上方落語『つる』|無料で読むテキスト落語

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つる

 

喜ィさんこんにちは
ご隠居おっ、こっちへお入り。まぁ、上がんなはれ
喜ィさんへぃ、じゃまさしてもらいますわ
ご隠居ああ、まあゆっくりして。で、なんぞ用事かいな
喜ィさんえぇ?
ご隠居いや、なんぞ用事でもあって来たんかいな?
喜ィさん用事があったら用してまんがな。用事がないさかいに来たんや
ご隠居なんちゅうご挨拶なこっちゃ。まぁ、遊びに来たちゅうねやったら、遊びに来たでええわ。まぁ、お茶でもお上がり
喜ィさんへぃ、いただきます。あんさんとこのお茶はおいしいさかいな。茶のあて (「あて」とは酒の肴のこと) は何でおます?
ご隠居「茶のあて」てなことをいう奴があるかいな。それもいうならお茶請けやがな。まあ羊羹があるが、羊羹切ろか?
喜ィさん羊羹ねぇ...
ご隠居嫌いか?
喜ィさんニ、三本も食うたら胸が悪うなって...
ご隠居そないにぎょうさん食う奴があるかい! ほんまにお前は相変わらず、おもろい男やなあ。今日は仕事は休みかえ?
喜ィさんへい、ほいで、さいぜん散髪屋に行てきましたんや
ご隠居ああ。散髪屋というものは人寄り場所じゃ。さぞかし、おもしろい話しが出たじゃろ
喜ィさんへぇ、いろいろと話しが出た末にね、ちょっとあんさんの噂も出ましたで
ご隠居ほうほう、わたしの噂が...で、皆さんはどう云うてござった?
喜ィさんどう、て...あんさん、収まってる場合やおまへんで、そらもう、みな寄ってボロカスに云うてましたで
ご隠居それはけしからん。わたしゃ人さんにそうボロカスに云われんならん覚えはないがな
喜ィさん覚えがのうたって、みなが云うてたんやさかいに、こらしゃぁないわなぁ
ご隠居で、どんなことを云うてはったんや?
喜ィさんへぇ...それねぇ...それ云うたら、あんた、怒りなはるやろ。怒ったからというて、悪口云うてた連中、ここにはいてへんさかいに、取り敢えず手近にいてるもんで間にあわそか、てなことで、わたいの頭をゴンゴーンッと...こら、溜りまへんさかいねぇ...
ご隠居いや、怒らんさかいに、云うてみなはれ。そんなこと聞いたら、最後まで聞かな心地悪いがな
喜ィさんそうでっか、怒らしまへんか...ほな、云いますけど、「だいたいこの横町(よこまち)に住んでなはる、あの甚兵衛さんというお人は...」
ご隠居え、えらい、悪口にしては物云いが丁寧なな
喜ィさんいや、ホンマはもっとえげつのう云うてましたけどな、まぁ、本人のまえでっさかいに、ちょっと気兼ねして...
ご隠居いや、そんな気兼ねはいらんさかいに、聞いて来た通りに云いなはれ
喜ィさんさよか、怒りまへんな...ほな云いますけど、「大体、この横町に住んでけつかるあの甚兵衛とかぬかすガキは」
ご隠居こら、それ以上は悪う云えんわ...はぁはぁ、甚兵衛とぬかすガキは、どうしました?
喜ィさん「この世知辛い世の中に、毎日何もせんとブラブラ遊んで暮らしてけつかるが、ああいう奴に限って裏で何やってるか知れんでぇ」とひとりが云いました
ご隠居ほぅ...
喜ィさんすると、はたのもんも「そら、知れんなぁ」「知れんでぇ」ちゅうてな
ご隠居なんや、その「知れん」というのは
喜ィさん盗人かも知れん...
ご隠居ようそんなことを云いなはるなぁ。おまはんはうちへ始終来てよう知ってるやろがな。それ聞いて黙ってたんかい?
喜ィさん何の、黙ってますかいな、えぇ? あんさんがそないボロクソに云われてまんねんで! わてかておもろいことおまへんがな! 「えぇ、云うてええ事と悪い事があるぞ、あの甚兵衛はんに限ってそんなことをするような人か、せんような人か、むこ先見てものを云え!」
ご隠居ああ、よう云うてくれた...
喜ィさんさぁ、云おうと思いました。けど、わたいも男だ。腹に持ってても口には出さん
ご隠居何が男や! それでは何にもならんがな!
喜ィさんそのかわりたった一言、相手の胸にバーンと応えるように云うてやりました
ご隠居これや! 男はそれが肝心や。口数はいらん、たった一言...ど、どない云うてくれた?
喜ィさん「そら、知れんなあ」て...
ご隠居......同じように云うて来やがって...
喜ィさんまぁまぁ、よろしいがな。そやけど、考えてみたら誉めてる人もおましたなぁ
ご隠居ほう、誉められると照れ臭いが、このわたしを、どういう風に?
喜ィさんえぇ、「なんちゅうことを云うねん、お前ら。あのお人をどないに思うてるか知らんけれども、あのお人はこの町内に無くてはならんお方やで。平生はどっちでもええけど...」
ご隠居なんじゃ、その「どっちでもええ」というのは?
喜ィさん「...いざ何ぞ事の時にはあのお人がおらなんだら、みな、困るやろが。あのお人はこの町内の生き地獄やど」と...あんた、生き地獄ですか? そういうたら、横顔がちょっとエンマさんに似てるけど...
ご隠居エンマさんの横顔、見たんかい? だいいち、それは生き地獄やない、生き字引とおっしゃったんと違うか?
喜ィさんイキジビキ...て、何でんねん
ご隠居字引というのは本のことや。本ちゅうてもおまはんらが読むような下世話な話しが載ってる本といっしょにしたらあかんで。この本はな、世の中のことが何でも書いてある。まぁ、わたしがいろいろと、いろんなことを知ってるさかいに、生きてる字引や、生き字引や、とおっしゃって下さったんじゃろ
喜ィさんはぁ、あんさん、世の中のこと、何でも知ってますのん?
ご隠居なんでもというわけにはいかんがな、少なくともおまはんらが聞くようなことなら、大概のことは知ってるわな
喜ィさんおまはんらァ? ...えらいバカにしてはりますな。ほな、あんた、わたいの聞くことやったらなんでも返答できますか?
ご隠居なんでもちゅうわけにはいかんが、まあまあおまはんらが聞くようなことで、返答に苦しむようなことはないつもりじゃ
喜ィさんぬかしゃがったな...ほんなら聞くけど、まず最初。南京虫は脚気患うか?
ご隠居何じゃ、それは! そんなアホなこと聞くもんやないで!
喜ィさんまぁ、これは冗談やけど...実はな、ホンマにちょっと聞きたい事がおますねん
ご隠居なんやいな
喜ィさんいやぁ、さいぜんですわ、散髪屋でしゃべってたときに、壁に暦が貼ってあって、鶴の絵が描いてあったんだ。ほしたら、吉っさんがそれを見てな、「お前らはどない思うてるか知らんがな、この鶴という鳥は日本の名鳥やど」と偉そうな顔して云うたんだ。あれは日本の名鳥ですか?
喜ィさんああ、そらなかなかえらいことを云うやないか。そらその通りや
ご隠居へぇ、ほんで、「なんで日本の名鳥や」ちゅうて聞いたら、吉っさん、「そらお前、これはお前、日本の名鳥や」「なんで名鳥や」「そらお前、これは有名な鳥やがな...」ムニャムニャとごまかして、あいつ知りよれしまへんくせに偉そうなこと云うて、えらい恥かきよりましてん。ほんまですかいな。その名鳥ちゅうのは
ご隠居そらほんまや。鶴という鳥は名鳥やな
喜ィさんなんで日本の名鳥ですねん
ご隠居まぁ、そういうことはちょっと知っとりなはれ。エホン、まぁ、鶴という鳥はな、日本でも一番おめでたいええ鳥となったぁんねや。たとえば、おまはんの横のこの屏風を見てみなはれ
喜ィさんへぇ、いろんな絵ェが描いてありますなぁ
ご隠居わしが手慰みに描いた絵ェがだいぶたまったさかいに、貼混ぜ屏風に仕立てたんや
喜ィさんへぇ! こ、これ、全部あんさんが描かはったん? はぁ、たいしたもんやなぁ、さすがは生き地獄と云われるだけのことはおますわ
ご隠居生き字引じゃ、と云うてるやろ
喜ィさんへぃ、その字引やなぁ。えぇ、これ、いろんな絵がおまんなぁ。あぁ、一番こっちの端の、右の端の...棒杭に猫がつないだぁるて、おもろいなぁ、なんでんねん、これ
ご隠居棒に猫がつないだぁるてな絵ェがあるかいな。これは、お前、竹に虎やがな
喜ィさん竹にトラ猫
ご隠居トラ猫やあれへんがな。竹に虎や
喜ィさん虎にしてはえらい可愛らしい顔してまんなぁ
ご隠居ああ、竹薮の中にいてるときは、虎は穏やかやというな。虎というのは強い獣で、自分より強いのは、まあ象ぐらいなもんや。竹薮の中へまでは象も入ってけぇへんさかいに、竹の間で寝てるときの虎は一番穏やかな顔をしてるちゅうんで、穏やかに描くのやがな
喜ィさんああ、その隣の絵ェも変わってまんなぁ
ご隠居何がいな
喜ィさんそのボラがそうめん食うてる絵ェ
ご隠居どこぞの世界にそんな妙な絵ェがあるかいな
喜ィさんそやかて、ボラがそうめんを食てまっしゃないか
ご隠居これは、おまはんも聞いたことがあるやろがな。鯉の滝登りやがな
喜ィさん鯉の滝登りですか。わたい、またボラが尾で立って口を開けてるところへそうめんがザザーッと...
ご隠居おもろい見方するなぁ。おまはん、これは鯉の滝登りというて、有名な図柄やで。その隣に鶴の絵ェが描いてあるやろ
喜ィさんははぁ、鶴が飛んでる絵ェでやすなぁ
ご隠居なぁ、これは千羽鶴や
喜ィさんえぇ?
ご隠居千羽鶴や
喜ィさん船場鶴? はあ、なるほどなぁ、やっぱり船場の鶴はどことなしに上品ですなぁ。その点、阿波座の鶴は柄が悪いでっしゃろなぁ
ご隠居何を云うてんのやいな、お前。土地の名前の船場やあれへんがな。数の千羽、ぎょうさんの鶴が飛んでるところが描いたぁるねん
喜ィさん数が千羽ですか? どう見ても、せいぜいが二十五、六よりおまへんで
ご隠居数をよんだらいかんがな。ほんまに千も描けるかいな。ぎょうさんあることを「千」と表してあんねや。な、真ん中に一羽を大きいに描いてあるやろ。あとは後ろに小そうに描いて、パーッと鶴が飛び立ってるめでたい絵ェや。なぁ、見てみい。この全身真っ白の毛ェで覆われて、丹頂というて、頭には紅いものを頂いている。尾のところがこう、黒いつやつやとした毛ェで、脚はスラーッと細長い。姿形がまことに美しい上に、これがなかなか操の正しい鳥でな、いったんおすめすのつがいが定まると、他のモンには眼ェもくれんという。まぁ、そこらをもって鶴は日本の名鳥とされてるなぁ
喜ィさんあぁ、さよか...けど、こいつ、えらい首が長おまんなぁ
ご隠居ほう、これはえらいことを云うた。そやさかい、昔はこれを「首長鳥」と云うてたんや
喜ィさんなるほど。これは分かります。首が長いさかいに首長鳥。それがよう分かるのに、なんでツルてなおかしな名前になったんです?
ご隠居...え?
喜ィさんいや、なんで、その首長鳥がツルになったんで?
ご隠居...まぁ、それにはわけがある
喜ィさんへぇ、そのわけ、ちゅうもんを聞かせておくなはれ
ご隠居うむ...そんなん、今度聞かしたるさかいに
喜ィさんこんどてなこと云わんと、今、聞かしとぉくなはれな
ご隠居いまは...ちょっと忙しい
喜ィさん忙しいことおまへんがな、あんた、タバコ吸うて、茶ァ飲んでんねやがな。ちょっと聞かしとおくなはれなァ...ははぁ、ほんまはあんた知らんのやろ。へへっ、吉っさんといっしょや...
ご隠居これ、そんなお人といっしょにせんといておくれ。知ってるわいな、そんなことぐらい
喜ィさんそんなら、それ、云うておくなはれな
ご隠居そらまぁ、教えたってもええが、ちょっとこれは難しいで...
喜ィさんいや、難しいてもかめしまへん。それ云うとおくなはれ。なんでその首長鳥がツルになったんや
ご隠居これは、つまりその...首長鳥がなぜ鶴になったかというとやな、昔、ひとりの老人がこの浜辺に立って、はるか沖合いを眺めてござった
喜ィさんへぇ、へぇ
ご隠居と、唐土の方角から...
喜ィさんものほしの方角?
ご隠居物干しやないがな、唐土や
喜ィさんモロコシというと
ご隠居唐やな
喜ィさんカラというと?
ご隠居つまり、シナのことや。今の中国、昔はこれを唐土と云うた
喜ィさんなんでだんねん
ご隠居......も、諸々のものをおこしたさかい、もろこしや
喜ィさんおこしたあとは何も無いようになって、それでカラや
ご隠居そらどうや知らんけれどもな。その唐土の方角から、まず最初、首長鳥のオンが一羽、ツーッと飛んできて、浜辺の松へポイととまった
喜ィさんへぇ
ご隠居あとへさして、メンがルーッと飛んできたさかいに、ツルやないかい
喜ィさん......なんでやす?
ご隠居聞いてへんのかいな...首長鳥のオンがまず最初にツーッと飛んできて、浜辺の松にポイととまった
喜ィさんへぇへぇ...
ご隠居あとへさして、メンがルーッと飛んで来たさかいにツルやないかい
喜ィさん......どう?
ご隠居分からんやっちゃなぁ。おまはん、ええか、昔、ひとりの老人が浜辺に立って...
喜ィさんいや、それはわかってまんねん。その、物干しのとこからやっとぉくなはれ
ご隠居物干して...唐土やな。まず首長鳥のオンが一羽、ツーッと飛んできて、浜辺の松へポイととまった。あとへさしてメンがルーッと飛んで来たさかいにツールーッやないかい!
喜ィさんあっ、ツールーッでやすか、これ。あぁ、あ、なるほど! いやぁ、知らなんだなぁ。なるほど、ツールーッとは気がつかなんだなぁ、あぁ、さよか。おおきにありがとう
ご隠居これこれ、これ、どこへ行くねや?
喜ィさんいゃ、これからちょっと町内を周って、鶴の因縁をば聞かしたりまんねん
ご隠居これこれ、止めとき、止めときぃて! ウソやウソや! そんなこと云いに行くやつがあるかいな!
喜ィさん何かしてけつかんねん! ウソや、ウソややなんて、決まってるやないか! 誰がこんな話し本気にするかい! えぇ、しかし、あのガキ、納まってあないなこと云うてるとなんや賢そうに見えるなぁ。偉そうな顔して、「昔、ひとりの老人が浜に立ってモロコシのほうを...」へぇ...

どこへ行て云うたろかいな。そや、徳やんとこ行たろ。あのガキ、いっつもわしのことをアホやとか、バカやとか云いやがって、コケにしくさって...いっぺん、この鶴の因縁を聞かしてビックリさしたろ

徳やん、いてるかっ!

徳さんおう、誰やと思うたら、町内のアホやないか
喜ィさんこれや...お前、鶴ゥ知ってるか?
徳さん何を
喜ィさん鶴を知ってるかちゅうてんねん
徳さん鶴てなんやいな。鳥の鶴かいな
喜ィさんそや
徳さんそんなもん、子供でも知ってるやないか
喜ィさんさあさあ、鶴は誰でも知ってるけどな。あれ昔は鶴とは云わなんだ。首長鳥、首長鳥と云うてたんや
徳さんフーン、首が長いさかいになぁ
喜ィさんさあさあ、その首長鳥が、なんで鶴と云うようになったか、お前、知ってるか?
徳さんいやぁ、それは知らん
喜ィさん教えたろか
徳さんいらん。今日はちょっと忙しいねん。お前らみたいなやつの相手、してられへん
喜ィさんいや、ちょっ、ちょっと待って。いやな、首長鳥がなんで鶴というようになったか、教えたろか
徳さんいらんちゅうてんねや。わし、今からひとっ走り池田まで行かんならんねん。もう去にぃな
喜ィさんお前がなんぼいらんちゅうても、無理からでも教えるぞ
徳さん難儀なやつが入って来たなぁ。どないやちゅうねん!
喜ィさんあのな、あれは首長鳥、首長鳥ちゅうてたんや
徳さんれそはもう聞いた
喜ィさんそれがなんで鶴というようになったかというとやな、昔、一人の老人が浜辺に立って、はるか沖合いを眺めてござった。すると、とう唐土の方角から...とうもろこし、ちゅうてもナンバキビと違うで。これはナンバキビやない、もうとつのとうもろこしの方角から首長鳥のオンが、ツルーッと飛んできて、浜辺の松へポイととまったんや
徳さんふーん
喜ィさんあとへさしてメンが......さいなら
徳さん何しに来やがったんや、あいつ
喜ィさんむかつくなぁ...なんであないなんねろなあ...途中までうまいこと行ってたのに、なんであそこで詰まってしまうかなぁ...

甚兵衛はん、あの、鶴はなんで鶴というようになったか、もういっぺん聞かしておくなはれ

ご隠居もうどこぞへ行てしゃべって来よったんかいな。うかつになぶりもできん男やなぁ...おまはん、もうそんなん忘れなはれ、な。今、お茶入れるさかい
喜ィさんいやいや、茶なんかどうでもよろしい。ちょっと、その、なんで鶴というようになったか、ちゅうのもういっぺん講釈しておくなはれ
ご隠居困ったやっちゃなぁ...あれはなぁ、昔ひとりの老人が浜辺に...
喜ィさんもうそんなんはどうでもよろしい。なんで鶴ちゅうようになったか、その肝心のところだけ
ご隠居はるか沖合いを眺めてござった。と、唐土の方角から、首長鳥のオンが一羽...
喜ィさんちょっと待った...へぇ、えぇ、と、オンが一羽...
ご隠居ツーッと飛んできて、浜辺の松にポイととまったんや
喜ィさんへぇ...ツーッと...
ご隠居あとへさしてメンがルーッと飛んで来たさかいに、ツルやないかいな
喜ィさんこれやぁ、このガッキゃ。これをころっと忘れてたんや。今度は大丈夫
ご隠居もう行きな、ちゅうのに...これ!
喜ィさんナニかしてけつかんねん! いまさら止めたら死んでも死に切れんわい! おーい、徳やん、あれ昔は鶴とはいわなんだ!
徳さんまた来やがった...もう今日は商売させよらんな...なんやっちゅうねん!
喜ィさんあれは首長鳥、首長鳥ちゅうて...
徳さんそれはなんべんも聞いたがな
喜ィさんそれがなんで鶴というようになったかというとな、昔、ひとりの老人が、浜辺に立ってはるかの沖合いを眺めてござった。と、唐土の方角から、首長鳥のオンが一羽...ちょ、ちょっと、徳やん、そんな手紙やなんか書いてんと、ちょつと手ェ安めてように聞いて、ここ、ここが肝心やねん。ちょっと筆を置き、ちゅうねん...ちょっと、なっ、首長鳥のオンがまず最初にツーッと...どや、な、な、さいぜんとちょっと違うやろ。首長鳥のオンが一羽、ツーッ...ここやで、ツーッ...ええか、ええな?
徳さんなにもええことあらへんがな、うるさいやっちゃなぁ...それがどないしたちゅうねん!
喜ィさんツーッと飛んできて、浜辺の松にルッととまったんや
徳さんふーん
喜ィさんで、あとへさしてメンが...昔は鶴とはいわなんだ
徳さん何を云うてんねん?
喜ィさんちょっと待ってや、ちょっと待ってや、待ってや...向こうではうまいこといくのに、なんで徳やんとこではあかんねやろ...ちょっと、ちょっと待ってや。むかし、一人の老人が浜辺に立って、はるか沖合いを眺めてござったんや。や、ここまではええねん...で、唐土の方角から首長鳥の、まず最初にオンが一羽、ツーッと...これも違いない。これに違いないねん。ツーッと飛んできて、浜辺の松にルッととまった。で、あとへさしてメンが...グスッ、む、昔は鶴とはいわなんだ...
徳さん泣いてんのかいな! なんじゃ、この男は?
喜ィさんな、なんでこないなんねやぁ...ちょっと待ってや...首長鳥の、まず最初にオンが一羽、ツーッと飛んできて、浜辺の松へルッととまって、あとへさしてメンが...あとへさしてメンが...メンが...
徳さんおい、メンはいったいどないしたんや
喜ィさん黙って飛んできよったんや

引用元:「東西落語特選」
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/

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