倒をみてきてもらっていたのに、
頭で理解してても何も行動できないんだ。
気づいたら朝になっていて、洞窟の中でまだ息のあった人たちも、皆亡くなっていた。
もう心が耐えられなかった。情けない自分が、同じ過ちを何度も繰り返す自分が許せなかった。
それから数日間、ソニアや民兵と一緒に過ごしていたんだ。
でも、外に出ていた民兵の人は誰も帰ってこなくて、もう全てが終わった事に気づいた。本当はとっくに気づいていたけど、もう現実を受け入れるほど俺の心は強くなかったんだ。
それから、少しして、俺は皆の遺体を埋めることにしたんだ。
スコップとかがないから、木の棒でひたすら彫り続けて、全員の遺体を埋めるには数日かかった。
俺ムスリムじゃないからさ、お墓に何をすればいいかわからなかったんだ。
だから、棒を立てて、咲いていた花を移して植えるぐらいしかできなかった。
ボシュニャチの民兵の人に、辛くても生き抜けって言われたけど、もうそんな気力もなかった。もう全てを失って、希望だとか光も何もないんだ。
その場で死のうと思って、銃を探したんだけど、銃が全部なくなってるんだ。
少量もとっくに尽き果てていて、飲まず食わずでいた俺は、もう疲れて眠くなっちゃってさ、そのままソニアを埋めた場所の前で寝たんだ。
目を覚ましたら、夢の中みたいで、どこかの家のベットに寝てたんだ。
おかしいな、これは夢なのかなってそれとも今までのが夢なのかなって思ってたんだ。
そしたら部屋の中に中年ぐらいの女の人が入ってきてさ、何か俺にいいながら、水とか食べ物をくれたんだ。
それから少しして、これが夢じゃないってわかってさ。
俺は山で倒れていた所を、スルツキの民兵に保護されて、
そこから結構離れた民兵の暮らす集落に連れて来られていたんだ。
もう死にたいって思ってた俺はさ、スルツキの民兵がソニア達を撃ったんだろって、
絶対に許さないって暴れたんだ。
でも、この家の奥さんや、民兵の旦那さんは悲しそうな顔しながら、自分たちはしていないって言ってさ、
俺が暴れてるのに抱きしめてくるんだ。
俺は嘘つきめ、嘘つきめって叫びながら暴れたんだけど、離してくれなくてさ、
寝るって言って部屋に篭ったんだ。
それから何日も、部屋にもって来てくれたご飯とかも食べないで、
ずっと篭っていてさ、そうだ、ここから逃げればいいんだって思ったんだ。
それで夜になるのを待って、窓から外に飛び出して、辺りを見渡したら、
十何キロ先かわからないけど、前いた山っぽいのが見えたんだ。
俺はソニア達の所に戻らなきゃって、あそこに戻らなきゃって思って、山に向かったんだ。
途中で、道がわからなくなったりして、何とか洞窟についた時には3日以上経っていたと思う。
その後、2日くらいまた洞窟で一人過ごしていたんだ。
そしたらさ、集落の民兵の人が来たんだ。
気づいた時にはもう洞窟の入り口の所まで来ていて、逃げ場はなかった。
ああ、俺も撃たれるんだな、良かったってほっとしたんだ。
だけど、彼らは俺を撃たないんだ。撃たないどころか、一人で何してるって怒るんだよ。
意味がわからないんだよ。お前らスルツキは子どもでも女の人でも殺して、
子どもに乱暴だってするだろって。俺の事も同じようにしろって泣きながら叫んだんだ。
だけど、彼らはただ無言のまま俺を担いでさ、洞窟から連れ出そうとするんだよ。
嫌だ嫌だって言っても離してくれなくて、バックがバックがだから離せって言っても離してくれなくてさ。バックはどれだって言うから、答えたら、俺が預かるとかいってさ、俺の事を下ろさないまま山を下ったんだ。
疲れていたのもあって、俺は途中で寝ちゃってさ、起きたらもう集落のすぐ近くまで来てたんだ。
その後、また同じ家に連れて行かれて、家に入ったら、あの二人が怒りながら俺の事をビンタしたんだ。
それから俺の事、この前よりも強く抱きしめてきて、また暴れようとしたんだけど、力が強くて暴れられなかった。
それから知ったことなんだけど、この集落の人たちは元々民兵じゃなかったんだ。
ボシュニャチの民兵に襲われて、村の女の人や男の人、子どもも何人か殺されたり連れ去られたりして、それで武装してたんだ。俺を世話してくれた夫婦にはさ、俺よりちょっと年上ぐらいの子どもがいたんだ。
だけど、彼は襲われた時にボシュニャチの民兵の人に殺されてしまっていてさ…。
その時、漠然と皆が苦しんでるっていう感じだったものがさ、スルツキの人も苦しんでいるんだ、被害にあってるんだ、皆が辛いんだって確信に変わったんだ。
多分だけど、俺がお世話になっていたボシュニャチの民兵の人達なんだ。
この集落を襲ったのはさ。そして同じような事を他の集落でもやっていたんだ。
中には、本当に悪い奴もいて、虐殺や暴行、レイプをしている人間もいるんだ。
それは否定しようがない事実なんだ。そしてスルツキが今回の紛争で大勢のボシュニャチの
人々を殺してたり、暴行したり、レイプしたのも事実なんだ。だけど、彼らもまた、同じような被害にあってるんだ。
自分達を守る為に、家族を守る為に、お互いにお互いを殺しあってるんだ。
望んでいるのは、形は異なっていても、同じ 平和に暮らす ってことなのにさ。
でも、昔に起きた虐殺や戦争の禍根が未だに残っていて、それがお互いの理解とか
そういうのを邪魔するんだ。積もりに積もったものが、阻むんだ。
今までの歴史が、彼らに人を殺させるんだ。やらなきゃ、やられるって思わせるんだ。
214:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 05:27:01.11 ID:FbHZpE20
根が深すぎる・・・
どうすりゃいいんだよ・・・
217:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 05:36:58.04 ID:pnElW4Io
>>214
「外敵」を作って呉越同舟になるように仕向ければよい。
けどここまで拗れると無理か…内戦の悲惨は一般市民が知らない間に戦地に放り込まれる所だな。
外国から敵が来る訳じゃないから猜疑心の塊になってしまう。
215:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 05:30:33.18 ID:kv3yaWMo
それから俺は、彼らと1年ちょっと生活した。
スルツキの人を憎む気持ちは薄れることはないんだ。
だけど、彼らにも彼らの事情があって、それを俺は否定出来ないんだよ。
否定する事が出来ないんだ。少なくとも、全員が望んで人を殺しているわけじゃないんだ。
罪悪感とかそういうのと戦いながら、それでも殺さなきゃいけないって、
それで相手を殺している人たちもいたんだ。
彼らと暮らして半年ぐらい経った頃だったと思う。
アメリカを始めとするNATOが、スルツキの勢力下の地域に爆撃を始めたって聞いた。
後で知ったけどさ、もっと前から国連として活動はしていたんだけど、
遅すぎるんだよ。もう何もかもが遅すぎるんだ。
そして彼らと暮らして大体1年2ヶ月ほど経って、1994年の12月になったんだ。
1月から停戦になるから、祐希はサラエヴォへ行って、そこから国に帰りなさいって
言われたんだ。
でも、俺はもう嫌だった。というより、これから先、全てを背負って生きていく自信がなかったんだ。
集落を出発する朝、俺を世話してくれた夫婦とか、民兵の人が集まってくれたんだ。
だけど、俺はもう無理だって、もう死にたいって思ってさ、頼んだんだ。
頼むから俺を殺してって。痛くても我慢するから、殺してって。大切な友達達も
皆いなくなってしまったのに、生きていても辛いって言ったんだよ。
そしたら、周りの兵士たちもお世話をしてくれた二人も
悲しそうな、少し困ったような顔したんだ。そしてお互いに見つめあいながら、
何かを早口でいってさ、俺を取り囲んだんだ。
俺はソニア達に、もうすぐそっちに行くよって、心の中で呟いたんだ。
やっと終われるって思ったんだ。
だけどさ、彼らは俺に何かをするわけでもなく、
歌を歌いだしたんだ。
何が起きたかわからなかった。違う国の言葉だし、
意味もわからなかったんだ。
意味を知ったのは、日本に帰って数年してからっだ。
223:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 05:48:45.50 ID:kv3yaWMo
ちょっと待って
227:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 05:53:37.20 ID:kv3yaWMo
今、youtubeのを貼るけれど、クリックして聞くのは、
日本語訳を書くまで待って欲しいんだ。
歌を聴きながら、日本語訳を目で追ってくれれば、
俺が伝えたいこと、彼らが俺に伝えたかったことが
わかってもらえるかもしれないから。
229:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 05:54:55.73 ID:kv3yaWMo
歌詞はね、
I see trees of green, red roses too
I see them bloom, for me and you
And I think to myself, what a wonderful world
I see skies of blue, and clouds of white
The bright blessed day, the dark sacred night
And I think to myself, what a wonderful world
The colors of the rainbow, so pretty in the sky
Are also on the faces, of people going by
I see friends shaking hands, sayin’ “how do you do?”
They’re really sayin’ “I love you”
I hear babies cryin’, I watch them grow
They’ll learn much more, than I’ll ever know
And I think to myself, what a wonderful world
Yes I think to myself, what a wonderful world
Woo yeah
230:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 05:55:40.64 ID:kv3yaWMo
日本語訳です。音楽を聴きながら、読んでみて下さい
※管理人注釈:youtube動画はすでにありませんでした。
青々とした木々、そして真っ赤に咲くバラが見える
僕と君のために、咲き誇っているよ
僕は自分に語りかけるんだ、「なんて素晴らしい世界なんだろう」って。
青い空、そして真っ白な雲が見えるよ
光り輝く日が訪れ、夜がやってくる
僕は自分に語りかけるんだ、「なんて素晴らしい世界なんだろう」って。
美しい虹が、大空に架かっている
道を行き交うみんなの顔も輝かせているよ
人々は「元気かい?」と手を振りながら握手をしているよ
皆心の中で「愛しているよ」と言っているんだ
赤ちゃんの鳴き声を聞き、その成長を見守るんだ
この子たちは皆、僕が知らない世界も目にしていくんだろう
そして僕は思うんだ、「なんて素晴らしい世界だろう」って。
そう、僕は思うんだ。「なんて素晴らしい世界だろう」って。
235:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 06:02:29.33 ID:kv3yaWMo
この歌はさ、今の戦争の世界が素晴らしいって言ってるんじゃないんだ。
きっと、世界は素晴らしくなるんだ。そう皆が願い、思えば、
素晴らしい世界になるんだって意味なんだ。愛でね。
皆、好きで殺してるわけじゃないんだ。そうしないと自分達の仲間が
子どもが殺されてしまうからなんだ。そして、相手も同じなんだ。
それをお互いにわかっているんだよ。わかっているのに、止められないんだ。
泣きながら歌ってるんだ。ボシュニャチやフルヴァツキを殺した民兵たちが
泣きながらさ。
彼らは好きで殺してるわけじゃないんだ。そしてそれが許されない行為だと
知っているんだ。知っていながら、どうすることも出来ないんだ。お互いにね・・・。
236:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 06:02:50.94 ID:kv3yaWMo
この時、英語が理解できていれば、彼らに何か言えたかも知れない。
でも、当時の俺には何の歌かわからなかったんだ。悲しい歌なのかと思った。
平和を願う歌とは知らなかったんだ。
238:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 06:05:28.27 ID:kv3yaWMo
その後、俺はサラエヴォまで連れて行かれてさ、解放される時に手紙を貰ったんだ。
その手紙の内容は、ちょっと長いから要約するけど、
人生は不公平だ。一生平穏に暮らす者もいれば、一生紛争や貧困に喘ぐ者もいる。
だけど、人生には、神様が皆にチャンスをくれるんだ。学校やお父さん、お母さん、
大人や友人、彼らは何度でも君にチャンスを与えるんだ。それを活かすかどうかは、
君次第なんだよ。
小さな贈りものになるけれど、私は君に生きるチャンスを与えよう。
強く優しく、そして誠実に人生を全うしなさい。そして、
素晴らしい世界を作りなさい。子どもが笑いながら育つ世界を。
君達子どもに託そう。素晴らしい世界を。
こんな感じの内容なんだ。
その後、1995年1月から4ヶ月の停戦が結ばれ、俺は首都で再会した父と共に、
オーストリアに向かい、後に日本に帰ってきた。
結局、この一連のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が終結するのは、
俺達がこの国から脱出した10ヶ月後の事だった。
1995年7月、安全地帯となっていたスレブレニツァが包囲され占領されたんだ。
多くのボシュニャチが処刑、強姦、拷問され、生き残った中から一部の女性は
解放されたけれど、男性は殆どが順次処刑されていった。
殺されたのは、大人、子ども、男女、老若女男問わず虐殺されたんだ。
犠牲者は、8000人を超えていて、未だに身元がわからない人も多く居る。
もし、サラエヴォから脱出できなければ、僕らはそこにいたかもしれない。
良い人もいれば、悪い人もいる。スルツキが憎い。憎いけど、全てのスルツキが悪というわけじゃない。
どうしたらいいんだ。どうやって生きていけばいいんだ。平穏な日々に戻ってからも、それを悩んでいた。
そして、いつの間にかドラガンに責任を押し付け、うらんで、生きていくようになった。
それも間違いだった。前に書いたとおり、彼は裏切ってなんか居なかった。Facebookで彼の弟を見つけ、コンタクトを送ったら、俺達がカリノヴィクで襲われた日に、彼は殺されていた。俺達を庇おうとして。
俺達を庇ってくれた仲間を裏切り者として、15年以上も憎んできた、「ずっと仲間だ」って約束したじゃないか、
それなのに、その言葉を忘れて、俺が彼を裏切っていたんだ。
今までの人生が全て崩れるような感覚に陥って、俺はもう生きていけないと思った。
罪悪感だけじゃない。
俺には荷が重過ぎるんだよ。気づいたら、会社に退職願を出していた。
丁度さ、いい機会だったんだ。ドラガンの弟から、サニャとかの家族の現住所も教えてもらえてさ。
サニャとカミーユの家族は、全員ではないけれど、生きていたんだ。
だから、まずはドラガンのお墓で謝って、そしてドラガンの家族に謝罪して、そして感謝を述べて。
それでさ、その後は、カミーユの家族に会いに行って、サニャの家族に、サニャの遺品を渡してさ。
全てを終わらせようと思ったんだ。
ただ、ボシュニャチの人との約束の一つ、話を広めるというのは俺には出来なかった。
そして、もう時間もなかった。だから、こうして色々考えた末、vipにスレをたてて、今に至るんだ。
もし何かを感じてくれれば、それでいい。
欲ではあるけれど、俺自身、彼らが何を伝えようとしていたか、そして俺が何を伝えればいいか
考えて、それを少しでも感じ取ってくれれば、なお嬉しい。
大切なのは、素晴らしい世界を願い、それを伝えて、実現に近づけていくことなんだと思う。
文章を書くのが苦手な俺には、俺の気持ちだとか、どんな事が起きたかを上手くは伝え切れなかったと思う。
だけど、もし、読んでくれた中で、何か感じるものがあったとしたら、バルカン半島、ボスニアのことにも少し目を向けてくれると嬉しい。日本だからこそ出来る事があると思う。
断罪するだけではなく、罪を犯してしまった民族にも、救済の手を、救いの手を差し伸べて欲しいんだ。
それは偽善かもしれない。それは意味がないことかもしれない。だけど、今ある禍根を…もしだよ。
もし取り除くことが出来れば、いつか素晴らしい世界になるんじゃないかな。
僕はそう思うんだ。
彼らが歌ってくれた歌に、そのヒントがあるような気がしたんだ。
”この子たちは皆、僕が知らない世界も目にしていくんだろう”
彼らが知らない世界、それは、民族融和かもしれない。
でも、それは簡単なことじゃないんだ。
恨みや禍根は、今現在一時的に裁きによって蓋をすることが出来たかもしれない。
だけど、それが消えたわけじゃないんだ。
行いが間違っていても、全ての民族に正義や大義名分があったんだ。一方的に絶対悪にして
断罪しても、その恨みや禍根は蓋で隠されているだけで、子どもたちに継承されていくんだ。
子どもたちに継承された恨みや禍根が、何度も、何度も同じ悲劇を繰り返してきたんだ。
それを断つには、周りの、世界の人々の手助けが必要だと思う。
そして、そういった時に、日本だからこそ出来ること、日本だからこそ
手助け出来る事があると思う。パレスチナとイスラエルの子どもを結びつけたように。
最後になるけれど、この紛争で亡くなった全ての方々のご冥福をお祈り申し上げます。
このスレは、約束を果たすケジメみたいなものだからさ。
読んで何かを感じてくれた人に、ボスニアについてもっと関心を持ってもらえれば、
それで俺の役目は果たした事になると思う。
俺が伝えたかったのは、ボスニアの話であって、俺の事じゃないんだ。ごめんね。
別に悲観的になる必要はないんですよ。安心してください。大丈夫です。
253:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 06:28:23.21 ID:OtPEKa6o
すまんいくつか質問させてくれ。答えにくかったらスルーで構わないから
メルヴィナの行方は分からないままか
>>1は向こうで死ぬつもりなのか
もし何らかの形でこの話が金銭を生んだ場合、>>1が望む使い道(出来れば「勝手に使ってくれ」という解答以外で)
255:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 06:33:39.28 ID:kv3yaWMo
メルヴィナの行方はわからない。
ドラガンの弟も知らないんだ。
探しても、どこにも情報がないんだ。
あっちに行ったら、探してみようとは思う。
出来れば、ボスニア・ヘルツェゴビナの為に使ってくれると嬉しい。
民族融和の活動もやっていたと思うから。
今、あの国は綺麗に民族の分布といったら失礼だけど、住んでいるところが綺麗にわかれているんだ。
そして未だに問題は解決していない。あっちの偉い人が言ってたけど、
未だに「世界の火薬庫」のままなんだ。それを解決する為に使って欲しい。
それじゃ、長い時間、そして長文なのに最後まで読んでくれてありがとう。
258:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 06:37:15.17 ID:D/3k.y2o
多くの人が目にするvipにスレを立てたことは間違ってないと思うよ
実際、俺はこの戦争に興味を持って話に耳を傾けているし知るきっかけを作ってくれたお前に感謝してる
でも祐希がこれから出会う人々、嫁、子供、孫に直接話し聞かせてやるって選択肢も間違いじゃないと思うよ
とりあえずカミーユやドラガンたちが命を張って守ってくれたお前の成長した姿を胸を張って見せてこい
何年恨んでたってドラガンとは謝っても許してくれないって仲じゃなかったんだろ
259:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 06:38:16.05 ID:QwzgeD.0
>>1乙 考えるきっかけをくれてありがとう
262:祐希◆.0dKn/WD26:2010/05/23(日) 06:40:08.16 ID:kv3yaWMo
ああ・・・。ごめん言い忘れてた。この話の全ては信じないで。
日記を元にしているから、実際は間違っている事もあるかもしれない。
こんなこともあったんだと、感じてくれればいいんだ。
自分自身で調べてくれるのが一番いいけどね。
俺よりも辛く壮絶な経験をした人は沢山いるんだ。
紛争を生き抜いた孤児たちは、心に大きな傷を負って暮らしているんだ。
それは一生消えることはないと思う。
さっきボスニアのためにっていったけど、こういった世界の子ども達や人々の為に、たとえ金額が少なくても寄付なり何なりしてもらえれば、嬉しいです。
俺の事は本当に大丈夫だから。心配しないで下さい。それじゃ、元気でね
266:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 06:43:52.42 ID:aRR679co
お疲れ。ありがとな
でもやっぱり俺が感じてた「書き終えた時の不安感」は残ってしまったよ
皆がくれた小さな贈り物は手放してほしくないなあ
できればまた日本に戻ってこいよ
267:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 06:45:12.12 ID:OtPEKa6o
答えてくれてありがとう
最初のスレからずっと張り付いてきたけど、このスレは本当に色々な事を考えさせてくれた
結末を知っていたから、続きを読むのが辛くて厳しいと思ったこともあったけど
最後まで読んで良かった。あまりにも無知だった自分はたくさんの事を教えてもらったよ
>>1が言う何かを感じることが出来たと思う。ボスニアについても興味がわいた
いつか行ってみたいと思うよ。相当先のことになるだろうけど、カリノヴィクや色々なものを見てみたい
これだけの辛い経験をしたんだから、>>1はもう十分生きた。あっちに行くのもそれで正解だ、って思ってたんだよ
でもスルツキの人たちの話を聞いたら、やっぱり>>1には人生を最後まで全うしてほしいと思ったよ
生きろなんて無責任なことは言えないんだが、生きてほしいと思うよ
本当にありがとう>>1
>>1のこともこの話も、絶対に忘れないぞ
268:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 06:45:52.66 ID:Ip9WkYgo
もう一つ約束が残ってるじゃないか
>>141の民兵が言ってた
>辛くても生き抜いて、そして胸を張って
>友人に天国で会えるようにしなさいって。
この約束を果たすためにちゃんと帰ってきてくれよ
273:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 07:04:55.17 ID:f8egtOwo
お疲れ様
書いてくれてありがとう
もし>>1が手記を親父さんに託すならこのスレのことも伝えておいてくれないか
そうすれば>>1の思ってること、もっと多くの人たちに感じてもらえるかもしれない
選択肢は少しでも多くしておいたほうがいいと思うんだ
でもできればもう一度お前に会いたいわ
>>1の思ってること>>1の言葉で聞きたい
じゃあ精一杯生ききってくれな
おやすみ
282:以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします:2010/05/23(日) 07:57:22.64 ID:51HJXcAO
全ての行動には理由があって、どれだけ愚かに見えても当事者達は必死なんだよね…
誰か一人だけが悪い訳じゃなからやるせないけど、それでも働きかけいかんで
これからを変えていければいい
貴重な体験、語ってくれてホントにありがとう
後日談
87 名前: 祐希 ◆.0dKn/WD26 :投稿日2010/06/13(日) 19:32:33.05 ID: NHoycQDO
12時過ぎに家に帰宅したら全て書くよ。それじゃ、また後で。
88 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/13(日) 19:41:51.20 ID: CgrgNU6o
おかえり
92 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/13(日) 20:45:10.39 ID: KnOPCtko
帰ってきたんだね。大反響だよ。
ttp://b.hatena.ne.jp/entry/mudainodqnment.blog35.fc2.com/blog-entry-1351.html
1000以上のブックマークがつく記事はそうそうない。ノイズの多いvip と違って、
コメントしてるほとんどの人がちゃんと書かれたことを受け止めてるよ。
戻ってきてくれてよかった。今夜の書き込みを待ってるよ。
あのような文章力で、こんなに反応を頂けるとは、ありがたいです。
94 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/13(日) 23:11:51.94 ID: JTowvzMo
釣り宣言か釣り逃げかどちらだろうか
その疑問にきちんとお答えしますよ。
99 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 00:21:02.48 ID: 8WLWSLk0
全部書こうって気負うなよ。生存確認がとれただけでもうれしいよ。
いえ、ここで書いて、やっと終われるので。書くべきことは全て書くつもりです。
101 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 00:29:34.99 ID: 1BhCCako
実話詐欺ってホントに多いよな
それについては、後ほどきちんとお答えします。
108 名前: 祐希 ◆.0dKn/WD26 :投稿日2010/06/14(月) 01:01:55.14 ID: NjK0YLoo
あまり皆さんの期待?にお答えできる書き込みではないですが、
恐らく私が色々と皆さんも考えてくれて、そして調べてくれて、
色んな判断を下したと思います。これから書くことは、それらに対しての
答えになると思います。頭にくる、イライラする書き方になるかと思いますが、
どうかご了承ください。考えながら書いていくので、わかり難かったら
ごめんなさい。
最後に投稿してから20日近く経過したので、そろそろ書こうと思います。
まず、始めに結論から話します。俺が書いた内容は「フィクション」です。
それについては、今から書きますので、少々お待ちください。
ここで読むのをお止めいただくのも、皆様の自由ですが、最後まで読んでいただければ
幸いです。
書き方、いつもどおりにしますね。ちょっと長いです。最後に何がフィクションかも書きます。
情報は報道や手記であれ、全てに発信者の作為的・もしくは無作為的な「意図」が入ってしまう。
その情報を盲目的に信じる・疑うのは非常に危険なんだ。
この紛争の発端は、過去の問題もあるけれどプロパガンダによる所も大きい。
自分で調べずに信じてしまうというのは、恐ろしい結果に繋がる可能性がある。即ち、陽動する者に
踊らされてしまう可能性があるってことなんだ。
(決して、俺の話を信じてくれた人を悪く言っているわけではないよ。感情移入してもらえるように
書いたのは俺だし、皆も色々と考えた上で信じてくれたのだから。出来れば祐希の視点で
疑似体験という言葉は不適切だけれど、その時の祐希や周りの人の気持ちを考えながら
読んでもらえる様に書いたので、気持ち悪くなった人もいるかもしれない。ごめんなさい。)
だからこそ、俺は何度も「信じてくれなくていい、感じてくれ」と発言したんだ。
そして話の中には、疑わしい点を幾つも織り交ぜ、多くの人が疑いをもつようにした。
ただ、すぐに結論が出ないように、直感的に創作と判断する事が出来たとしても、
事実に基づいた証拠を持って「創作」とならないように、気をつけたけれどね。
(vipで始めに建てた「思い出を妄想する」というスレや、12月に街でクリスマスの準備を皆が始めたとかね。
カリノヴィクではクロアチア人は当時とても少なかったんだ。だから、12月にクリスマスの準備を行うのは、
一部のクロアチア人だけで、町全体がそうなるわけではない。人口の半数近いセルビア人たちは、1月7日が
クリスマスだしね。民族が少ない分、その違いは目立つ。)
信じるのであれば、その中で調べて、自分で考えて、そして「疑惑」に近づくかもしれないし、
疑うのであれば、その「疑惑」が次第に確信に近いものになっていくように書いたんだ。
それでも、決定的に「創作」と思われないように心がけたつもりだけど。
(ちなみに、日本政府の行動・報道の有無は疑惑であって、確信に繋がるものではないよ。
当時、実際にユーゴスラビアに取り残された日本人もいたし、確か本も出ていたかな。
それを知る人はどれだけいるだろう。拉致被害者、昔から被害者家族が訴えかけていたのに、マスコミは
いつから大々的に取り上げるようになっただろう?政府はいつから行動したかな?別に政府やマスコミを
非難するつもりはないよ。ただ、政府やマスコミが全てを報道・調査・保護するわけじゃないってことなんだ。
そういうのに関心が出たのは、そう昔ではないんだ)
しかし、この問題は民族問題も含む非常に難しい問題だ。そして現在も続く問題だ。
だからこそ、どの民族が「悪」だとか「善」にならないように、注意を払い、尚且つ
暴動でどの民族を賞賛・批難・中傷するつもりはないと書かせてもらった。
そして戦争における戦争犯罪の描写には、脚色を加えないようにした。
というのは、「悪」として断罪されないようにね。少なくとも、俺の書いた文で
善悪を判断し、どちらかの民族を断罪するといった事が極力ないように。
「我思う、ゆえに我あり」って言葉がある。この言葉に対する感じ方、捉え方も人それぞれだと思う。
しかし、疑うというのは、自分で考えるという事なんだ。信じる・信じないといった判断に行き着く前に、
疑うプロセスを持つことが大切なんだ。当然の事であるかもしれないけど、中には直ぐに感化されるといって人を
笑いつつ、自分もある種においては直ぐに感化されるといった人がいる。感化されるのは悪い事ではない。
しかし、疑い調べ、考えずに判断するのは、将来自分に降りかかってくるんだ。勿論、話を読んで反応なり自分の中で
考えてくれたものに、間違いなんてものは存在しないんだ。ただ、「自分で調べて考える」+α(行動する)という事が、
如何に重要かを、普段意識していない人には、意識して頂きたかった。普段から考えている人にしてみれば、とんだ災難
だったと思う。それはこの場を借りてお詫び申し上げます。ごめんなさい。
さて、この一連のユーゴスラビア紛争は、まだ完全に解決した問題ではなく、継続した問題だ。
恐ろしいことに、ボスニア内では死んだのか、生きているのか生死不明の人も未だに存在している。
そして、国全体でどれだけの人がいるのかも、正確には把握されていない。混乱はまだ完全には収束していないんだ。
表面上は平穏に生活していても、民族間の禍根が消えたわけではないんだ。
何より、戦後になって明るみに出た事実も多くある。そして今も尚逃げている戦争犯罪者がおり、
裁判中の人もいる。ボスニア内からセルビアへ逃げ、そしてコソボで再び「悪」とされ、
現在少なからず弾圧を受けているセルビア人も存在する。被害者であると主張しながらも、
セルビア人に対して虐殺を行ったクロアチア人も…存在する。セルビア人に対する戦争犯罪で
捕まったボシュニャク人もいる。
ボスニアが、世界がどうだから、日本は○○だ。平和ボケだとは言わない。幸福だとか不幸だとかの尺度は、
人によって、地域によって、国によって全然違うからさ。しかし、もしボスニアの紛争についてよく知らないという人が
いれば、これを機会に興味関心、そして自分で調べて考えて欲しいと個人的に願った。
関係ないと切り捨てるもよし、自分はこうすると結論を出すもよし、悩むもよし。
ただ、知る機会、考える機会になってくれればと勝手ながら思った。
戦争を茶化すというのは、愚考であり許されない行為だ。しかし、その戦争について知る、知らされる機会は、
人によって多かったり、少なかったりする。だからこそ、今回は敢えてその愚行をした。この紛争について
知っている人は、非常に憤りを感じたかもしれない。「もっと淡々として、残酷だった」といったように、言いたい事は
沢山あるはずだ。戦争を舐めるなと。俺自身、あの内容を書くのは非常に悩んだ。PTSD的な情緒不安定な言動を織り交ぜたり、
ある意味劇的な内容のまま書くというのは、許されない行為であるとも感じた。だけど、それ以上に知ってもらいたいという
結論に至った。沢山の情報がある中で、興味関心を抱いてもらう、知ってもらうというのは非常に難しい。
砕けた文章で感情移入しやすく、最後まで興味を持って読んでもらえる様に書こうとする事は、結果的には
陳腐な内容だと感じる人も多くでるかもしれない。それでも、最後まで読んでもらえればいいかなと思った。
そういった独善的な考えの元で、書かせてもらった。そして、敢えて真偽をはっきりさせず、20日近くも
放置させてもらった。創作というのは簡単だが、「なんだー」で終わって欲しくなかったからだ。
釈然としない中で調べ、考え、その上で何かを感じて頂きたかった。
vipを選んだのも、本ではこういった手法は出来ないからだ。そして、本である事が疑いの心を
薄れさせてしまうという可能性もあった。
万人を満足させるのは、悲しいけれど不可能だ。だからこそ、俺の行った行為に対しても、
様々な意見があると思う。
紛争中、国連(United Nation)をもじり「United Nothing」という言葉が現地で言われた。
世界は自分達を見ていない。当事者にとって、些細なことであっても、「俺たちは君達を見ているぞ」という
気持ちは、代えがたいものがある。そういう気持ちを持ってくれる人が居たら嬉しい。
決して、NATO爆撃が支援として正しいか否かは言わないというか、言えないけどね。
これから更にユーゴスラビア紛争について学ぼうとしている人へ。
これから自分で調べて目にしていく内容は、かなり残酷で無常で、そして淡々としているかもしれない。
子どもが自己犠牲的な行動をするのは、実際にもあった。しかし、現実はそう簡単に英雄的な行動は取れないんだ。
母親は収容所へ連れて行かれレイプ、父親は暴行又は殺害、子どもを廃墟に連れて行き、その中に手榴弾を投げ込む
なんて事例も多々あった。実際は、当事者の感情なんて関係なく淡々と物事が進んでいく。
報道として伝えられない真実が数多くある。それは、意図であったり、
報道する事によって触れてはいけない部分を告発する事になってしまう事にもなるからだ。
その告発が、救いを必要とする人を、救えなくしてしまう事もある。
子どもでも容赦なく殺害やレイプの対象になる。子どもが子どもで居る事が許されない。
民族混在の中で、異民族どうしで結婚、付き合うカップルも居た。彼らはどうなったのか?
ある者は目の前で恋人を殺され、ある者は一緒に逃げて両方とも殺される。
まるで嘘のような事実が突きつけられる。
127 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:24:00.72 ID: sViwJ6eP0
何えらそうなこといってるんだか。プロパカンダの怖さを知ってもらうためには自分がプロパカンダしてもかまわない、ということ?セルビア民兵は8歳の子供をレイプした、とか、ボシュニャチは生き延びるために人肉食をおこなった、とか。
実話として語ったら一人歩きするじゃん。無責任すぎる。
128 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:24:58.47 ID: sViwJ6eP0
なんで50行まで書き込めるのにフルに使わないの?ねぇ馬鹿なの?
129 名前: 祐希 ◆.0dKn/WD26 :投稿日2010/06/14(月) 01:25:25.38 ID: NjK0YLoo
そしてこれが一方的なものではなく、民族間で応報として繰り広げられる。
セルビアが一方的にやった、なんて言うメディアもいるけれどね。
だったらクロアチアでセルビア人が虐殺されたのは何だったんだと聞きたいけれど、
そういった報道する側には、セルビア悪という意図が組み込まれてるわけでさ。
参考にしたり、きっかけにするのは良いとしても、全てを信じずにまずは疑って
自分で色々と調べた上で判断して欲しいです。
教訓という言葉は不適切かもしれないけれど、こういった事があったというのを知って、
今の生活で、そしてこれからの生活で活かして欲しい。
ある男の子の言葉がふと蘇ることがある。
神が相手を許せと言うなら、相手を許さずに同じ事をする僕達を許せ
そして神は結局何も出来ない。神の意志でこの苦難を起こしているのだとしたら、
神は僕にとって悪魔だ
あー、そうそう、何で伝えたいのに努力しないで出版を諦めるって言葉があったけど、
何故多くの戦争体験者が死が近くなった時になって体験を語るのか。
何故、亡くなった後に手記が見つかるのか。
何故、一部の体験者しか世に体験を広めようとしないのか。
それらを考えれば、それに対する答えは自ずと見えてくると思うよ。
それを情けないと論するもよし、同情するもよし、どうでもいいと思うのもよし。
その難しさは、レイプされた女性が顔と実名を出して世間に体験談を出すのと
近いかもしれない(悪いたとえだけど)。世間に知られる、そして思い出す過程で
体験がフラッシュバックする。それらに耐えられる人は、そう多くないのかもしれない。
そして実話詐欺という言葉。世の中にフィクション以外の何があるのだろう?
真実は人を通してフィクションになる。伝われば伝わるほど。
時間の経てば、時間が経つほどに。
セルビア人に虐殺された人にとって、セルビア=悪は事実だ。
ボシュニャク人によって虐殺された人にとって、ボシュニャク人=悪は事実だ。
クロアチア人に虐殺されたセルビア人・ボシュニャク人にとって、クロアチア=悪は事実だ。
真実には、沢山の事実がある。そのどれかを報道する事は、事実に基づいているかもしれないが、
片方だけを取捨選択して報道した場合、真実ではなく事実を元にしたフィクションになってしまう
とも言える。情報は取捨選択されてもたらされる。事実を元にしているから、それが真実かといえば、
それは本当に正しいのか?それを判断するのは、その情報に触れた人自身だと俺は思う。
プロパガンダに利用されかねないという事に関しては、
プロパガンダとはそもそも人の感情に漬け込んで、そして
さも真実るかのように吹き込んでくる。ここでフィクションだよと
最初に言わないから信じる。という姿勢であれば、いつでも騙される。
そして、最後に書き加えたところで、部分的に改変・もしくは切り抜きして
流された場合、例えどんな部分であってもそれは「プロパガンダ」に利用される。
ヨーロッパでは更に過激な表現で、セルビア人に対する断罪に近い
本も出ていたりする。プロパガンダは危険か?ではそのプロパガンダに反対的な
考えは果たして危険じゃないのか?片方が流せば、もう片方も流す。
どちらが正しいかなんて、自分で判断するしかない。
なぜなら、プロパガンダを流す側にとっては、それが正しいからだ。
そして片方にとっては、その正しいことが間違いなんだ。
ネットには数多くの事実に基づいた「プロパガンダ」がある。
それを何も考えずに信じるか・それとも疑ってから判断するか。
皆はどうする?
手記は本当に事実か?あったかもしれないが、間違いもあるかもしれない。
自分の戦争犯罪は語らず、相手の戦争犯罪しか語らないかもしれない。
世の中、かもしれないだらけだ。それを判断するのは自分自身。
132 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:28:33.12 ID: sM3WM9go
フィクションならフィクションだとはっきり言えばいいのに
曖昧に誤魔化して釣り逃げする奴も多いよね
133 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:29:00.86 ID: I6xGAjco
ID:NjK0YLooはどれだけユーゴの事実を知っているの?
調べただけ?
136 名前: 祐希 ◆.0dKn/WD26 :投稿日2010/06/14(月) 01:30:44.07 ID: NjK0YLoo
最後に、書き込みの何処が創作かを書く。
まず、話に登場したソニア(Sonja_Grebo)、サニャ(Sanja_Edu)、
メルヴィナ(Melvina_Prazina)、カミーユ(Camil_Trpkova)、
メフメット(Mehmet_Spaho)、カマル、ミルコ(Mirko)、
ドラガン(Dragan_Stanisic)
彼らは実在した。そして彼らがこのような体験をしたのは事実だ。
ミルコとその家族が殺害されたらしいというのも、伝聞ではあるが事実だ。
祐希という人間が日本国籍を持つ日本人というのは創作。
希望の祐(たすく)即ち希望の助けという意味を込めて仮名を使わせてもらった。
彼の名前は、希望という意味があったからね。
「what a wonderful world」がセルビア人の民兵村で歌われたというのは部分的に事実だ。
全ての人が歌ったわけではない。彼を保護した夫婦が、彼に対して歌ったものだ。
そして、その後も彼はこの歌を愛した。
これは真実というものが、彼を通して俺に伝わり、そして皆に読まれている。
よって、この話は事実を元にしたフィクションに過ぎない。
彼もしかり、俺も然り、全てを信じずに疑ってくれ。
なぜ彼らの話を元にしたのか、それは俺もまた、彼から託されたからだ。
ボスニアの事も含め、より多くの人に知ってもらい、自分で考える大切さや、疑う大切さ、
そういうのを感じてもらいたいと考えた。あわよくば、民族宥和の理想の
力になってもらえればってね。まずは自分達から、この考えは当然だけど、
世界に目を向けるのは、決して自分達の周りを見ないとは、同義ではないと思う。
これを書いたきっかけ。それは「無知で申し訳ない」という言葉に対して、
ある人が言った言葉が書くきっかけとなった。
「人は無知から始まる。知る人は機会があったに過ぎない。
無知が罪と思うのであれば、伝えようと努力すればいい。
機会を与えられる側から、与える側になればいいだけだ。
無知は罪でもなければ、恥ずかしい事でもない。」
そしてもう一つ、「周りにも不幸があるのに、全てを救うなんて出来ない」という言葉に対して、
「なら君は、日本の保健所で殺される子猫を、かわいそう。助けたい、と言う子どもに対して、
【悲しいけどそうしなければいけない。現実なんだ。】と言うのか?
子猫を拾った子どもに、もっと可哀想な動物は居ると言うのか?それは正しいかもしれない。
しかし、正しい事が全て正しい、現実だから受け入れろで済ませてしまうのは、
本当に正しいのか?」
こんな感じの事を言われた(かなり曖昧な記憶なので、間違っているかもしれない)
138 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:33:57.52 ID: DWNtmMko
メディアリテラシーを育め、ってことか・・・・・・
139 名前: 祐希 ◆.0dKn/WD26 :投稿日2010/06/14(月) 01:34:53.10 ID: NjK0YLoo
十人十色のように、色々な意見や反応があると思う。どうかその気持ちを忘れないで欲しい。
読むも読まないも自由というネットの中で、こうして最後まで読んで、そして考えてくれた事に
深く感謝します。そして、彼や彼らについて考え、涙を流してくれた方、ありがとう。
という事で、自分を正当化してみました。やっと肩の荷が下りた気がする。皆ごめんね。
本当は、彼自身にこれを伝えて欲しかった。出来れば日本じゃなくてボスニアでさ。
だけど、彼は言うんだ。俺が体験した事実を、どうやって人に信じてもらうんだ?って。
そして俺がいう事は、今の政府に対する批判にも繋がる。そんなのをどうやって
出すんだって。
じゃあ、ずっと語らないの?本にしないの?人にしないの?と聞いたら、
彼は、この話を語るときは、俺が死ぬときだって。公衆に語るときはね。
それで、彼から出来れば広めてくれと言われて、色々考えて俺はvipに書く結論になった。
140 名前: 1 ◆.gjCVeBj.w :投稿日2010/06/14(月) 01:35:07.98 ID: nLbiZ2o0
全部釣りでしたってことか
俺自身、彼の体験がどこまで本当か判断出来ないし、かといって、それを嘘だなんて言えなかった。
だから、まぁ、俺も含めて自分で調べて判断するしかないと思う。
141 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:36:17.43 ID: BHSoV..0
最後まで読みます。ありがとう、戦争のこと考えるきっかけになったよ。
彼(体験した本人)とはどうやって出会ったの?どこで?
留学先のオーストリアで出会った。
142 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:36:32.71 ID: GqWZfYk0
メルヴィナの消息云々はなにもなしなのか?
メルヴィナについては、彼も知らないって言うんだ。ドラガンの弟の事は、マジだよ。
それで彼はボスニアに戻るって行って、帰ったから。結局、オーストリアには戻ってこなかったけど。
152 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:41:57.05 ID: I6xGAjco
彼は何人?
母親は日本人だよ。父親はボシュニャク人。国籍は日本人じゃなかったって。
153 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:42:18.97 ID: BHSoV..0
返事ありがとう。彼は今生きてる?オーストリアに父親と脱出してから今までは、どうなってたの
わからない。でも、ドラガンの事を知って、俺に託して帰って行ったから、
もしかしたら生きていないかもしれない。俺には止めることは出来なかった。
ドイツで暮らして、そしてオーストリアに来たって言ってた。
156 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:43:07.53 ID: j11uhcAO
原稿を出版社に持ち込んだくだりは創作?事実なら彼自身?それとも筆者自身?
それは本当です。でも日本じゃなくボスニアでね。彼自身が原稿を持ち込んだらしいけど、
門前払いになったと言っていた。結構前の話だったと思う。
158 名前: へっぽこうらないし :投稿日2010/06/14(月) 01:43:44.27 ID: 8WLWSLk0
「彼」の代わりに語ってくれて乙。
「彼」の行方は………?
わからない。ごめん。連絡つかないからね。
161 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:48:25.65 ID: BHSoV..0
質問ばかりですまない。彼の母親はどうなったの?一緒に助かった?
オーストリアに脱出→ドイツで暮らす→筆者が留学中はオーストリアにいたってことかな?
筆者についてだけど、年は26?なぜオーストリアに留学してた?彼と会うきっかけは?
離婚して、日本に帰ったらしいよ。何時帰ったかは知らない。
それと、彼を日本へ脱出させようとしたのは本当らしい。
母親の居る日本に預けようとしたみたい。
俺は26じゃないよ。彼が26歳。俺は21の頭の悪い人間さ。
彼と会うきっかけは、ちょっとしたイベントの手伝いをした時に会った。
163 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:51:23.85 ID: eHP61.go
硬い文章で書いた版はあるの?
vipが落ちた時に上書きしちゃったから、書き直そうと思ってる。
ただ、原文は彼の父親に渡してしまったから、夏休みにでも
送ってもらう予定。
164 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:51:47.96 ID: I6xGAjco
ということは彼は日本語話せたのかな
彼から話を聞いただけ?
もし紙に書いたものがあるならうpしてほしい
日本語は、微妙だよね。正直。
彼から話を聞きながら、俺の中で整理したよ。原文も見せてもらって、
あっちで日本語訳して、それで帰ってきたからここで書いてた。
166 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 01:57:25.20 ID: Ig2uOUtI0
>>1はボスニアに行って彼を探そうとか思ったことはある?
ある。でも、行こうにもお金が足りなくてさ。どこに行ったのかがわかれば、
探しにもいけるけど、ボスニア連邦なのか、スルプスカ共和国なのか、
そしてその国の何処にいるかといった手がかりがないんだ。
だから、この先探しに行くことは、出来ないかもしれない。
168 名前: へっぽこうらないし :投稿日2010/06/14(月) 01:58:39.66 ID: 8WLWSLk0
何度も言うようだけどこのような形であれ世に出してくれ感謝してるよ。
君の投げた石は良い結果になるよ(3ヶ月ぐらいの予報だがなw)
只、ここまで纏めるのに君自身もそうとう苦労しただろうに…
俺が創作した部分は、正直そんなない。怪しい部分しか加えてないしさ。
勿論、彼と話しながら書いたけど、その間に彼を止めるというのは出来なかった。
というより、その作業が終わって間もなくボスニアに行ってしまったしさ。
手伝わなければ良かったという後悔も、正直かなりある。
169 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 02:00:31.04 ID: XgOiYgEo
上書きしたのはマジだったか
相当凹んだんだろうなwwwwww
早く原文送ってもらえ
消えた時は、呆然とした。
170 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 02:01:17.29 ID: I6xGAjco
わざと入れたフェイクがなければな…
態々そんなことしなくてもツッコミは入っただろうし
小説か漫画の形になったのが読みたい
入れないほうが良いって言ったけど、必ず入れろって言われたからさ。
そうじゃないと、ただ話を伝えるだけで、読んだ人が疑ったり考えたり出来ないって。
その代わり、後できちんと何処が創作で、何で書いたかを伝えろって。
172 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 02:02:08.88 ID: eHP61.go
原文ってボスニア語?>>1は読めんの?
原文は英語です。英語ちょっと苦手で辛い。
173 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 02:05:29.78 ID: jAvXTRo0
学生なの?
ニート?
大学生だよ。言葉遣いを見れば、俺が知識も教養もない学生だってすぐわかるかと思う。。
186 名前: 祐希 ◆.0dKn/WD26 :投稿日2010/06/14(月) 02:09:00.93 ID: NjK0YLoo
それじゃ、これで終わりにします。あっちでの出版はもっと、時間が経ってからに
なると思う。それについては、彼のお父さんの判断だから、俺は何とも
言えないです。そして、こうして書いた事が、彼の望みとは言っても、
本当に正しいことだったのか、もっと別の手段があったんじゃないか、
でも彼に許可が取れない状況で、やり方を変えて良いのか。
今もどうすれば良かったか、わかんないです。
でも、やっと俺の役目は終わった気がします。それでは、さようなら。
191 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 02:09:51.91 ID: OkbjK1k0
>>136カミーユ、ドラガン、サニャ、ソニア、メルヴィナにあったことの大筋は
その「彼」の語った通りなんだね。さらにミルコとその家族が亡くなってたんだ…
243 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 02:36:17.24 ID: jAvXTRo0
もしかしたら「彼」というのも>>1の想像かも…
と見せかけて、ここまで引っ張りつつ全て実話だったりして…
265 名前: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします :投稿日2010/06/14(月) 07:47:07.92 ID: R4lUaA.0
今までにもこんな感じのスレがあったとして、消えちゃっててもわからないだろうなぁ・・・。
ネットの伝播能力にも限界ってあるんだろうか。
人の意識の違いで変わるんだろうか。
『戦争の体験談を語るわ』 終
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