平林
番頭 | おーい、定吉 |
---|---|
定吉 | はい、番頭さん、お呼びでしょうか? |
番頭 | 悪いんだがなぁ、ちょいと手紙を、届けてきて欲しいんだ |
定吉 | 手紙ですか? |
番頭 | そうだ。いま、手の空いているものが誰もいないんだよ。ちょぃと急ぎの手紙でな、お前さんが持って行って、先方に直接お渡しして来てほしいんだ。平河町の平林さん。この前の通りをずーっと行って、橋を渡ったあたりが平河町だ。そこでもって、「平林さん」ときけば、すぐわかるから。すまないが、ちょっと行ってきておくれ。 |
定吉 | はい、わかりました。あたくし、いま、お風呂を沸かしておりますので、それがすみましたら行ってまいります。 |
番頭 | あぁ、お風呂か・・・それはあたしが見ておくから、急ぎの手紙だ。すぐに行ってきておくれ。 |
定吉 | わかりました・・・で、どこへ届ければいいんです? |
番頭 | 平河町の、平林さんだ。 |
定吉 | あーぁ、はいはい・・・・・・お風呂、おねがいしますよ、沸かし過ぎたりすると、あとを埋めるの、大変なんですから |
番頭 | わかったわかった、いいから、早く行っておくれ、急ぎの手紙なんだから |
定吉 | わかりました・・・で、どこへ届ければいいんです? |
番頭 | だから、平河町の、平林さんだ。 |
定吉 | あぁ、わ~かりました!番頭さん、ほんと、お風呂おねがいしますよ、沸かし過ぎたりしたらあとでおかみさんに小言をいわれますから・・・ |
番頭 | わかったから、早く行ってきておくれ |
定吉 | わかりました・・・で、どこへ届ければいいんです? |
番頭 | ほんとに、お前さんは忘れっぽいたちだねぇ、分からなかったら、そこに宛名が書いてあるだろう、それを読めばいいんだ! |
定吉 | ははは、これが読めれば苦労ありませんよ。 |
番頭 | なんだ、お前さん、字が読めないのかい? |
定吉 | ははは、ハイ!あたし、字が読めない、おとっつぁん、字が読めない、じいさん、字が読めない。先祖代々、み~んな字が読めないんですよ! |
番頭 | おいおい、笑って言うことじゃないぞ、お店ものが字がよめなくちゃ、しょうがない。しかし、弱ったなぁ・・・いま、手があいてるものが誰も居ないんだよ。物覚えは悪い、字は読めない・・・あ、そうだ、こうしよう。お前さん、先方へ着くまで、口の中でもって「平林さん、平林さん」と唱えながら行きなさい、そうすれば忘れないから。 |
定吉 | あぁ、そうですか!わかりました!行ってまいりまーす へへっ、番頭さん、頭がいいなぁ、平林さん、平林さん、平林さん・・・あ、でっかい水たまりだなぁ、じゃまくさい・・・どっこいしょ、と・・・どっこいしょ、どっこいしょ、どっこいしょーのどっこいしょ・・・どっこいしょ!?こんな名前じゃなかったな!?・・・あれ?どうしよう、困ったなぁ・・・宛名みたって分かりゃしない・・・困ったなぁ、あ、そうだ、封筒の宛名、誰かに読んでもらおう・・・誰かいないかなぁ・・・あ、あのおじさんに聞いてみよう! すいません、おじさん、この封筒の宛名、読んでください! |
おじさん | なに?宛名? なんだ、お前さん、こんな字も読めないのかい?いいかい、これはな、上の字が「平清盛」の「たいら」、下が「はやし」。「たいらばやし」だ。 |
定吉 | ありがとうございます!たいらばやし、たいらばやし、たいらばやし・・・たいらばやし!?ちょっとずれてる気がするなぁ、こんなんじゃなかったなぁ・・・弱ったなぁ、だれかいないかなぁ・・・あ、あのおばさんに読んでもらおう! すいません、この封筒の宛名、読んでください! |
おばさん | はいはい、宛名ね・・・え?どっかのおじさんが「たいらばやし」?まぁ、いやねぇ、男の人ってすぐにいい加減なことを教えるのねぇ。いい?上の字が「平たい」の「ひら」、下の字が「森林」の「りん」。「ひらりんさん」よ! |
定吉 | ありがとうございます!ひらりん、ひらりん、ひらりんりん! ひらりん、ひらりん、ひらりんりん・・・・・・ひらりん!?こんな可愛い名前じゃなかったなぁ、弱ったなぁ、どうしようかなぁ、こういうときは、もうちょっと智慧のありそうな・・・あ、あのおじいさんに聞いてみよう おじいさん、すいません、この封筒の宛名、読んでください! |
おじいさん | はいはい、なんですと、前の人が、「たいらばやし」?「ひらりん」?ほっほっほ、お前さんが歳が若いので、からかわれおったな。ところで、お前さん、字は読めるかい?いやいや、読める・読めないで教え方が変わってくる・・・おぉ、読めない!?読めないときは無理に読むことはないんじゃぞ。まず上の字。横に一本、棒が引いてあるじゃろ、これは「いち」じゃな。その下のちょんちょん、これは「はち」じゃ。その下のタテ・ヨコが「じゅう」。「木材」の「もく」が二つあるから「もくもく」じゃ。あわせて、「いちはちじゅうのもーくもく」じゃ! |
定吉 | ありがとうございます!いちはちじゅうのもーくもく! いちはちじゅうのもーくもく!・・・もくもく!?こんな煙たい名前じゃなかったな、弱ったなぁ、どんどん離れていくような気がするぞ、あ、ここのタバコ屋さんで聞いてみよう!すいませーん |
タバコ屋 | はいはい、タバコはなんにしましょう |
定吉 | あたし、タバコ吸える歳じゃないんで。すいませんが、この封筒の宛名、読んでもらえませんか? |
タバコ屋 | はいはい、宛名・・・なに?前の人が、たいらばやし、ひらりん、いちはちじゅうのもくもく??へぇ、みんな読み方を知らないんだねぇ。いい?コトバというものはね、色気がなきゃいけません。「いち」という代わりに「ひとつ」というと、柔らかくて色気があるでしょ、「はち」という代わりに「やっつ」、「じゅう」という代わりに「とお」。下に「木」という字が二つあるから、「ひとつとやっつでとっきっき」 |
定吉 | ありがとうございます!ひとつとやっつでとっきっきー、ひとつとやっつでとっきっきー・・・絶対違うよなぁ、これ・・・弱ったなぁ・・・あ、そうだ。宛名が書いてあるんだから、これを前にかかげで、今まで聞いた読み方を全部言いながら歩いたら、「あ、それ、うちだよ」っていう人が出てくるかもしれない。よーし・・・ うわぁ~~い、たいらばやしか、ひらりんか、いちはちじゅうのもーくもく、ひとつとやっつでとっきっき!・・・・・・ うわぁ~~い、たいらばやしか、ひらりんか、いちはちじゅうのもーくもく、ひとつとやっつでとっきっき!・・・・・・ 子供が集まって来ちゃったよ、あっち行け!見世物じゃないよ!あぁ、弱ったなぁ、日は暮れてくるし、お腹はすいてきたし・・・これ、どこへ届けりゃいいんだよ・・・ うわぁ~~い、たいらばやしか、ひらりんか、いちはちじゅうのもーくもく、ひとつとやっつでとっきっき!ぐすん、 うわぁ~~い、たいらばやしか、ひらりんか、いちはちじゅうのもくもく、ひとつとやっつでとっきっき! |
隠居 | なんだよ、向こうからなんか妙なこと言いながら ねり歩いて来るのは・・・ありゃ三河屋の丁稚の定吉どんじゃないか?おーぃ、定吉さん、どうした? |
定吉 | あ、お店でよく見かけるご隠居さん・・・たいらばやしか、ひらりんか、いちはちじゅうのもーくもく、ひとつとやっつでとっきっき! |
隠居 | お前さん何をいってるんだよ、 |
定吉 | へぃ、番頭さんに手紙を預かってきたんですけど、届け先の宛名が分からなくて・・・ご隠居さんはお名前、なんて言うんですか? |
隠居 | あたしかい?あたしゃ「ひらばやし」だよ |
定吉 | ひらばやし・・・あぁ、、ちょっとの違いだ! |
引用元:「東西落語特選」
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/
コメント