『呪い・祟り・死神にまつわる不思議な話』短編10話|怖い話・奇妙な体験まとめ

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『呪い・祟り・死神にまつわる不思議な話』短編10話|怖い話・奇妙な体験まとめ 不思議な話
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呪い・祟り・死神にまつわる不思議な話

 

呪いを振りまく方法

 

人は皆、何かしらのエネルギーを放つんや
その中で最も強いと言われているのが、『希望』と『絶望』の感情エネルギーや
希望はもちろん自身が未来に向かうためのエネルギーとなってくれる大事なものやしデカイのは当然や
しかし絶望とはなんやろうな?
絶望は未来を閉ざし陰鬱とさせるだけのものや
しかし中にはそれを利用する者もいるんや
絶望を外の世界に発することの出来る人間がおるんや
それは端的に言えば『呪い』やな
他者の未来を閉ざすことのできる方法が存在しているんや
なかでも一番呪いが強まるのが希望から絶望への転移や
それを行うのには自身が崩壊するレベルの精神へのダメージが伴うが呪いは絶大や
未来を閉ざす形は様々やが、希望から絶望への転移が与えるエネルギーによって現れるのは『災害』や
不特定多数の人間を抹殺できるほどの呪いを行ったものは数多くいる
今までの災害というのは、自らの祈り・願い・希望を根元から叩き切り全てを外へ出した者達の呪いなんや

次はどこでやったろうかいな

 

ヤバい呪文 – 祖母が教えてくれた“怪我が良くなるおまじない”

発端は四十年近く前になります
私は幼い頃、離婚した母に連れられてそこそこの地方都市から母の故郷である山間部の集落に転居しました
住んでる人も少なくみんな顔見知り、スーパーなんか無くて個人商店が一軒ようやくあるような、山あいのちいさな所でした
そこには同じ年くらいの男の子二人と女の子一人がいて、私はすぐに女の子の「きーちゃん」と仲良くなりました
男の子二人はいじめっ子で苦手で避けてましたが、きーちゃんとはよく一緒に小川や畑のまわりで遊んでいました

ある日、きーちゃんが山に野いちごを食べに行こうと言いだしました
私は猪や熊や蛇の怖さや、もし沢や滝に落ちたらどうなるかとか、天狗や妖怪にまつわる話を祖父母から夜な夜な寝物語として聞いていて怖かったので渋りました
でもきーちゃんはここで生まれ育ったためかそんな話は慣れっこで、すぐ帰れば大丈夫だよとゆずらず、結局山に行くことになりました
私も嫌々だったのは最初だけで、山の入口付近で人とすれ違ったのや、何よりも道すがらきーちゃんが教えてくれる木やキノコの種類や山菜や沢蟹がとれるポイントなどの話が楽しくて、すぐに山のぼりに夢中になりました
途中、大きな大きな石の脇に小さな祠みたいなものもあり、きーちゃんがその前を通る時に手を合わせたので私も真似したりして、ちょっとした非日常の連続にドキドキしたのを覚えています

 

野いちごがある所にはわりとすぐに着いたと思います
きーちゃんの話が楽しかったからそう感じたのかもしれません
とにかく私達は大喜びで野いちごをほおばりました
赤くてつやつやの実が宝石のように見えました

山の斜面のすこし上にある野いちごをとって降りようとした時、きーちゃんがすべって膝と腕にちょっとケガをしてしまいました
その時私は同行者の血(すり傷でしたが)と、祖父母との約束を破って山に入った後ろめたさに急に怖くなり、きーちゃんにもう帰ろうと言いました
きーちゃんは、こんなの平気だしもう少し奥にもっととれる所があるから行こうと言いましたが、私が泣きだしたので観念したのか、一緒に山を降りてくれました

家に帰り祖母とお風呂に入ってた時、私はいつもの癖でつい、山で遊んだことを話してしまいました(その日の出来事を祖母に詳しく話すのが日課でした)
怒られると思ったけど、意外にも祖母はうんうんと最後まで聞いてくれてました
そしてちょっと考えたあと、怪我が良くなるというおまじないを教えてくれました
それは聞いたこともないようなふしぎなニュアンスで、「悪いことはなくなれ、元の場所に飛んでいけ」という意味だ、おへその下に力を入れて心の底から唱えないと効かない、ただしとっておきだからめったに使っちゃいけないと、祖母は言いました
私も何度も復唱してやっと覚え、そのあと動作も習いました
同時に、もう山に入ってはいけない、何かあったらみんなが悲しむよと釘もさされました

次の日、私はさっそくきーちゃんにそのおまじないをしてあげました
きーちゃんの昨日怪我したあたりに手をかざしてグルグルさせ、きーちゃんの顔を視界に入れつつ見てないような感じで(首元あたりを見るといいと習いました)おまじないをとなえました
ケガをしたきーちゃんのために一生懸命、心を込めて唱えたので軽く汗ばみました
終わったあときーちゃんを見たら私につられたのかしかめっ面でしてたが、すぐに笑ってありがとうと言ってくれて、私の額の汗を見てまた笑ってました

 

その後も何度かまた山に行こうよと誘われましたが、私がその誘いに乗ることはありませんでした
離婚時の母の荒んだ様子を知ってたので、なにかあって母がまたあんなふうになるのはいやだなと思っていたからでした

その集落にはしばらくいましたが、私はまた母と引っ越すことになりました
きーちゃんはすごく残念がってたし、私も別れがつらくて大泣きしました
また遊びにくるからね、また野いちごとりに行こうねと約束しました
集落を離れる最後の日、車の中から山際にいるきーちゃんが見えました
きーちゃんにむかって大きく手を振りましたが、きーちゃんには見えなかったようでした

私はまたすぐきーちゃんに会えると思ってたけど、引っ越し後、母の再婚、祖父の急な入院とそのためこちらに祖母と越して来たこと、母の妊娠、
そして祖父の死、母の出産、祖母の病気と死、再び引っ越しなど…いろんなことが重なり、あの集落に一度も戻ることなく私は大学生になって一人暮らしをしていました

大学の民俗学でふと祖母に習ったおまじないを思い出したので教授に話したところ、教授は興味津々でおまじないと動作をメモし、調べてみると言ってくれました
「おばあちゃんのとっておき」が教授の興味をそそれたのがなんとなく嬉しかったです

数週間後、教授に呼ばれました
教授はおまじないについて調べたことを教えてくれました

・おまじないの言葉は、○○地方の方言と集落地域の方言(どちらも方言がかなり強い地域)が混ざった上に古い言い回しのもののよう
・内容は「お前の正体は知っている、私に近付くな、私に取り入ろうとするな、あるべき所に帰れ、近寄るなら類縁の命をかけてお前を呪う(消す?)」みたいなこと
・怪我が治るおまじないってきいたの?本当に?かなり強い言い方だし、本格的な呪いの言葉も使っているけど…怪我用?本当に??

とのことでした

 

混乱しましたが、私はたしかに祖母からそう聞いてて、「痛いの痛いのとんでいけ~」の上位というか…ちょっと大げさなだけの単なるおまじないだと思ってたから、
いろんな人に(きーちゃんだけじゃなく引っ越した先の新しい友達や幼い弟が怪我した時に)使っていました、
民間信仰のおまじないじゃないんですか?呪いなんですか?とたずねました

教授は、呪いなんてそう簡単にできることじゃない、これは言葉が難しいから他の人が一度で正しく覚えるなんて無理だし、たとえ覚えたとしても本気ではやらないだろうから心配いらないよと言ってくれましたが、私は安心できませんでした

なぜ祖母は私に友達に向けてそんなまじないを言わせたのか気になったのから始まり、
祖父母が早くに亡くなり弟が生まれた頃から母が体をこわし気味になったことや、まだ(当時)幼い弟がおまじないを覚えてしまってることなどがなんとなく気がかりだったので、その日の夜、母に電話して色々聞いてみました

母は
・おまじないのことは知らない(私がたまに弟に手をかざしてむにゃむにゃ言ってるのはアニメかなんかの影響だろうと思っていた)
・祖母はあの集落の出身だけど、祖母の祖母?が○○の方出身だと聞いたような気がする…らしい
・母はきーちゃんを知らないし、あそこに女の子はいなかったと主張

弟にも電話を替わってもらい、あのおまじないはもう絶対使っちゃだめだよと言い聞かせましたが、弟は幼さゆえかあまり真剣には聞いてませんでした

母と話しても全然スッキリしないどころかきーちゃんなんていなかったと言われるし、肝心の祖父母はもう鬼籍だしでどうしようもありません
今はもう繋がりのない昔の友達があのおまじないを使ってないよう祈りながらベッドに入りましたがなかなか寝付けず、集落のことや祖母から聞いた話を思い出していました

 

元は人間だったのに山で氏んで妖怪(悪いもの、と祖母は言ってました)になり、寂しさからか集落の子どもをさらうようになった化け物がいて退治されたお話や、
大昔、山つなみが起きてタツオとキヨという兄妹が犠牲になり、私が山でみた小さな祠はそのふたりのために建てられたという話、
野いちごとりの山の入口ですれ違った知らないお兄さんに子供だけで山に入っちゃいけないよと注意されたことなんかが疲れた頭の中でごちゃまぜになりました

きーちゃんはキヨちゃんだったのかなぁとか、きーちゃんのおうちがどこにあるのか最後まで知らないままだったなとか、
山の入口の知らないお兄さん(今思えば中学生くらい?)も、あの小さな集落で知らない人ってどういうこと、あれは誰?とか悶々としてしまい、眠れないまま朝をむかえたのでした

私の体験話はここまでです、オチが無くてすみません
少しだけ後日談のようなものもありますが、関係あるのかわからないのでまた機会があったらにします

祖母は何か思う所があって私におまじないを教えてくれたんだと思います
きーちゃんと遊ぶなって言うこともできただろうけど、両親の離婚や引っ越しによる急な環境の変化からか恥ずかしいことにおねしょや夜泣きをしてた私に、祖母はきついことは言えなかったんじゃないかなと…
かわりにおまじない(呪い?)を教えて、命がけで私を守ろうとしてくれたのかもしれません

畑仕事をしながら私を見ていてくれたし、ご飯を作ってくれてお風呂も寝るときだって一緒、夜泣きする私の背中をずーっとさすってくれてた祖母には今でも感謝しかありません
なので、バカげた話かもしれませんが、もしかしたらあのおまじないを使う代償として祖父母が早くに亡くなったのかもしれないと思うとやるせないです

寿命だった、ただの偶然だと言われたらそうなのかもしれませんが、病で入院した祖父の痛みが消えるようあのおまじないをしようとしたら、隣にいた祖母に手をやんわり握られ止められたのが、いまだに心に引っかかっているのです

 

血で描かれたこの絵は呪詛

 

俺の家には嫌な絵がある。
いわゆる掛け軸で、作者不明で描かれているのはショウキだった。
俺の家にあるというのはちょっと大げさで今は地元の神社にある。
この絵は俺の親父が子供の頃に俺の祖父が知り合いからもらってきたものである。
もらったいきさつは祖父の知り合いが亡くなって、その奥さんからぜひもらってほしいと言われたといったものだ。
しかし、生前故人とさして親交が深かった訳ではない祖父が貰い手になったのは実は厄介払いの為だった。
というのもその絵の持ち主は必ずごく自然な形で死ぬ(心臓発作とか)からだ。
ちなみに故人もどこからか譲り受けたのだがその前の持ち主もやはり若くして亡くなっている。
その前も多分そうなのだろう。
曰く付きの絵、ということだが祖父は大変気に入っていたという。
手放すきっかけとなったのは、俺の親父がかわいがっていた鳩が1羽残らず突然に死んだからだ。
さすがの祖父もこれには気味悪がったらしく地元の神社に納めたのだった。

 

ところで、その神社は地元では有名でだいぶ前に二回ほどテレビの取材がきたことがある。
そこの神主さんは俺の七五三のときにはだいぶ年を取っていて読み上げる祝詞なんかはカセットテープみたいだった。
町の歴史に強く、相談事には親身にのる神主さんだったが祖父のこの絵の件に関しては固く拒んだらしい。
祖父は祖父でこんな絵を持っているのは嫌だったので本気で土下座してようやく預かってもらえることになったそうだ。
ここで、その絵と俺の家との関わりはいったん途切れる。
関わりが復活したのは俺が小学校5年の頃だ。

 

当時の俺は始終狐に憑かれたような悪ガキだった。
神社でよく仲間と木登りをしていたのだがある日、神主さんにトッ捕まって社務所の奥の座敷に連れて行かれた。
聞かされるは優等生だった俺の親父の話でいかに俺がバカかを諭す内容だったのだが思い出したように神主さんは例の絵の話を始めた。
俺は聞かされたこともない話に夢中でその絵を見せてくれと頼み込んだ。
神主さんは渋々見せてくれたがその絵のすばらしさは本当に国宝級だと子供心に思った。
そして、神主さんが話した話は何となく言いにくくて親類の誰にも話せなかった。

 

以下神主さんの言だが言っていた内容を書いてみたい。
「異常に無駄な空白部分に薄く雲の絵が書いてあるのが見えるだろうが
一見するとただのシミだ。昔はたいそうな絵であったに違いがない。
ただ絵の具の代わりに使ったものが問題だ。多分何かの血だろう。
絵の具の部分だけうまく残ってショウキの絵にはなっているが本当は多分違う。
凝縮された地獄だ。この世の果てだ。この絵そのものが呪詛だ。
この絵には対になる絵があと六枚はあるはずだが残りの絵も同じだ。私は見たことはない。
死んだ祖父が子供の頃語ってくれたものとよく似てるんだ。引き受けたくなかったんだよ。
清めた縄が半年もしないうちに腐って土になるような絵なんか。
描いた人の落款がないのも当たり前だ。
呪う奴がわざわざ自分の名前を残すなんて聞いたこともない。
箱だけが新しいが元の箱は必ず何か言葉が描いてあったはずだ。
古い忌まわしい言葉が。その箱さえあれば絵の真相を知ることができたろうに。」

 

最後に二つシメとして書きたいエピソードがある。
祖父が死ぬまえ、病床で俺は祖父と二人きりになったことがある。
祖父は痛み止めの注射でうわごとしか言わなかったが少しだけ目が覚めて、
大学生だった俺に言った言葉がある。
「言葉は人間が作り出した一番古い意思の伝達の方法だ。人を怒らせるのも悲しませるのも
笑わせるのも喜ばせるのも言葉があるからできる。
言葉は人の気持ちを動かせることができるんだ。
だからお前は人の気持ちを考えて、よくよく考えてから物事を言いなさい。
いいか、言葉は人に聞かせるものだとは限らない。神様にも通じるんだ。
祝詞はそうだろう?
古い言葉で意味はわからないだろうがあれは神様とお話しする為の言葉だ。
同じように呪いの言葉だってある。秘密にしすぎて忘れただけなんだな。
あと言葉には力があるが、念を込めて人が作ったものほど怖いものはないんだ。
何かの目的の為に人が一心不乱に作り上げた何かが場合によっては一番怖いんだ。」

それを俺に語った祖父は話し疲れて寝てしまった。
もう一つ、あの絵のことだが、雲に見えていたのは雲ではないとあるとき気がついた。
雲のように見せて描いた地獄絵だと。完璧な状態のその絵は人の心をつかんだのだろう。
よく見ればそれは地獄絵なのに。確証はないが多分そうだと思う。
祖父も死に際の意識が混濁しているときにあの絵の世界を見ているような節があったからだ。
「骨が丸い。」そんな言葉をつぶやいていた祖父が少し怖かった。

 

荒れ神社 – 願いは叶うが、神様は見返りを求める

 

母方の祖母が信心深い人だった。
幼い頃、群馬の母方の家に行くと
よく子供だった自分の手を引いて山裾の神社に連れて行った。

群馬は視界に山が入らないところが無い
母方の家はすぐ裏がもう山だ
近隣の墓はほとんど山中にあって
蜘蛛の巣みたいに細かな路が入り組んでいる

金比羅様と祖母が呼んでいた神社というのは
丸太の鳥居
破れた障子
抜けた濡縁
管理されているとはとても言えぬ有様

 

でも祖母は何度となく私をそこに連れて行った
細い山路を、私は付いて行った
祖母は神社をすごく有難がっていた
7つか8つぐらいの時だと思う

「今日は特別」

そう言った祖母は
荒れ神社の裏手に私を連れて行った
初めて見る神社の裏は昼なのに暗い
夕暮れのようだった
そしてそこには人ひとりがようやく通れそうなくらいの
すごく、細い路が続いていた

路を登り、下り
けっこう進んだ先は開けた場所だった
明るくて、不思議な場所だった
ローマのコロッセウムを半分にしたような
大掛かりな雛壇のような石積み
段には小さい、位牌のようなものがたくさん並び
短冊のついた笹
折り紙飾り
仏花で彩られ
そよぐ風で風車が回転していた
私は嬉しくなった

 

手を合わせようとすると
祖母は私を叱った

「ここは強い神様が居る
だからお願いごとをしてはいけない
きっとそれは叶うけど
ここの神様は見返りを要求する神様だから」

そう言った。
そこにはそのあとももう一回だけ連れて行ってもらった
やはり変わらず、鮮やかに飾られた
とても、綺麗な場所だった

私が中学校に上がってすぐ
祖母は亡くなった
事故だった
とても悲しかったが
突然だったので実感が持てなかった

さらに時は過ぎて
私も大きくなり
母から漏れる情報から
母の実家の状況が分かってきた

 

祖母の死の前
母の兄は自動車整備の会社を辞めて独立していた
だが不況が重なり、相当苦労していたらしかった
驚いた
叔父は高校に進んだ私に
誰にも言うなとポンと10万円くれたこともある
事業だって順調そのものだ

母によると祖母の死を前後して
赤字続きだった叔父の工場はグッと持ち直したそうだった
私は例の不思議な場所を思い出していた
もしかして
祖母はあの場所でお願いしたんじゃないだろうか

わたしはどうなっても構いません
倅の会社を救ってやってください
って

きっとそうだと思った私は
もう何年も行っていないあの神社に
もう一度行きたいと思うようになった
次に群馬に行く事になったとき
一人で神社に向かった
久々で少し迷ったが
どうにかあの神社に辿り着いた
でも、私の行きたい場所は此処ではない
「あの場所」だ
私は裏手に回った
あの日と同じように

 

だが
そこに路は無かった
あった形跡も無かった
信じられなくて何度も神社の周りを回った
それでも、無かった

信じられなかった私は
上記のような「あの場所」の様子を
母に、叔父に、祖父に、叔父の子どもたちに
聞きまくった
でも、答えは同じ

「そんな場所知らない」

私は怖くなった
すごく、すごく、怖くなった
今、思い出しながら書いていてもスゴク怖い
それ以来神社はおろか
裏の山自体にも近寄らなくなった

 

いや、それどころではない
あらゆる山道に恐怖を覚えるようになった
「あの場所」があの群馬の山中の何処かにだけあるとは思えなくなっていた
いつか何処かで
突然あの場所に行ってしまうような気がするのだ

あの頃は
自分の命を引き替えにしなければならないのなら
どんな願いも叶わなくていいと思った
でも、今は必ずしもそうではない
もしそんな、切羽詰ったときに
またあの場所に行ったなら
そう考えると、恐ろしいのです

 

日本人形の話

 

俺の日本人形の話
昭和な時代に育ったもので家にはいっぱい日本人形があった。
もう飾らなくなって倉庫にしまってあった人形に怖い物知らずの俺が爆竹で人形を爆破した。

一日目、夢で人形がじりじり寄ってくる。
二日目、同じ人形がケロイドだらけで迫ってくる
三日目、俺40度の高熱で泡を吹く(ここから記憶がない)
四日目、兄に何があったか聞く(しかしごまかすので何もならない)熱は下がらない
五日目、兄がビビッて真相を話す
六日目、霊能者が来て拝む
七日目、すとんと熱が下がる

ということがあった

 

蛇の祟り

 

昔住んでた家に蛇の神様の社を祭ってた
毎朝水と酒と塩を欠かさずお供えして祭ってた
引っ越すことになる。
蛇とか忘れてそのまま引っ越した
社は忘れてたが蛇の神様の肖像が見たいな額縁は飾ってた
ある日突然その額縁のガラスが割れる
それから夢に蛇にまきつかれる夢頻発⇒高熱にうなされる
霊能者来る⇒社を庭に移せと言われる⇒うつす⇒治る

鬼門に小屋を建てて高熱出して氏にそうになったのも俺
家族の霊的な障害は全部俺に来る不思議

 

伏見稲荷の祟りの話

 

実家が商売をしていた関係で伏見稲荷に毎年お参りに行くのが恒例になってた
そのころガキだったので急にトイレがしたくなって境内で立ちションした。
地元テレビでも当時CM打ってたぐらいの会社だったんだけど
不当たり立て続けに食らわされてうちの会社は一度倒産した

 

玉造のキツネ

 

玉造のキツネの話
大阪の玉造にキツネを払う霊能者さんがいるということで伏見稲荷に業した俺が連れて行かれた

待合室に入ると奇妙な声で叫ぶオバハンの声が聞こえてくる
キツネツキの除霊をしているようだった
キツネツキなんかキチの言い訳と思ってたんだけど、
いざ俺の番になったら突然バチバチバチって雹がふってきた
さっきのオバハンよりやばいですって霊能者に言われて必死でごめんなさいした

 

寂れた稲荷神社 について教えてください!!

 

神社で、神主がいない神社
都内でも散見されるさびれた神社
赤い鳥居と敷地だけの神社。

なぜ稲荷神社である必要があったのか
寂れている理由など
稲荷神社について色々と知りたいのです。

無理に仮説を立ててみると、お稲荷さんは、眷属が番をしているので
寂れてお参りするひとがほとんどいなくなっても、取り壊せないとか。
(土木作業員が祟られるとか)

けん‐ぞく【眷属・眷族】

けんぞく【眷属・眷族】
1 血のつながっているもの。親族。一族。うから。やから。「妻子眷属」
2 従者。家来。配下の者。家の子郎党。*平家‐三「四五百人の所従、眷族に囲繞(ゐねう)せられて」
3 (梵parivDraの訳。「眷愛隷属」の意)仏語。親類、師弟の関係にあって互いに相随順する出家、在家の者。狭義には仏の親族、広義には仏の教えを受ける者すべてをいう。
けんぞく‐しん【眷属神】 (「眷属」は従者の意)大きな神格に従属する小神格。摂社。末社。

よく意味が分かりません。

怖いのですか?
お稲荷さんの名前も色々とあるようですが
自分が知っているのは「金錯稲荷」とかですが

お狐さんのことです。
神様は祟らなくても、その部下は結構厳しいことをするらしいので。

地域によっては
コンパクトな稲荷神社が300メートル刻みで
あったりする所があります。なぜにそんなにお稲荷さんが沢山
いらっしゃるのでしょうか?

お稲荷さんは、現世利益をすぐもたらしてくれるからじゃないですか?
特に商売人には人気あるでしょう。

荒れた寺、神社に立ち入ったりするのは
危険。また最近の人は知らないが、神社にある
ものはたとえ小石ひとつであっても、
持ち出していけない。

荒れた寺、神社には悪霊がいるのでしょうか?

いますよ

鳥居をはずしてしまって廃墟となった神社には
神様はいられるのですか?

廃墟と化した神社には魑魅魍魎が跋扈しているのでそこで祈ることはもちろん
近づかないでください。
また、いくらお社が立派でも神様がお帰りになられた神社もあります。
そういう神社はどのように判断するかというと、街中にあり騒音などがひどく観光化された神社を見れば
わかります。
(ただし観光化されていてもしっかり神様がいらっしゃるところもあります。難しいところですが…。)
またその神社の神主の人間性を見てお金儲け主義に走っていないか、女性だけに優遇していないかなども
確認されるとよいでしょう。

確実に神様がいらっしゃるのはいわゆる一ノ宮です。
(一ノ宮でも神様がお帰りになられなくても遠くで見守っているところもあります。)

清々しい霊妙な神気を感じる場所ならよいでしょうね。関東なら箱根と鹿島が最高レベルです。

稲荷に限らず、神主のいない神社は大凶です
理由は、何度かここで指摘されているように、神域を守る神がいない場合が多く、
下等霊のたまり場になりやすいからのようです
こういう場所のそばに住んでいる場合、特別な「鏡」が必要になります(風水ではね)
ところで疑問なんですが、神主がいなくても神が残っている場合もあるのでしょうか・・・
うちの近所のお稲荷さんは、神主さんはいないけど地域でお守りしてるので、
町内の人が境内の掃除したり榊をあげたりしています。近隣の会社や個人が
鳥居を奉納したり改修したりもしています。
お世話する人がいれば神主なしでも大丈夫でしょうか?
そんなことはありません。
たとえ神主様がいない神社であろうが、神主様が何十人もいようが、
神が宿るお社であり、神柱が立つ土地である事に変わりはありません。
地域の方が献身的にご奉仕をされる姿に、間違いはありません。たとえ稲荷神社であってもその土地の守り神様です。
その土地神様にご守護を願うのは、極自然な事です。
社の大小や、神主の有無は全く関係ありません。
別に神主さんがいなくても、地域の方々できちんとお世話していれば無問題。
逆に神主さんがいても放蕩神主だと・・・
要するに、神を神としてきちんと扱っていれば霊格は保たれるし
神として扱われなければ穢れて霊格が下がり神でなくなるだけ。
うち笠間稲荷だけど祀ってるよ。
別にコレといって問題は無いけど、知り合いの家はマジヤバイね。
どっかの稲荷の社があるんだけど、社が紐で縛ってあって扉は開かないようになってるし
前のめりになって倒れそうだし、汚いまんま。邪魔扱いされてるっぽい。
おかげでその家は家は競売にかけられ、仕事は上手くいかないし、実家の跡取りは
借金作って大変そうだし、ホント惨めなモンだよ。稲荷は粗末にすると大変なことになるのが身にしみて分かるね。
稲荷は五穀豊穣・商売繁盛・家内安全とかそんな感じらしいよ。キツネさんは
神様の乗り物らしいから「キツネ」が神様じゃないよ。
ってうちのジジイが言ってたよ。
無人の神社は怖いよー
一度足を踏み入れたが、強風がふいてコワカッタ
地域の人や氏子がしっかり管理していれば、どうも神主は必要ないみたい
祭祀や祝詞もならえば出来るよ。心を込めて行えば下手でもいいの。うちの田舎の神社は宮座が残っていて、神主も交代制で農家の爺ちゃんが烏帽子に狩衣きてしてるよ。
そもそも、稲荷系の神社は日本で一番多い系統の神社だから
神主のいない小さい神社も多数存在して、民家の片隅に祠だけ
とか言うようなのまでそれこそ無数にある。神社本庁に登録されてない
小さいものまだ含めると5万社とも10万社とも言われる。
赤い鳥居についてだけど赤いから必ずしも稲荷と言うわけではない
それこそ、京都近辺とか稲荷じゃないのに赤い神社の鳥居はいっぱいある。
神様を御祀りしている土地には、ちゃんとした理由があります。
俗に言うとパワースポットだからです。
其処を、清め、神様に降りてきていただき、御守りしていただきます。
鳥居などの(境内なども)内側は結界になっています。
が、パワースポットには正しい者だけが集うわけではありません
それこそいろいろな霊が集います、放置し穢れれば、危険な場所になる訳です
基本的には、何処の神社やお寺でも、正しい入り口から入り、ちゃんとした
道を通り、ちゃんと御参りし、元来た道から帰りましょう。
それだけが唯一其処で貴方を守ってくれます。簡単に言うと入り口でバリアを
張っていただく様な感覚です。
そうでないと、パワーに寄せられた不浄な者に憑かれたり、障られたりする
場合があります。昔は誰もが知っていたことなんですよ。
お参りも、2礼1拍手1礼となっています、これにもちゃんと理由があるのです
無知は罪、知らなかったではすまない事があるのですね。
本当に御気を付けられて下さい。
ちなみに、美しいものも、手入れを怠れば穢れます。どんなものでも一緒ですよ
それが神社や仏閣でもです。御理解下さい。
御稲荷様の件ですが、神様の眷属である場合が殆どですから、
無人でも、その土地の近くに御祀りされている神様の眷属の可能性が高いです
その場合、其処の方が合わせて御祀りし、清めるか、
その神様に御参りされている方達が、感謝し御祀りし、清めます。
寂れてしまったというのは、後者の場合に多いのでしょう。
先代の方が伝えて下さらなかったのでしょうね。
他の方がいち早く気が付かれ御守りしていただきたいものです。
清潔にし、気の流れを良くしていないと、神様にも浄化できる限界がありますから、
酷くなれば、神様は出ていかれ(襲われたりも・・)ただの不浄な地になります。
また、眷属である御稲荷様は、基本動物の形態ですから、分かりやすくすると
人型の神様より、コミュニケーションが取れません。
感情も真っ直ぐですから、御参りしお願いし、力を分けて下さった場合、
お礼に行かないと、御怒りになります。罰があたるわけです。
何事も感謝を御忘れにならなければ、問題ありませんが。
ただ眷属ですから、穢れれば、穢れます。恐ろしい存在にもなります。
そうなると、私達一般の者にはどうすることも出来ませんから、
その仕えていたはずの、神様にお願いするのが、一番だと思います。
それすら無い場合は、もっとその神様の上に行くしか無いですね。
その為には、どんな神様に御仕えしていたか、その神様の大元は何処にいらっしゃるのか調べる必要がある訳です。
本当は、元々美しい場所だったはずですから、清めることが出来れば御参りも可能だと思いますよ。

長くなりましたが、最後に、2礼2拍手1礼について、
神様の御前は、家の玄関だと考えて下さい。勝手に御参りするという事は
土足で人の家に上がるのと一緒です。気を付けましょう。
先ず1礼目は周辺に対する礼、次がその神様に対する礼、柏手はノックの様なものです
そして最後に、御話を聞いて下さってありがとうございましたという礼です。
また、中央に御祀りされている神様以外にも、一緒に周辺に御祀りされている
神様が参拝路の途中にありましたら、順路に沿い、順番に御参りして下さい。
無視するのは、失礼に当たりますよ。
お賽銭も最後に御参りされる神様が一番大きい金額になるようにして下さい。
途中の御参りは一緒の金額でも結構です。1つ1つに御祀りされている神様が違いますから、
どのような神様が御祀りされているか、是非調べてみて下さいね。
ちゃんと繋がっていますから、本当に興味深い事です。
最後に、参拝は出来れば晴れた日の午前中が一番です。
御日様の力が一番強く、神様も健やかですから。逆に日没後は絶対に避けてください
守る力は弱く、上にお帰りになっています。日の出とともにいらっしゃり、
日没とともに帰られているのです。
例外として、夜祭の日や、元旦などのイベント時は、御残りになり楽しまれたり
御守りして下さいますから安心して、ルールを守り御参りして下さいね。

少しでも、昔のように感謝できる方が増える事を願います。(勿論、私も)

 

子供の頃、うちに2人の「死神」が来た

5、6歳の頃に死神を見た話。

夜、私は高熱を出して寝ていた。
目が覚めると高熱で苦しかったのが嘘のように頭がスッキリして体が軽かった。
病気が治ったんだと思い、窓を見ると薄明るかったので起きようかまた寝ようか迷っていた。
当時の家の寝室は窓が磨りガラスだったので、外の様子はハッキリは見えない。
窓が2ヶ所あって、1ヶ所は完全な磨りガラス、大きい方の窓は上の方は透明で、
グラデーションみたいに下の方になると外が見えないようになっていた。

ふと磨りガラスの窓を見ると、人影が見えた。
2階建アパートの2階に住んでいたので人がいるはずがない。

???となってその人影を見ていると、どうやら2人いるようだ。
シルエットというか、真っ黒の影しか見えなかったが、
1人は若い男性、もう1人は年老いた男性という事がわかった。
しかも磨りガラスの方はそれ程大きな窓ではなかったのに全体のシルエットがわかるほど小柄。
まるで影絵を見ているようだった。

何をしているんだろうと見ていると、お爺さんの方が、自分の体よりも大きな大鎌を出して来た。
驚いて目が離せないでいると、そのお爺さんは大鎌を振りかざしそのまま外壁に振り下ろした。
でも、お爺さんの動きは何故かスローモーションに見えていた。
スローモーションというか、コマ送りみたいな感じだった。

振り下ろした途端バーン!という大きい音が響いた。
そのお爺さんは何度も何度も大鎌を振り下ろし、その度にバーン!バーン!という音がした。

「中に入られたらころされる」

と思った瞬間、もう1人の若い男が壁伝いにササササッと移動して、
大きな窓の方を高速で移動するのが見え、隣の部屋に行くのがわかった。
隣の部屋には飼っていたインコがいたが、インコも驚いたようにビビビビ!と騒いでいた。

これはヤバイ!と思い、当時親と一緒に寝ていたので、
母親に「窓の所に人がいる!」と大声で叫んで起こした。
母親は「何言ってるのよ」と寝ぼけ眼で窓の外を見たが、もうそこには誰もいなかった。

今でもハッキリ覚えてるが、あの容姿は死神だった。
けど、何らかの理由で中に入る事が出来なかったらしい。
外の壁を見たら、薄っすらだったけどすり傷みたいな跡もついていた。
身体は軽かったけど熱はまだあったらしく病院へ行ったら、
肺炎になりかけていたと親が怒られていた。
あのまま中に入られたら氏んでいたんだろうな。

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