後生鰻
もっぱら私たちの方は、笑われるということが商売でございまして。
噺の方にはトントン落ちとか、考え落ちとかいろいろなのがございます。考え落ちというのは、考えなければ噺の落ちが分からない。ごくしわい人(しわい=ケチ)がさくらんぼうを食べまして、そのさくらんぼうの芽生えが、あくる年になりますと、頭の先から出てくる。それがだんだんと育って、しまいにゃぁ大木になってくる、花が満開。
「ケチ兵衛さんの頭にゃぁ、いい桜が咲くなぁ」
「今年はケチ兵衛の頭の山で花見をしよう」
花見の人がたくさんに出て来まして、頭の山で酔った挙句喧嘩をする。やかましくって仕方がないから、これを根こそぎ引っこ抜く。後へ大きな穴が空いちゃった、空いたところへ雨水が溜まって、池になる。頭ケ池。フナだのコイだの釣れるってんで、釣り師がでる。陽気がよくなるってぇと花火が上がる。
「あたしくらい因果なものはない」
ってんで、ある夜、女房に書き置きをいたしますてぇと、頭ケ池に、ドボーンと身を投げました。
やがて噺家が降りてしまいますと、お客がめいめい今の批評を始めまして、
「どうも、自分で自分の頭の池に身を投げるってのは、面白いですな」
「ケチ兵衛が、自分で自分の頭の池に、どうやって身を投げられますかな?」
「それはね、袂(たもと)落としの煙草入れの筒だよ」
っとこう言ったのが、考え落ちの落ちだそうですな。
袂落としの煙草入れってのは、今は巻きたばこですが、昔は刻みでありますから、キセルと煙草の入ったのと別にしてある。このキセルの入った方の筒は、お母さんが、子供さんの筆入れなんか作るときに、長ーく縫って置きまして、これをくるくるっとひっくり返すと筒みたいな袋になりますな。キセル筒も、そうやってくるくるっとひっくり返して作る。だから、ケチ兵衛が自分の頭の池に身を投げたのも、こうやって、自分の頭にくるくるくるっと……これが考え落ちでございますな。こういった噺が昔はずいぶん流行ったそうです。
よく昔は「信心は徳の余り」と申しました。あたしたちの子供の自分には、「寒参り」と申しまして、寒の内に水を浴びまして、さらしの着物一枚で、鈴をつけまして、寒の内、神社へ参りました。「六根清浄、六根清浄」「どうぞ、仕事がうまくいきますよう」とか「腕が上がりますよう」てんで、寒の内、水を浴びて信心しました。
これが、神様の方でも、こうされるとしょうがないから、なんとか利益を与えよう、とこういうことになっておりました。
こういうようにどうも、信心もいろいろでございますが、本当にお年をめしてきて心が落ち着いて参りますと、殺生ということを嫌います。今はございませんが、昔はどこの橋の袂にも、放し亀なんてのがございまして、大川の橋の手前へいくてぇと亀の子が吊るしてございます。これを放してやるってぇと大変な功徳になったそうでございます。だから、ああいうものを逃してやろうってぇなら、すぐ買って放り込んでやればいいんですが、中にゃぁ、放り込む前に、亀の子に大変に恩を着せてる方がございまして、
「な、いいか、おれぁ、助けてやろうってんだ、おめぇを、いいか。てめぇ、ありがたく思えよ、コンチクショウ、てめぇ、万年生きるところだろう、おれが助けてやったんだから、ありがたく思いなよ、まったく、徒や疎かじゃないよ。えぇ、おれになんか儲けさせてくれよ、おれの顔、よく見とけ、こういう顔だよ、こういう顔。世間にあまりねぇ顔だから、覚えておきなよ、えぇ、いいか?ありがてぇもんだろ。清水の次郎長かオレかってくれぇのもんだ。おめぇ、よくオレの顔見とけ、いいか? これいくら?…五十銭?……はぁ……そっちのちょっと小せぇのは?四十銭?そっちのにしよう」
なんて。さんざん恩に着せておいて、わずかな違いでやめちゃったりしちゃう。逃がしてもらった亀の子はいいけど、よされた方の亀の子は面白くなくなってくる。
「こんちくしょう…しみったれ野郎、覚えてやがれ、取り憑いてやる」
なんで、なんにもならねぇ……
えー、ここにおります、せがれさんにご家督を譲ってしまったご隠居さんが、念仏三昧でございまして、この方は、本当に虫も殺さない。夏なんか、蚊なんかがとまっておりましてもいた痒いのを我慢しておりまして、
「おいおい、お前さんはいったいいつまで私の血を吸うんだよ、いい加減におしよ…他に仲間がいるんだから、お前さんはもういいだろ。おいおい、今度はお前さんがこっちおいで」
なんて、実にこういう人でございますから、毎日のように仏にお参りに行っておりまして、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏とお念仏を唱えながら藜の杖をつきまして、川っ縁を歩いておりますと、向こう側が川で、こっちが鰻屋。鰻屋の親方がお客の注文で、蒲焼をこしらえようってんで、向こう鉢巻きで、鰻を裂き台の上に載せまして、いまからキリを通して裂こうと。鰻がキリを通されて焼かれた日にゃあ、痛くて熱くてたまりませんから、鰻の方はなんとか逃げようと暴れております。これを今まさにキリを通そうというような塩梅で……
ご隠居 | これ! |
---|---|
親方 | いらっしゃい |
ご隠居 | いらっしゃいじゃない!この野郎!なにをするんだ、それは |
親方 | へっ!? |
ご隠居 | なにをするんだよ、それは |
親方 | なにもしやしませんよ、いま、鰻を裂いて、焼くんです |
ご隠居 | なんでそういうことをするんだ、鰻の命を取ろうてぇ了見で |
親方 | いや、べつに命を取ろうなんてそんなたいそうなことじゃ。焼きにしてください、とお客の注文で |
ご隠居 | お前さんてものは……もしお前さんが、大きなまな板の上に載せられて、裂かれて焼かれる身になったらどうする? |
親方 | いや、べつにあたしゃそんな目にあうような悪いことはしやしない |
ご隠居 | お前さんはしやしないだろうが、鰻がナニを悪いことをした?えぇ?可哀想なことをしやがって。あたしの目の黒いうちは、その鰻は殺させません! |
親方 | おい、変な人が来たよ!いや、ね、お客の注文で蒲焼にするんですよ! |
ご隠居 | 蒲焼にしてもいいから、殺しちゃいけません |
親方 | そんな事言ったって、むりですよ、こっちゃぁ、商売ですからね |
ご隠居 | 商売?商売って言われりゃあ、しょうがない。その鰻を逃してやれば、鰻はずいぶん喜ぶだろうになぁ。 |
親方 | そんなことしてちゃぁ、うちんとこが潰れちゃいますよ |
ご隠居 | そう言われりゃ、しょうがない。しかし、生き物の命を取ろうってぇのを、あたしゃ黙って見ていることはできませんよ。さ、それはいくらだい?……二円?よし、あたしが二円出すから、ザルにいれな……お前もあんなやつに捕まるからこんな目に遭う。いいか、あたしが助けてやるから嬉しいと思え、嬉しいだろ?いいか、あんなやつに捕まるんじゃないよ |
というと、前の川へボチャーン……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、ああ、いい功徳をした、ってんで、いい気分で帰った。
あくる日、同じ道を通るってぇと、向こうは商売ですから、また鰻を裂こうとしている。
ご隠居 | これ! |
---|---|
親方 | また来たよ!しょうがねぇなぁ、どうも…昨日はすいません |
ご隠居 | またお前は鰻を殺すのか、情けねぇ野郎だ、どうも。えっ?お客の注文?そりゃ注文だろうが…いくらだ、それは |
親方 | 二円で |
ご隠居 | 二円?…昨日より小いちぇな |
親方 | へぃ、ちょっと高くなっておりまして |
ご隠居 | 値段のことなんか言ってられないよ、ザルへ入れろ!まったく、あんなやつに捕まるんじゃないよ |
というと、また、前の川へボチャーン……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
あくる日、こんどは鰻屋がすっぽんの首を切って血を取ろうとしている。
ご隠居 | これ、ナニをするんだ! |
---|---|
親方 | へぇ、いま、すっぽんの首を切って血を |
ご隠居 | 可哀想に、なんてことをしやがるんだ、いくらだ…えぇ?八円…値段のことをいってられねぇ。こっちへよこせ!いいか、あんなやつに捕まっちゃいけないよ、長生きをおしよ |
てんで、前の川へボチャーン……ああ、いい功徳をした、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏
と、毎日のように、鰻は二円、すっぽんは八円で川に逃してやる。鰻屋の方でもご隠居で月に何円って、そろばん弾いちゃってる。仲間のものもらやましがって「畜生、いい隠居、捕まえやがったなぁ、こんちくしょう!あの隠居付きでお前んとこの店、買おうじゃないか」なんて、大変なものでございます。
それがぱったり来なくなっちゃった。
親方 | どうしちゃったんだろうなぁ、あのご隠居は…見えなくなっちゃったなぁ |
---|---|
かみさん | 見えなくなっちゃったじゃないよ、馬鹿馬鹿しいから他を歩いてんだよ。えぇ、横でみてても嫌になっちゃうよ。お前さん、はなは大きな鰻、二円で売ってたけど、だんだん小さくなっちゃって、こないだなんか、ドジョウ一匹、二円で売ってたじゃいなか。あの人、嫌ンなっちゃったんだよ |
親方 | そうか?そんなことねぇだろう…歳ィとって、歩けなくなっちゃったんじゃねぇか? |
かみさん | そうかねぇ、それなら、あのじいさん付きでこの店売っちゃえばよかったねぇ |
親方 | なんでも生きてさえいれば、逃がしてくれたんだよ、ありがたいじいさんじゃねぇか。来てくれなきゃ困るんだよ |
かみさん | どっか具合でも悪いのかねぇ |
親方 | おっ、噂をすれば影だ!来たよ |
かみさん | あっ、痩せたねぇ。やっぱどこか具合が悪かったんだねえ |
親方 | こりゃ大変だ、もう長いことねぇんなら、今のうちに取れるだけ取っちまわねぇと…鰻をだせ、鰻 |
かみさん | 鰻なんかありゃしないよ、お前さん、今日は買い出しに行かなかったろ |
親方 | えぇ?そうか…なんか生きたものは…ドジョウは |
かみさん | お付けの身にしちゃったよ |
親方 | おい、着ちゃうよ、金魚いたろ |
かみさん | ネコが取っちゃった |
親方 | 生きてるもの置きなよ!金儲けが…ネズミは |
かみさん | ネズミなんか捕まりゃしないよ |
親方 | なんでもいいよ、生きて動いてればいいんだよ、何か無いか…しょうがねぇなぁ、来ちゃったよ、仕方ねぇ、赤ん坊だせ、赤ん坊 |
かみさん | 赤ん坊、どうするの? |
親方 | いいから、裸にしろ…銭儲けだからがまんしろよ、 |
赤ん坊が驚いて、裂き台の上で「ぎゃーーーー」
ご隠居 | おいおいおい! |
---|---|
親方 | へ、へい、いらっしゃい |
ご隠居 | いらっしゃいじゃない!ナニをやってるんだ、お前は!? |
親方 | へい、いま、これをキリを刺して蒲焼に |
ご隠居 | 馬鹿野郎、赤ん坊を蒲焼に…そんなヤツがあるか!お客の注文!?そんな注文する奴があるか!それはいくらだ!? |
親方 | へい、これは百円… |
ご隠居 | 百円!?カネのことなんかいってられません、こうなったら。出せ、赤ん坊!まったく、あぁ、鬼か蛇だな、おー、よしよし、あんなやつに捕まっちゃいけないよ |
前の川へ、ボチャーン
引用元:「東西落語特選」
http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/
コメント