権助魚
焼きもちは遠火で焼けよ、焼く人の胸も焦がさず、味わいもよし
お焼きもちはこんがりとキツネ色に焼くのがよろしいそうで、ご本妻と二号さんとでは焼き方が違います。ご本妻は芯の方から焼きます。
あるご妾宅で、
◎「だんな様」
●「なんだい?」
◎「このごろ、ずいぶんとおつむに白髪が増えてきましたね。そんな頭をなすっていては年寄りじみていけませんわ。こちらへ頭をお出しあそばせ」
なんて、旦那さんが二号さんの膝に頭をもたせて、白髪を抜いてもらうなんて、まことにいいもんだそうでございますが、ご妾宅で白髪を抜かれて、ご本宅へ帰って参りますと、ご本妻が
◯「あなた!」
●「な、なんだい?」
◯「このごろ、ずいぶんと頭がきれいになりましたわね」
●「あ、あぁ、こないだ、床屋の親方にやってもらったんだよ」
◯「だめですよ、そんな頭をしてちゃあ。白いものの一本も無ければ、一軒の主として貫禄がつきません。こっちへ頭をお出しなさい!」
ってんで、ご妾宅で白いのを抜かれて、ご本宅で黒いのを抜かれて、やがて旦那さんはつんつるてんになりましたってんで...
本妻 | あの、権助、権助や! |
---|---|
権助 | へい...あんでございやす? |
本妻 | あぁ、権助かい、まぁ、いいからそこへ座っておくれ。あたしゃね、前からお前に聞きたい、聞きたいと思ってることがあるんだけどね。このごろだんな様の様子が変だ、変だと思ってたらね、どうも他にお楽しみの家があるらしいんですよ。そりゃあね、男ですからね、自分で稼いで他に楽しみを持つというのはかまいませんけどね、お客様がおいでになって「ご主人は」と言われたときに、行き先がわからないんじゃ困るでしょ。お前はいつでもだんな様のお供をしていくんだから、先様のお家を知ってるでしょ。それをあたしに教えておくれ。その代わりにね、お前の好きなものを何でも買ってあげるよ。好きなものを言ってごらん。 |
権助 | わしは、はぁ、今川焼きでございます。 |
本妻 | まぁ、今川焼き。後で買ってあげるからね。ね、どこの家だい? |
権助 | この前の筋をずーっと左の方へ行きますってぇとな、右側に尾張屋ってぇうちがござってな、その筋向けぇでごぜぇます。 |
本妻 | まぁ、いやだ! 尾張屋さんの筋向かい! ちっとも知らなかったねぇ。で、おいくつくらいだい? |
権助 | あんでがす? |
本妻 | いや、おいくつくらいだい? |
権助 | 十銭で三つばかりきましてな、あそこのはなかなか餡の具合がええんで。 |
本妻 | お前、何の話をしてるんですよ! |
権助 | わしは、はぁ、今川焼き |
本妻 | 今川焼きじゃありませんよ! |
権助 | じゃぁ、照り焼きの方で? |
本妻 | 食い意地の張った男だねぇ。だんな様のお楽しみの家の方ですよ |
権助 | お楽しみの家ってぇがすと? |
本妻 | おめかけさんの家ですよ! |
権助 | あぁ...おめかけさんのうちでがすか? そんなら権助、何もしらないでがす |
本妻 | 知らないはずは無いじゃないか。お前は始終お供していくんだから |
権助 | それが、権助ぇ、供さぶつことはぶつけんどもな、いつもあの交差点の信号のとこでな、信号が赤から青になるのを待ってるうちに、旦那さん、どっかにいなくなっちまうんで |
本妻 | ああ、わかりました。だんな様はお前がまだ東京に出てきて日が浅いっていうんで、途中でお前を巻いちまうって言うんだね。それならそれでいいんだよ。じゃ、ね、ここに一円ありますからね、これをお前に上げましょう。 |
権助 | あれ、おかみさん、一円もくださりますかね、ありがとうございます、頂戴をいたします、へぃ。 |
本妻 | その代わりね、あたしからお前に頼みがあるんだけど、聞いてくれるかい? |
権助 | よろしゅうございます。なんでがす? どんな頼みかしんねぇけど、なんでもおっしゃってくだせぇまし |
本妻 | 今ね、だんな様は床屋においでだけどね、帰ってきたらきっとお出かけになるから、お前は今日はだんな様のお供をして、先様の家を見届けてきてくれないかい? |
権助 | はぁ...かしこまりましたでございます |
本妻 | あ、権助、あっちいっておいで。だんな様が帰っておいでのご様子だから。 おかえりなさいませ |
旦那 | ただいま。いや、帰る早々、小言じゃないがね、権助にものを言いつけるんなら他所で言いつけなさい。見なさい、この畳の足跡! ま、小言は小言でいい。今日はな、私は両国の田中君のところへ行ってくるからな。ちょっと羽織を出しておくれ |
本妻 | お梅や、だんな様のお羽織を...あの、あなた |
旦那 | なんだい? |
本妻 | あの、今日はぜひあたくし、お供願いたいんですが... |
旦那 | いや、今日はわたし一人で十分だ。別に供はいらんよ |
本妻 | でも買い物がございますので...もし、あなたがお邪魔でなければ... |
旦那 | 大きな声を出しなさんなよ、別にお前さんを邪魔者にしているわけじゃない...じゃ、こうしましょう。定吉を連れて行きましょう |
本妻 | いえ、定吉はわたくしのほうで拝借しておりますので...では、いかがでしょう、権助を連れておいでになられては? |
旦那 | いや、あれはだめだよ。あれくらい、世の中で人を喰ったやつはいないよ。こないだだってそうだ。あれをつれて歩いてると、前から来る人があたしの顔を見て笑ってるんだよ。はてな、あたしの顔に泥でも付いてるのかな、と思ったらそうじゃない、権助だよ。醤油で煮締めたような手ぬぐいでほっかむりをして、尻をはしょって、汚い褌を見せて歩いてるんだ。とどのつまり、あたしの顔に痰をひっかけましたよ。叱ってやるってぇと、「いつもならだんな様の頭を通り越して向こうに落ちるんですけど、今日は風向きの具合で顔にとまった。何だってそんなところに顔を置いとくんだ」とこういうことを言う、あれはいけませんよ、あれは。 |
本妻 | いえ、このごろではそういうことはございません。十分躾がしてありますから。 |
旦那 | いや、お前はね、何かというと権助の肩を持つからいけませんよ。 |
本妻 | いえ、なにとぞ権助をお供に |
旦那 | そうかい?...いや、お前がそこまで言うのなら、あれを連れて行こう。じゃ、あれをここへ呼んでおくれ |
本妻 | ありがとうございます。あの、権助や、だんな様のお供をして行くんですよ |
権助 | うぇいっ! |
旦那 | なんて声を出しやがる。人間の出す声じゃないな。まったく。権助、いいか、今日はわしの供をして行くんだ。 |
権助 | わかっておりますだに |
旦那 | わかっておりますって、仕度はできてるのかい? |
権助 | わしは、はぁ、仕度なんかいらねぇ。このとおりの着たきり雀だかなのぅ。たまにゃぁ新しい物でも買ってあてがったらどうだ、このやろう |
旦那 | なんてことを言うんだよ...じゃ、出かけてきますよ。後を頼みますよ |
本妻 | いってらっしゃぃまし! |
権助 | へぇ、へぇ、へぇ、だ、だんな様、ちょつくら待っておくんなさいまし! まったく、だめだぁ、おめぇは表ぇ出るってぇといつでも突っ走っちまって、これだから権助、いつでもてっこにおぇねぇだ! |
旦那 | こらこらこら、歩道を歩きなさい。車道を歩くってぇとおまわりさんに咎められるよ |
権助 | だんな様、ヒヒ、だんな様、おめえ様、今日はどこさのアマっ子ンところいきんさる? どこさのアマっ子ンところ |
旦那 | うるさいな、黙って歩きなさい... 権助 |
権助 | なんでがす? |
旦那 | 今日はあたしが床屋に行ってる留守に、家内に何か言われたな? |
権助 | ...権助...別に何も言われねぇでがす |
旦那 | 嘘をつきなさい。「今日はぜひともだんな様のお供をしていって、先様のお家を見届けてきなさい」って、たんとはもらわないが、一円くらいはもらったろぅ? |
権助 | ...わかりますかい? |
旦那 | わかりますかい、って、これくらいのことが分からなくて、一軒の主が務まるとおもうか。 |
権助 | ああ、そうかね。ばれちまったのか。しかたねぇ。この一円、おめぇ様に返すべぇ |
旦那 | いや、返さなくていい、返さなくていい。さ、それとは別にな、あたしが二円上げよう。 |
権助 | あれま、だんな様、二円も下さるかね。ありがとうごぜぇます。頂戴をいたします、へい |
旦那 | その代わりな、済まないが、お前な、今日うちへ帰ったら、こう言っとくれ。えーと、「両国橋まで参りますと、山田様にお目にかかりました...」 |
権助 | 山田様と申しますと? |
旦那 | ほら、こないだ、正月に来て、お前にお年玉をくれたお客様がいたなぁ |
権助 | ああ、あの年玉野郎でがすか |
旦那 | 年玉野郎ってぇやつがあるか! 「いろいろ話をした挙句、柳橋のなんとかいう御茶屋へ上がって、芸者を揚げてどんちゃん騒ぎをいたしました。で、日和がよろしいから網打ちに出かけたらよかろう、というので柳橋の舟屋から船を出しまして、隅田川で網打ちをいたしました」で、お前がな、帰りがけに魚屋さんに寄って、適当な魚を買って帰って、家内に「これが網で獲れた魚です」といって見せれば、あれも本気にするからな。で、「だんな様は」と聞かれたら「商用でもって山田様と湯河原の方へお繰り込みになるので、今晩はお帰りはございません」と。分かったな |
権助 | へーぇ、そうかね。おめぇ様、今日は権助をうちへ返して、他所のアマっ子のところへいく算段してたかね。あんなきれいな奥方があるってぇのに他所のアマっ子んところいくなんて、なんておめぇはスケベ野郎だ |
旦那 | なんてぇことを言うんだよ。じゃ頼んだよ |
権助 | ああっ、だんな様、ちょっくらお待ちくだせぇまし! |
旦那 | なんですよ |
権助 | あのぅ、網獲り魚ちゅうのは...へっへっへ、この二円の中からだすかね、それとも別にくれるかね |
旦那 | まったくがめついやつだな、ほら、もう一円やるよ |
権助 | あれま、なんだか悪いことをしたようだな、せぇそくしたみてぇで |
旦那 | 催促してるじゃないか。じゃ、頼んだぞ! |
権助 | へぃ、いってらっしゃいまし! あ、だんな様、権助まだ先のアマっ子の顔しんねぇけんどもな、行ったら権助がよろしく言ったって言ってくだせぇ! へっへっ、あんな思いしてまでアマっ子ンところ行きてぇかねぇ。世の中はなんでもかでも、アマっ子でなけりゃ収まらんねぇかねぇ... あぁ、おら、こんなことしてる場合じゃなかったな。網獲り魚ちゅうやつを持って帰らなきゃならねぇんだったな...えぇーと... ちょっくらごめんくださいまし |
魚屋 | えーらっしゃい! |
権助 | お宅に、網獲り魚ちゅうもんはありますかな? |
魚屋 | へっ、おもしれぇ人がへぇってきたよ。おぅ、ここに並んでんのは全部、網獲り魚だよ |
権助 | ああ、そうでがすか。そこんところにある、この細長げぇ魚はなんてぇでがすかな? |
魚屋 | こっちがスケソウダラで、手前がニシンだよ |
権助 | へへっ、この野郎がスケソウダラでこっちがヌシンでがすか。これは網獲り魚でがすかな? |
魚屋 | もとは全部、網で獲れたんだよ! |
権助 | そうでがすか。すまねぇ、じゃ、これ、一匹ずつくだせぇまし...ここんとこに、目の玉にワラぁ通した魚がいますな |
魚屋 | こりゃメザシってんだよ! |
権助 | メザシってんでがすか。これは網獲り魚で |
魚屋 | もとは全部、網で獲れたんだよ! |
権助 | あぁ、そうでがすか...すまねぇなぁ、これ二匹くだせぇ... |
魚屋 | こんなもなぁ、一匹二匹買うもんじゃねぇよ、一把二把ってんだよ! |
権助 | そうでがすか。これ一把くだせぇまし...ここに、足がえかく生えた魚がいますな |
魚屋 | お前さん、どこの国の人だよ! これぁタコってんだよ! |
権助 | あぁ、タコっていうでがすか。足は何本くらいありますかな? |
魚屋 | 八本だよ! |
権助 | あれま、八本もありますか。この野郎にももひき履かしたら、えかく布がかかるべえのぉ |
魚屋 | タコがももひき履くわけねぇじゃねぇかよ! |
権助 | エボエボはいくらありますかなぁ |
魚屋 | そんなこと、知らねぇよ! |
権助 | 赤ぅがすな |
魚屋 | 湯がいたんだよ |
権助 | あんでがす? |
魚屋 | 茹でたんだよ!! |
権助 | はぁ、湯にはいったでがすか。この野郎、魚のくせして贅沢な野郎...これも網獲り... |
魚屋 | そうだってんだよ!!! |
権助 | ああ、そうでがすか。これひとつ下さいまし...こっちの方に、板の上に乗っかった平ってぇ魚がいますな |
魚屋 | こら蒲鉾ってんだ、こいつぁ!!!! |
権助 | カマボコってぇでがすか...これも網獲り... |
魚屋 | そうだってんだよ!! |
権助 | あ、そうでがすか。これひとつ下せぇ...全部でいかほどで...あぁ、そうでがすか。へぃ、これでお釣りを...どうも手数かけてすまねぇなぁ。ありま! こんな立派な籠に入れてくださって、どうもご親切様に、ありがとうごぜぇます、へぃ... 権助、行って参りましてごぜぇます |
本妻 | あ、お帰りなさい。で、どうだった。だんな様、どうしたい? |
権助 | へぇ、両国橋まで参りますと、お目にかかりましてな |
本妻 | どなたにお目にかかったんだい? |
権助 | あのぅ...山田様ちゅうかたにな |
本妻 | ああ、そうかい。うちの人もね、さっき山田様のお宅に伺うようなことを行ってたけれども。じゃ途中でお会いになったんだね。 |
権助 | そうでごぜぇます。で、あんとか話ぃした挙句に、柳橋のあんとかいう御茶屋に上がって、芸者衆あげてドンチャン騒ぎぃいたしましてな、日和がええので網ぶちするがよかろう、ちゅうことになりましてな。柳橋の舟宿から舟を出しまして隅田川で網ぶちしましてな。で、だんな様は商用でもって山田様と湯河原のほうへお繰り込みになるので、今晩はお帰りはごぜぇませんので。へぇーぃ |
本妻 | おまえ、ちょっとお待ちなさいよ、話が変じゃないか。お前が家を出たのは二時ですよ。まだ二時二十五分じゃないか。それなのに、両国橋で山田様にお目にかかって、柳橋で芸者をあげて、隅田川で網打ちができますか! |
権助 | それでも、権助、こうやって網獲り魚、しっかりとお土産に持ってめぇりました |
本妻 | じゃ、その網獲り魚っての、あたしに見せてごらん |
権助 | へぇ、まず最初に網にかかりやしたのがこのスケソウダラとヌシンでごぜぇます。 |
本妻 | 冗談じゃありませんよ!スケソウダラだのニシンだのってぇお魚は、北海道に行かなきゃ獲れない魚ですよ |
権助 | それがあんでも船頭の申しますには、魚がほっきゃーどうの方でストをやっておりましてな、隅田川までデモ行進をして参ったところをふんづかめぇて... |
本妻 | 何を言ってるんですよ! |
権助 | その次にふんづかめぇましたのが、このメザシでごぜぇます。この野郎、なりがちっちぇからはぐれちゃなんねぇってんで、目の玉にワラぁ通しましてな、まとまって泳いでくるところを一網打尽に...その後から来たのがこのタコでごぜぇます。「それぇ、権助、タコが来たから網ぶてぇ」網ぶって舟の上ぇあげるとこの野郎、寒そうにガタガタ、ガタガタ震えてやがったからな、「どうだっぺぇ、ひとっ風呂浴びさせたらよかんべぇ」とな。湯へ入れますと、真っ赤になりましてな。最後に来たのがこのカマボコでごぜぇましてな。この野郎、魚のくせしてえかく不精な魚でしてな、泳ぐということをしねぇ。ちっぽけな板切れぇつかまってベチャクリベチャクリしてるところを権助、手づかみにした |
本妻 | なにをばかな... |
おなじみのお笑いでございました。
引用元:「東西落語特選」
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/
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